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【完結】追放された悪役令嬢は氷の騎士と静かに人生を取り戻す~復縁は望みませんが、謝罪は受け取ります~  作者: モヒ


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番外編

番外編です。今回のは王太子目線です。

【選ばれなかった側の朝】

王城の庭は今日も完璧だった。

夜露を含んだ芝は均一に刈り揃えられ、季節ごとに植え替えられる花々は寸分の狂いもなく配置されている。

白い噴水は朝の光を受けてきらめき、空は雲ひとつなく澄み渡っていた。


何も変わらない。

少なくとも、外から見れば。


「……静かだな」


王太子は、誰にともなく呟いた。

かつてこの時間、隣には必ず彼女がいた。

淡い色のドレスに身を包み、抱えきれぬほどの政務資料を腕にそれでも背筋は凛と伸びていた。


『殿下、それでは地方の反発が強まります』


柔らかい声だった。

だがその言葉は決して甘くはなかった。


『殿下、寄付金の流れが不自然です。再調査を』


あの時自分はどう答えただろうか。




“任せる”


“後で確認する”


“些細なことだ”




……今になって思う。

あの声は――常に正しかった。

王太子はゆっくりと机へ視線を落とす。

積み上げられた政策案。

重臣たちの署名が並ぶはずの欄は、いくつも空白のままだ。

差し戻された財務報告には赤字が躍り、かつて彼女が即座に指摘していたであろう不整合が今は誰にも見抜かれないまま数日を過ぎる。


セレスティーヌがいなくなってから。

数字が合わない。

意見がまとまらない。

会議は長引き、結論は曖昧になる。


そして何より。

自分の判断に確信が持てない。

あれほど自信に満ちていたはずの私は、今では一つの決裁にも躊躇する。


「……本当に、愚かだった」


その言葉は部屋の広さに吸い込まれた。

思い出すのはあの謝罪の場。

謁見の間で、すべてが覆された日。

彼女は静かに立っていた。

取り乱しもせず、怒りも見せず、ただ穏やかな目で自分を見ていた。


あの目はかつて自分を支え、信じ、未来を共に見つめていた目だったはずなのに。

あの日の瞳は――遠かった。


「婚約破棄を申し出ます」


彼女の声は震えていなかった。

責めるでもなく、泣くでもなく、ただ事実を告げるように。

その瞬間、理解したのだ。

彼女はもう、私を選ばないと。

選ばれなかったのは彼女ではない。


――私だ。


庭へと視線を向ける。

噴水の水音がやけに澄んで聞こえる。


あの男。

北の地へ同行した、王国最強の騎士。

冷酷無比と呼ばれた氷の男。

あの男は最後まで彼女のそばに立っていた。

疑わず、揺らがず、言い訳もせず。

ただ、彼女の後ろに。


「守れなかったな」


否。

守らなかった。

信じなかった。

拳を握る。

思い出せば兆しはいくつもあった。

不自然な証言。

都合の良すぎる証拠。

声を荒げる取り巻き。

だが自分は。


“騒ぎを早く収めたかった”

“王家の体面を守りたかった”

“波風を立てたくなかった”


そのために、一番信じるべき人間を疑った。

庭の外から騎士の足音が近づく。


「報告申し上げます」


「……申せ」


「北の地にて、元公爵令嬢は安定した生活を送られている模様。領民からの信頼も厚く――」


一瞬、言葉が止まる。


「続けよ」


「……騎士アデル殿と、常に行動を共にされているとのこと」


私は目を閉じた。

胸の奥がわずかに軋む。

嫉妬か。

悔恨か。


それとも――安堵か。


少なくとも彼女は孤独ではない。

それだけは救いだった。


「……そうか」


短い返答。

騎士は一礼し、去る。

再び静寂。

広すぎる執務室。

広すぎる庭。

広すぎる未来。


「……愛していたのかもしれぬな」


その言葉を今さら口にする資格などない。

愛とは何だったのか。

共に未来を語ることか。

支え合うことか。

信じることか。

もし最後の一つを選べなかったのなら、それは愛ではなかったのかもしれない。

だが。

彼女が去ったあとでしかその価値がわからなかった。

彼女がいなくなってから初めて自分の未熟さを知った。


ゆっくりと立ち上がる。

窓に映る自分の姿は以前よりわずかに老けて見えた。


「政務を続ける」


失ったものは戻らない。

彼女は戻らない。

どれだけ謝罪しても、どれだけ名誉を回復しても彼女が再び隣に立つことはない。

北の地で、あの男の隣で穏やかに笑う彼女。

その姿を想像するたび胸が締めつけられる。

だが。

それを壊したのは、自分だ。


国は回る。

季節は巡る。

庭は今日も整えられる。

王太子としての務めは続く。

勝利もあるだろう。

称賛もあるだろう。

やがて王となり、歴史に名を刻むかもしれない。

それでも。

どんな栄光も。

どんな戴冠も。

北の地で微笑む彼女を越えることはないと知っている。


選ばれなかった側の朝は今日も静かに始まる。

陽光は等しく差し込むのに胸の奥だけが冷たい。

そしてもう二度と。

彼女の名を公に呼ぶことは許されない。

それが。




私の選んだ未来の代償だった。


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