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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第1章

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7/10

謎の少女

「水よ、撃て! アクア・ショット!」


 瞬間、深紅は己の内にある何らかの力が<魔操輪>に吸われるのを感じた。恐らくはそれが魔力なのだろう。

 直後、手の平に水の塊が生まれ、それが一直線に放たれる。初雪と綾女の分も合わせ、計三つの水の塊が<影人形>(シャドール)を捉え弾けた。威力はさほどでもないものの、元々二発当たれば消えるというルールが成されているため、<影人形>は床に染み溶けるように消滅していった。


「おおっ……!」

「すっげぇ! 本当に出た!」

「ちょ、ちょっぴり、楽しいかも……」


 初めて魔法を行使した感動と喜びに、深紅たちはしばしの間状況も忘れてはしゃいでしまう。あまつさえ敵を倒した爽快感もあり、舞い上がってしまうのも仕方が無かった。

 とはいえ、これは恐らくロベリアの罠。このまま興奮に身を任せ戦っては思うつぼだ。故に深紅はひとしきり感動を噛み締めた後、一つ咳ばらいをして冷静さを取り戻した。


「よし。二人ともそろそろ移動しよう」

「おっと、そうだった。早くしないと攻撃が始まっちまうもんな!」

「う、うん、行こう……!」


 そうして深紅たちは再び走り出す。すでにそこかしこで戦端が開かれており、反撃もしてこない<影人形>が着々と数を減らしていた。


「風よ、撃て! ウインド・ショット!」

「水よ、撃て! アクア・ショット!」


 迷路のようなバトルアリーナを走り抜ける最中、他の生徒たちが汎用魔法を用いる声が聞こえてくる。<影人形>の見た目のコミカルさに油断しているのか、単独行動をしている者たちも見受けられた。

 だがこのペースでは無抵抗でいる時間もそろそろ終わる。深紅が焦りを覚えた所で、ようやく目的の場所に辿り着いた。


「ふ、二人とも、ここなら大丈夫……!」


 やがて辿り着いたのは、妙に照明の光が集中している広場のような一角。足元を眺めてこの場が最も適していると判断したようで、綾女が珍しくも大きな声を出して主張した。


「んで、結局何でこんな場所に来たんだ? 開けててむしろ危なくねぇか?」

「えっと、それ、は……」

「無理に説明しなくても大丈夫だよ、綾女さん。きっとすぐに分かるから」


 現在の<影人形>は反撃もせず、たった二発魔法を受ければ消える。他の生徒たちが暴れているようなので、来るならそろそろだろう。深紅はいつ変化が訪れても良いように警戒しながらその時を待った。


『ふむふむ、皆だいぶ慣れて来たねぇ? うちの可愛い影子ちゃんたちがどんどんやられちゃってるよ』


 不意にロベリアの声がアリーナに響く。彼女は実技室の二階から吹き抜けとなっているアリーナを見下ろしており、ちょうど深紅たちの位置からはその姿が良く見えた。何故か深紅たちを真っすぐ見つめ、嬉しそうに笑っている。

 どうやら綾女の予想は正しかったらしい。ならばこれから起こるのは――


『じゃあここからは本番だ! うちもちょっと本気出しちゃうし、影子ちゃんたちも攻撃するよ! 攻撃されたらどうなるか……それはその時のお楽しみだぜぇ!』


 ロベリアがそう叫んだ瞬間、アリーナの至る所から悲鳴が上がった。 


「うわぁ!? 動きが速くなったぞ!?」

「しかも突然その辺から湧いて出て来るぞ!? うわ、足元から――ぎゃあっ!?」

「きゃあっ!? なにこれなにこれ!?」


 混乱、驚愕、恐怖。正に戦場で響くような阿鼻叫喚の数々。幸いと言うべきか、あるいは最後に回されているのか、深紅たちが佇む広場には<影人形>が来ていないので何が起きているのかは分からなかった。


「ちょっ、マジでどうなってんだこれ!? 大丈夫なのか、他の奴ら!?」

「たぶん駄目だろうね。いやまあケガとかはしてないと思うけど」

「こ、怖い……」


 状況が分からないからこそ余計に想像を掻き立てられ、初雪も綾女も怯えて顔を青くしている。徐々に悲鳴の数が減って来た事で、深紅も若干不安になってきた。実は教師に化けたテロリストが生徒たちを殺して回っている――などという状況だけは勘弁である。


「おっ、誰か来たぞ! 生き残りか!?」


 しばらく気を張り詰めさせていると、やがて広場に二人の生徒が現れた。複数ある通路から一人は必死に走り、もう一人は悠々と歩いてくる。

 ほぼ二人同時に広場に足を踏み入れた辺り、恐らくこれは調整されたタイミング。つまりこの後何かが起こる。そう直感した瞬間――


『はーい、がっぷんちょ!』

「ひっ!? うわああぁあぁぁっ!?」


 死ぬ気で走ってきた男子生徒の影から<影人形>が飛び出し、ギザギザの口を体いっぱいに開いて食らいついた。まるで海面から飛び跳ねたサメが獲物を食らうような光景に、深紅たちは度肝を抜かれて凍り付く。

