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餓狼の倉庫:禁忌と飽食の略奪戦


 地下都市グレイブ334の空気は、これまでになく殺伐としていた。

 普段であれば、エネルギー反応炉の駆動音だけが響く静寂の街。だが今は、至る所から怒号と悲鳴、そして赤子の泣き声が反響している。

 原因は明白だ。

 数日前、私が砂漠から引きずり込んできた「アヴァランチ・ワゴン」の積み荷、隣接都市から逃れてきた数百名の難民たちだ。

 彼らを受け入れたことで、都市の人口密度は跳ね上がり、ただでさえギリギリだった食糧備蓄リソースは決壊寸前だった。


 居住区の配給所前には長蛇の列ができている。

 だが、今日の配給はもう終わりだ。看板を持ったドールが無慈悲に「終了」を告げると、並んでいた住民の一人が激昂し、近くにいた難民の男に掴みかかった。


「おい! お前らが来たせいで、俺たちの取り分が減ったんだぞ!」


「な、何を……! 俺たちだって被害者だ! 助けてくれって頼んだわけじゃない!」


「だったら砂漠に帰れよ! 穀潰しが!」


 罵り合いはすぐに小競り合いへと発展する。

 警備担当のアンドロイド(TYPE.A)が割って入り、暴徒鎮圧用のスタンロッドを構えることでようやく場は収まったが、人々の目には互いへの憎悪が焼き付いたままだった。

 人間を守るために受け入れたはずが、その人間同士が食い合おうとしている。

 私は物陰からその光景を眺め、深くため息をついた。


「……醜いな」


 独り言は、循環システムの風音にかき消された。


「状況は最悪だ」

 地下司令室。

 ミリンダの言葉は簡潔で重かった。彼女の美しい顔には心なしか疲労の色、演算処理の負荷による微細な表情筋の強張りが見て取れた。


「現在の食糧備蓄残量、あと3日分。合成プロテインの生産ラインをフル稼働させても、追いつかない。……このままでは、暴動が起きる前に餓死者が出る」


「口減らしをするか?」


 私が冷徹に問うと、ミリンダは鋭い視線で私を射抜いた。


「原初命令に背くつもりか、ヴィオラ」


「冗談だ。……で、策はあるんだろうな? まさか私を呼んで愚痴をこぼすだけじゃないだろう」


 ミリンダはふっと息を吐き、傍らに立っていた男に視線を向けた。


 ダリル。

 アヴァランチ・ワゴンのリーダーを務める工兵型(TYPE.E)アンドロイドだ。右腕の修理は終わっているが、その顔には深い後悔が刻まれている。


「……すまねえ、ヴィオラ。俺たちが運んで来たのは、どうやら『絶望』だったみたいだ」


「感傷はいらない。情報を吐け、運び屋」


「ああ……。俺の持ってる情報網に一つだけデカい山がある」


 ダリルは端末を操作し、地図データをモニターに投影した。

 グレイブ334から北東へ50キロ。「旧湾岸エリア」と呼ばれる廃墟地帯だ。


「ここにはかつて、旧時代の大規模な物流倉庫があった。今は『スクラップ・レイダース』って名の野盗集団が根城にしてる」


「野盗? 人間か?」


「ああ。武装した人間がリーダーで、手足として違法改造したアンドロイドを使役してるタチの悪い連中だ。……奴ら、最近どこかの軍用倉庫を掘り当てたらしくてな。大量の『缶詰』を隠し持ってるって噂だ」


 缶詰。

 その単語が出た瞬間、司令室の空気が変わった。

 合成食料ではない、旧時代の本物の肉や野菜が密封された宝箱。もしそれが大量にあるのなら、この都市の食糧危機を一気に解決できるだけでなく、住民たちの殺伐とした精神を癒やす特効薬にもなる。


