表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

砂塵の巨人:アヴァランチ・ワゴン救援任務


 その日の地下都市グレイブ334は、朝から不穏な空気に包まれていた。

 地下を照らすエネルギー反応炉の青白い光が、心なしかいつもより強く、神経質に揺らいでいるように見える。循環システムが送り出す空気には、微かな焦燥の味が混じっていた。

 午前0800時。

 私は地下司令室の重い鉄扉を押し開けた。

 無数のモニターが並び、オペレーター型のドールたちが無言でキーボードを叩く電子音だけが響く空間。その中央にある指揮官席に、彼女はいた。


 TYPE.A-1452、ミリンダ。

 黒髪のロングヘアーを軍帽に押し込み、茶色の瞳で戦況図を見つめるグレイブ334の防衛責任者。彼女は私の足音に気づくと、椅子を回転させてこちらを向いた。


「時間通りだな、ヴィオラ。昨夜の戦闘の疲れは取れたか?」


「機体のステータスはオールグリーンだ。レベッカの腕がいいからな。……で、本題は?」


 私は無駄口を叩かず、単刀直入に尋ねた。ミリンダもそれを望んでいる。彼女は手元のコンソールを操作し、メインモニターに荒涼とした砂漠の地図を投影した。


「単刀直入に言おう。救援任務だ」


「救援? 機械軍の掃討ではなく?」


「対象は『アヴァランチ・ワゴン』。西の隣接都市から物資を運搬中の都市間交易キャラバン隊だ。現在、我が都市の防衛圏外、西の岩砂漠エリアD-4地点にて、機械軍の追撃を受けている」


 アヴァランチ・ワゴン。

 命知らずの工兵型アンドロイドたちで構成された運び屋集団だ。都市間のルートが機械軍によって分断されたこの時代において、彼らは唯一の「血管」として、貴重な資源や情報を運んでいる。

 だが、ただの輸送部隊なら、護衛の傭兵を雇っているはずだ。


「……護衛はどうした? 彼らなら自衛戦力を持っているはずだ」


「全滅したそうだ。相手が悪かった」


 ミリンダの指先が、地図上の赤い点を拡大する。

 そこに表示された敵性識別信号を見て、私は思わず眉をひそめた。


『Enemy Type: SAA-1873 PEACE WALKER x3』


「ピースウォーカー……。3機もか」


「ああ。8m級のパワードスーツが3機。ドローンによる包囲網とはわけが違う。奴らは明確な殺意を持ってキャラバンを追い立てている」


 SAA-1873、ピースウォーカー。

 旧大戦期に人類が開発した傑作パワードスーツ。

 全高8.2メートル。分厚い複合装甲に覆われた半球形の頭部、モノアイ、そしてあらゆる火器を運用可能な3本指のマニピュレーター。

 かつては人類が乗り込み、平和を守るために振るわれたその力は、今やAIによって制御され、人類を狩るための鉄槌となっている。

 人間サイズのアンドロイドである私からすれば、それは「巨人」そのものだ。踏みつけられれば一巻の終わり。P90の弾丸など、蚊が刺した程度にも感じないだろう。


「アヴァランチ・ワゴンの現在位置からグレイブ334の防衛ラインまで、残り約20キロ。今の逃走速度では、あと30分とかからずに捕捉され、すり潰される」


「……見捨てるという選択肢は?」


「ない」


 ミリンダは即答した。その瞳に、冷徹な指揮官としての光と、隠しきれない苦渋が滲む。


「奴らの積み荷は、ただの物資ではない。……『難民』だ」


「難民?」


「隣の都市が崩壊したらしい。生き残った数百名の人間が、そのキャラバンに詰め込まれている」


 私は息を呑んだ。

 人間。

 数百名の、弱く、脆く、飯を食い、水を飲み、排泄し、病にかかる、最も維持コストのかかる生物。

 今のグレイブ334に、それだけの人口を受け入れる余裕があるとは思えない。食料備蓄もエネルギー供給もカツカツだ。論理的に考えれば、ここでキャラバンごと見捨てて口減らしをするのが「合理的」な判断だ。

