番外編
ラブラブ回です。
【氷の騎士は、夜だけ甘い】
北の街の夜は静かだ。
暖炉の火がぱちりと小さく鳴る。
「寒くはありませんか」
低く落ち着いた声がすぐ後ろから聞こえた。
振り向くとそこにはアデルがいる。
いつも通り無駄のない立ち姿。
無表情。
隙のない騎士。
「大丈夫ですわ。火もありますし」
「……そうですか」
それでも彼は彼女の肩にそっと毛布を掛けた。
触れるか触れないかの距離。
指先がわずかに震えているのをセレスティーヌは見逃さない。
(本当に……この人は)
外では“王国最強の騎士”。
冷酷無比。
鉄壁。
氷の男。
けれど。
「アデル」
「はい」
「少し、こちらへ」
彼は一瞬だけ目を瞬かせた。
戦場では決して揺れない瞳が、彼女の前では簡単に揺れる。
「……命令ですか」
「いいえ。お願いです」
その言葉に彼は迷わない。
ソファに腰掛けた彼の隣に、セレスティーヌは静かに寄り添った。
わずかな沈み込み。
肩と肩が触れる。
その瞬間、アデルの呼吸が止まる。
「……ち、近いですね」
「嫌ですか?」
「……嫌では、ありません」
「むしろ」、と言いかけて言葉を飲み込む。
セレスティーヌは微笑む。
「なら、もう少しだけ」
彼女が腕を絡めるとアデルの背筋がぴんと伸びた。
剣を握るより緊張している。
「アデル」
「……はい」
「あなた、戦場より緊張していません?」
「……否定はできません」
真顔で答えるから余計に可笑しい。
「私はあなたを斬ったりしませんわ」
「それが問題です」
「え?」
「あなたは、私の理性を斬る」
その瞬間、セレスティーヌの頬が赤く染まった。
「……そういうことを、平然と言うのですね」
「事実です」
低い声が耳元で落ちる。
彼の手が、恐る恐る彼女の腰に回った。
まるで壊れ物を扱うように。
「触れても?」
「……もう触れていますわ」
「正式な許可が欲しいのです」
「……真面目ですこと」
けれどその真剣さが嬉しい。
「許可します」
次の瞬間。
ぎゅ、と。
思ったより強い力で抱き寄せられた。
「……アデル?」
「……我慢していました」
低い声が震える。
「あなたが寒いと聞けば毛布を持ち、転びそうになれば支え、笑えば安心し……」
抱きしめる腕に、力がこもる。
「それ以上を望むのは、騎士として越えてはならない線だと思っていました」
「でも?」
「あなたが……選んでくださった」
その言葉はいつだって真っすぐだ。
「私は、あなたに選ばれたかった」
氷の騎士は今だけは熱い。
セレスティーヌは彼の胸に額を預けた。
鼓動が速い。
「アデル」
「はい」
「私も、選ばれましたわ。あなたに」
彼の指がそっと彼女の髪を撫でる。
それは剣を握る手とは思えないほど優しい。
「もう戻れませんわ」
「戻させません」
「強引ですこと」
「あなたのことに関しては」
彼の額が、彼女の額に触れた。
距離は、あと少し。
「……口づけても?」
彼が許可を求める。
律儀で、不器用で、真面目で。
だからこそ愛しい。
「ええ」
「……許可、します」
触れた唇は驚くほど慎重だった。
触れるだけ。
けれど、確かに熱い。
離れたあとも、彼は彼女を見つめたまま。
「……足りません」
「騎士様?」
「あなたが可愛すぎる」
氷の騎士が真顔でそんなことを言う。
セレスティーヌは観念したように微笑んだ。
「では」
彼女から、もう一度。
今度は、少し長く。
暖炉の火が静かに揺れる。
北の夜は寒いはずなのに、部屋の中はやけに温かい。
外では冷たい風が吹いている。
けれどここには、もう氷はない。
ただ、甘い夜だけがある。
――氷の騎士は、主にだけ溶ける。
そしてそれは、誰にも知られない秘密。




