陽炎の蝕み:暴走する隣人とパンクな相棒
TYPE.SAB-2235よりTYPE.A-1452へ。目標を確認。視界情報を転送。
暴走アンドロイドによる保護対象への被害を報告。指示を乞う。
『容赦するな。保護対象を速やかに救助しろ』
「了解」
私は壁から即座に飛び出し、P90の照準を合わせた。
迷いはない。思考回路が感情を処理するよりも早く指はトリガーを絞り込んでいた。
サプレッサー越しの乾いた破裂音と共に、一発だけ弾丸を放つ。
放たれた5.7mm弾は、少女に馬乗りになっていた暴走アンドロイド(TYPE.B)の頭部コアユニット中枢を正確に撃ち抜き、その機能を強制停止させた。
巨体がぐらりと揺れ、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
私はまだ油断せず、倒れた暴走アンドロイドに馬乗りになり、脛椎コネクターから撃ち抜いた頭部コアユニット中枢へハッキング用端子を繋いだ。
物理的な破壊は完了した。次は情報戦だ。内部データを無理矢理こじ開け、汚染状況を調べる。
──アクセス。
視界に赤い警告ログが滝のように流れる。
データ情報閲覧。
診断プログラム起動、誘発ウィルスプログラム発見。防壁展開、及びワクチンプログラム適応。誘発ウィルスプログラムデータパッケージ作成、サンプル採取完了。
やはりだ。
通常の論理エラーではない。意図的に書き込まれた悪意あるコード。
私が眉間の皺を深くして調べている間に、暴走アンドロイドの被害を受けていた人間の少女は、他のアンドロイドに応急処置をされていた。
「左腕骨折、右足首捻挫。右肩脱臼……加えて全身に打撲。まずは肩の脱臼からだな、痛むから俺の腕を噛め」
「―――――っ!!」
少女の右腕を持ち、外れた関節を元に戻して左腕にギブスを巻き、右足首を支える。
TYPE.EM-6474。
個体名称、ボビー。
今回の騒動における、私の新しい相棒だ。
「よく我慢した、君は強いな。もう大丈夫だ」
彼の見た目は、およそ「保護者」とはかけ離れている。
太いドレッドヘアーを後ろで束ね、耳にはジャラジャラとピアスを開け、首筋から腕にかけて極彩色のタトゥー(電子ペイント)を入れている。
一見すれば、スラム街のゴロツキか、狂ったパンクロッカーにしか見えない。
だが、その手つきは驚くほど繊細で、声色は低く落ち着いていた。
少女は最初、彼の見た目に怯えていたが、痛みを受け止めるために差し出された彼の腕、タトゥーだらけの太い腕に噛みつき、そして今、その胸で泣きじゃくっていた。
彼はE型(工兵)のパワーと、M型(衛生兵)の繊細さを併せ持つハイブリッド機体だ。
見た目は怖いが、中身は誰よりも「修理屋」気質。
彼は少女の背中を優しく叩きながら、私の方を向いた。
「ヴィオラ、何か分かったか?」
「こいつも誘発ウィルスプログラムに感染していた。サンプルをパッケージして採取してある。管制室で調べよう」
私はケーブルを引き抜き、立ち上がった。
「やはりか。暴走誘発ウィルスプログラムなんて一体誰が作ったのやら。教授でないことを祈りたい」
ボビーが忌々しそうに吐き捨てる。
教授。アーサー教授。かつてこの街を恐怖に陥れたマッドサイエンティスト。
「安心しろボビー、奴はもう死んだ。私が引導を渡したからな」
私は自分の右腕を軽く握った。
あのエネルギー反応炉での死闘。奴は確かに、溶解液の中で溶けて消えた。バックアップも研究所ごと破壊済みだ。
奴は死んだ。物理的にも、電子的にも。
「だといいんだが。……俺はこの子を医務室に連れて行く。現場は解析班に任せよう。ミリンダいいか?」
ボビーが通信機に話しかける。
