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鋼鉄の育児戦争:カノン包囲網と白衣の魔女


 【現在時刻:0600】

 【場所:地下都市グレイブ334・B-302号室】

 【状況:緊急事態発生エマージェンシー


 私の聴覚センサーが、強制的にスリープモードを解除された。

 敵襲か?

 いや、違う。この波形パターンは、機械軍の駆動音でも、爆撃の衝撃音でもない。

 もっと原始的で、かつ我々の論理回路をダイレクトに揺さぶる、高周波の音波攻撃だ。


 オギャアアアアア!!

 オギャアアアアア!!


 部屋の隅、ジャンクパーツで作られたベビーベッドから、その音源は発せられていた。

 ターゲット名、カノン。

 生後数ヶ月。種別、人間ヒューマン

 現在、彼のステータスは『激昂』および『飢餓』を示している。


「……了解、直ちに対応する」


 私はベッドから跳ね起き、ふらつく足取りでキッチンエリアへと向かった。

 視界が少しノイズ混じりだ。ここ数週間、断続的なスリープモードの中断により、私のEfリアクターは常にアイドリング状態を強いられている。

 戦場での徹夜など慣れているはずだが、この「予測不能なアラート」による消耗は、戦闘の比ではなかった。

 私は電気ポットのスイッチを入れ、粉ミルクの缶を手に取った。

 哺乳瓶をセット。

 ここからが勝負だ。


「ターゲットの要求はミルク200ミリリットル。……湯温調整、クリティカル」


 私はS型の指先を震わせないよう、アクチュエーター出力を微調整した。

 粉ミルクをスプーンですり切り一杯、正確に測り取る。

 1杯、2杯、3杯……。

 誤差、プラスマイナス0.01グラム以内。

 爆弾の信管をいじる時よりも慎重な手つきで、私は白い粉末を瓶へと投入していく。


 オギャアアアアア!!

 (訳:遅い! 腹が減った! 今すぐ寄越せ!)


