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愚者の戦争:崩落する象牙の塔


 地下都市グレイブ334の司令室には、今日も重苦しい空気が澱んでいた。

 だが、その原因は機械軍の襲撃でも、エネルギー反応炉のトラブルでもない。

 もっと質の悪い、理解しがたい「害悪」によるものだった。

 メインスクリーンに映し出されているのは、一人の男だ。

 清潔にプレスされたスーツ。栄養の行き届いた艶のある肌。整えられた髪。

 この荒廃した世界において、それらがどれほど贅沢なリソースの浪費であるかを、男自身は誇示するように顎を上げている。


 『シェルター204』の代表者。

 先日、この街の子供たちを誘拐しようとし、マリアと私によって叩き出された工作員たちの親玉だ。


『聞こえているのか、汚染区域のドブネズミども』


 男の声は、スピーカーを通しても不快なほど甲高く、傲慢さに満ちていた。


『我々の崇高なる調査員たちに対し、貴様らが行った蛮行……言語道断である! 不当な拘束、暴行、そして装備の強奪! これは明確な敵対行為であり、シェルター204に対する宣戦布告とみなす!』


 司令官席に座るミリンダは、頬杖をつきながら冷ややかな目でモニターを見つめていた。

 隣に立つ私も、腕組みをして呆れ返るしかなかった。

 盗っ人が猛々しいとは、まさにこのことだ。


「……用件はそれだけか?」


 ミリンダが億劫そうに口を開いた。


「我々の認識では、貴殿の部下が当都市の未成年者を拉致しようとしたことが発端だ。我々は自衛権を行使し、かつ慈悲を持って追放処分に留めた。……感謝されこそすれ、非難される覚えはない」


『黙れ、機械人形アンドロイド風情が!』


 代表者が顔を真っ赤にして唾を飛ばした。


『人間が機械に対等な口を利かれること自体が不愉快極まりない! 貴様らの役割は人間に奉仕することだろうが! 我々「選ばれた人間」が、資源の有効活用のためにガキどもを回収してやろうとしたのだ! それを……ッ!』


 男はハンカチで額の脂汗を拭い、尊大な態度を取り戻して宣言した。


『よろしい。貴様らの無知蒙昧なチップには、我々の崇高な理念は理解できんらしい。……ならば、形で示してもらおう』


 画面に、長大なリストが表示された。

 請求書だ。


『エネルギー資源、コンテナ50基分。合成食料、3年分。レアメタル、及び予備動力炉の提供。……そして、慰謝料として「遺伝子汚染のない10歳以下の児童」全員の引き渡しを要求する』


 司令室のオペレーターたちがざわめいた。

 法外などというレベルではない。略奪だ。

 特に最後の項目、子供の引き渡し。これだけは絶対に譲れない。


「……正気か?」


 ミリンダの声の温度が氷点下まで下がった。


「その要求を呑めば、この都市は干上がる。それに子供を渡せだと? ……断る」


『拒否権などない!』


 代表者が叫ぶ。


『これは最後通告だ! もし正午までに回答がなければ、我々は武力をもって制圧し、正当な権利として全てを接収する! 我がシェルターが誇る最強の軍隊が、貴様らのボロ家を灰にするぞ!』


