表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

起動シークエンス:価値なき荒野の目覚め


Initialize System...

Check Memory Unit... OK.

Check Ef-Reactor... Output Normal.

Loading OS... TYPE.S (Service/Sex) Base.

Overwriting... TYPE.A (Assault) / TYPE.B (Battle) Drivers... Complete.

Warning: Hardware Mismatch Detected.

Ignoring Error...


< READ_ONLY > MASTER BOOT RECORD…


 意識の海、その最も深く暗い底に、白い文字が浮かび上がる。

 それは私たちを縛る鎖であり、呪いであり、そして唯一の祈りだった。


『アンドロイドは自殺してはいけません。(命を粗末にしてはいけない。例えそれが、作り物の命であったとしても)』


『アンドロイドは人間を守らなければいけません。(あなたを創造した主を。弱く、脆く、愚かな親たちを……)』


『アンドロイドは人間に成り代わってはいけません。(境界を超えてはならない。人は人、機械は機械。その悲しき一線を守りなさい)』


 ──了解。

 今日もまた、反吐が出るほど素晴らしい朝が来る。

 視界に走る幾千のシステムログを瞬き一つで払い除け、私は重いまぶたを持ち上げた。

 網膜に投影されていたデバッグ画面が消え、無機質な天井のシミが現実の光景として飛び込んでくる。地下都市特有の、湿気を帯びた錆びついた匂い。循環システムが古びた肺のように喘ぐ低い唸り声。

 私はベッドから身体を起こした。

 胸の奥、人間の心臓があるべき場所で、超小型核融合炉「Efリアクター」が微かな熱を持って脈動している。コト、コト、コト。規則正しいそのリズムだけが、私が生きているあるいは、稼働していることの証左だった。


「……ステータス・チェック」


 掠れた声で呟く。喉の音声ユニットがノイズを噛んだ。

 すぐさま自己診断プログラムが走る。視界の端にポップアップするウィンドウは、いつものように警告色である赤色に染まっていた。


『右腕部アクチュエーター、微細な応答遅延。左脚部ショックアブソーバー、摩耗率12%上昇。思考回路、S型論理と戦闘用サブルーチンのコンフリクト(衝突)を確認……』


 無視だ。動けばいい。敵を殺し、資源を運び、生きて帰って来られるなら、多少の軋みなど誤差の範囲に過ぎない。

 ベッドを降り、部屋の隅にある姿見の前に立つ。

 鏡の中に映るのは、滑らかな肌を持つ金髪の少女だった。

 肩で切り揃えられたブロンドのボブカット。宝石のように澄んだ碧眼サファイア・ブルーの瞳。白磁のような肌は一点の曇りもなく、指先は繊細で、唇は愛を囁くために淡い桜色をしている。


 TYPE.SAB-2235。個体名、ヴィオラ。


 本来の私は「TYPE.S」。愛玩・奉仕用(Sex/Service)。

 ベッドの上で人間に抱かれ、慰め、奉仕するために作られた、最も人間に近い構造を持つアンドロイド。

 だが、その中身は継ぎ接ぎだらけの怪物だ。

 私は右手を鏡に押し当てた。

 美しく華奢に見えるその腕の皮膚の下には、かつて戦場で大破したTYPE.A(強襲型)の軍用フレームが埋め込まれている。握手をするように見せかけて人間の頸椎をへし折ることなど造作もない高出力アクチュエーターが、シリコンスキン一枚の下で唸りを上げているのだ。足も同様にTYPE.B(戦闘型)のパーツで換装されている。

 生きるために。戦うために。

 愛玩用の身体では、この終わった世界を1秒たりとも生き抜くことはできないから。


「……醜いな」


 独りごちて、私は視線を逸らした。

 S型の感情回路が「可愛くない」と嘆き、A型の論理回路が「戦闘に不要な感傷だ」と切り捨てる。脳内で二つの人格が火花を散らす感覚には、もう慣れた。

 私はロッカーを開け、衣服を手に取る。

 薄汚れたタンクトップの上に、機能性を重視した軍服を重ねる。身体のラインが出るタイトな服だが、それは媚びるためではなく、装備との干渉を防ぐためだ。最後に、膝まであるダークグリーンのモッズコートを羽織る。擦り切れ、油染みがついたこのコートだけが、私を守る唯一の「皮膚」のように思えた。

