番外編
侍女アーニャは、主を信じている
王都の朝は、いつもより騒がしかった。
「聞いた? ローゼンベルク公爵令嬢が追放ですって」
「あぁ言うのを、『悪役令嬢』って言うらしいわ」
「なんでも北の方の街で男と歩いていたらしいわ」
「どうせ男に色目でも使ったんでしょ。あーやだやだ」
石畳を掃除しながら、アーニャは一切顔を上げなかった。 噂話など、聞く価値もない。
――だって。
「……嘘だもの」
小さく呟いた声は、誰の耳にも届かない。
セレスティーヌ様が、悪役令嬢?
人を陥れ、嘘を吐き、立場を利用する?
そんなこと、あるはずがない。
アーニャはよく覚えている。
夜遅くまで書類仕事をして、目を赤くしていた姿。
理不尽な命令を押し付けられても、決して使用人の前では怒らなかったこと。
そして――
(下町の孤児に、パンを……)
あれはもう十年も前だろうか。公務の帰り、偶然通りかかった路地で飢えて動けなくなっていた子供に、セレスティーヌ様は迷いなく膝をついた。
「生きなさい」
ただ、それだけ言って。
見返りも、感謝も、名前すら求めずに。
そんな人が、悪役?
「……許せない」
アーニャは、雑巾を強く握りしめた。
あの日、謁見の間に入ることは許されなかった。
けれど、廊下の奥で聞いた声がある。
――王太子と、あの令嬢の、打ち合わせ。
不自然だった。
証拠の出所も、証人の顔ぶれも。
あまりに、出来すぎていた。
「調べれば、必ず……」
アーニャは小さな部屋に戻ると、古い帳簿を引っ張り出した。
セレスティーヌ様が管理していた寄付金の記録。 改竄された痕跡。
消された署名。
一つ一つは小さい。だが、繋げば
――真実になる。
「お嬢様は、もう王都にいない」
それでも。
「だからこそ、私がやるの」
アーニャは、静かに微笑んだ。
かつて主が自分に言ってくれた言葉を思い出しながら。
――「アーニャ、あなたは賢いわ。誇りなさい」
「今度は、私の番だ」
たとえ主が戻らなくても。
たとえ誰にも褒められなくても。
「セレスティーヌ様は、悪役令嬢なんかじゃない」
それだけは、世界に示してみせる。
そしていつか――
北の地で穏やかに笑う彼女に、胸を張って言うのだ。
「セレスティーヌ様。すべて、片付きました」
侍女アーニャは、今日も主の背中を信じている。
たとえ、その背中が今は遠く離れていても。
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新しいの書きました!短編!
今書いてるハイファンタジーの息抜きで書いたやつです。よろしくお願いします(^-^)/




