マジカル★サバゲー
実技室、それは魔法の練習や研鑽を行うための施設だ。物質界の学校で言うなら体育館に近い作りだが、壁や天井は非常に堅牢な素材で作られた窓の無い場所だ。印象で言えば地下シェルターという表現が相応しいかもしれない。
魔法の対象にするためのサンドバッグ的な物が置かれた実技室もあるが、今回深紅たちが足を踏み入れたのはただただ広大な空間が広がるホールのような実技室であった。
「何だこれ、迷路……?」
そして今、実技室には不思議な光景が広がっていた。広大な空間を仕切るように幾つもの壁が乱立し、まるで迷路のような様相と化していたのだ。これには深紅も先ほどの不安や緊張を忘れ、首を傾げざるを得なかった。
それに迷路にしては壁の数も少なく、どちらかと言えば仕切りや遮蔽物に近い。ますます意味が分からず博識な綾女に視線を向けるが、さしもの彼女も見当がつかないらしい。ふるふると困惑顔で首を振っていた。
「先生、これって一体何なんですか?」
「これは一言で言うならバトルアリーナさ。今から皆には汎用魔法を使った模擬戦をして貰うぜ! 楽しく遊んで汎用魔法の練習も出来る! これって最高だと思わない?」
「お、おおっ!? マジか!? すげー楽しそうじゃん!」
生徒の質問に対し、ロベリアが返したのはまさかの答え。魔法を用いた模擬戦という、血沸き肉踊りそうな遊びであった。
恐らくはサバゲー――ペイント弾を用いたサバイバルゲームに近いものなのだろう。これには生徒たちも大興奮であり、深紅も大いに興味を引かれた。
「先生、チーム分けとかどうなるんですか!? 男子対女子ですか!?」
「ルールはどんな感じですか!?」
「慌てなさんな、早漏ボーイズ。ちゃんと説明してくよ。ルールは単純。制限時間内に敵を全て倒すだけ。倒し切れば君たちの勝ち。君たちが全滅すればうちの勝ち。とってもシンプルっしょ?」
妙にニマニマと笑いながら、ロベリアは丁寧にルールを説明していく。
しかしその内容には少々おかしな部分があった。今の言い分ではまるで彼女一人で生徒たち全員を相手取るように聞こえたのだ。
「いやいや、先生。それは無いでしょ。その言い方だと先生一人で俺ら全員を相手にするみたいじゃん。幾ら何でも舐め過ぎじゃね?」
「おおっと、誰が一人で相手するって言ったのかなー? うちは一人であって一人じゃないぜ?」
同じ結論に至った生徒が少々小馬鹿にした口調で言い放つ。しかしロベリアはそれに対し、またしてもおかしな言葉を返した。一人であって一人ではない、それは一体どういう意味なのか。
深紅が首を傾げ考えを巡らせたその瞬間――
「さあ、出ておいで! <影法師の大行進>!」
「っ!?」
床に伸びるロベリアの影から、何かが飛び出してきた。
それはシーツを被った子供という感じの大きさと見た目であり、影そのものであるかのように全身真っ黒だった。口の部分は落書きのようにギザギザで、目はぽっかりと丸く開いた若干愛嬌のある顔つき。
しかし突然そんな謎の生物が影から、しかも続々と現れるのだからその衝撃は並大抵では無かった。
「ひっ!? な、何だこれ!?」
「ば、化物……!」
数十を超える数の怪物が突然現れた事で、恐慌をきたす生徒たちが現れる。入学式で見た龍と同じ幻想的な存在ではあるが、誰もが知っている生物と未知の何かとでは受け止め方も異なるのだろう。
実際深紅も驚き、身体を固くしてしまったが――
「大丈夫だよ、深紅くん……アレは、先生の固有魔法だから……」
綾女がそう説明してくれた事で、危険性が無いという事を理解し胸を撫で下ろした。
そもそも若干臆病な所のある綾女が変わらず普段通りの様子を見せている上、深紅を安心させるように腕に触れてきたのだ。あの影の化物は見た目こそ不気味だが、突然牙を剥く危険な存在ではないのだろう。
それよりも深紅としては、綾女の口にした言葉の方が気にかかった。
「固有魔法……?」
「そう。汎用魔法と対を成す、もう一つの魔法。魔法使い個人個人が持つ、自分だけの特殊な力……」
「えっ、何その胸が躍る言葉」
汎用魔法で頭がいっぱいになっていたところを固有魔法という情報で殴られ、衝撃で若干混乱しそうになってしまう。
しかし冷静に考えてみれば納得の話。汎用魔法が誰にでも使える魔法なら、個人にしか使えない魔法があってもおかしくはない。それこそが綾女の言う固有魔法であり、また目の前に存在する影の怪物なのだろう。
果たしてそれは深紅にも使えるものなのか。またどのような超常を引き起こす事が出来るのか。好奇心のあまりすぐさまそれを綾女に尋ねようとしたが――
「はいはい、皆そんなビビらなーい! 大丈夫だって、この子たちはうちが影を操る固有魔法で生み出した、一種の使い魔みたいなものだからさ。正式名称は<影人形>。挨拶してー?」
「あ、そうなのか。何だ、びっくりした……」
「でも見た目悪いよな、ちょっと……」
「えっ、普通に可愛くない? 愛嬌ある顔してるよ?」
ロベリアの一声により生徒たちが落ち着きを取り戻した事で、意識は否応なくそちらに向く。固有魔法も気にはなるが、今は汎用魔法を学ぶ時間。まして魔法を用いたサバゲーを行うのだ。他の事を考えていては十分に楽しめるとは思えなかった。