 背後からのプレッシャー(泣き声)が強まる。

 聴覚センサーのゲインを下げたいが、それは育児放棄ネグレクトにあたるため禁止されている。


「待て、カノン。焦りは禁物だ。……現在、湯温は78度。このままでは口腔内粘膜を損傷(火傷)するリスクがある」


 私は人肌まで冷ます工程に入る。

 流水に哺乳瓶をさらし、温度センサー付きの指先で瓶の表面温度をモニタリングする。

 39.5度……38.0度……36.5度。

 適温到達。


「ミルク調合完了コンプリート。……補給を開始する」


 私は哺乳瓶を掲げ、泣き叫ぶカノンの元へ急行した。

 ベッドから抱き上げると、カノンは本能的なレーダーでミルクを感知し、口を大きく開けて吸い付いた。

 チュパ、チュパ、ゴクッ。

 凄まじい吸引力。

 その喉が動くたびに、命が補給されていく音がする。


「……ふぅ」


 私はカノンを抱いたまま、壁に背中を預けて座り込んだ。

 本日最初のミッション、クリア。

 だが、これは長い一日の始まりに過ぎない。


 【現在時刻:0930】

 【状況:生物化学的汚染バイオハザード警報】


 プシュッ。

 部屋のエアロックが開き、赤髪の工兵型アンドロイドが入ってきた。


「よう、ヴィオラ! 調子はどうだ? カノン大佐のご機嫌は……って、うおっ!?」


 レベッカは部屋に入った瞬間、鼻をつまむ仕草をした(実際に嗅覚センサーのフィルターを閉じた)。


「なんだこの異臭は! オイルが腐ったような……いや、もっと有機的な発酵臭だぞ! 排気システムがイカれたか!?」


「……違う、レベッカ。これは『自然現象』だ」


 私はカノンをベッドに寝かせ、深刻な顔でレベッカを見た。


「カノンの排泄システムが作動した。……規模は『ヘビー』だ」


「げっ、ウンコかよ! ……おいおい、背中まで漏れてるじゃねえか! 装甲決壊ハル・ブリーチだぞ!」


 レベッカがカノンの背中を指差す。

 オムツの許容量を超えた黄色い流動体が、カノンの服を侵食していた。

 カノンは不快感からか、手足をバタつかせて暴れている。これでは被害が拡大する一方だ。


「増援を要請する。……レベッカ、足を押さえろ。私が処理する」


「了解! ……くそっ、工兵型の精密マニピュレーターをこんなことに使うとはな!」


 レベッカは腰の工具袋から何かを取り出そうとした。

 溶接用ゴーグルと、長いトングのような工具だ。


「待て。何をする気だ」


「何って、汚染物質の除去だろ? 直接触るのは危険だ。この『高機能把持ツール』を使えば……」


「馬鹿者、却下だ。そんな鉄の棒で触ったら、カノンの柔肌が傷つく」


「ええー……マジかよ。素手で行くのか? 勇者だな、お前」


 私は覚悟を決めて、カノンの前に立った。

 S型の指先は、本来、愛撫や奉仕のために作られた最高級のシリコンスキンで覆われている。その感度は人間の指先以上だ。

 つまり、汚れの感触も、温度も、湿度も、全てをダイレクトに感じ取ってしまう。


「……行くぞ」


 作戦開始。

 レベッカがカノンの両足を掴み、持ち上げる。

 カノンが「きゃー!」と声を上げる。遊ばれていると思っているらしい。

 私は素早く汚れたオムツを展開した。

 強烈なアンモニア臭と有機的な臭気が、嗅覚センサーを直撃する。

 

 【WARNING: 悪臭レベル・ハイ。フィルター推奨】

 

 うるさい。フィルターを通したら健康状態のチェック(色や固さの確認)ができない。

 私は息を止め(排気ファンを停止)、新しいおしりふきを取り出した。


「拭き取り開始。……摩擦係数に注意しろ、レベッカ。足を動かすな」


「分かってるよ! ……うわ、すげえ量だ。こいつ、あんな小さい体のどこにこんなモン溜め込んでやがったんだ?」


 人間は筒だ。

 口から入り、尻から出る。その単純な循環こそが生命活動の証。

 私は汚れた箇所を丁寧に、しかし迅速に拭き取っていく。

 カノンの肌は驚くほど薄く、少し強く擦るだけで赤くなってしまう。

 力加減は、爆弾解体作業よりも繊細さが要求される。


「よし、クリアだ。……新しいオムツ(アーマー)を装着する」


 私は新しいオムツを滑り込ませ、テープで固定した。

 締め付けすぎず、緩すぎず。

 指一本分の余裕を持たせるのがコツだ。


作戦終了ミッション・コンプリート。……汚染物は密閉容器へ」


 私が汚物をゴミ箱へ封印すると、部屋の空気がわずかに軽くなった気がした。

 カノンはスッキリしたのか、手足を伸ばしてご機嫌だ。


「ふぅ……」

「はぁ……」


 私とレベッカは、同時に床へへたり込んだ。

 たかが排泄処理。されど排泄処理。

 これを一日に何度も繰り返す人間の親という存在に、私は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。


「……なあ、ヴィオラ。アタシら、機械軍と戦うために強化されたんだよな?」


「ああ」


「今やってること、戦場よりハードじゃねえか?」


「……否定はしない」


 私は自分の手を見た。

 かつては敵の装甲を引き裂き、銃のトリガーを引いていた指。

 今は、ほんのりとおしろいの匂いが染み付いている。


 【現在時刻:0200】

 【状況:原因不明の敵性反応(夜泣き)】


 深夜。

 地下都市の照明が落ち、静寂が訪れる時間帯。

 しかし、B-302号室だけは、終わりのない戦場と化していた。


 フエェェェ……ギャアアアア!!


