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王子に婚約破棄されました。結果、とっても幸せです!

王子に婚約破棄されました。結果、思った以上に幸せです。

作者: ときる
掲載日:2026/03/31

 フレデリック王子殿下は、一人の令嬢を伴い、会場の中央へと進み出た。

 

 自然とざわめきが収まり、全員の視線が、一点に集まる。

 

 殿下はそれを確認すると、私を名指しし、声高々に言い放った。


 「クラリス・フロレンシア……!僕は君との婚約を、今日限りで破棄する!!」

 

「え……?」


 思わず、声が漏れた。

 

「僕は見ていた……。君はこちらの令嬢、スカーレットに対して、陰湿ないじめを繰り返していたな」


 殿下の隣には、ピンク色の髪の令嬢が立っている。



 全く、身に覚えがなかった。



 その令嬢は、誰もが振り返るような、愛らしい容姿をしていた。

 ふわりと揺れるピンクの髪に、宝石のように輝く金色の瞳。


 隙のない、可憐な美しさ――。 


 彼女がどれほど己の外見に意識を割いているかなど、言葉にするまでもなかった。

 

 口元は扇子で隠しているものの、その瞳はかすかに揺れている。

 それは困惑というより、ただ状況を測りかねているように見えた。

 


 ……この状況では無理もない。

 


「僕は第一王子だ。これから国を背負っていかねばならない責任ある立場だ。それなのに……」

 

 婚約者がこれでは……と、殿下は憐れむような表情で、スカーレット嬢の髪に触れる。

 

「可哀想なスカーレット……」



 ――とても、愛おしそうに。

 


 私は、拳を無意識に握りしめていた。

 指先に力がこもり、整えた爪が掌に食い込む。


 何か言おうとしたスカーレット嬢を遮り、殿下は首を振って制した。


「フレデリック殿下……あのっ」

「良いんだ、スカーレット」

 

 

 そしてまた、とんでもないことを口にしたのだ。

 


「僕は今日限りでクラリス・フロレンシアとの婚約を破棄し、スカーレット・ローズと婚約することを、今!ここで宣言する!!」

 

 殿下が宣言した瞬間、驚きとざわめきが、波のように広がった。



 ……言ってしまった。

 


 これが最近オペラで話題の『断罪』というやつなのだろうか。


 そして私は断罪される側の『悪役令嬢』と言ったところか。

 ただ、あれはお芝居であって、まさか実際にやる人がいるなんて思いもしなかったけれど。



 しかも学園に通う生徒全員が集まった卒業パーティでだ。


 一国の第一王子ともあろうお方が、だ。



「……殿下。お言葉ですがそれは」

「言い訳無用!見苦しいぞクラリス。いや、フロレンシア公爵令嬢」

「…………っ!」

 


 進言することも許されないのか。

 


 幼少の頃決められた、王子と公爵令嬢の婚約。

 政略結婚といえど、私は真摯に向き合ってきたつもりだ。

 


 それなのに……。


 

 悔しくて涙が溢れそうだった。だが、このような場所で泣くわけにはいかない。


 唇をギュッと結び、その内側を噛み締めた。鉄の味が、じわりと口の中に広がってくる。



「陛下には……許可を?」

 

 スカーレット嬢が不安げに殿下へ問いかけた。


「僕たちは愛し合っている……。陛下もきっとご理解くださるさ」


 スカーレット嬢が一瞬、こちらを見たが、彼女はすぐに視線を逸らした。

 

 フレデリック殿下は、声高々に私の『悪事』を語っている。お茶会でのこと、授業でのこと、中庭でのこと。

 


 ――本当に、何を言っているの?



「あの時もそうだった……」


 殿下は大げさに身振りを交え、芝居がかった口調で続けていく。


「大陸歴の授業の時だった……。スカーレットが素晴らしい発表をした時だ。授業が終わったにもかかわらず、クラリスはスカーレットをわざわざ呼び止め、数名の令嬢とともに詰め寄っていた」


 殿下は振り向きざまに、側近たちを指さした。

  

「お前たちも見ていただろう!?」

「はっ!その通りでございます!」

「実に痛ましい光景でした……!」

「え?えと、いや……はい」


 側近たちは、殿下に次々に同調していく。

 

 隣に立つ彼らの婚約者たちは、口元を扇子で隠し、小声でささやきあっていた。

 

「その時、涙ぐんでいたスカーレットの顔を、僕は忘れることなどできない……!」


 殿下は悩ましそうな表情で、わざとらしく額に手を当てている。



 あぁ……。


 あなたにはそう見えていたのね。

 

 だって、あの時は――。



「はぁ!?」


 ――スパンッ!