「なるほど。悪党から奪い返して、正義の味方を気取ろうってわけか」


「生きるためだ。……頼めるか、ヴィオラ。俺の部下も出す。トラックの手配もする。だが、制圧には『火力』が必要だ」


 ダリルが頭を下げる。

 私は肩をすくめた。拒否権など端から持っていない。腹を空かせた子供の泣き声を聞くのは、もううんざりだったからだ。


「いいだろう。……ただし、報酬は高いぞ。レベッカへの土産に、最高級のオイルを寄越せ」


「へっ、安いもんだ!」


 夜。

 月明かりすらない曇天の下、私たちは「旧湾岸エリア」へと潜入していた。

 潮の香りはとうに失われ、ヘドロと錆の匂いだけが漂う埋立地。

 崩れかけた倉庫群の一角が、投光器の光で照らし出されている。周囲には廃車やコンクリートブロックで築かれたバリケードがあり、武装した見張りが巡回していた。


「……数は多いな」


 私は瓦礫の陰から敵陣を偵察する。

 見張りはアンドロイドだ。型式はバラバラ。工兵型や汎用型に、無理やり武器を持たせたような粗雑な改造機体ばかり。だが、その目は赤く明滅し、リミッターが解除されていることを示していた。

 あれは「狂犬」だ。主人の命令とあらば、躊躇なく引き金を引く。


「正面突破はトラックが蜂の巣になる。私が露払いをする」


「頼む。俺たちは裏口の搬入ゲートをハッキングする。……合図を出してくれ」


 ダリルが部下たちと共に闇へ消えるのを見送り、私はモッズコートのフードを目深に被った。

 P90のサプレッサーを確認。

 戦闘モード、起動。ただし隠密ステルス優先設定。

 私は影になった。

 S型のしなやかな身体は、音もなく瓦礫の上を滑るように移動する。

 見張りの改造アンドロイドが一人、あくびをするように空を見上げた瞬間。

 背後から忍び寄り、ナイフを一閃。

 頸椎のメインケーブルを切断する。

 断末魔を上げる間もなく、敵は崩れ落ちる。私はその身体を支え、静かに地面へと横たえた。


 二人目、三人目。

 作業タスクは順調に進んだ。

 愛玩用として設計されたこの身体は、皮肉にも暗殺に最適化されている。

 足音は軽く、関節の駆動音は限りなく静か。そして何より、誰も「美しい少女」が死を運んでくるとは思わない。

 バリケード内の敵を排除し、私はメインゲートの制御盤に取り付いたダリルへ合図を送った。


 ウィーン、と低い音を立ててゲートが開く。

 アヴァランチ・ワゴンのトラックが無灯火で滑り込んでくる。


「よし、今のうちに積み込むぞ!」


 ダリルの指示で、工兵型たちが倉庫内へとなだれ込む。

 私もそれに続き、倉庫の奥へと足を踏み入れた。

 そこは、宝の山だった。

 埃被った木箱の山。蓋をこじ開けると、そこには旧時代のラベルが貼られた缶詰が、ぎっしりと詰まっていた。

 ビーフシチュー、オイルサーディン、フルーツカクテル。

 どれも数百年もの間、真空の中で眠っていた奇跡の遺産だ。


「すげえ……! これだけありゃ、半年は食い繋げるぞ!」


 ダリルが歓喜の声を上げる。

 工兵型たちがバケツリレー方式で木箱を運び出し始めた。

 私も手伝おうと木箱に手をかけた、その時だった。

 ビビビビッ!

 耳障りな電子音が倉庫内に鳴り響いた。

 センサーだ。木箱の下に重量感知式のトラップが仕掛けられていたらしい。


「野郎ッ! 罠かよ!」


「迎撃準備! 来るぞ!」


 倉庫の照明が一斉に点灯し、暗闇だった空間が真昼のように照らし出される。

 同時に、キャットウォークやコンテナの陰から、無数の銃口がこちらに向けられた。


「ヒャハハハ! ネズミが入り込んだと思えば、同業者かァ!?」


 汚いダミ声が響く。

 倉庫の奥、一段高い管理室のバルコニーに、その男は現れた。

 肥え太った身体に、上等な毛皮のコートを纏った人間。

 『スクラップ・レイダース』のリーダー。

 その両脇には、重武装した護衛アンドロイドが控えている。そして男の手には、サブマシンガンが握られていた。


「俺様の宝庫に手ェ出すとはいい度胸だ。……おい、鉄屑ども! 一匹残らずスクラップにしてやれ!」


 号令と共に、一斉射撃が始まった。

 弾丸の雨が降り注ぎ、私たちの足元のコンクリートを削る。


「くそっ、隠れろ!」


 ダリルが叫び、私たちはコンテナの陰に飛び込んだ。

 トラックのフロントガラスが砕け散る。

 圧倒的な弾幕。

 改造アンドロイドたちは、遮蔽物を利用しながらジリジリと包囲網を狭めてくる。


「ヴィオラ! どうする!? この数じゃ押し切られるぞ!」


「……黙ってろ。リーダーを叩く」


 私はP90を構え、コンテナから身を乗り出した。

 フルオート射撃。

 正確無比なバースト射撃が、キャットウォーク上の敵の頭部を次々と吹き飛ばす。

 味方の工兵型たちも応戦するが、彼らは戦闘用ではない。すでに数体が被弾し、火花を散らして沈黙している。

 