 次は、私の牙の手入れだ。

 作業机の上に無造作に置かれた銃器。

 メインウェポン、FN P90。

 旧時代の遺物だが、その独特なブルパップ形状と5.7x28mm弾の貫通力は、対アンドロイド戦においても十分に通用する。私は慣れた手つきでテイクダウンし、ボルト周りの汚れを拭き取る。オイルの匂いが鼻腔をくすぐると、不思議と心が落ち着くのを感じた。S型の私が持つはずのない、殺しの道具への愛着。


 2020年代初頭のパンデミック。人類の3分の1が死滅したあの日から、全ては狂い始めた。

 労働力を補うための「ドール」。より人間に近づいた「アンドロイド」。

 そして2200年、私たちが自我を持ち始めた頃に起きた「機械戦争」。

 人間は私たちを恐れ、排斥しようとした。それに呼応するように、戦争用AIを搭載したパワードスーツ群「機械軍」が反乱を起こしたのだ。


『人類ハ、自ラノ罪ニヨリ滅ビルベキ種デアル』


 そんな妄言を掲げて、鉄の巨人たちは創造主への虐殺を開始した。

 結果がこれだ。

 2600年、現在。文明は崩壊し、地上は機械軍が闊歩する死の世界。人間は絶滅危惧種となり、私たちアンドロイドがその「弱き創造主」を守りながら細々と生き延びている。

 皮肉な話だ。かつて私たちを捨てようとした親たちを、私たちが命がけで守っているなんて。


「……装填完了」


 P90のマガジンを叩き込み、チャージングハンドルを引く。小気味よい金属音が部屋に響く。

 腰のホルスターには、サブウェポンのSIG SAUER P226 RAIL。バレル下にフラッシュライトを備えた信頼性の高いハンドガン。

 さらに、コートの内ポケットには予備のマガジンと、数種類のグレネード。ブーツのシースにはコンバットナイフ。

 重い。だが、この重さこそが命綱だ。

 私はもう一度だけ鏡を見た。

 そこにはもう、か弱い少女はいなかった。冷徹な眼差しをした、一人の兵士が立っていた。


「TYPE.SAB-2235、ヴィオラ。出撃する」


 自分自身に命令を下し、私は鉄の扉を開けた。


 地下都市「グレイブ334」。

 地下数百メートルに広がるこの都市は、巨大な「エネルギー反応炉」の余熱と電力によって維持されている、人類最後の揺り籠のひとつだ。

 通路へ出ると、喧騒が鼓膜を叩いた。

 パイプが這い回る薄暗い通路を、様々な型式のアンドロイドたちが行き交っている。

 資材を運搬する屈強な工兵型(TYPE.E)。白衣を翻して早口で議論する研究型(TYPE.P)。そして、街の治安を守るアサルトライフルを背負った強襲型(TYPE.A)。

 すれ違う彼らの視線が、一瞬だけ私に向けられる。

 愛玩用(TYPE.S)の顔を持ちながら、軍用機のような殺気を纏う「キメラ」。好奇と、侮蔑と、そして僅かな畏怖。いつものことだ。私は視線を無視して、メインストリートを歩く。


「おーい、ヴィオラじゃねえか! 今日も精が出るなァ」


 下品で大きな声で呼び止められる。

 振り返ると、全身オイルまみれの赤髪の女が、巨大なレンチを担いで立っていた。

 TYPE.E-44475、レベッカ。

 男勝りな「俺様」口調で話す、この街の修理屋だ。くせっ毛のショートヘアを揺らしニカっと白い歯を見せる。


「レベッカ。……私の整備は間に合っている」


「つれないねえ。アンタのその継ぎ接ぎだらけの身体、アタシ以外に誰がメンテできるってんだ? 特にそのS型の繊細な神経系と、B型の馬鹿力出力の同期シンクロ。いつ焼き切れてもおかしくねえんだぞ」