 カノンが泣いている。

 ミルクではない。さっきあげたばかりだ。

 オムツでもない。確認済みだ。

 室温も適正。体調も、アリサの診断では異常なし。

 つまり、理由がない。


「……頼む、カノン。寝てくれ」


 私はカノンを抱き、狭い部屋の中をひたすら歩き回っていた。

 通称「無限軌道パトロール」。

 立ち止まると泣く。座ると泣く。

 一定のリズムで歩き続け、背中をトントンと叩き続けなければ、このサイレンは止まらない。

 私のEfリアクター残量はまだあるが、精神的な疲労メンタル・ファティーグが蓄積している。

 論理が通じない相手というのは、これほどまでに消耗するものなのか。


「よし、最終兵器を使用する」


 私は喉の発生ユニットを調整した。

 S型アンドロイド・プリセットデータNo.404


『究極の子守歌アルティメット・ララバイ』。


 旧時代の名曲を、1/fゆらぎを持つ特殊な周波数で歌い上げ、対象を強制的にリラックス状態へ誘導する音響兵器だ。


「♪〜〜……」


 私が歌い始めると、カノンの泣き声が一瞬止まった。

 効果あり。

 私はそのまま、優しく、包み込むように歌い続けた。

 戦場には似合わない、甘く切ない旋律。

 私のハミングが部屋に響く。

 カノンの瞼が重くなり、ゆっくりと閉じていく。

 呼吸が深くなる。

 心拍数が安定する。

 スリープモードへの移行を確認。


「……よし。勝った」


 私は勝利を確信し、カノンをベッドへ下ろそうとした。

 ゆっくりと、爆弾を置くように。

 背中がマットレスに触れる。

 あと数センチ。

 私の手を離せば……。


 【背中スイッチ、起動】

 ギャアアアアア!!


