最終話 そしてあなたと……
王都からの使者が北の邸宅に到着したのは、夜明け前だった。
封筒ではない。
正式な書状――王家の紋章入り。
アデルが受け取り、無言でセレスティーヌに差し出す。
「……来たわね」
指先が、ほんの少しだけ震えた。
だがそれは恐怖ではない。
書状には、簡潔にこう記されていた。
――セレスティーヌ・フォン・ローゼンベルクの罪状は、すべて虚偽であった。
――名誉は完全に回復される。
――王太子殿下は、正式な謝罪の場を設けたいと望んでいる。
そして最後に。
――婚約は、元の形に戻すことも可能である。
セレスティーヌは、静かに紙を閉じた。
「……謝罪、ね」
「行かれますか」
アデルの声は抑えられていた。
だが、その奥にある感情を彼女はもう見誤らない。
「行くわ」
その答えに、彼の表情が一瞬だけ曇る。
「ただし」
セレスティーヌは、まっすぐ彼を見る。
「婚約を終わらせるために」
王都。
謁見の間へ向かう途中、父……ローゼンベルク公爵が現れた。
「セレス……私は取り返しのつかないことをしてしまった……。すまない……。」
「あの令嬢は……」
「あ奴は大罪を犯した。今は地下牢につないでおる。家門ごと没落後、辺境の修道院で生涯を過ごすことになるだろう」
「本当に、すまなかった……」
「……ローゼンベルク公爵、謝罪は受け取ります」
「お父様……とはもう呼んでくれないんだな……」
私は笑顔で応える。
「私はもう、貴族ではありません。それに私の帰る場所は、もうありますから」
謁見の間。
かつて彼女が断罪された場所で、今度はすべてが逆の形で並んでいた。
王太子は、深く頭を下げた。
「……セレスティーヌ、そなたに許しを請う」
その姿を見ても、胸は不思議と波立たない。
「謝罪は、受け取ります」
セレスティーヌは、静かに言った。
「でも」
視線を上げ、はっきりと告げる。
「私は、王太子殿下の婚約者には戻りません」
ざわ、と空気が揺れる。
「こちらから、婚約破棄を申し出ます」
王太子の顔が、わずかに歪んだ。
「理由を、聞かせてもらえるだろうか」
「はい」
セレスティーヌは、一歩前へ出る。
「私は、正しい令嬢でいるために生きることをやめました」
「誰かの期待や、都合や、立場のために選ばれる未来を」
一度、息を吸う。
「もう、選びません」
その場にいた誰もが言葉を失った。
「私は――」
振り返り、謁見の間の扉の方を見る。
「自分で選んだ人のそばで、生きます」
控えていたアデルと、視線が重なった。
彼は、何も言わない。
ただ、逃げ場のないほど真っ直ぐに彼女を見ている。
セレスティーヌは、迷わず彼のもとへ歩いた。
「……アデル」
「はい」
「待たせたわね」
「いえ」
彼は、ほんの一瞬だけ目を伏せてから言った。
「……よく、帰ってきました」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
北の邸宅。 夜。
暖炉の前で、二人きり。
「すべて、終わりました」
セレスティーヌが言うと、アデルはゆっくり頷いた。
「……もう、抑える理由はありません」
低い声。
次の瞬間、彼女は強く抱き寄せられていた。
逃げ道を塞ぐように。けれど、決して乱暴ではなく。
「セレス」
「はい」
「あなたに選ばれたのは、俺です」
「はい」
囁く声が、震えている。
「わたしが選んだ」
セレスティーヌは、彼の胸に顔を埋めた。
「だから」
そっと、彼の背に腕を回す。
「わたしから離れないで」
アデルは息を呑み、さらに強く抱きしめた。
「……一生、離しません」
氷は、完全に溶けていた。
悪役令嬢と呼ばれた人生は、もう終わり。
選ばれる物語でもない。
これは――自分で選び、選ばれた二人の物語。
そして北の地には今日も静かで、穏やかな朝が訪れる。
彼女の帰る場所は、もうどこにも奪われない。
――完。
ついに最終話です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
アーニャ目線の番外編も載せますのでよろしくお願いいたします。
https://ncode.syosetu.com/n0149lv/
新しいの書きました!短編!
今書いてるハイファンタジーの息抜きで書いたやつです。よろしくお願いします(^-^)/
次回作ハイファンタジー準備中です。
今度は剣と魔法の本格バトルあり、世界観重視の物語になります。
恋愛要素はあったりなかったり!?
お楽しみに~!