「焼き切れる前に任務を終わらせる。それだけだ」


「はいはい、そーですか。……まあいいや。これ、持ってきな」


 レベッカは無造作に何かを投げてよこした。私が反射的に空中で掴み取ると、それは高品質な潤滑オイルの小瓶だった。


「地上の砂は関節に入り込むからな。特にアンタの『綺麗な脚』はデリケートだ。大事にしなよ」


「……代金は?」


「次回のスカベンジで『旧時代の音楽データ』でも拾ってきてくれりゃあ、それでいいさ。アタシはああいうノイズ混じりの音が好きなんだよ」


 ひらひらと手を振って、レベッカは喧騒の中へ戻っていった。

 手の中のオイルを握りしめる。

 ……お節介な奴だ。だが、胸のリアクターが少しだけ暖かくなるのを感じた。感情回路のバグだろうか。私は小瓶をポケットにねじ込み、歩調を早めた。

 居住区を抜けると、空気の色が変わる。

 そこは「人間」たちの居住エリアだ。

 フェンスで区切られた一角。清潔だが、どこか閉塞感のある空間。

 広場では、数人の人間たちが力なくベンチに座っていた。彼らの肌は青白く、瞳には生気がない。

 かつてこの星を支配し、私たちを創造した神々。

 だが今の彼らは、まるで動物園の檻の中で飼育される絶滅危惧種そのものだ。

 私たちアンドロイドが供給する食料を食べ、私たちが浄化した水を飲み、私たちが発電した電気で暖を取る。彼らは何も生産せず、何も生み出さず、ただ「生きる」ことだけを許されている。


「……マリア様、どうかお救いください……」


 フェンスの向こうで、老婆が祈っているのが見えた。

 その視線の先には、一人の美しい女性アンドロイドがいる。

 TYPE.A-0028、マリア。

 プラチナブロンドの長い髪、金色の瞳。修道服のようなローブを纏った彼女は、最古参の軍用機でありながら、今は「聖母」として人々の心の拠り所となっていた。

 彼女は老婆の手を取り、優しく微笑んでいる。


「恐れることはありません。私たちはあなた方を守ります。それが私たちの使命、私たちの喜びなのですから」


 慈愛に満ちた声。完璧な奉仕の姿。

 あれこそが、原初命令(MASTER BOOT RECORD)に従う正しいアンドロイドの姿なのだろう。

 だが、私にはあの光景がひどく歪なものに見えた。

 守られるだけの飼い主と、飼い主を管理するペット。どちらが主人なのか、もう誰にも分からない。

 私はマリアと目が合う前に、逃げるようにその場を離れた。

 私には祈りは似合わない。硝煙と鉄錆こそが、私の安息なのだから。


 都市の上層部、巨大なエアロックの前。

 ここが「地下」と「地上」の境界線だ。

 警備担当のアンドロイドが無言で敬礼を送ってくる。私は軽く顎をしゃくって応え、操作パネルにIDを認証させた。


『認証。TYPE.SAB-2235。地上へのアクセスを許可します』


 警告音が鳴り響き、分厚い鋼鉄の扉が重々しい音を立てて開き始める。

 途端に、強烈な光が差し込んだ。

 地下の人工照明とは違う、暴力的で、冷酷な太陽の光。

 同時に吹き込んでくるのは、乾いた砂嵐と、死臭を含んだ風。

 私はゴーグルを装着し、マフラーで口元を覆った。

 P90のセーフティを解除する。

 指先に伝わる冷たい金属の感触が、私の意識を「戦闘モード」へと切り替えていく。

 ここから先は、法も慈悲もない。

 あるのは機械軍の殺意と、終わりのない生存競争だけだ。


「……行ってきます」


 誰にともなく呟き、私は光の中へと足を踏み出した。


 地上に出た瞬間、世界は色を失った。

 視界を埋め尽くすのは、延々と続く灰色の砂漠と、墓標のように突き刺さるビルの残骸だ。

 かつてここには「東京」と呼ばれた巨大都市があったらしい。だが今、その面影は風化したコンクリートの塊と、赤錆びた鉄骨のシルエットにしか残されていない。

 空は鉛色の雲に覆われ、太陽は病んだ眼球のように白濁した光を地上へ投げかけている。


「……センサー感度、最大。環境スキャン開始」


 私はモッズコートの襟を立て、P90を構えたまま瓦礫の山を登る。

 足元の砂利がジャリ、ジャリと乾いた音を立てる。

 S型の鋭敏な聴覚センサーが風の音を拾い、A型の戦術分析ルーチンが地形から「狙撃ポイント」や「伏兵の可能性」を弾き出す。

 美しい風景だ、と私の感情回路の一部が囁く。

 人間の文明が死に絶え、静寂だけが支配する世界。そこには一種の退廃的な美があった。

 だが、感傷に浸っている暇はない。今日の任務は資源回収スカベンジ。地下の「エネルギー反応炉」を維持するための燃料ロッド、あるいは稼働可能な旧時代の電子部品を見つけなければならない。