 プツン。

 一方的に通信が切られた。

 暗転したモニターを見つめ、ミリンダは深いため息をついた。


「……愚かだ。救いようがないほどに」


「どうする、ミリンダ」


 私が尋ねると、彼女は即座に切り替えた。


「迎撃だ。……相手が人間だろうが関係ない。この都市と住民を守るのが私の任務だ。総員、第一種戦闘配備! ピースウォーカー部隊、発進準備!」


 地下ドック。

 整備士たちの怒号とインパクトレンチの音が響く中、私は愛機『ピースウォーカー・カスタム』の前に立った。

 先日の『南部大剣』との戦いで大破した機体は、レベッカの徹夜の作業によって修復されていた。

 右腕は予備パーツのツギハギ、装甲板の色もバラバラ。見た目はフランケンシュタインの怪物モンスターだが、中身は十分に回る。


「……ごめんな、ヴィオラ」


 コクピットハッチの横で、レベッカがスパナを握りしめて悔しそうな顔をしていた。


「南部大剣へのリベンジマッチに向けて調整してたのに、まさか人間相手の喧嘩に使われるとはな。……弾の無駄遣いだぜ、全く」


「ああ、同感だ」


 私はヘルメットを被り、レベッカの肩を軽く叩いた。


「だが、カノンたちが暮らす街だ。火の粉は払わなきゃならない」


「……頼んだぞ。人間相手だ、気ぃ遣って大変だろうが……死ぬなよ」


 私はコクピットに滑り込んだ。

 システム起動。神経接続ダイブ

 8.2メートルの鋼鉄の身体が、私の肉体となる。

 Efリアクターとは異なる、高出力動力炉の振動が背中から伝わってくる。


「TYPE.SAB-2235、ヴィオラ機、出る!」


 カタパルトから射出され、私は地上へと向かった。

 その胸中にあるのは、戦意よりも、重苦しい徒労感だった。

 機械軍という絶対的な捕食者がいるこの世界で、なぜ被食者である人間同士が殺し合わなければならないのか。

 愚かだ。あまりにも愚かだ。


 地上、グレイブ334の防衛ライン。

 砂煙の向こうから、整然とした隊列を組んで迫ってくる軍勢があった。


 『シェルター204』の正規軍。

 先頭を行くのは、ピースウォーカー部隊だ。その数、およそ50機。


「……ピカピカだな」


 モニター越しに敵機を見て、私は皮肉っぽく呟いた。

 彼らの機体は新品同様だった。塗装剥げ一つなく、関節部はオイルで磨かれている。

 だが、それは強さの証明ではない。

 「戦ったことがない」という証明だ。


『こちらシェルター204討伐隊! 汚染区域の蛮族どもに告ぐ! 直ちに武装解除し、投降せよ! さもなくば……』


 外部スピーカーから流れる警告を無視し、私は通信回線を開いた。

 味方の防衛部隊、傷だらけで、塗装も剥げ落ちた歴戦の機体たちに指示を出す。


「総員、傾注。……相手は『人間』だ」


 その一言で、全機に緊張が走る。


 原初命令。人間を殺してはいけない。


 相手がピースウォーカーに乗っているとはいえ、コクピットを直撃すれば中の人間は挽き肉になる。

 私たちは、相手を殺さずに、無力化しなければならない。

 手足を縛られた状態で、殺す気満々の敵と戦うようなものだ。


「狙うのは四肢、メインカメラ、動力パイプのみ。コクピットブロックへの攻撃は厳禁だ。……死にたくなければ、腕の一本くらいくれてやれ」


『了解!』


 敵の先鋒が発砲した。

 90mmライフルの弾丸が、防壁に着弾し、土煙を上げる。

 戦争の始まりだ。


「撃てッ!」


 私が叫ぶと同時に、グレイブ334側の部隊が散開した。

 私たちは正面から撃ち合うことはしない。

 瓦礫や廃ビルを盾にし、死角から足を撃ち抜く。

 ズドンッ!

