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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第1章

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汎用魔法の授業

 入学式から三日後。初日から素晴らしい友人たちに恵まれた幸運な深紅は、無事に順調なスタートを切り出し充実した学院生活を送っていた。

 喜ばしい事に寮の二人部屋のルームメイトが初雪だったので、余計に楽しく充実した日々であった。どうやら教師や元々決まっていたルームメイトに相談して、わざわざ深紅と相部屋にして貰ったらしい。おかげで毎夜遅くまで親友と遊び語り合う事が出来るという、夢のような状況だった。

 とはいえもちろん喜べる事ばかりではない。魔法界(ブリアー)に来て日が浅い深紅は、日常生活で不都合が出る事も多々あった。しかしそこは優しく実直な友人たちが支えてくれたので、何とか乗り越える事が出来ていた。同級生たちも出来た人間ばかりで、苛めの類も全く無い。物質界(アッシャー)出身の自分は馴染めないのではと不安に思っていたのが杞憂に終わり、大いに胸を撫で下ろす事が出来たのだ。

 憧れの魔法界で魔法使いの卵として勉学に励み、素晴らしい友人たちに恵まれ、毎晩のように親友と遊び語り合う事が出来るという最高の日々。深紅は毎日が楽しくて仕方が無く、これ以上幸せな日々など考えられなかった。

 だがしかし、その思いは良い意味で裏切られる。焦がれてやまない魔法そのものに触れる機会が、この日遂にやってきたのだ。


「――さーて、今日はみんな首を長くしてお待ちかね、魔法の授業だぜっ! オーケィ、エブリバディ! 準備は良いかーい!?」


 やたらカラフルな色合いのローブが目立つ女性教師が、まるでパーティを思わせるテンションで叫びを上げる。

 彼女の名はロベリア・リアトリス。本当に教師なのか疑わしい格好をしているが、紛れも無く教師だ。何せ髪は鮮やかなピンク色、瞳は右が赤で左が青という、あまりにもビビッドな容姿をしている。

 加えてブランルージュほどでは無いが相当に幼い外見をしており、十代後半にしか見えない童顔と背丈を誇っていた。しかも纏っている朱色のローブは最早原型が分からないほどに改造されており、紫のフリルでこれでもかと飾り立てられている上、下は太腿剥き出しのミニスカート状。そんな姿で教卓の上に立ち、長いツインテールを揺らして踊っているのだ。あまりにも場違いな姿と振る舞いに、深紅は白目を向きかけたほどである。


「うおおおぉぉぉぉぉっ!」


 ロベリアの言葉にか、あるいは翻るスカートにか、教室に集う同級生の男子たちが気合の入った雄叫びを返す。

 さすがに深紅は雄叫びを上げていないが、それでも同様に胸が躍っているのは確かだった。何せこれから行われるのは魔法使いを魔法使いたらしめる最も重要な要素――魔法に関する授業なのだ。


「声が小さーい! ワンスモアっ!」

「うおおおあああああああぁあぁぁっ!!」

「うひぃ……!」


 更に声量と熱意を上げた魂のシャウトに、右隣に座る綾女が耳を塞いで縮こまる。男たちの雄叫びは人見知りな綾女にはなかなか辛いものがあったのだろう。

 深紅はそんな彼女を安心させるように、長机の下でそっと手を伸ばした。


「あ……」


 すると綾女は頬を染め、指先を控えめに握ってくる。それだけで安心したのか、にへらとだらしなくも可愛らしい笑みを向けてきた。

 その様子に思わずドキリとしてしまう深紅だったが――


「うおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉっ!!」

「うるせーぞ、初雪! 鼓膜敗れるだろうが!」


 左隣で上がる初雪の馬鹿げた大声に驚き、情緒や胸のときめきといった感情は全て吹っ飛んでしまった。思わず口調が汚くなるくらいには驚いたものの、ある意味では助かったと感じる深紅であった。


「エクセレント! そんじゃあ待望の授業を始めて行くぜ! 今日みんなに教えるのは魔法使いを魔法使いたらしめる二つの要素の内の一つ――汎用魔法だ!」

「汎用魔法……?」


 聞いた事の無い言葉に、思わず首を傾げてしまう。

 とはいえ同級生たちは歓喜の叫びを零すばかりで、疑問を口にする者は一人もいない。これも魔法界では常識で、知らない深紅がおかしいだけなのだろう。

 などと首を捻っていると――クイクイッ。綾女が控えめに深紅のローブを抓んできた。


「ど、どんな魔法使いにも使える魔法の事、だよ……魔法は、実は二種類あるの……」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう、尾白さん」

「う、ううん……あの、綾女って……呼んで、欲しいな……」


 わざわざ教えてくれたかと思いきや、熱に浮かされた表情でねだってくる綾女。その様子を前に、深紅は居心地の悪さを覚えてしまった。まさかこの自分が女子を名前で呼ぶ関係になるなどとは思わず、どうにも照れ臭さを抑えられなかったのだ。