 だが。


『アンドロイドは人間を守らなければいけません』


 脳内の原初命令が、焼けるように明滅する。

 ミリンダも同じなのだろう。彼女はA型としての合理性と、原初命令の絶対性の板挟みになりながら、それでも「守る」ことを選んだのだ。


「……了解した。厄介な積み荷だが、届けるのが仕事なら仕方がない」


「頼む、ヴィオラ。相手は巨人だ。通常の歩兵装備では歯が立たんぞ」


「分かっている。……とびきりデカいのを持っていく」


 地下兵器庫。

 ひんやりとした空気が漂う保管室の奥で、私は「それ」をラックから引き抜いた。

 対物ライフル、M-20 アンチ・マテリアル。

 全長2メートル弱。本来はパワードスーツや車両に搭載するための20mm機関砲を、人間(あるいは強化外骨格兵)が携行できるように無理やり改造した代物だ。

 その重量は30キロを超える。生身の人間なら持ち上げるだけで腰を砕き、発射すれば反動で肩が吹き飛ぶだろう。

 だが、今の私には丁度いい重量感ハンデだ。

 私は愛玩用(TYPE.S)の華奢な肩に、その黒鉄の塊を担ぎ上げた。

 鏡に映る姿は滑稽だ。軍服にモッズコートを着た可憐な少女が、自分の身長よりも長い大砲を背負っているのだから。

 腰には予備の20mm弾倉。そして、対戦車用の「成形炸薬手榴弾スティッキー・グレネード」を数個、ベルトに吊るす。


「……行くぞ」


 整備中のレベッカに声をかける暇はない。

 私は専用のリフトに乗り込み、地上への射出ゲートへと向かった。


 地上に出た瞬間、強烈な砂嵐が視界を覆った。

 西の岩砂漠。かつて海だった場所が干上がり、風化した岩肌が鋸の歯のように連なる荒野。

 私は高機動二輪車ミリタリーバイクのアクセルを全開にした。

 電動モーターが唸りを上げ、太いタイヤが砂利を噛んで加速する。

 ゴーグル越しに表示されるナビゲーションマップの光点が、急速に近づいてくる。

 風切り音に混じって、腹の底に響く重低音が聞こえてきた。

 ドォン、ドォン、ドォン……。

 爆発音ではない。

 それは、巨大な質量が大地を叩く音。

 巨人の足音だ。


「……見えた」


 岩山の稜線を越えた瞬間、眼下にその光景が広がった。

 前方を走るのは、装甲トラックの車列。ボロボロの幌、凹んだ車体。アヴァランチ・ワゴンだ。必死に砂煙を上げて蛇行している。

 そして、そのすぐ背後。

 砂煙を切り裂いて、三つの巨大な影が迫っていた。

 SAA-1873、ピースウォーカー。

 デカい。

 映像データで見るのと、生で対峙するのとでは圧力が違う。

 全高8.2メートル。ビルの3階建てに相当する鋼鉄の巨躯。

 ずんぐりとした灰色の装甲は、無数の銃弾を弾き返した傷跡で覆われている。

 頭部のモノアイが赤く明滅し、逃げ惑うトラックを無感情に見下ろしている。

 先頭の機体が、右手の巨大なライフルを構えた。

 人間が使うアサルトライフルの10倍はあるサイズ。口径はおそらく90mm以上。

 発砲。

 轟音と共に、トラックのすぐ横の岩盤が吹き飛ぶ。

 爆風で車体が浮き上がり、荷台から悲鳴のような。いや、人間の本物の悲鳴が聞こえた気がした。


「……趣味が悪いな。一撃で殺さず、嬲り殺しか」


 私はバイクのハンドルを切り、岩場の斜面へと突っ込んだ。

 タイヤを滑らせながら急停止。

 バイクを乗り捨て、背中の対物ライフルを引き抜く。

 岩の上に伏せ、バイポッド(二脚)を展開。

 スコープを覗き込む。

 倍率調整。デジタル補正オン。風向、風速、計算完了。

 視界の中、先頭を走るピースウォーカーの頭部が拡大される。

 半球形の頭部中央で、忙しなく動くモノアイ。あれが奴らの視界であり、AIのセンサー集合体だ。

 装甲の厚いボディを撃っても弾かれる。

 狙うなら一点。

 巨人の「目」だ。


「……TYPE.SAB-2235。攻撃を開始する」


 トリガーに指をかける。

 S型の指先が、その冷たい感触を繊細に捉える。

 呼吸を止める。

 鼓動の合間。

 世界がスローモーションになる。

 発射ファイア

 ドンッ!!