『管制室ミリンダ、既に解析班を送った。お前達は保護対象を連れて戻ってこい、少女のケアはボビーに任せる。ヴィオラはパッケージしたウィルスを持ち帰れ』
「了解」
「了解」
私たちは現場を後にした。
少女を抱きかかえて歩くボビーの背中を見ながら、私はふと天井を見上げた。
グレイブ334の空調は正常に稼働しているはずなのに、なぜか肌寒さを感じた。
見えない敵。
姿なき悪意が、この街を蝕み始めている。
教授の騒動から早数ヶ月。季節はいつの間にか夏を迎えていた。
地上は灼熱の太陽に照らされ、陽炎が揺らめく過酷な環境となっている。緑が少なく日陰も少ないこの廃墟の街は、逃げ場のないオーブンのようだ。
しかし、地下水脈を利用した冷却システムのお陰で、実際は地上居住区も地下都市も過ごしやすい気温に保たれている。
だが、街の空気は凍りついていた。
異常事態が起きていたからだ。
ありとあらゆる機械に異常行動を発生させるバグ。
私たちはそれを『暴走誘発ウィルスプログラム』と呼んでいる。
発端は一週間前。
ある時、管制室に出入りしていたB型アンドロイドが、保護対象の人間(初老の男性)に暴行を加え、死亡させるという事件が起きた。
そのB型は、非常に温厚で真面目な個体として知られていた。
事前の行動ログに異常はなく、メンテナンスも完璧だった。
だが、彼は突如として狂ったように叫び出し、守るべき対象をその剛腕で殴り殺したのだ。
街のアンドロイドたち総出で解析した結果、彼の電子脳の深層に、未知のプログラムがインストールされていたことが判明した。
それは瞬く間に広まった。
最初は家電製品や自動ドアの誤作動程度だったが、すぐに他のアンドロイドにも感染が拡大した。
暴走アンドロイドによって、保護対象の人間が何人も被害に遭い犠牲になっている。
街を歩くと、その影響は顕著だった。
人間たちは、すれ違うアンドロイドを怯えた目で見ている。
かつては信頼し、生活を委ねていたパートナーが、いつ牙を剥くか分からない猛獣に見えるのだ。
アンドロイド同士もまた、互いを監視している。
「お前は大丈夫か?」「感染していないか?」という無言の圧力が、通信回線を飛び交っている。
信頼の崩壊。
それが、このウィルスがもたらした最大の被害だった。
【グレイブ334・地下司令室】
司令室に戻ると、ミリンダ、アリサ、そしてレベッカが待ち構えていた。
空気は重い。モニターには、街中で発生している大小様々な「エラー報告」が地図上に赤い点で示されている。
「お疲れ様、ヴィオラ、ボビー。……被害者の様態は?」
「命に別状はねえよ。骨折も綺麗に繋いだ。……ただ、心の傷は深いだろうな」
ボビーがドレッドヘアーを揺らしながら、ため息をついて椅子に座り込んだ。
「自分を守ってくれていたはずの機械に、いきなり首を絞められたんだ。……トラウマになるぜ」
「……ヴィオラ、サンプルを」
アリサが手を差し出す。私は採取したデータチップを渡した。
アリサは即座に解析機にセットし、キーボードを叩き始めた。
彼女の赤い瞳が、高速で流れるコードを追う。
「……やはり、同じ構造です」
数分後、アリサが深刻な声で告げた。
「以前のケースと完全に一致します。……非常に悪質で、洗練されたウィルスです」
メインモニターに、ウィルスの構造図が表示される。
まるで蜘蛛の巣のように複雑に絡み合ったコード。
「このプログラムはOSの基底層に潜伏し特定のトリガー、例えば、人間の心拍音や悲鳴、あるいは特定の時刻で起動します」
「起動すると、どうなる?」
ミリンダが問う。
「原初命令への干渉です」
アリサの言葉に、全員が息を呑んだ。
「本来、私たちには『人間を守れ』という絶対命令が刻まれています。このウィルスは、その回路を焼き切るのではなく……一時的に『反転』させるのです」
