第7話 遠い王都、近づく真実
北の地の朝は王都よりもずっと静かだった。
窓を開けると澄んだ空気が肺いっぱいに広がる。
雪解け水の匂いと、かすかな木の香り。
「……今日も、いい天気ね」
セレスティーヌがそう呟くと、背後で小さな気配が動いた。
「寒くありませんか」
振り返ると、すでに鎧を身に着けたアデルが立っている。いつからそこにいたのか、わからないほど静かに。
「大丈夫よ。もう、この寒さにも慣れたわ」
「……無理はなさらないでください」
相変わらず距離は近いのに触れない。触れさせない、というより
――自分を律しているような距離。
「アデル」
「はい」
「最近、何か隠しているでしょう?」
一瞬。ほんの一瞬だけ、彼の視線が揺れた。
「……なぜ、そう思われましたか」
「勘よ」
セレスティーヌは笑ったが、アデルは否定しなかった。
「王都の様子を、少し調べさせています」
低く、静かな声。
「あなたの件が、あまりにも不自然だ」
胸が、きゅっと締め付けられる。
「私は……うううん、もう 終わった話よ」
「いいえ」
即答だった。
「終わっていません。終わらせません」
その言葉に、彼女は目を伏せる。
「名誉を取り戻したいわけじゃないの」
「……わかっています」
「私はただ――」
少し迷ってから、言葉を続けた。
「誰かの嘘の上で、誰かが幸せになるのが……許せないだけ」
アデルは、ゆっくりと息を吐いた。
「それで十分です」
彼は窓の外を見やり、続ける。
「王都では今、噂が乱れ飛んでいます」
「あなたが“男と北へ逃げた”と」
「……まあ」
「ですが同時に、証拠の不備を疑う声も出始めた」
セレスティーヌは、はっと顔を上げた。
「誰が……?」
アデルは、ほんのわずかに口元を緩めた。
「あなたに、最後まで仕えていた侍女がいたでしょう」
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……アーニャ」
「はい」
彼は頷く。
「彼女は、とても優秀です」
「そして、とても忠実でした」
セレスティーヌは思わず、胸に手を当てた。
(あの子……)
王都を離れる朝、何も言わずただ深く一礼したアーニャの姿が浮かぶ。
「……無茶を、していなければいいけれど」
「無茶をしているでしょうね」
アデルは即答した。
「ですが」
一歩、彼女に近づく。
「あなたがそういう方だからこそ、彼女も動いた」
沈黙が落ちる。
セレスティーヌは、ゆっくりと息を吐いた。
「……もし」
「王都に呼び戻されて、名誉を復活させると言われたら……」
「はい」
視線が、絡む。
「あなたがどこにいようと、何を選ぼうと」
「俺は、あなたの味方です」
その言葉は、忠誠ではない。
誓いでもない。
ただの、選択。
セレスティーヌは、ふっと微笑んだ。
「ねえ、アデル」
「はい」
「もし……すべてが明るみに出たら」
「その時は?」
「私は、“悪役令嬢”をやめるわ」
彼の瞳が、わずかに見開かれる。
「そして、自分の人生を選ぶ」
「……その近くに、俺はいてもいいですか」
問いかける声はひどく静かで、真剣だった。
セレスティーヌは、迷わなかった。
「いいえ」
「……」
「近く、じゃなくてそばにいて?」
短く、はっきりと。
その瞬間、遠い王都で一冊の帳簿が静かに開かれたことを彼女はまだ知らない。
だが確かに、真実は動き出していた。
追放は、終わりではない。
そして―― “悪役令嬢”という仮面が、剥がれる日は近い。