 

 雷が落ちたような轟音が、岩砂漠に響き渡った。

 私の肩に、20mm弾の発射反動が激突する。A型の強化骨格でなければ、鎖骨が砕けていただろう衝撃。

 発射された劣化ウラン弾芯の弾丸は、音速を超えて砂塵を切り裂き、一直線に巨人の顔面へと吸い込まれた。

 カァンッ!

 硬質な破砕音。

 先頭のピースウォーカーの頭部で、赤い閃光が弾けた。

 強化ガラスとセンサーユニットが粉砕され、火花とオイルが噴き出す。

 視界を奪われた巨人が、バランスを崩してよろめく。

 その巨大な足が大きく空を切り、地面を削って転倒しかける。


『敵性反応確認。11時の方向。熱源識別……TYPE.UNKNOWN』


 傍受した機械軍の通信回路データリンクに、ノイズ混じりの警戒信号が走る。

 残る二体のピースウォーカーが、一斉に首を回し、こちらを向いた。

 二つの巨大なモノアイが、岩場に張り付く小さな「わたし」を捉える。

 殺意のベクトルが、キャラバンから私へと切り替わった。


「いい子だ。こっちを見ろ、鉄屑ども」


 私はニヤリと笑い、ボルトアクションで排莢した。

 カシャン、と巨大な薬莢が岩肌に落ちて高い音を立てる。

 次弾装填。

 

 ここからはスピード勝負だ。

 私は対物ライフルを片手で引っ掴み、岩場を蹴った。


 爆音と熱風が、私の頬を撫でるように通り過ぎた。

 先ほどまで私が伏せていた岩山は、ピースウォーカーの90mmライフル弾の直撃を受け、粉々に砕け散っていた。

 砂煙の中を、私は疾る。

 モッズコートの裾を翻し、岩から岩へと飛び移るその動きは、人間というよりは野生の獣、あるいは重力を無視した羽虫のそれに近かっただろう。

 ズゥン、ズゥン、ズゥン。

 背後から迫る重低音。

 視界の端に、巨人の影が映る。

 全高8.2メートル。鋼鉄の塊が、その質量に任せて岩を踏み砕きながら突進してくる。

 速い。

 ピースウォーカーは鈍重に見えて、その実は高出力のホバーと歩行を組み合わせた高機動兵器だ。平地であれば、私の脚力でも逃げ切るのは難しい。

 だが、ここは岩砂漠だ。足場の悪いこの地形こそが、私の味方となる。


『ターゲット捕捉。排除行動ヲ開始スル』


 無機質な機械音声と共に、二機目のピースウォーカーが右腕のマニピュレーターを振り上げた。

 巨大な鋼鉄の拳が、私めがけて振り下ろされる。

 回避、間に合わない。

 いや、避ける必要はない。


「ブースト、最大出力!」


 私はTYPE.B(戦闘型)の脚部スラスターを一気に噴射した。

 横への回避ではない。

 上だ。

 爆発的な加速で垂直に跳躍し、私は振り下ろされた巨人の腕の上に着地した。

 ガキンッ!

 マグネットコーティングされたブーツが、敵の装甲を捉える。

 私はそのまま、巨人の腕を滑走路のように駆け上がった。

 目指すは「関節」だ。


「遅い!」


 巨人が私を振り払おうと腕を振るう。その遠心力を利用し、さらに高く跳ぶ。

 空中で身体を捻り、腰のベルトから「成形炸薬手榴弾スティッキー・グレネード」を引き抜く。

 ターゲットは、ピースウォーカーの右肩関節、その装甲の隙間。

 シリンダーが露出している一点。

 私は落下しながら、その隙間にグレネードをねじ込んだ。

 