「なっ……!?」


 カノンが目を見開き、先ほど以上の音量で泣き出した。

 失敗ミッション・フェイルド

 なぜだ。背中にセンサーでもついているのか。接地した瞬間に覚醒するとは、機械軍の迎撃システム並みの反応速度だ。


「……嘘だろう」


 私は再びカノンを抱き上げ、パトロールを再開した。

 窓のない部屋。終わりのない夜。

 私の腕の中で、カノンは「まだ寝ないぞ」と主張するように泣き続ける。


「分かった、分かったよ……。付き合うさ、朝までな」


 私は苦笑いしながら、再び子守歌を歌い始めた。

 最強のS型アンドロイドが、たった一人の赤ん坊に完全敗北している図。

 ミリンダが見たら、メンテナンス不足だと呆れるだろうか。

 それとも、マリアなら「良いお母さんですね」と笑うだろうか。

 どちらにせよ、この重みと温かさは、嫌いじゃなかった。

 たとえ私の休息時間がゼロになろうとも、この子が安心して眠れるなら、それが私の機能(生きる意味)だ。


 翌朝。

 私の目は完全に死んでいた(光学センサーの輝度が最低レベル)。

 だが、休んでいる暇はない。

 今日は、カノンにとって、そして私たちにとって、最大の試練が待ち受けている日だからだ。

 レベッカが部屋に入ってきた。彼女もまた、どこか緊張した面持ちだ。


「……おい、ヴィオラ。準備はいいか?」


「ああ。……カノンの体調は万全だ。私のメンタルを除けばな」


「相手はあの『白衣の魔女』だ。気合入れろよ」


 今日のミッション。

 【予防接種】。


 この不衛生で過酷な地下都市で、脆弱な人間が生き抜くためには、数種類のワクチン接種が必須となる。

 それを執り行うのは、我らがグレイブ334の専属医にしてマッドサイエンティスト、アリサだ。


「……行くぞ。カノン」


 私は何も知らないカノンを抱き上げた。

 カノンはキャッキャと笑っている。これから連れて行かれる場所が、針と消毒液の地獄だとも知らずに。


 裏切り者の気分だ。

 だが、これも愛ゆえ。

 私たちは決死の覚悟で、地下医務室への扉を開けた。


 地下第4階層、医務室前。


 重厚な金属扉の向こうから、薬品特有の刺激臭と、どこか冷ややかな空気が漏れ出している。

 私とレベッカは顔を見合わせ、一度深く頷き合った。

 これは潜入任務でも、破壊工作でもない。

 もっと繊細で、失敗の許されない「医療ミッション」だ。

 プシュゥ、と扉が開く。

 医務室の中央、無影灯の下で、彼女は待っていた。


「あらあら、いらっしゃい。お待ちしていましたよ」


 TYPE.M-22749、アリサ。

 薄桃色の長髪を揺らし、白衣を纏った彼女は、極上の笑顔で私たちを迎えた。

 だが、その手元にあるものを見た瞬間、私の腕の中にいるカノンがビクリと体を震わせた。


 注射器だ。

 銀色のトレイの上に置かれた、ガラス製のシリンダーと鋭利な針。

 アリサがそれを手に取ると、シリンダー内の透明な液体がキラリと光った。

 ただの予防接種用ワクチンだ。分かっている。

 だが、彼女が持つと、それが何かマッドな実験薬に見えてしまうのは何故だろうか。


「今日は三種混合ワクチンですね。破傷風、ジフテリア、百日咳……。劣悪な環境で生きる人間には必須の『アーマー』です」


 アリサが楽しそうに針先から空気を抜く。

 チロッ、と液滴がこぼれる。

 カノンが「ふえぇ……」と弱々しい声を漏らした。


 本能だ。

 まだ言葉も理解できない赤ん坊が、目の前の「白衣の魔女」と「銀色の針」が自分に危害を加える存在だと直感している。

 カノンが私の服をギュッと掴み、胸元に顔を埋める。

 「守ってくれ」と言わんばかりに。

 心が痛む。

 私は彼を守るためにここにいる。だが、今から行うのは、彼に痛みを与える行為への加担だ。


「……さあ、始めましょうか」


 アリサがにっこりと笑い、指示を出した。


「ヴィオラさん、レベッカさん。ターゲットを確保ホールドしてください」


「……了解」

「くそっ、嫌な役回りだぜ」


 私とレベッカは、カノンを診察台の上に寝かせた。

 カノンが抵抗する。

 「嫌だ! 離せ!」と言わんばかりに手足をバタつかせ、体をよじる。


「動くと針が折れますよ。筋肉の中で針が折れたら……摘出手術が必要になります。そうなったらもっと痛いですよ?」


 アリサが淡々と言う。脅しではない。事実だ。

 だからこそ、私たちはカノンを完璧に拘束しなければならない。


「すまない、カノン……! これはお前のためなんだ!」

「悪く思うなよ小僧! 一瞬で終わらせてやるからな!」


 私とレベッカは、カノンの四肢を押さえ込んだ。

 相手はたった数キロの赤ん坊。

 対する私たちは、鉄骨をへし折り、巨大兵器と殴り合う怪力のアンドロイド。

 力の差は歴然だ。

 だからこそ、難しい。

 力を込めすぎれば骨が砕ける。弱すぎれば暴れて針事故アクシデントが起きる。


 【出力制御:0.001%】

 【圧力センサー:リアルタイム監視】


 私の指先が震える。

 カノンが泣き叫ぶ。


 ギャアアアアア!!


 私を見ている。涙に濡れた目で、「裏切り者!」と訴えている。


 ごめん。ごめんな。


 私のEfリアクターが罪悪感で軋む。


「はい、いい子ですねー。動かないでくださいねー」


 アリサだけは平常運転だ。

 彼女はカノンの柔らかな腕にアルコール綿を当て、血管を探る。

 そして。


「チクッとしますよー」


 躊躇なく、針を刺した。

 ブスッ。

 一瞬の静寂。

 カノンが息を吸い込む。

 その直後。


 ギャアアアアアアアアアアアッ!!!!


 鼓膜の許容限界クリティカルを超える絶叫が、医務室の壁を揺らした。

 私の聴覚センサーに過大入力の警告が出る。

 痛い。痛いよな。

 大人だって注射は嫌だ。ましてや、こんな小さな体には、この痛みは世界の終わりのように感じるだろう。


「はい、終了です」


 アリサは素早く針を抜き、止血シールを貼った。

 神業的な速さだ。


「ふぅ……。よく頑張りました」


 アリサが微笑み、トレイから小さなスポイトを取り出した。

 中に入っているのは、特製のシロップ(砂糖水)だ。


「はい、ご褒美ですよ」


 カノンの口に甘い液体が垂らされる。

 ピタリ、と泣き声が止まる……はずだった。

 カノンはシロップを飲み込んだ。

 甘い味がしたはずだ。

 しかし、彼は泣き止まなかった。

 さらに言えば、その泣き方はさっきまでの「痛い、怖い」という悲鳴とは違っていた。


 ウー! ギャー! フンッ!