 男子生徒は無情にも丸呑みにされ、食らった<影人形>はしばらくもぐもぐと咀嚼した後、地面に溶けるように沈み込んで行った。


「おい、食われたっ! 食われたぞ、アレ!?」

「だ、大丈夫だよ、初雪。多分……」


 かなりインパクトの強い光景に、さすがに深紅も言葉を失ってしまう。しかしあの男子生徒の尊い犠牲のおかげで、自分たちの予想が正しかった事を理解できたのだった。


「や、やっぱり、影から影への、転移が出来るんだ……!」

『大正解! うちの可愛い影子ちゃんたちは、影から影へ瞬間的に移動する事が出来るのさ! 君らみたいに影が出来ない場所にでもいない限り、足元からがぶっと噛まれてボッシュートだよ!』


 いかなる方法か綾女の呟きに近い声を拾い、丁寧に説明してくれるロベリア。

 深紅と綾女が開戦前から警戒していたのは正にこれだ。もし影を媒介とした転移が可能なら、迷路状に仕切られた壁の影はもちろん、自分たちの身体が作る影すらも危険。だからこそ照明が集中し、なおかつ壁が作る影との距離がある広場を目指したのだ。


『そして食べられた子たちはこれこの通り。影子ちゃんたちを通して二階に転移させてるだけだから安心してね』

「あ、そうなのか。良かった、マジで食われたのかと思ったぜ」

「まあそれなりのトラウマにはなってそうだけどね」


 見ればロベリアの隣には先ほど尊い犠牲となった男子生徒の姿があった。とはいえ影の化物に丸呑みされるのはなかなかの恐怖だったらしく、腰が抜けて立てないようだが。


『それにしても、あそこ三人はグッジョブだね! うちが口にした『影を操る能力』っていう情報で、影から影への転移が出来る事を予測して、開始早々照明を多く向けてる広場を真っすぐ目指したからね!』

「ああ、そっか! お前らがやたら場所に拘ってたのはそれが理由なのか!」

「まあね。影を操る能力で一番警戒しなきゃいけないのはそれだし」

「う、うん……」


 説明されてようやく気づいたらしい初雪に、深紅は綾女と共に頷く。

 とはいえ正直な所、綾女がいなければ深紅は舞い上がるまま突撃し無様にやられていた事だろう。彼女の頭の回転の速さと膨大な知識、そして冷静な判断力のおかげだ。真に褒められるべきは脱落した生徒たちの視線に恥じらい、深紅の陰に隠れ縮こまっている綾女である。


『少ない情報から未知の力を分析し、対策を練る思考力。それを戦い、あるいは逃走に活かす柔軟な発想力。それが魔法使いに求められる力なんだ。君たちもその事を良く覚えておこうね。魔法界は意外と怖い所だぞ~?』


 などと脅かすような事を口にしながら、ロベリアは広場の入り口に<影人形>たちを集結させていく。目算でおよそ二十体。三人で打倒するには少々厳しい数だった。


『さーて、それじゃあ君たちがどこまでやれるか見てあげるよ。可愛い影子ちゃんたちに勝てるかなー? 十秒後にフェイズ2開始だぜ!』

「十秒!? ちょっと早過ぎない!?」


 すでに幾つかある広場の入り口に<影人形>たちが待機しており、いつでも突撃出来る状態だ。対して広場に残っている者たちは深紅を含めて僅か四名。その内一名は孤立している上に自己紹介すら済んでいない。連携しなければ乗り切れない状態になるのは明白なので、深紅はすぐさまその人物――赤紫色の髪をした少女に駆け寄った。


「ちょっ!? おい待て、深紅!」

「ま、待って、深紅くん! その子は――」

「君、こっちに来て! 僕らと一緒に固まって戦おう!」


 何故か二人に止められたが、構わずその少女に声をかける。一人でいるなど狙ってくれと言っているようなもの。何より数の差がある以上、少しでも纏まった方が賢明だ。だからこそ全員で固まって戦う事を提案したのだ。


「――あたしに近寄らないでくれる? 目障りよ」

「え……」


 しかし返って来たのは、ぞっとするほど冷たい視線。この世の全てを嫌悪し拒絶しているが如き、絶対零度の声音。

 まさかそのような深く暗い感情を向けられるとは思わず、深紅は凍り付いてしまった。そして同時に理解した。これほどまでの悪感情を持つ者など早々いない。教室で深紅に憎悪と殺意に満ちた狂気の視線を向けてきたのは、この少女なのだ。


『あと五秒! よーん! さーん!』

「し、深紅くん! 早くこっちに来て!」

「そいつは放っとけ! 大丈夫だから!」

「……うん」


 制限時間も手伝い、凄まじい域の拒絶を前に深紅は引き下がる他に無かった。

 何より全く面識も無い深紅にあれほどの殺意と憎悪を向けてくるような少女では、特に絡みたいとは思わない。何故そこまで深紅を毛嫌いするのか気にはなったがその少女の事は意識から追い出し、初雪たちの元へ戻った。

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