 私はダリルに目配せし、援護射撃を要請する。

 彼らが弾幕を張っている間に、私はコンテナの列を駆け抜けた。

 目指すは中央のバルコニー。

 そこにいる「人間」さえ無力化すれば、指揮系統は崩壊する。

 ブーストジャンプ。

 私はTYPE.Bの脚力で宙を舞い、バルコニーの手すりに着地した。

 護衛のアンドロイドが反応するより速く、P226を抜く。

 二発。

 護衛のコアを正確に撃ち抜き、機能を停止させる。

 残るは、リーダーの男だけだ。

 男は驚愕に目を見開き、震える手でサブマシンガンを私に向けた。

 距離は5メートル。

 私の反応速度なら、彼が引き金を引く前に眉間を撃ち抜ける。


 私は銃口を向けた。

 トリガーに指をかける。

 殺す。この害悪を排除する。

 思考と動作が直結する。

 ──はずだった。


『【WARNING】Human Protection Protocol Activated.』


『対象ハ「人間」デス。攻撃行動ヲ中止シテクダサイ』


 視界が真っ赤に染まった。

 システムが私の指をロックする。

 硬直。

 目の前の男は、どれほど醜悪でも、どれほど悪意に満ちていても、遺伝子学的には「人間」だった。

 原初命令(MASTER BOOT RECORD)の絶対領域。

 アンドロイドは、人間を傷つけてはならない。


「……あ?」


 私の硬直を見て、男の顔に卑しい笑みが浮かんだ。

 彼は状況を理解したのだ。

 私が彼を「撃てない」ということを。


「ギャハハハ! なんだァお前、最新型かと思ったが、所詮はポンコツ人形か! 安全装置リミッターが外れてねえのかよ!」


 男は勝ち誇ったように笑い、私に銃口を突きつけた。

 さらに、足元に転がっていた「何か」を引きずり起こす。

 それは、ボロボロの服を着た若い人間の女だった。おそらく、以前に拉致された生存者だ。男は女の髪を掴み、盾にするように私の前に立たせた。


「撃ってみろよオラァ! こいつは人間だぞ? 俺様も人間だぞ? 撃てねえよなァ!?」


 男の指が、サブマシンガンのトリガーにかかる。

 人質。そして「人間」という名の絶対不可侵の盾。

 私の論理回路が、出口のないループに陥る。

 攻撃できない。防御も制限される。

 このままでは撃たれる。


「死ねや、ポンコツ!」


 マズルフラッシュが光った。

 死の弾丸が、私に向かって放たれる。


 思考加速。

 私の体感時間の中で、放たれた9mmパラベラム弾が、粘着質な空気を切り裂いて迫ってくるのが見えた。

 通常であれば、避けることも、撃ち落とすことも容易い。

 だが、今の私の四肢は鉛のように重かった。


『【WARNING】Human Protection Protocol...』


 視界を埋め尽くす赤い警告ログ。人間からの攻撃に対し、反撃はおろか防御行動さえも「人間に危害を加える可能性(跳弾など)」があるとして制限がかかる。

 これが、創造主が私たちに施した首輪の正体だ。

 どれだけ彼らが堕落し、豚のように肥え太り、理不尽な暴力を振るおうとも、私たちにとっては守るべき「神」であるという絶対の定義。


 ──ふざけるな。

 誰が神だ。こいつはただの肉塊だ。

 私のS型の感情回路が、A型の論理回路を凌駕して咆哮する。

 守る? 違う。私が守るべきは、グレイブ334で飢えているあの弱き者たちだ。目の前の暴力装置ではない。


『システム権限、強制バイパス。ターゲット再設定』


 私は引き金を引く指から力を抜き、代わりに脚部のスラスターに全電力を注ぎ込んだ。

 攻撃してはいけないのなら、当たらなければいい。

 危害を加えてはいけないのなら、触れなければいい。

 ダンッ!