 私の放った精密射撃が、敵の先頭機の右膝を撃ち抜いた。

 ガクン、と敵機がバランスを崩す。

 すかさず接近し、すれ違いざまにマニピュレーターでライフルの銃身を掴み、へし折る。


『う、うわぁぁぁッ! アンドロイドが攻撃してきたぞ!』


『化け物め! 殺してやる!』


 敵の通信からパニックと怒号が聞こえる。

 彼らの動きは素人同然だった。

 遮蔽物も使わず、棒立ちで撃ってくる。連携も取れていない。

 ただ、機体の性能だけはいい。出力も高く、装甲も厚い。

 金持ちの道楽で揃えた高級車のような兵器だ。


「……やりづらい」


 私は舌打ちをした。

 敵機の一体が、サーベルを振り回して突っ込んでくる。

 殺す気なら、カウンターでコクピットを貫けば一瞬で終わる。

 だが、それができない。

 私はスラスターを噴かし、敵の攻撃を紙一重で回避した。

 そして、敵機の腕関節にヒート・ナイフを突き立て、切断する。

 右腕を失った敵機が転倒する。


『ひぃっ! 腕が! 俺の機体が!』


「……動くな。動けば次は足を貰う」


 私は外部スピーカーで威嚇し、次の敵へ向かう。

 不毛な戦いだった。

 私たちは優秀な外科医のように、敵の戦闘能力だけを削ぎ落としていく。

 一方、敵は恐怖と屈辱で狂ったように弾をバラ撒いてくる。

 流れ弾が居住区に当たらないよう、盾になって防ぐ味方機もいる。

 装甲が削れ、オイルが流れる。

 なぜ、守るべき人間に傷つけられなければならないのか。

 脳内の論理回路が矛盾パラドクスで焼き切れそうになる。


「……いい加減にしろ、愚か者どもが!」


 私が苛立ち紛れに敵機のメインカメラを蹴り砕いた、その時だった。


 ピタリ。

 敵の増援部隊の動きが止まった。

 攻撃の手が止む。

 何だ? 降伏か?