「皆にはこの子たちと戦って貰うよー。でもその前にまずはこれ。君らの<魔装輪>と、今回使える汎用魔法のリストだよー」
ロベリアがそう口にすると<影人形>たちがもぞもぞと動き、実技室の隅に積まれた小箱を持って生徒たちに近寄ってきた。どうやら完全にロベリアの制御下にあるようで、統率の取れた完璧な動きである。
「意外と愛嬌あるよな。これと戦えってのはちょっときつくね?」
「う、うん……ちょっと胸が痛むかも……」
「だよね。改めて見てみると結構可愛いし、ペットに欲しいかも」
触手のように生えた腕から小箱を受け取り、それを開ける。中には木製の腕輪と、呪文らしいものが記載されたリスト。とはいえ練習用のものなのか、記載されている魔法はたった二つしかない。ロベリアが教室で見せた魔法は一つも無かった。
「ちなみにその<魔操輪>はこの授業から君たちの物になるけど、ロックがかかってて使える呪文は限られてるからね。図書館でヤバ気な汎用魔法見つけても使えないよ」
「えーっ!? 何でだよ先生!」
「横暴だ、横暴! 権利の侵害だ!」
ロベリアの補足に生徒たちが口々に不満を喚き立てる。
確かに深紅も耳を疑ったし不満を覚えたが、冷静に考えれば当然の対処だった。
「めんごめんご。でもさー、こうしないと舞い上がった君らが事故を起こすわけよ。実際君らの中に、<魔操輪>を身に着けてからうちが使った汎用魔法の詠唱口にした人いるよねー? しかも人がいる方に向けてさー?」
そう、安全を考えれば当然の措置なのだ。
魔法使いの卵といっても、所詮は十六歳前後の子供たち。使い方によっては容易に人を害する力を与えるなど、まともに考えれば軽はずみに過ぎる行為だ。しっかりと安全装置を施し制限していくのは当たり前であった。
「でもモーマンタイ! 進級とかする度にロックも緩和されるから、その内色々使えるようになるよ! まあ、品行方正に過ごしてない場合はその限りじゃないけどねぇ?」
素行が悪ければ不自由なまま、と遠回しにのたまうロベリア。
同級生たちが様々な魔法を行使できるというのに、自分だけは指を咥えて見ているしかないなど地獄だろう。どうやらこの<魔操輪>の安全装置は、生徒たちの生活態度などを戒めるのにも一役買っているらしい。
何にせよ、これは間違いなく魔法使いとして一歩を踏み出せる重要な場面。故に深紅には文句など無く、すぐさまその腕輪を手首に装着した。己の夢の第一歩を踏みしめ、目指すべき目標に僅かながら近づいた事実を、幸福と共に噛み締めながら。
『――さあ! 生き残りをかけたデスゲームの幕開けだぁ!』
多少の練習とルール説明を挟み、遂にデスゲームという名の魔法サバゲーが始まった。
ロベリアが固有魔法によって生み出した影の怪物――<影人形>、五十体。対抗するは魔法使いの卵である新入生一クラス分、三十七名。舞台は幾つもの壁で区切られた、広大なバトルアリーナ。
「しゃあ! 行くぞお前ら、あんな怪物に負けんじゃねぇぞ!」
「誰が一番アイツらを多く倒せるか競争だな!」
開戦するなり、生徒たちは我先にと駆けて行った。男子も女子も関係無く、ほぼ全員がだ。バトルアリーナは縦百メートル、横五十メートルの長方形の作りをしているため、互いの勢力が端にいる状態で開戦すると接敵に時間がかかる。興奮に支配された生徒たちはその時間すらまだるっこいしのだろう。
「遂に始まったな、深紅! 俺達も行こうぜ!」
「いや、待つんだ初雪。僕らはゆっくり行った方が良い。綾女さんがそう言ってる」
「う、うん……それより、照明の光が一番強い場所を探すべき……だと、思う……」
当然血気に逸る初雪も彼らに続こうとしたが、深紅はそれを制した。開戦前に綾女の話を聞いたおかげで、ロベリアの固有魔法の性質を理解したからだ。もしも綾女と深紅の予想が正しければ、他の同級生たちよりも有利に動ける。後は初雪が従ってくれるかどうかだが――
「お、そうか。お前らが言うならその方が良さそうだな!」
「話が早くて助かるよ。ちょっと心配になるけど」
「う、うん……素直過ぎて、心配……」
幸い初雪は素直に従い、集団行動を是としてくれた。故に深紅たちだけは血気盛んに突撃する新入生たちとは違い、目当ての場所を探して走った。開戦後しばらくは攻撃しないとロベリアがルールを決定したので、今の内に腰を据えて反撃できる場所を見つける必要があったからだ。
しかし幾つかの曲がり角を曲がった直後、遂にそれが現れた。闇のシーツを被った子供のような存在――<影人形>だ。
「よし、行くぞ二人とも! まずは水で行ってみよう!」
「おう! 尾白も落ち着いて唱えろよ!」
「は、はいぃ……!」
ガオーと威嚇するようにギザギザの口を剥く<影人形>に対し、深紅たちは<魔操輪>を装着した手を向け、配られた紙片に記載されていたその呪文を唱えた。
サバゲーは楽しそうだけど一度もやった事が無い。
あとMFの評価シートが届きました。やはりオリジナリティの不足を指摘されていましたね。それと序盤の導線が弱い、と。確かに魔法ものなのに分かりやすい魔法出るのがちょっと遅かったな……。