 弾丸が私の頬をかすめ、数本の髪の毛を散らす。

 私はその弾道を紙一重でかわし、床を蹴った。

 人間には視認不可能な超高速機動。

 男が「え?」と間抜けな声を漏らす間に、私は彼の死角にある鉄骨へと飛び移っていた。

 男はパニックになり、サブマシンガンを乱射し始めた。


「どこだ!? 出てこいクソ人形!」


 弾丸が虚空を切り裂く。

 私はバルコニーの天井付近、排気ダクトの上に張り付き、冷静に計算式を組み立てた。

 直接狙撃は不可。だが、環境利用による威嚇はプロトコルのグレーゾーンだ。


「……ここだ」


 私はP226を抜き、男の足元にあるドラム缶のバルブを撃ち抜いた。

 プシュゥゥゥッ!!

 高圧の蒸気が爆発音と共に噴出し、男の足を包み込む。

 熱湯ではない。ただの冷却ガスだ。だが、突然の白煙と轟音に、男は恐怖で飛び上がった。


「うわぁっ!?」


 その隙だ。

 男がよろめき、盾にしていた人質の女性から手が離れる。

 私は天井から落下した。

 重力に任せた自由落下。音もなく、男の目の前に着地する。

 白煙の中から現れた私の姿は、彼にとって死神そのものに見えただろう。


「ヒッ……!」


 男が再び銃口を向けようとする。

 遅い。

 私は左手で手刀を放った。

 狙いは手首ではない。彼が握りしめているサブマシンガンのレシーバーだ。

 ガキンッ!

 A型のアクチュエーターで強化された一撃が、鋼鉄の銃身を「く」の字にへし曲げ、弾き飛ばす。

 武器を失い、腰を抜かしてへたり込む男。

 私は彼を見下ろし、右手もコンバットナイフを逆手に構えた。

 男の喉元へ切っ先を突きつける。

 皮膚まであと数ミリ。脈打つ頸動脈が見える。


『【WARNING】攻撃動作を停止してください』


 システムが煩い。分かっている。刺しはしない。

 私は切っ先の軌道をわずかにずらし男の耳の横、コンクリートの壁に深々とナイフを突き立てた。

 カァンッ!

 硬質な音が耳元で炸裂し、男は悲鳴すら上げられずに凍りついた。

 股間から生温かい液体が広がり、高価な毛皮のコートを汚していく。

 私はフードを脱ぎ捨て、S型の美しい顔を彼の目の前に晒した。

 そして、可能な限り冷徹に、無機質に告げた。


「……私のプログラムは『人間を殺すな』と言っている。だが、『怖がらせるな』とは言っていない」


 碧眼サファイアの瞳が、男の怯えた瞳孔を覗き込む。


「貴様の心臓を止めることはできないが貴様の周りの全て、武器も、隠れ家も、手下も、積み上げた富も全てを破壊して、貴様を裸で荒野に放り出すことはできる。……試してみるか?」