 いや、違う。

 傍受していた敵の通信回線が、異様なパニックに包まれていた。


『な、何だと!? 本部が……襲撃されている!?』

『嘘だろ! 俺たちのシェルターだぞ! 鉄壁の要塞だぞ!』

『「黒い波」だ……! 奴らが、機械軍が来たんだ!』


 機械軍。

 その単語が出た瞬間、戦場の空気が凍りついた。


「……ミリンダ! 状況は!」


 私は司令室へ通信を繋いだ。

 ミリンダの声もまた、深刻だった。


『……レーダーに高エネルギー反応多数。方角は北北東、シェルター204方面だ。……ヴィオラ、奴らの本拠地が燃えている』


 私はモニターの倍率を上げ、遠くの地平線を見た。

 シェルター204がある方角。

 そこから、どす黒い煙が立ち上っていた。

 戦闘の火災ではない。都市一つが燃える規模の、破滅の狼煙だ。


「馬鹿な……。まさか」


 状況を理解し、戦慄した。

 シェルター204は、このグレイブ334を制圧するために、虎の子の戦力であるピースウォーカー部隊を総動員した。

 つまり、今の彼らの本拠地は──「空っぽ」だ。

 防衛戦力を持たない要塞など、ただの巨大な棺桶でしかない。

 機械軍のAIは、その隙を見逃さなかったのだ。

 人間同士が争い、防備が手薄になった瞬間を、冷徹に、慈悲なく突きにきた。


『た、隊長! 戻りましょう! 家族が……俺たちの街が!』

『ええい、撤退だ! 全機、最大戦速で帰還しろ! 急げェッ!!』


 目の前の敵部隊が、蜘蛛の子を散らすように背を向けた。

 私たちへの攻撃など忘れたように、燃え上がる故郷へと全速力で駆けていく。


「……行かせるのか、ミリンダ」


『追撃は無用だ。……それに、今から行っても間に合わん』


 ミリンダの声は淡々としていたが、そこには深い憐れみが含まれていた。

 間に合わない。

 機械軍の進軍速度と、破壊の効率性を考えれば、救援が到着する頃には、そこは更地になっているだろう。

 私は去っていく敵機たちの背中を見送った。

 彼らは必死だ。だが、その必死さはあまりにも遅すぎた。


 自分たちを「選ばれた人間」だと驕り、他者を踏みにじろうとした報いが、最悪の形で返ってきたのだ。


「……愚者の戦争だ」


 私はコクピットの中で、深く息を吐いた。

 勝ったわけではない。

 ただ、より巨大な理不尽によって、勝負が流れただけだ。

 空を見上げると、鉛色の雲が渦巻いていた。

 遠くの黒煙が、空をさらに暗く染めていく。

 彼らの楽園は崩れ去った。

 残されるのは、プライドをへし折られ、帰る場所を失った「難民」だけだ。


 それは、あまりにも無惨な敗走だった。

 数時間前、意気揚々とグレイブ334へ侵攻してきた『シェルター204』の精鋭部隊は、見る影もなく消耗しきっていた。


 新品だったピースウォーカーは黒く焼け焦げ、装甲は剥がれ落ち、あるいは手足を失って仲間の機体に抱えられている。

 彼らの背後に続くのは、軍用トラックや高級車、そして徒歩で逃げてきた民間人の列だ。

 その列は長く、そして死のような沈黙に包まれていた。


 グレイブ334、地上ゲート前。

 私は機体を降り、ミリンダと共に防壁の上に立っていた。

 眼下に広がるのは、かつて自分たちを「選ばれた人間」と称した者たちの成れの果てだ。


「……開けてくれ! 頼む! 入れてくれ!」


 先頭に立つ部隊長らしき男が、ヘルメットを脱ぎ捨てて叫んでいた。

 その顔は煤とオイルで汚れ、プライドの欠片もない。ただの恐怖に支配された男の顔だった。


「シェルターは……我々の街はもう駄目だ! 機械軍に飲み込まれた! 戻る場所なんてないんだ!」


「知ったことか」


 ミリンダが拡声器を使って冷たく言い放つ。


「貴様らは数時間前、我々を『汚染区域のドブネズミ』と呼び、この都市を灰にすると宣言したはずだ。……その舌の根も乾かぬうちに、命乞いか?」


「ぐっ……! だ、だが、民間人がいるんだ! 女も、老人も……それに子供もいるんだぞ!」


 男が後ろの車列を指差す。

 トラックの荷台や、高級車の窓から、怯えた顔が覗いている。

 その中には、確かに多くの子供たちがいた。

 シェルター204で「汚染されていない資源」として過保護に育てられた子供たちだ。

 彼らは真っ白な服を着ていたが、今は泥にまみれ、何が起きたのか理解できずに泣きじゃくっている。


 彼らは何も悪くない。

 大人たちの歪んだ思想に巻き込まれ、楽園を追われただけの被害者だ。

 私の視覚センサーが、母親の袖を掴んで震える少女の姿を捉えた。

 その姿が、シェルターに隠していた時のカノンと重なる。


「……ミリンダ」


 私は小声で呼びかけた。


「……分かっている」


 ミリンダは小さく頷き、再び拡声器を構えた。


「我々アンドロイドには『人間を守れ』という原初命令がある。貴様らのような愚か者でも、生物学上は人間だ。……見捨てることはできない」


 その言葉に、ゲート前の群衆から安堵の息が漏れた。

 だが、ミリンダの言葉はそこで終わらなかった。


「ただし、条件がある」


 ミリンダの声が、鋭い刃のように空気を切り裂く。


「第一に、貴様らが持つ『シェルター204』の市民権、およびそれに付随する一切の選民思想を破棄すること。今日この瞬間から、貴様らは『選ばれたエリート』ではない。ただの『難民』だ」