「食らえ!」


 着地と同時に岩陰へ滑り込む。

 一拍おいて、乾いた爆発音が響いた。

 メタルジェットの噴流が関節内部の駆動系を焼き切り、巨人の右腕が根本から千切れ飛ぶ。

 バランスを崩した巨体が、傾きながらどうっと地に伏した。

 残り二機。

 最初に頭部を破壊され視界を失った一機が、滅茶苦茶にライフルを乱射している。

 そして無傷の最後の一機が、倒れた仲間を跨いで私に迫る。

 距離、50メートル。

 奴はライフルを捨て、腰のアタッチメントから「ヒート・アックス」を抜いた。

 赤熱化した巨大な斧。あんなもので撫でられれば、私の華奢なボディなどバターのように溶断される。

 私は岩陰に隠しておいた対物ライフル「アンチ・マテリアル」を拾い上げた。

 重い。

 だが、この重さが今は頼もしい。

 正面から突っ込んでくる巨人に、銃口を向ける。

 狙うのはモノアイではない。

 奴の「膝」だ。巨体を支える最大の弱点。

 深呼吸。

 S型の感覚鋭敏化。

 時は止まり、世界は静寂に包まれる。

 トリガーを引く。

 ドンッ!!

 放たれた20mm弾が、ピースウォーカーの左膝関節、そのシリンダー基部に吸い込まれる。

 火花。オイルの噴出。

 支えを失った左脚が砕け、巨人は前のめりに転倒した。

 