 尤もそれだけならまだ良かった。友達同士なら名前で呼び合う事も不思議ではないのだから。


「う、うん。綾女、さん……」

「え、へへぇ……!」


 照れつつも名前を口にすると、綾女は蕩けるような笑みを浮かべて喜悦に浸る。端的に言うとトリップする。

 ただ名前を呼んだだけでこの反応。そういった関係の経験が無い深紅でもさすがに分かる。どうにも綾女は深紅に恋心を抱いているようなのだ。まさか出会って数日しか経っていないというのに、しかも自分のような人間が誰かに好かれるなどとは思わず受け入れ難かったが、この様子を見るに間違いなかった。


「………………」


 とはいえ、深紅はあえて気が付かない振りをしていた。

 綾女の気持ちは嬉しい。他人に、しかも可愛い女の子に恋慕の情を向けられるなど、とても光栄で涙が出そうになるほど喜ばしい。

 しかしそれを受け入れられるかどうかはまた別問題。何故なら深紅のような人間が、綾女のような素晴らしい少女と結ばれる事は許されないのだから。


「さて、汎用魔法だけど――百聞は一見に如かず! まずは見せよう! 刮目せよ!」

 しかしその興奮も、ロベリアの次なる行動によってまったく別種のものへと変貌した。

「渦巻け、清浄なる水流よ! アクア・スパイラル!」

「おおっ!?」


 ロベリアが右手を天井に向けて突き出し呪文のようなものを唱えると、その手の平から人の頭ほどもある水の塊が放たれた。螺旋を描き天井に炸裂した水の塊は勢いよく弾け、周囲に雨として降り注ぐ。

 突然の魔法。紛れも無い超常の力。それを目の当たりにした深紅は思わず身を乗り出した。


「唸れ、大いなる烈風よ! ウインド・エッジ!」


 次いで放たれたのは風。生徒たちの頭上を風の刃が幾度も切り裂き、雨を霧へと変えていく。

 だが風の刃には殺傷力があるらしい。教室の背後の壁には幾つもの傷痕が刻まれ、その威力を生徒たちに知らしめた。当然生徒たちは興奮を忘れ、今の一撃が自分たちに向けられた時の事を考え恐れおののくが――


「輝け、尊き光よ! シャイニング・レイ!」

「わぁ……!」


 最後にロベリアが放った魔法の光――それによって教室内に美しい虹が作り出された事で、恐怖が感嘆に塗り潰される。

 雨粒を風の魔法で切り刻み霧状にしたのは、光の魔法によって虹を作り出すための布石だったのだ。見れば誰もが虹の美しさに魅了され、それを作り出した魔法の力に圧倒され目を輝かせていた。


「……どうよ!」

「す、すっげぇえええええっ!!」

「汎用魔法って本当に色々出来るんだな! めっちゃ面白そう!」

「フッフッフ……あー、この憧れの視線が堪んないねぇ?」


 一瞬にして教室中が興奮に沸き立ち、誰もが魔法に魅せられる。

 しかし深紅としては、ほんの短い時間で生徒たちの心を掌握したロベリアにこそ喝采を送りたい気分だった。何せ一連の魔法行使によって魔法が持つ危険性を教えつつ、それを正しく使えば美しいものを生み出せると教えたのだ。

 一見不真面目に見えるロベリアだが、そこはやはりブランルージュの下で働く教師。生徒たちを教え導く腕と矜持は本物なのだろう。


「凄いなぁ……これって僕にも使えるんだよね? だったらこれでようやく僕も魔法使いの仲間入りが出来るって事だよね? どうしよう、興奮してきた……!」

「そうだぜ、深紅! 誰にでも使えるから汎用魔法なんだぜ!」

「深紅くん、嬉しそう……」


 昂ってくる魔法への欲求が顔に出てしまったのか、隣で綾女が微笑ましい物を見るかのように暖かい視線を注いでくる。どうやら彼女にとっては魔法云々よりも嬉しそうな深紅の姿の方が優先度は高いらしい。

 その気恥ずかしさでちょっと落ち着いた深紅が視線を正面に戻すと、ちょうどロベリアが手を打ち鳴らし皆を落ち着かせている所だった。


「はーい、興奮も分かるけど話続けるよー。皆も知っての通り、この汎用魔法は魔法使いなら誰にでも使える。だけどそのために不可欠なものが三つあるんだ。一つは魔力、二つ目は呪文詠唱を口にできる事。そしてもう一つは――」