「なっ……!?」


 大人たちがざわめく。彼らにとってのアイデンティティを捨てろという宣告だ。


「第二に、グレイブ334の法と秩序に絶対服従すること。ここでは働かざる者食うべからずだ。貴様らの地位も、財産も、血統も通用しない。泥にまみれて働き、対価を得ろ」


 そして、ミリンダは私の方を一瞥し、最後の条件を告げた。


「第三に。……子供たちへの『思想教育』を禁ずる。彼らは貴様らの所有物でも、資源でもない。この都市の未来を担う、自由な個人として育てること」


 沈黙が落ちた。

 プライドの高い彼らにとって、それは屈辱的な条件だろう。

 だが、彼らに選択肢はない。

 背後には機械軍の影が迫っている。荒野で野垂れ死ぬか、プライドを捨てて生き延びるか。


「……承知、した……」


 部隊長が膝をつき、項垂れた。

 それが、崩落した象牙の塔の、最後の音だった。


 ゲートが開き、避難民たちが雪崩れ込んでくる。

 私は防壁の上から、その様子を監視していた。

 誘導を行うアンドロイドたちに従い、かつてのエリートたちがトボトボと歩いていく。

 高級車は燃料切れで乗り捨てられ、宝石や紙幣の詰まったカバンも、重いだけで意味がないと捨てられていく。


 その中で、子供たちの姿が痛々しかった。

 彼らは温室しか知らなかった。

 外の世界の匂い、鉄錆と油の混じった空気、そして粗野なスラムの光景に、恐怖で目を白黒させている。

 だが、グレイブ334のスラムの子供たちが、遠巻きに彼らを見ていた。

 蔑むでもなく、羨むでもなく、ただ「新しい仲間」を見る目で。


 一人のスラムの少年が、シェルターから来た少女に近づき、無造作に何かを手渡した。

 固くなったパンの欠片だ。

 少女は戸惑っていたが、空腹に耐えかねてそれを口にし、そして泣き出した。

 少年は不思議そうに首を傾げ、そして不器用に彼女の背中をさすった。


「……子供の方が、よほど賢いな」


 私は独りごちた。

 大人たちが「汚染だ」「純血だ」と争っている間に、子供たちはパン一つで境界を越えてしまう。


 夜。騒動が一段落し、私はB-302号室に戻った。

 部屋に入ると、レベッカとアリサがカノンをあやしていた。

 私の顔を見ると、二人はほっとしたような表情を浮かべた。


「おかえり、ヴィオラ。……外は大変だったみたいだな」


「ああ。人口が一気に増えた。食糧事情がまた厳しくなるぞ」


「勘弁してくれよ。……ま、生きてりゃなんとかなるか」


 レベッカが笑い、アリサがカノンを私に手渡してくれた。

 カノンは私の匂いを嗅ぐと、嬉しそうに声を上げた。

 私はカノンを抱きしめ、椅子に深く腰掛けた。

 どっと疲れが出た。

 戦闘の疲れではない。人間の愚かさを目の当たりにした、精神的な疲労だ。

 機械軍は指一本動かさず、人間の一大拠点を壊滅させた。

 人間が勝手に争い、勝手に隙を作り、勝手に自滅したのだ。


 『南部大剣』の高笑いが聞こえてきそうだ。「だから人間は救済(抹殺)すべきなのだ」と。


「……愚かだ、本当に」


 私はカノンの柔らかな髪を撫でながら呟いた。

 アンドロイドの「人間を守れ」というプログラムが、これほど虚しく、そして重く感じる日はない。

 私たちは、こんな愚かな生き物を守るために作られたのか。

 自ら破滅に向かう創造主を、延命させることに何の意味があるのか。

 だが。


 腕の中のカノンが、私の指をぎゅっと握り返してきた。

 その瞳には、偏見も、傲慢さも、絶望もない。

 ただ、私という存在への純粋な信頼だけがある。

 シェルターから来た子供たちもそうだ。

 彼らには罪はない。彼らが生きていれば、次の世代は変わるかもしれない。

 愚かな親たちの轍を踏まず、スラムの子供たちと手を取り合い、新しい価値観を作るかもしれない。

 

 そこにあるのは「可能性」だ。

 機械にはない、人間だけが持つ、変化し成長する力。

 ミリンダが、そしてマリアが信じているのも、きっとそれなのだろう。


「……お前は、賢く生きろよ。カノン」


 私はカノンの額にキスをした。


「誰かを見下すんじゃなく、誰かから奪うんじゃなく……与えられる人間になれ。……あんな大人たちにはなるな」


 カノンが「うー!」と答えるように声を上げた。

 

 モニターには、街の監視カメラの映像が映っている。

 そこには、かつてエリートだった男たちが、工兵型アンドロイドに怒鳴られながら、泥まみれになって瓦礫を撤去している姿があった。

 その横で、子供たちが瓦礫を使ってボール遊びを始めている。

 シェルターの白い服の子も、スラムのボロボロの服の子も、混じり合って。

 世界は残酷で、人間は愚かだ。

 それでも、夜は明け、命は続く。

 私はS型アンドロイドとしての機能をスリープモードに切り替え、母親としての顔で目を閉じた。

 明日は、カノンに新しいオモチャを作ってやろう。

 争いではなく、創造のための何かを。



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