 その勢いのまま、私は駆けた。

 転倒し、砂煙を上げて滑ってくる巨人の懐へと飛び込む。

 コックピットハッチ、今はAIユニットが格納されている胸部装甲。

 私はその上に飛び乗り、対物ライフルの銃口を、装甲の継ぎ目にゼロ距離で押し当てた。


「終わりだ、デカブツ」


 次弾装填。発射。

 排莢。装填。発射。

 三発の徹甲弾が、至近距離からAIコアを貫通する。

 巨人の断末魔のような駆動音が途切れ、赤いモノアイの光がフッと消えた。

 残るは、視界を失って暴れている最初の一機だけだ。

 私は沈黙した巨人のむくろの上に立ち、冷めた目でその無様な姿を見下ろした。

 的は止まったも同然だ。

 私はゆっくりと狙いを定め、最後の一撃を放った。


 戦闘終了。

 燃え上がるピースウォーカーの残骸から黒煙が立ち上り、灰色の空を汚していく。

 私は肩の対物ライフルを下ろし、熱くなった銃身を冷ましながら、岩陰で停止している車列へと歩み寄った。


 アヴァランチ・ワゴン。

 装甲板を溶接した無骨なトラックが三台。

 その先頭車両の運転席から、一人のアンドロイドが降りてきた。

 全身傷だらけのTYPE.E(工兵型)。右腕は半壊し、応急処置のテープが巻かれている。


「……助かった。アンタ、グレイブ334の?」


「TYPE.SAB-2235、ヴィオラだ。ミリンダからの救援要請で来た」


 私が名乗ると、工兵型は驚いたように目を見開いた。

 無理もない。

 S型の顔をした小柄な女が、自分の背丈より長いライフルを担ぎ、巨大ロボットを単独で三機も葬ったのだ。バグを疑われても仕方がない。


「すげえな……。噂には聞いてたが、まさか『S型』のキメラとは。俺はキャラバンリーダーのダリルだ。礼を言う」


「礼はいい。それが仕事だ。……で、積み荷は無事か?」


 私が視線を向けると、ガリルは複雑そうな顔をして、トラックの荷台を顎でしゃくった。


「ああ。中身はビビっちまってるだろうがな。……見るか?」


「確認義務がある」


 私はトラックの後部へ回り、重い幌をめくり上げた。

 ムッとするような熱気と、強烈な異臭が鼻をついた。

 汗、排泄物、血、そして絶望の匂い。

 薄暗い荷台の中に、鮨詰め状に押し込められていたのは、「人間」だった。

 数十人の男女。老人もいれば、幼い子供もいる。

 彼らは泥と煤にまみれ、痩せこけ、瞳からは光が失われていた。

 私が幌を開けた光に入ると、彼らは一斉に身を縮こまらせた。


「……ひっ、機械軍か!?」

「助けて……殺さないで……」


 悲鳴に近い懇願。

 私は無表情のまま彼らを見渡した。

 これが、私たちが命を懸けて守ったものか。

 生産性など欠片もなく、ただ恐怖し、消費するだけの弱き命。

 隣接都市が崩壊し、家を追われ、ここまで逃げてきた敗残者たち。

 ふと、一番近くにいた母親らしき女性が、腕の中の赤子を必死に隠そうとした。

 その仕草。

 理屈ではない、命を守ろうとする原初的な本能。

 私の胸のEfリアクターが、トクリと鳴った。


「……安心しろ。私はグレイブ334のアンドロイドだ。お前たちを保護する」


 努めて事務的に告げ、私は幌を下ろした。

 ダリルが隣でため息をつく。


「悪いな。とんでもない『お荷物』を持ち込んじまって」


「ミリンダが受け入れを決めた。私が口を出すことじゃない」


「そう言ってくれると助かる。……こいつら、もう行く場所がねえんだ」


 グレイブ334への帰路。

 私はバイクで先導し、キャラバン隊を都市の防衛ラインまで誘導した。

 都市外周の砲台が援護射撃を行い、追撃してくる小型ドローンを蹴散らしていく。

 巨大なゲートが開き、キャラバンが滑り込むように都市内へと入る。

 安全圏に到達し、トラックが停車した。

 駆け寄ってきた医療班(TYPE.M)や警備班(TYPE.A)のアンドロイドたちが、次々と人間たちを下ろしていく。

 泣き叫ぶ子供、安堵して崩れ落ちる老人。

 阿鼻叫喚の図だが、ひとまずは全員の命が繋がった。

 出迎えたミリンダが、私とダリルの元へ歩み寄ってきた。


「ご苦労だった、ヴィオラ。……そしてようこそ、グレイブ334へ。酷い旅だったようだな」


「ああ、地獄だったよ。アンタが指揮官か?」


 ダリルが疲れ切った様子で敬礼する。

 ミリンダは頷き、そして低い声で尋ねた。


「報告にあった『隣接都市の崩壊』……。一体何があった? あの都市の防衛戦力は決して低くなかったはずだ。ピースウォーカーの小隊程度に落とされるとは思えん」


 その問いに、ダリルの表情が凍りついた。

 彼は震える手でタバコのような嗜好品スティック(オイルフィルター)を取り出し、噛み砕いた。


「……ピースウォーカーじゃねえよ。あんなの、露払いに過ぎねえ」


「何?」


「たった一機だ。……たった一機の『侍』が、全てを斬り裂いたんだ」


 侍。

 その単語が出た瞬間、ミリンダの表情が強張った。

 ダリルは虚空を睨みつけるように語り続けた。

「防壁も、迎撃システムも、俺たちのパワードスーツ部隊も……まるで紙切れみたいに一刀両断された。質量兵器なんて生易しいもんじゃねえ。あれは、悪夢だ」


「識別コードは?」


「……『壱拾肆式甲型イチジュウヨンシキ・コウガタ』。奴らはそう呼んでた」


 壱拾肆式甲型 南部大剣ナンブ・ダイケン

 機械軍指揮官機。

 全高15メートル級。鎧武者のような重積層装甲を纏い、ビルをも両断する巨大な戦術刀を振るう、規格外の怪物。

 存在はデータベースにあったが、実戦投入されたという記録はここ数十年なかったはずだ。

 それが、動いたというのか。


「……そいつは今、どこに?」


 私が尋ねると、ダリルは首を横に振った。


「分からねえ。俺たちは都市から逃げるのに精一杯だった。……だが、あの都市を更地にした後、奴は砂嵐の中に消えた。南へ行ったか、東へ行ったか……」


「東……つまり、このグレイブ334の方角か」


 ミリンダが呟く。

 その場に重苦しい沈黙が落ちた。

 もしその怪物がここへ向かっているとしたら、今の防衛戦力で耐えられるのか?

 私が倒したピースウォーカー三機など、その怪物の前では玩具にも等しいだろう。


「……ヴィオラ。警戒レベルを引き上げる。休息は諦めろ」


「了解だ。……どうやら、退屈しなくて済みそうだな」


 私は強がって見せたが、握りしめた拳には嫌な汗が滲んでいた。

 

 ゲートの向こう、閉じられた厚い装甲板の隙間から、風の音が聞こえる気がした。

 それは、遠くから迫りくる巨大な刃の音のようにも思えた。

 かつてない脅威の影が、私たちの「墓場グレイブ」に落ちようとしている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