 そこで言葉を切ったロベリアは、己のローブの袖口を引っ張って手首を晒す。そこにあるのは真っ白な肌と、手首に嵌められた美しい輝きを放つピンク色の腕輪。

 複雑な紋様が刻まれたそれは、色以外は彼女の好みとは思えない。つまり、アレこそが汎用魔法の発動に必要な最後の要素。


「――魔法使いの杖、<魔装輪>(フェルシュ・ブルート)。これら三つの条件を満たさないと、ただ痛い詠唱を口にするヤバい人になるから気を付けてね?」


 <魔操輪>――あの腕輪はそんな名称を持つ、魔法使いの杖らしい。しかしどこからどう見ても杖には見えず、先ほどの様子からして杖に変形するという事でも無さそうだ。

 思わず首を捻る深紅だったが、その疑問を口にする前にやはり袖口がくいくいと引っ張られた。もちろんそれは汎用魔法に興奮している初雪ではなく、深紅の疑問を敏感に察した綾女である。


「アレは腕輪型なだけで、原理的には、創作の魔法使いの杖と、変わらないよ……?」

「そうなんだ。あー、でも確かに杖より便利そうだね。手に持つ必要が無いし」

「う、うん。昔は杖とかの時もあったけど……二百年くらい前には、あの形に落ち着いたみたい……」

「へー……」


 そんな歴史に納得すると共に、相変わらず博識な綾女に感嘆を覚える深紅。

 嫌な顔一つせず何でも教えてくれるのは嬉しいのだが、今のところ与えられるばかりで何一つ恩返し出来ていないのが歯痒かった。かといって綾女の気持ちを受け入れるわけにはいかないのだが。


「それじゃあ君たちにこの<魔操輪>を配って、いよいよ汎用魔法を体験して貰うわけだけど……どうせならもっと楽しく学びたいよねぇ!?」

「もちろんだぜ!」

「先生、お願いします!」


 ニヤリと笑うロベリアの問いに、生徒たちは同意の声を返す。

 今までの彼女の行いや言動を鑑みるに、遊び心の溢れた方法で生徒たちに汎用魔法を体験して貰うつもりなのだろう。確かにその方が生徒たちの覚えも良くなり、学習意欲も増すというものだ。


「よーし! そんな君たちに特別なイベントを用意してあるぞ! さあ皆、実技室に移動だー!」

「おーっ!!」


 そんな掛け声と共に、ロベリアがいの一番に駆け出して実技室へと向かう。その後に続くのは特にやる気に満ちた生徒の集団。もちろん深紅もやる気満々だが、さすがにあそこまで弾けるほど理性を失う事は無かった。


「何かワクワクして来たな! 深紅、綾女、俺らも早く実技室行こうぜ!」


 とはいえ初雪はだいぶ弾けているようで、第一陣に僅かに遅れて駆け出した。同様に出遅れた者たちもちらほらと続いていく。


「一体何があるんだろう。楽しみだね、綾女さん」

「う、うん……ちょっと怖いけど、深紅くんと一緒だから、私も楽しみ……」

「……怖いなら、手を繋ぐ?」

「う、うんっ!」


 冗談めかして手を差し出してみると、綾女は眩い笑みを浮かべて手を握ってきた。

 まさか本当に握って来るとは思わず、さすがに深紅もこれには面食らった。


「えへへっ……」


 しかし驚いたのも束の間、すぐに得も言われぬ暖かい気持ちが胸に込み上げてくる。はにかむ綾女の愛らしい笑みに、触れ合う手から伝わる人の温もりに。

 初めての感情と心地良さに、思わず更に踏み込みたくなってきてしまう。けれど自分にはこれ以上踏み込む事は許されない。何より今のままでも十分に幸せなのだ。貪欲に多くを望み、今の幸せが壊れる可能性を作る事などありえなかった。


「さ、それじゃあ実技室に行こ――っ!?」


 そうして綾女の手を引き歩き出そうとした直後、途轍もない悪意に満ちた視線を感じて全身に鳥肌が立った。

 反射的に身構え周囲を見渡すと、女子と手を繋いでいる事に対して嫉妬の視線を向けてくる男子がちらほらと目に入る。だがその中に視線の主はいない。深紅が感じたのは妬みや嫉みなどという生易しい感情では無かった。それは心臓にナイフを突き立てられたと錯覚するほどの、常軌を逸した域の殺意。あまりにも深度の深い憎悪。心臓を鷲掴みにされたかのような血も凍る恐怖に、胸を満たしていた暖かい気持ちは一瞬で消し飛んだ。


「ど、どうしたの、深紅くん?」


 そんな深紅の様子を不審に思ったのだろう。綾女が心配そうに語り掛けてくる。

 とはいえ深紅としても何が何だか分からなかった。物理界でならともかくこの訪れてまだ日も浅い魔法界で、あんな粘つく暗黒染みた憎悪と殺意を向けられる覚えは無い。視線の主は見つけられなかったが、だからといって安心して良いとは思えない。アレは狂気にも似た重さの感情だったのだから。


「いや……何でも無いよ。じゃあ行こうか、綾女さん」

「う、うん……!」


 とはいえその不安と緊張を綾女に悟らせ、気遣わせるわけにはいかない。なので深紅は改めて彼女の手を握り直し、更に指を絡める事で誤魔化すのだった。

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