 苛立った声とともに、扇子を閉じる音が静寂を切り裂いた。

  

「何言ってんの!?」

 

 声を上げたのは、スカーレット嬢だった。


 あまりに唐突で、殿下も、側近たちも、驚きを隠せないようだった。

 

「え?スカーレット?」

「もーぅ我慢できない!ごめんなさいお父様!!」


 スカーレット嬢は、堂々とした足取りで数歩前へ進むと、フレデリック殿下へと向き直った。

 そしてその顔に向けて、扇子を突きつける。


「どこをどう見たらクラリス嬢が私をいじめているように映るのよ!?」



 ――鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、あのような顔のことを言うのだろう。



「あと『愛し合ってる』ってなんのことよ!!」


 殿下も、側近たちも、普段の振る舞いからは想像もできないスカーレット嬢の姿を見て、開いた口が塞がらないまま、見事に同じ顔で固まっていた。



 ……ここまで揃うものなのか。

 


「ス、スカーレット……?」


 かろうじて、殿下が引きつった裏声を絞り出した。


「まずお茶会!!」


 反面、スカーレット嬢ははっきりとした声で、勢いよく畳み掛ける。


「私の国ではこの国ほどマナーが厳しくないの!その間違いを指摘してくれただけじゃない!」

 

「裏庭での件もそう。一人でお弁当を食べていたところに、食堂の場所や使い方を教えてくれたわ!」


「大陸歴の授業の後だって、私の国との認識の違いや、考え方について討論していただけよ!」



 彼らにはこれらが“いじめ”に見えていたらしい……。

 どこをどう見れば、そうなるのだろう。 

 


「で……でも、その時に涙して――」

「クラリス嬢の考えが素晴らしくて感涙したのよ!!」


 少し怯えたような表情をする殿下に対し、スカーレット嬢は、一歩ずつ殿下に詰め寄っていく。

 

「これの!」


「どこが!!」


「いじめだっていうのよ!?」


 そして信じられない、とでも言いたげな顔で、

 

「しかも婚約も婚約破棄も陛下に伝えてもいないですって!?」



「この国大丈夫なの!?」



 そう言い放った。



 ――これは、少しまずい。



「失礼いたします」


 私は一歩、前へ出た。

 

 「発言をお許しください。カメリア・バイオレット・レリ・ローゼンベルク王女殿下」


 まずは、なだめてさしあげなければ。


「ふぅ……。よくわかったわね」


 良かった。

 名を呼ばれたことで、少し冷静になられたようだ。


「恐れながら。殿下はお忍びの際には赤薔薇の名を冠すると伺っておりましたので。

 御髪の色と、瞳の色は伝え聞いていただけでしたが、先程の『私の国では』とのお言葉で、確信致しました」


「へぇ?」


 カメリア殿下は、わずかに目を細めると、感心したように口元を緩めた。

 

「な?ど…どういうことなんだ?スカーレット!?」

 

 フレデリック殿下は狼狽え、動揺し、うまく言葉が出てこない様子だった。

 

「陛下から聞いていない?隣国から留学生がくると」

「それは聞いて……。だが君はローズ男爵令嬢じゃないか」

「隣国の王女として留学なんかしたら、気を遣われて勉強にならないじゃない。ば…………ごほん」


 スカーレット嬢――もとい、カメリア王女殿下は、心底呆れた声で言った。


 ……言ってはいけない言葉も、寸前で飲み込んだようだ。


 対して、フレデリック王子殿下は、もはや絶望したような表情になっている。

  

「あの可憐な君は、どこへ……?」

「あぁ、あれ?」


 カメリア殿下はどこか面倒そうな顔をすると、

 

「お父様から言い遣っていたのよ。大人しくしてろってね」


 ひらりと扇子を振りながら、軽く肩をすくめた。

 

「たとえ身分を隠していなかったとしても、隣国にきて王子に反発することなんて、できるわけないでしょう?」


 そして語気を強め、不満を爆発させた。

 

「でも大人しくってなによ!?わからないからオペラのヒロインの真似をしていただけだわ!」


「そ……んな」


 殿下は膝から崩れ落ちた。

 殿下の側近たちも相当なショックを受けているようだけれど。

 

 気づいてなかったのかしら?


 所々で『素』が出ていたし、婚約者の方々は何度も頷いているけれど。



 ……本当に気づかなかったのかしら?