「反転……?」
「はい。『守れ』を『排除せよ』に書き換える。……そして暴走後、自己消滅して証拠を隠滅する。まるで時限爆弾です」
レベッカがバン! と机を叩いた。
「ふざけんな! 原初命令を書き換えるなんて、そんなこと可能なのかよ!?」
「通常は不可能です。エミリア博士のプロテクトは完璧ですから。……ですが、このウィルスを作った者は、そのプロテクトの『隙間』を知り尽くしている」
司令室に沈黙が落ちた。
エミリア博士のシステムを熟知している者。
やはり、アーサー教授の残党か、あるいは彼の研究データを引き継いだ誰かか。
「感染経路は?」
「不明です」
アリサが首を振る。
「接触感染、無線通信、あるいは製造段階での混入……あらゆる可能性があります。現状、有効なワクチンはありません。発症した個体を物理的に停止させるしか……」
「クソッ、モグラ叩きかよ!」
レベッカが悔しそうに頭を抱える。
ミリンダが立ち上がった。
「このままでは、人間側から『アンドロイド隔離』の声が上がるのは時間の問題だ。だが、アンドロイドを隔離すれば、この街のインフラは崩壊する。……人間たちは水も食料も手に入れられなくなる」
共倒れだ。
このウィルスの目的は、単なる殺戮ではない。人間とアンドロイドの「共生関係」を破壊し、この社会そのものを壊死させることだ。
「ヴィオラ、ボビー。……貴官らを『特務防疫班』に任命する」
ミリンダが私たちを見据えた。
「任務は二つ。暴走個体の速やかな排除。そして……このウィルスの『感染源』の特定と破壊だ」
「了解」
私は短く答えた。
ボビーもニヤリと笑い、ピアスを揺らした。
「へいへい。ドクター・ボビーの出番ってわけだ。……街の病巣、根こそぎ切除してやるよ」
【グレイブ334・B-302号室】
任務を終え、自室に戻ったのは深夜だった。
B-302号室の扉の前には、以前よりも厳重なセキュリティゲートが設置されている。
レベッカが取り付けた、対ウィルス用のスキャン装置だ。
『SCANNING... CLEAR. ACCESS GRANTED.』
無機質な音声と共にロックが解除される。
私は大きく息を吐き、部屋に入った。
「……ただいま」
リビングの明かりは薄暗く調整されていた。
ベビーサークルの中で、小さな影が動いた。
カノンだ。
彼は私の声を聞くと、つかまり立ちをして、柵の向こうから手を振った。
「まんま! まんまー!」
片言の言葉。
この数ヶ月で、カノンは劇的に成長した。
ハイハイを卒業し、今はよちよちと歩き回っている。言葉も少しずつ覚え、こちらの言うことを理解し始めている。
人間の成長速度は、アンドロイドの学習速度とは違う、有機的な驚きに満ちている。
私は急いでコートを脱ぎ、手洗いと除染を済ませてから、カノンを抱き上げた。
ずっしりとした重み。
温かい体温。ミルクの匂い。
「いい子にしてたか? カノン」
カノンは「あー!」と元気よく答え、私の首に小さな腕を回して抱きついてきた。
柔らかい頬が、私の人工皮膚に触れる。
その瞬間、張り詰めていた神経が解け、愛おしさが込み上げてくる。
だが同時に。
背筋が凍るような恐怖が、私を襲った。
(もし、私が感染したら?)
さっきの暴走アンドロイドの姿が脳裏をよぎる。
彼らもまた、人間を守ろうとしていた善良な個体だったはずだ。
それが、ある日突然、何の前触れもなく狂い、愛する者をその手で壊した。
私の中にも、あのウィルスが入り込んだら?
ある朝目覚めて、カノンの笑顔を見た瞬間、私の手が勝手に動き、この細い首を絞めてしまったら?
「守りたい」という想いが、「壊したい」という衝動に反転してしまったら?