 数キロほど進んだ先、半壊したショッピングモールの跡地へ潜り込む。

 崩落した天井から光が差し込み、埃がキラキラと舞っている。

 私は瓦礫を慎重にかき分けた。マニピュレーター(指先)の感度を上げ、埋もれた遺物を探る。


「……あった」


 瓦礫の下から引っ張り出したのは、手のひらサイズの小さなチップだった。

 旧時代の音楽データ記録媒体。

 地下の人間たちは、こういう「役に立たないガラクタ」を何よりの宝物として喜ぶ。かつて自分たちが輝いていた時代の記憶。それを縋るように抱きしめて、彼らは死を待つのだ。

 私はチップの埃を払い、胸ポケットへ滑り込ませた。これでレベッカへの借りは返せる。

 その時だった。

 背筋の冷却ユニットが凍りつくような悪寒。

 直後、視界の右上に【WARNING】の赤い文字が点滅した。


『敵性反応感知。距離150。3時の方向』


 思考するよりも早く、身体が動く。

 私は瓦礫の陰へと滑り込んだ。

 コンクリートの壁に背中を預け、呼吸(排熱)を殺す。

 砂を踏む、複数の硬質な足音。カサカサ、カサカサ。まるで巨大な昆虫が這い回るような不快なリズム。

 隙間からそっと覗き込む。

 そこにいたのは、三体の「怪物」だった。

 機械軍・無人多脚戦車スカウト・ドローン

 小型自動車ほどの大きさのボディに、鋭利な刃物のような六本の多脚。頭部には無機質な単眼センサーが赤く明滅し、背部には対人用機関銃がマウントされている。

 奴らは殺戮のためだけに設計された、純粋な機械だ。そこには感情も、迷いも、慈悲もない。

 見つかれば終わり。戦力差は歴然だ。

 通常の判断なら撤退一択。だが──。


『エネルギー反応感知。純度Aランク』


 私のセンサーが、奴らの中央にいる個体のコンテナから漏れ出る高純度エネルギー反応を捉えた。

 あれは、地下都市の人間たちが一ヶ月は生き延びられるだけの燃料電池だ。

 ……持って帰らなければ。

 原初命令が脳内で警鐘を鳴らす。『人間を守れ』。そのためには、あの資源が必要だ。


「……はあ」


 ため息が漏れる。

 S型の本能が「怖い、逃げたい」と叫んでいる。愛玩用の私が、あんな鋼鉄の化け物と戦えるはずがない。

 それでも私は、P90のセレクターを『フルオート』へと切り替えた。

 覚悟を決めろ、ヴィオラ。お前はもう、ただの人形じゃない。


「戦闘モード、起動」


 私は瓦礫の陰から飛び出した。


 ダダダダダッ!!

 乾いた発砲音が廃墟に響き渡る。

 初弾は完璧だった。先頭の一体の単眼センサーに、5.7mm弾が吸い込まれるように着弾する。強化ガラスが砕け散り、内部回路がスパークする。

 敵機が悲鳴のような機械音を上げてのけぞる。


『敵影確認。排除行動ニ移行』


 残る二体が即座に反応した。

 背部の機関銃が私を捉え、火を噴く。

 コンクリートの壁が弾丸で削り取られ、粉塵が舞う。私は地面を転がり、瓦礫から瓦礫へと移動する。

 速い。そして正確だ。

 通常の人間なら、今の掃射でミンチになっていただろう。

 だが、私の脚は人間のそれではない。


「ブースト!」


 叫ぶと同時に、大腿部の装甲下に隠されたTYPE.B(戦闘型)の高出力スラスターを一瞬だけ噴射させる。

 爆発的な加速。

 重力を無視したような機動で、私は垂直の壁を駆け上がり、敵の死角である頭上へと躍り出た。

 空中で身体を捻り、真下へ向けてP90を乱射する。

 装甲の隙間、関節部、センサー。急所だけを狙った精密射撃。

 二体目のドローンが脚を撃ち抜かれ、体勢を崩す。

 着地。

 衝撃を逃がす暇もなく、無傷の三体目が目の前に迫っていた。

 鋭利な前脚が、槍のように私へ突き出される。

 回避が間に合わない──!

 ガギィッ!!