 まぁ、気づいてなかったからこうなっているのだろうけれど。


 一国の第一王子とその側近たちが、これでは……。


 私はショックよりも、呆れと不安の方が大きくなっていた。



「あなたたちも!」


 カメリア殿下は、フレデリック殿下の側近たちを扇子で指すと、彼らの肩がビクッと跳ねた。

 

「側近ならば主の間違いをそのまま肯定するのではなく、間違いは間違いだと進言するべきではなくて?」


 カメリア殿下は扇子を開いて口元を覆うと、彼らに鋭い眼差しを向ける。

 

「一歩間違えれば外交問題よ?わかっているの?」


 側近たちは冷や汗をかきながら目を泳がせている。

 婚約者たちはさっきよりも大きく頷いていた。

 

 フレデリック殿下の顔は、生気を失ったように真っ青だ。


「というわけでクラリス嬢?」


 カメリア殿下は振り向くと、唐突に私の名を呼んだ。


「はい、殿下」

「あなた、私の国にこない?」

「はい――え?」


「あなたの有能さには目を見張るものがあるわ。私と一緒に来てくれるのなら立場も地位も保証する。

 正直、こんなことされたら、あなたの立場は厳しいものになるでしょう。どう?」

「…………」


 カメリア殿下の言うとおりだ。

 

 非公式といえど、こんなところで婚約破棄宣言をされたのだ。後にも先にも、私の未来など無いに等しい。

 

 公爵令嬢といえど、この汚点は到底消せるものではないのだから。



 それでも、私は公爵令嬢の端くれだ。

 家のためにも、この国のために尽くし――



「い、いや!待ってくれ、クラリス!君は僕の婚約者だろう!?他国に行くなんてそんなこ――」


 よし決めた。

 

「行きます」


「へ?」


「私、クラリス・フロレンシアを、カメリア・バイオレット・レリ・ローゼンベルク王女殿下のお側に置かせてください!」

「な……な……!?」

「よく言ったわクラリス!陛下には私から言っておくから、安心して」

「お心遣い、感謝いたします」

「ちょっ、ちょっと待てクラ――」

「さぁ!こうしてはいられないわ」


 慌てるフレデリック殿下を無視して、カメリア殿下が軽く手を打つと、ボーイに紛れていた側近がすぐに現れた。

 彼に手短に指示を与えると、

 

「それではみなさん、ごきげんよう」

 

 そう告げると、隣国の流儀で見事なカーテシーを披露し、そのまま会場を後にした。



          ◆



 数ヶ月後――


「こちらまとめ終わりました。カメリア殿下」


 執務室の机に、まとめ終えた書類を置いた。散らばっていた書類の山も、ずいぶん整ってきている。

  

「ありがとう。早いわね」

「この程度であれば、問題ございません。殿下のお役に立てるのでしたら」

「そう。さすが私の秘書だわ」


 殿下はどこか楽しげに微笑んだ。その表情は、とても愛らしい。

 

 あれから数ヶ月。


 私はカメリア王女殿下の元で、秘書として充実した日々を送っている。

 

 元の国では、王子の発言が問題視され、現在は発言を控えるよう指導(・・)されているらしい。

 復縁を求める手紙が届いたが、最初に届いた一通以外、封を開けずに、暖炉の焚き付けとして有効活用している。

 

「そういえば『彼』とはどうなの?」

「彼、とは?」

「とぼけないでよ。ほら政務部の……なんて言ったかしら?」


 不意に、仕事以外のことを問われたものだから、思わず声が裏返る。

 

「へっ!?いやあのっ、彼とはただ食事に行っただけで――」


 私の脳裏には、一人の青年の顔が浮かんでいた。

 仕事で出入りしている政務部で、よく顔を合わせる人だ。


 とても有能で、新人の私にも優しく接してくださって――。

 

「あら、まだ名前を言っていないのだけれど?」

「えっ、あのっ」

「食事には行ったんだ?」

「いや、そのっ」

「はぁ…、私の秘書になってからまだまだ日が浅いのに、もうそんな相手がいるだなんて」


 殿下は頬に手を当てて、わざとらしく大きなため息を付く。

 

「そっ!そんなことっっ!!えーと、う、打ち合わせをするのにカフェの方が――」

「あら〜、カフェにも行ったの?」

 

 殿下は、悪戯っぽく笑みを深めると、逃さず言葉尻を捉えてきた。

 

「ああぁ」


 顔から火が出そうだ。

 きっと私は、耳まで真っ赤になっているだろう。



 ……完全に遊ばれている。

 


「ねぇ、クラリス?」

「はい?」

 

 ふと、殿下が真面目な顔になった。

 その黄金の瞳で、じっと見つめてくる。

 心の中を見透かすような、静かな眼差しだ。


「あなたは元々きれいだけれど、最近、ますますきれいになったわね」

「え?殿下?」


 殿下の指が、そっと私の頬を撫でる。


「ねぇ、クラリス……」

「……はい」


 その瞳が、優しく微笑んだ。


「今、幸せ?」


 一瞬だけ、いろいろなことが走馬灯のように駆け巡った。

 だけれど、その答えはもう、一つしかない。

 

「――っはい!」

 

 私は、満面の笑みで答えた。


「とっても幸せです!」

短いお話ですが、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。

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お読みいただき、ありがとうございました。

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