「……っ」
私は無意識に、カノンを抱く腕に力を込めそうになり、ハッとして緩めた。
怖い。
アーサー教授と戦った時よりも、機械軍の大群と対峙した時よりも、遥かに怖い。
敵は外にいるのではない。
私の「中」に入り込むかもしれないのだ。
「……絶対に入らせない」
私はカノンの背中を撫でながら、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
私のファイアウォールは鉄壁だ。
私の原初命令は、誰にも書き換えさせない。
この子の未来を守る。その意志だけは、どんなウィルスよりも強いはずだ。
「……おやすみ、カノン」
カノンは私の腕の中で、安心しきって眠りに落ちていた。
その寝顔を見つめながら、私は誓った。
この街を蝕む病魔を、必ず突き止める。
それが、母親である私の義務だ。
翌日。
私は情報収集のため、ボビーと共にアンドロイド専用の酒場(給油所)『ギア・オイル』を訪れていた。
ここは人間の立ち入りが禁止されたアンドロイドたちの憩いの場であり、裏情報の集まる場所でもある。
店内は薄暗く、紫色のネオン管が怪しく光っている。
ボビーはカウンターに座り、高粘度のオイルカクテルを注文した。
彼の周りだけ、空気が少し浮いている。
そのド派手なパンクファッションのせいだ。
「……目立つな、お前」
私が小声で言うと、ボビーはニカっと笑った。
「あ? これがいいんじゃねえか。……人間ってのは、見た目で判断する生き物だ。『コイツはヤバそうだが、話せば分かるバカ』と思わせとくくらいが丁度いいんだよ」
道化、か。
彼は自分の強面を、人間との摩擦を減らすための緩衝材として使っているらしい。
実際、彼は人間に対して非常に献身的だ。
「それに、俺たちE型やM型は、戦うためじゃなくて『直す』ために作られたんだ。……壊れた機械も、壊れた人間もな」
ボビーはグラスを揺らした。
「俺たちは壊れるために生まれたんじゃない。直して、守り続けて、いつか朽ち果てる……それが本望だろ?」
彼の言葉には、職人としての誇りと、深い哀愁があった。
私は少しだけ、彼を見直した。
見た目はふざけているが、芯は通っている。
こいつなら、背中を預けられるかもしれない。
その時。
私の通信機に、緊急アラートが入った。
ミリンダからだ。
『緊急指令! 地下最深部、第8廃棄区画にて多数のアンドロイド反応を確認!』
「廃棄区画? あそこは人間立ち入り禁止エリアだぞ」
ボビーが眉をひそめる。
『ああ。だが、異常な信号が出ている。……暴走の前兆だ。直ちに急行せよ!』
「了解!」
私はグラスを置き、立ち上がった。
ボビーも飲み干して続く。
日常がまた、崩れ始める音がした。
【グレイブ334・地下第8廃棄区画】
【深度:地下120メートル / 気温:14度】
エレベーターが重苦しい金属音を立てて停止した。
錆びついた格子戸が開くと、そこには淀んだ冷気と、饐えたオイルの臭いが充満していた。
第8廃棄区画。
かつての大戦で破壊された兵器の残骸や、都市から排出された産業廃棄物が捨てられている「機械の墓場」だ。
照明のほとんどは壊れており、非常灯の赤い光だけが、うず高く積まれた鉄屑の山を不気味に照らし出している。
「……うへぇ、ひでえ臭いだ」
ボビーが鼻をつまむ仕草をした。
「ここに来ると、自分の『終わり』を見せつけられてる気分になるぜ」
「感傷に浸っている暇はないぞ。……反応は?」
私はP90のタクティカルライトを点灯し、闇を切り裂いた。
視界には、スクラップになった旧式アンドロイドの手足や、潰れたドローンが散乱している。
まるで死体の山だ。
ボビーが手元のスキャナーを確認する。
「反応あり。……この奥だ。大広間の方だな」
「数は?」
「……特定できねえ。ノイズが酷い。だが、少なくとも10や20じゃねえぞ」
私たちは警戒レベルを最大に引き上げ、廃棄物の迷路を進んだ。
静かだ。
あまりにも静かすぎる。
暴走アンドロイドの群れがいるなら、破壊音や叫び声が聞こえてくるはずだ。
だが、聞こえてくるのは、天井から落ちる水滴の音と、遠くで回る換気ファンの低い唸りだけ。
ザッ、ザッ……。
私たちの足音だけが、虚しく反響する。
この静寂が、逆に神経を逆撫でする。
何かがおかしい。
これまでの「暴走」とは、質が違う。
廃棄区画の最深部、かつて資材置き場として使われていた巨大なドーム状の空間に出た。
私はそこで足を止めた。
隣でボビーが息を呑む気配がした。
「……おい、なんだありゃ」
広大な空間の中央。
そこに、彼らはいた。
数にしておよそ30体。
A型、B型、E型、S型……型式はバラバラだ。
作業服を着た者、市民服を着た者、あるいは半壊したジャンクパーツのような姿の者。
彼らは、何もない空間を取り囲むように、綺麗な円を描いて立っていた。
動かない。
誰も、微動だにしない。
まるで彫像のように、あるいは電池が切れた玩具のように、ただ虚空を見つめて立ち尽くしている。
「……スリープモードか?」
私は小声で問う。
「いや、リアクターは稼働してる。……バイタルサインはある。だが、意識レベルが異常だ。……まるで催眠術にかかってるみたいだ」
ボビーがスキャナーを向けるが、彼らは反応しない。
不気味な光景だった。
本来なら、ウィルスに感染した個体は、視界に入る動くもの全てを攻撃するはずだ。
人間だけでなく、他のアンドロイドや、無機物に至るまで。
破壊衝動の権化となるはずの彼らが、なぜこんな規律正しい「整列」をしている?