 怒っている。

 明らかに、理不尽な暴力を振るわれたことに対する抗議と、信じていた私たちへの怒りだ。


「あらあら、ご機嫌斜めですね」


 アリサが苦笑する。


「痛みはもう引いているはずですが……これは『根に持っている』泣き方ですね」


 拘束を解かれたカノンは、診察台の上で体を丸め、私たちが抱き上げようとすると、ペシッと手を振り払った。


 拒絶。

 カノンが、私を拒絶した。


「おいおい、嘘だろ……?」


 レベッカが焦って顔を覗き込もうとするが、カノンはプイッと顔を背け、さらに大声で泣き出した。


「嫌われたか!? アタシら、嫌われちまったのか!?」


「……カノン」


 私はショックを隠せずに名を呼んだ。

 だが、カノンは私を見ようともしない。その小さな眉間には深い皺が刻まれ、涙で濡れた瞳には明確な非難の色があった。


 『ひどい』『いたい』『おさえた』。


 無言の弾劾裁判だ。


「……どうやら、信頼回復には時間がかかりそうだ」


 私は肩を落とした。

 機械軍に敗北した時よりも、深い敗北感が胸に広がった。


 部屋に戻ってからも、冷戦状態は続いた。

 カノンはベビーベッドの隅で背中を向け、時折思い出したように「フンッ!」「ウー!」と声を上げる。

 私がガラガラを振っても無視。

 レベッカが高い高いをしようとしても手足を突っ張って抵抗。

 ミルクすら、最初はプイと横を向いて拒否した(空腹には勝てず、最終的には飲んだが、飲みながらも私を睨みつけていた)。


「手強いな……」


 私は床にあぐらをかき、遠い目をした。


「敵性反応、継続中。交渉の余地なし」


「そりゃあな。あんな痛えことされたんだ。納得いかねえだろ」


 レベッカも壁にもたれてため息をつく。

 夕方になり、カノンは泣き疲れて、ようやく眠りに落ちた。

 その寝顔には、まだ涙の跡が残っている。

 私はそっと近づき、指で涙を拭った。今度は振り払われなかった。

 寝ている時だけは、休戦協定が結ばれるらしい。


「……悪かったな。でも、生きていくためには必要な痛みなんだ」


 私は誰に言うともなく呟いた。

 コンコン。

 ドアがノックされ、アリサが入ってきた。

 彼女の手には、冷えたオイル缶(人間でいうビールのような嗜好品)が三本握られている。


「お疲れ様です。戦士の休息といきましょうか」


「アリサ。……よくここに来れたな。カノンが起きてたら噛みつかれてたぞ」


「ふふ、寝込みを襲うのは得意ですから」


 私たちは部屋の隅、カノンのベッドから一番遠い場所で車座になった。

 プシュッ、とプルタブを開ける音が、静かな部屋に響く。


 乾杯。

 高純度のオイルが喉を通り、疲弊したリアクターに染み渡る。


「……はぁー、生き返る」


 レベッカが豪快に飲み干す。


「全くだ。……機械軍との戦闘の方が、よほど楽だった気がする」


 私が本音を漏らすと、二人は声を上げて笑った。


「違いない。敵は撃てば倒れるが、赤ん坊は撃てないし、倒しても(寝かせても)復活するからな」


「それに、予測不能ですからね」


 アリサが缶を揺らす。


「医学的データも、育児書も通用しない。……彼らは毎日、驚くべき速度で進化しています。昨日の正解が、今日は通用しない。まさに最強のライバルですよ」


 進化。

 確かにそうだ。

 カノンは日々重くなり、声が大きくなり、そして感情が豊かになっている。

 今日の「怒り」も、成長の証だ。

 ただ泣くだけではなく、理不尽に対して怒り、意思表示をするようになった。

 それは、彼が「個」として確立し始めたということだ。


「……まあ、嫌われる役も、親の務めってやつか」


 私は飲み干した空き缶を握りしめた。


「いつか分かってくれるさ。……たぶんな」


「大丈夫ですよ、ヴィオラ」


 レベッカが私の肩を叩く。


「明日になればケロっとしてるさ。子供の回復力をナメんじゃねえ」


「そうですね。それに……」


 アリサがベッドの方へ視線を向けた。


「貴女があの子を見る目。……それはもう、立派な『母親』の目ですよ」


 私はハッとして、自分の顔に手をやった。

 熱い。

 排熱システムの異常か、それとも……。

 ベッドの中で、カノンが寝返りを打った。

 「んむ……」と口を動かし、何かを掴むように手を伸ばしている。

 夢の中で、ミルクを飲んでいるのだろうか。それとも、私の指を探しているのだろうか。

 私は立ち上がり、ベッドのそばへ行った。

 カノンの小さな手に、私の指を添える。

 カノンは無意識に、私の指をぎゅっと握り返した。

 拒絶ではない。信頼の握力。

 許された気がした。


「……おやすみ、カノン」


 私は声を潜めて言った。

 明日はどんな戦いが待っているだろうか。

 離乳食爆弾か。ハイハイによる脱走劇か。

 どんなミッションでも受けて立つ。

 私たちは、グレイブ334最強の育児部隊なのだから。


 静かな夜。

 三人のアンドロイドと、一人の人間の赤ん坊。

 鉄と油の匂いがする部屋で、私たちは確かに「家族」だった。



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