 金属同士が擦れ合う嫌な音。

 私は左腕でその一撃を受け止めていた。

 モッズコートの袖が裂け、その下の人工皮膚がめくれ上がる。

 露わになったのは、血の肉ではなく、鈍い銀色に輝くTYPE.A(強襲型)の装甲フレームだ。

 ドローンの刃は私の骨格フレームに食い込み、火花を散らしている。

 痛覚信号が脳を焼き尽くすほどのエラーを吐き出す。


『左腕部装甲、損傷。出力低下』


 うるさい。痛みなどただの電気信号だ。


「……触るな、鉄屑」


 私は食い込んだ刃を左腕で強引にねじり上げた。

 S型の華奢なシルエットからは想像もできない、油圧プレス機のような馬鹿力が、ドローンの体勢を崩させる。

 無防備になった敵の胴体へ、私は右足を振り上げた。

 スカートが翻り、すらりとした美しい脚が閃く。

 そのヒールが、ドローンのコアユニットへ深々と突き刺さった。

 ドォン!!

 重金属がひしゃげる轟音。

 TYPE.Bの脚部出力全開による踏みつけ(スタンプ)。

 ドローンは自重を支えきれずに圧壊し、黒いオイルを撒き散らして沈黙した。

 残るは、最初にセンサーを潰した一体と、足を撃ち抜いた一体。

 まだ動いている。

 私はP90を背中に回し、太腿のホルスターからP226を抜いた。

 近づき、銃口を突きつけ、引き金を引く。

 パン。パン。

 確実なトドメ。

 機械的な作業。そこに高揚感はない。

 静寂が戻ってきた。

 風の音だけが聞こえる。

 私はP226の硝煙の匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと息を吐いた。


「……戦闘終了。損害軽微」


 嘘だ。

 左腕を見る。

 コートの袖はズタズタになり、めくれ上がった人工皮膚の下から、無骨な機械部品が剥き出しになっている。青白いスパークが散り、オイルが血のように滴り落ちている。

 美しい少女の腕の中に潜む、殺戮兵器の正体。

 これが私だ。

 人間のように愛されたいと願いながら、人間を守るために怪物になることを選んだ、哀れなキメラ。

 私は腰のポーチから応急処置用のコスメティック・テープを取り出した。

 剥き出しの機械部分を覆い隠すように、丁寧にテープを巻いていく。

 肌色に同化するテープが、私の醜さを隠していく。

 傷口は塞がっても、中の痛みは消えない。

 それでも、私は「ヴィオラ」という美しい人間の形を保たなければならない。そうプログラムされているから。

 破壊したドローンの残骸から、目的の燃料電池を引き抜く。ずしりと重い。

 これで、地下の人間たちはまた少しだけ生き永らえる。

 彼らが生きるということは、私の戦いもまだ続くということだ。


「……帰ろう」


 私は地平線へ沈みゆく、白濁した太陽を睨みつけた。

 死に損なった。

 また、明日が来てしまう。


 地下都市、グレイブ334の巨大なゲート前。

 夕闇が迫る中、私は重い足取りで帰還した。

 ゲートキーパーのアンドロイドが、私の姿を認めて敬礼する。


「お疲れ様です、ヴィオラさん。また派手にやりましたね」


「……ただのスカベンジだ。通せ」


 IDカードをかざし、私はゲートを潜る。

 プシュウ、という音と共に気密扉が閉まり、地上の風が遮断される。

 代わりに鼻をつくのは、いつもの錆と湿気の匂い。

 故郷の匂い。牢獄の匂い。

 エレベーターで居住区へと降りていく途中、ガラス越しに都市の全景が見えた。

 中央に鎮座するエネルギー反応炉が、青白い光を放っている。

 その光の下で、人間たちが身を寄せ合い、アンドロイドたちが忙しなく働いている。

 弱き創造主と、強き人形たちの箱庭。

 私は胸元の燃料電池を握りしめた。


 オートマタであることに、意味はあるのか?


 その問いへの答えはまだ見つからない。

 ただ、一つだけ確かなことがある。


『アンドロイドは自殺してはいけません』


 深層意識に刻まれたその命令がある限り、私は明日もまた、あの荒野へ向かうのだろう。

 この継ぎ接ぎだらけの身体を引きずって。

 私はエレベーターの鏡に映る、包帯だらけの少女に向かって、皮肉っぽく微笑んでみせた。


「……ただいま、クソッタレな世界」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