番外編
朝チュン回です(1回書いてみたかった)
【氷の騎士、最大の危機】
朝。
珍しく、寝室のカーテンはまだ閉じられたままだった。
理由は明白。
「……アデル」
「……はい」
「離してくださいませ」
「……拒否します」
ぎゅう、と。
背後から完全拘束。
昨夜よりも強いのではないかという抱擁力。
「騎士様?」
「本日は寒いです」
「暖炉は点いています」
「私の心が寒いのです」
「昨夜あれだけ甘えておいて?」
「……だからです」
朝のアデルは理性が弱い。
そのとき。
――コンコン。
扉が叩かれた。
二人とも、固まる。
「お嬢様。アーニャでございます」
空気が凍った。
「……アデル」
「……はい」
「離してください」
「……一瞬で」
彼の動きが異様に速い。
戦場級の反応速度で起き上がり、寝台から離れ、数秒で身なりを整え、窓辺に直立。
完璧な騎士モード。
だが。
髪がほんの少し乱れている。
「お嬢様? お加減でも?」
「だ、大丈夫よアーニャ!」
声が裏返った。
沈黙。
扉の向こうで、気配が止まる。
「……お嬢様」
「な、なにかしら」
「騎士様は、いらっしゃいますか?」
氷の騎士、硬直。
「い、いませんわ!」
窓辺に立つ騎士、視線を逸らす。
完璧にいる。
「……そうですか」
アーニャの声が、ほんの少しだけ低くなる。
「では、開けますね」
「待ってちょうだい!」
しかし無情にも扉は開く。
そこに立っていたのは、完璧な侍女。
視線が部屋を一周。
整った寝台。
……整っていないシーツの一角。
ほんのわずかな皺。
そして
窓辺の騎士。
目が合う。
沈黙。
アーニャは一礼した。
「おはようございます、騎士様」
「……おはようございます」
声がわずかに低い。
いつもの無敵騎士だが、耳が赤い。
アーニャの視線が、次に主へ向く。
頬が、明らかに染まっている。
「……お嬢様」
「な、なにかしら」
「体調はいかがですか」
「とても元気よ!」
即答。
アーニャは、ゆっくりと微笑んだ。
「それは何よりでございます」
数歩進み、寝台の皺を軽く整える。
その仕草が妙に意味深。
「騎士様」
「……はい」
「本日、非番と伺っておりますが」
「……その通りです」
「でしたら、朝食をご一緒にどうぞ」
「……ありがとうございます」
なぜか敗北感。
そしてアーニャは主の耳元へ。
小声。
「昨夜は、お寒くなかったようで」
「アーニャ!」
「失礼いたしました」
完璧な一礼。
だが目が笑っている。
氷の騎士が、初めて戦場以外で劣勢になった瞬間だった。
アーニャは最後に一言。
「お嬢様が幸せそうで、安心いたしました」
それは本心だった。
そして扉が閉まる。
沈黙。
数秒後。
アデルが深く息を吐いた。
「……強敵です」
「ええ、とても」
目を合わせて二人で笑う。
「ですが」
と、アデルが一歩近づく。
「見られていないのなら、問題はないですね」
「騎士様?」
「先ほどの続きを」
「朝食は?」
「後でも」
「だめです」
きっぱり。
アデル、わずかにしょんぼり。
「……命令ですか」
「ええ。起きなさい」
「……従います」
けれど彼は、最後に彼女の手を取る。
そっと口づけ。
「主が幸せなら、私は無敵です」
「もう十分強いでしょうに」
北の朝。
甘さは、今日も健在。
そして扉の向こうでは。
(……ふふ)
侍女アーニャは静かに微笑んでいた。
主の幸せはすべてお見通しである。




