第6話 触れさせない距離
翌朝、邸宅は静かな活気に包まれていた。
「本日は街で市が立ちますが、いかがなさいますか?」
マーサの問いに、少し考える。
「行ってみたいわ。久しぶりに、人の中を歩きたい」
その言葉に、アデルが一瞬だけ視線を上げた。
「……俺も、同行します」
「ありがとう。アデルは人の多いところは苦手かと思っていたけど……」
「い、いえ、賑やかな方が好きです!」
「旦那様は人混みは苦手だと常々おっしゃって……」
「マーサ!」
「あら、失礼いたしました。オッホッホ。」
「フフッ、仲が良いのね」
「マーサはセレスティーヌ様を頼む。セバス!馬車の準備を!」
「ささ、セレスティーヌ様はどうぞこちらへ」
「みんな、私はもう貴族じゃないの。セレスと呼んでちょうだい」
「では旦那様のお客様なのでセレス様と」
「えぇ、ありがとう」
「お、俺もセレス様と……呼んでも?」
「ここの主はあなたよ?普通に話して?私は居候の身。名前もセレスと呼んで」
「い、いや、でも……」
「いいの」
「セ、セレ……ス」
(ボフッ!)
アデルの頭から煙が出ている。
街は王都ほど華やかではないが、温かみがあった。
並ぶ屋台、笑い声、焼き菓子の香り。
思わず屋台へかけよる。
「綺麗な方ですね」
不意に、店主が声をかけてくる。
「この辺りでは見かけませんが……旅の方ですか?」
セレスティーヌが答える前に、後ろから来たアデルが半歩前へ出た。
「彼女は、俺の保護下にあります」
声は低く、穏やか。だが、その場の空気がわずかに冷えた。
「……あ、アデル様のお客様でしたか!大変失礼致しました」
商人はすぐに視線を逸らす。
「いいのよ!ちょっと、アデル?言い方がきつくない?」
人目を避けて、セレスティーヌが小声で言う。
「きつくはありません」
即答だった。
「セレスが、誰かに品定めされる必要はありません」
その言葉に、胸がざわつく。
歩き続ける中で彼は自然と外側に立ち、常に人との間に距離を作っていた。
「……過保護すぎない?」
「足りません」
彼女は思わず足を止める。
「アデル」
名を呼ぶと、彼はすぐに振り返った。
「あなたは自由よ」
「はい」
「だから……」
「それでも、俺は離れません」
静かだが、揺るぎのない声。
「あなたが誰に見られ、どう思われるか。それを俺以外に委ねる気はありません」
はっきりとした独占。
だが、不思議と嫌ではなかった。
むしろ――胸の奥がじんわりと温かい。
邸宅へ戻る道すがら、セレスティーヌはぽつりと言った。
「……私、あなたに守られるの、嫌じゃないみたい」
アデルの足が止まる。
「……そう、ですか」
声が、わずかに震えている。
「それなら」
彼は、そっと彼女の手を取った。
「もう少しだけ、俺の傍にいてください」
その手は、決して強くはない。だが、アデルはセレスを逃がさない確信に満ちていた。
この“少しだけ”が、やがて永遠になることを。