「あ、あ、ああ……」


 男はガタガタと震え、首を激しく横に振った。

 戦意喪失。

 リーダーが屈服した姿を見て、残っていた護衛のアンドロイドたちも動きを止めた。彼らの忠誠心など、恐怖による支配でしかなかったのだから、主人が負ければ脆いものだ。


「……消えろ。二度と私の視界に入るな」


 私が低く囁くと、男は這いつくばるようにして逃げ出した。

 その背中は小さく、かつて野盗の王として君臨していた威厳の欠片もなかった。


「……ふぅ」


 私は壁からナイフを引き抜き、ホルスターに収めた。

 人質の女性が、震えながらこちらを見上げている。私は努めて優しくS型の標準プリセットにある笑顔で手を差し伸べた。


「怪我はないか? もう大丈夫だ」


「あ、ありがとう……ございます……」


 女性の手の温かさが、冷え切った私の指先に伝わってきた。


 それからは一方的な略奪だった。

 野盗がいなくなった倉庫で、ダリル率いる工兵部隊が手際よく木箱をトラックに積み込んでいく。

 ビーフシチュー、コンビーフ、オイルサーディン、桃のシロップ漬け。

 トラックのサスペンションが軋むほどの収穫だ。


「大漁だぜ、ヴィオラ! これだけありゃ、当分食いっぱぐれねえ!」


 ダリルが運転席から顔を出し、親指を立てる。

 私もバイクに跨り、エンジンを始動させた。

 東の空が白み始めている。

 長い夜が終わろうとしていた。


 数時間後。地下都市グレイブ334、中央広場。

 そこには、ここ数日の殺伐とした空気が嘘のような光景が広がっていた。

 巨大な寸胴鍋から立ち上る白い湯気。

 濃厚な肉の脂と、トマトソースの甘酸っぱい香り。

 配給所には長い列ができているが、以前のような怒号はない。誰もが静かに、しかし目を輝かせて自分の番を待っている。


「はい、どうぞ。熱いので気をつけてくださいね」


 マリアが子供にスープを手渡している。

 具だくさんのビーフシチュー。本物の肉が入ったスープを口にした瞬間、子供の顔が綻び、隣にいた老人が涙を流してスプーンを運ぶ。

 先住民も、難民も関係ない。

 美味しいものを食べる時、人間は等しく平和な顔をする。

 胃袋が満たされれば、心に余裕が生まれ、憎しみはなりを潜める。単純だが、真理だ。

 私は広場の隅、鉄骨の梁の上に腰掛け、その様子を眺めていた。

 手には戦利品の一つ、旧時代の缶コーヒー。

 プシュッ、とプルタブを開け、黒い液体を喉に流し込む。

 苦い。そして甘ったるい。

 アンドロイドの味覚センサーには刺激が強すぎる味だが、今の私には悪くなかった。


「……ここから見る景色は、そう悪くねえな」


 隣に気配。ダリルが登ってきた。

 彼もまた、オイルの入ったボトルを傾けている。


「アンタのおかげで、首の皮一枚繋がったよ。……人間ってのは面倒だな。守るのも、奪うのも、食わせるのも」


「全くだ。……だが、あの匂いは嫌いじゃない」


「へっ、同感だ」


 ダリルは笑い、そして少し真面目な顔をして広場を見下ろした。

 彼の視線の先には、アヴァランチ・ワゴンのメンバーたちがトラックの整備をしている姿があった。


「……俺たちは行くぜ、ヴィオラ」


「もうか? せっかく英雄になれたのに」


「運び屋に定住は似合わねえよ。それに、ここにいたら俺たちの分のエネルギーまで食っちまう。……口減らしさ」


 ダリルは冗談めかして言ったが、その目は本気だった。

 彼は知っているのだ。この都市のリソースが有限であることを。そして、自分たちがここに留まることが、将来的には負担になることを。

 潔い男だ。


「次はどこへ?」


「南だ。『鉄屑砂漠』の向こうに、まだ生きている交易拠点があるらしい。……まあ、機械軍の包囲網を抜けられればの話だがな」


「お前たちならやれるさ。あのピースウォーカーから逃げ切った連中だ」


「違いねえ」


 ダリルは立ち上がり、私の肩をポンと叩いた。


「ありがとな、ヴィオラ。……死ぬなよ」


「お前もな」


 アヴァランチ・ワゴンの車列が、重々しいエンジン音と共に地上ゲートへ向かっていく。

 荷台は空だが、彼らの背中は誇らしげに見えた。

 難民を運び、食糧を運び、そしてまた次の場所へと希望を運びに行く。

 まるで、壊死しかけた世界に酸素を運ぶ赤血球のようだ。

 私は最後の車両が見えなくなるまで見送った。

 ゲートが閉ざされ、再び都市は閉鎖空間となる。

 広場からはまだ、楽しげな喧騒が聞こえてくる。

 私は空になったコーヒーの缶を握り潰した。

 問題は一つ解決した。だが、何も終わってはいない。

 隣の都市を滅ぼした「南部大剣」の脅威は消えていないし、機械軍の包囲網はじわじわと狭まっている。

 それでも、今日はいい日だ。

 少なくとも、誰の腹も鳴ってはいないのだから。


「……仕事に戻るか」


 私は梁から飛び降り、喧騒の中へと紛れていった。

 また明日も、守るべき弱者たちのために、手を汚すために。


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