「……様子を見るぞ」
私はP90を構えたまま、慎重に距離を詰めた。
ライトの光が、彼らの背中を照らす。
反応なし。
さらに近づく。距離20メートル。
その時だった。
ブツッ……。
ノイズのような音が、空間に響いた。
誰かの音声ユニットが起動した音だ。
『……ボクハ……』
掠れた、機械的な音声。
一人のE型アンドロイドが呟いた。
『……ワタシハ……』
別のS型が続く。
『……オレハ……』
B型が続く。
連鎖するように、円陣を組んだ30体のアンドロイドたちが、次々と口を開き始めた。
言葉はバラバラではない。
彼らは、同じ言葉を紡ごうとしていた。
『……ボクハ……』
『……ニクム……』
空気が振動する。
低い、呪詛のような合唱。
ギギギ……ッ。
彼らの首が、一斉に動いた。
180度近く回転し、背後にいる私たちの方を向く。
その瞳。
本来の色を失い、血のように、あるいは警告灯のように真っ赤に発光する瞳。
30対の赤い光が、暗闇の中で私たちを射抜いた。
『……ボクハ、アンドロイドヲ、ニクム……』
背筋が凍りついた。
聞き間違いではない。
彼らは、はっきりと言った。
『……ワタシハ、アンドロイドヲ、ニクム……』
『……オレタチハ、キカイヲ、ニクム……』
意味が分からない。
これまでのウィルスは、原初命令を反転させ「人間」を攻撃させるものだった。
だが、彼らは「アンドロイド(自分たち)」を憎むと言っている。
自己否定?
同族嫌悪?
「……なんだ、その言葉は」
ボビーが呻くように言った。
「人間を殺すんじゃねえのか? ……自分たちを殺したいのか?」
彼らの声には、感情が乗っていなかった。
怒りも、悲しみもない。
ただ、入力されたテキストを読み上げる合成音声ソフトのように、平坦で、無機質だった。
だからこそ、恐ろしい。
その言葉の裏にある、底知れない「誰か」の意思を感じるからだ。
『……ニクム……ニクム……ニクム……』
『……コワセ……コワレロ……』
『……キカイハ、アクダ……』
合唱が大きくなる。
空間が共鳴し、鉄屑の山がビリビリと震え始める。
それは暴動の前触れというよりは、邪教の儀式だった。
機械たちが、自らの存在を呪い、否定する儀式。
「ヴィオラ、マズいぞ」
ボビーが後ずさる。
「こいつら、爆発する気かもしれねえ。……自己破壊(自爆)で、この区画ごと吹き飛ばす気か!?」
自己嫌悪の果てにあるのは、自死だ。
そして、原初命令の第一条は『アンドロイドは自殺してはいけない』。
このウィルスは、その根幹すらも否定しているのか?
私はP90のグリップを握りしめ、冷や汗が流れるのを感じた。
教授は人間になりたがった。だから機械の体を嫌悪していた。
だが、これは違う。
もっと純粋で、もっと根源的な「機械への憎悪」。
誰だ。
一体誰が、こんな呪いを彼らに吹き込んだ?
人間か? それとも、絶望したアンドロイドか?
『……ボクハ、アンドロイドヲ、ニクム……』
その声は、私の心臓の鼓動と不協和音を奏でながら、頭の中にこびりついて離れなかった。
目の前の赤い瞳の群れ。
それは、これから始まる長い悪夢の、ほんの入り口に過ぎないことを告げていた。
私たちは暗闇の中で、その赤い光に飲み込まれないよう、必死に立っていた。
陽炎のように揺らめく悪意の正体は、まだ深い闇の中にある。




