番外編
まったり甘々回。
【氷の騎士は、朝に弱い】
鳥の声がした。
遠く、北の空は淡く白み始めている。
セレスティーヌはゆっくりと目を開けた。
……温かい。
普段より、ずっと。
(……あら)
視界いっぱいに灰色の布地。
その下から聞こえる、規則正しい鼓動。
自分は――抱きしめられている。
しかも、がっちりと。
「……アデル」
小さく名を呼ぶ。
腕の力が、ほんの少し強まった。
起きているのだ、この人。
「……おはようございます」
低く、掠れた声。
いつもの戦場の声とは違う。
寝起きで、少しだけ柔らかい。
「起きていらしたのですか?」
「先ほどから」
「離してくださらないのですね」
「……申し訳ありません」
そう言いながら、まったく緩まない腕。
セレスティーヌはくすりと笑う。
「私の騎士様?」
「はい」
「職務は?」
「本日は非番です」
即答だった。
どうやら計画的らしい。
彼の顎がそっと彼女の髪に触れる。
昨夜の余韻が、ふわりと蘇る。
頬が熱くなるのを感じていると、
「……見ないでください」
と、アデルが言った。
「何をです?」
「私の顔を」
ますます見たくなる。
少し体をずらして、彼を見上げる。
「…………」
氷の騎士が。
ほんの少しだけ、赤い。
「……弱いです」
「何がです?」
「朝のあなたに」
寝起きで、無防備で、髪が少し乱れているセレスティーヌ。
「昨夜よりも、危険です」
「まあ」
「理性が持ちません」
真顔で言う。
セレスティーヌは、そっと彼の頬に触れた。
「理性がなくなったら?」
「……責任を取ります」
「もう取っていますわ」
婚約も、将来も、覚悟も。
全部。
その言葉に、アデルの瞳がやわらぐ。
「セレスティーヌ」
名前を、静かに呼ぶ。
それだけで胸が満たされる。
「もう少しだけ」
「はい」
「このままで」
彼の腕が、今度は優しく包む。
守るように。
独占するように。
外では朝日が雪を照らしている。
北の地は冷たいはずなのに、
この寝台の上だけ、春のようだ。
「……幸せですか?」
不意に、彼が問う。
セレスティーヌは迷わない。
「ええ」
その答えを聞いた瞬間。
氷の騎士は、ほっとしたように目を閉じた。
「ならば、今日も戦えます」
「今日は非番でしょう?」
「あなたの笑顔のための戦いです」
「大げさですわ」
「本気です」
朝日が差し込む。
二人の影が、重なる。
もう王都には戻らない。
もう疑われない。
ここにはただ、
選び合った二人の朝がある。
「……アデル」
「はい」
「起き上がらないと、朝食が冷めますわ」
「……もう少し」
「騎士様?」
「命令なら、従います」
「では命令です。起きなさい」
一瞬だけ間。
そして。
「……では、最後に」
額に、そっと口づけ。
「おはようございます、私の主」
セレスティーヌは微笑んだ。
「おはようございます、私の騎士」
北の朝は今日も甘い。
氷はもう、完全に溶けている。




