力の集結
「……さて、これで終わりかな。思いの外呆気ない幕切れだったね」
ほんの数秒足らずで深紅の肉体は完全に焼け落ち炭の塊と化し、役目を終えた炎の龍が消え去る風圧で宙に散らばる。
今度こそ紛れも無い死を迎えた深紅の姿。それを目の当たりにしたブランルージュたちは、怒りでわなわなと震えていた。
「き、貴様、何という事を……!」
「テメェ、今度は俺が相手だ! お前も同じように燃やしてやるっ!」
「許さない……よくも、あたしの深紅を……!」
怒りと憎しみ、殺意のこもった叫びを上げるブランルージュたち。生徒が、親友が、恋する相手が殺されたのだから、その反応も当然だ。
しかし彼女たちとは違い、一人だけ全く別の反応を示す者がいた。
「……<始まりの魔法使い>。あなたに幾つか、質問があります」
「お、おい、綾女……?」
それはいつも深紅の近くでオドオドして怯えていた少女、尾白綾女。普段の気弱で臆病な様子は鳴りを潜め、決意の浮かぶ眼差しで侠を見据えていた。
状況も相まって初雪たちも驚きを隠せず、目を白黒させて見守っている。恵莉香に次いで取り乱しそうな少女が、何故か冷静に問いを投げかけ始めたのだから無理も無かった。
「ほう? 学友が目の前で無残に殺されたというのに、冷静に私に質問を投げかけるのかい? 良いだろう。その鋼の意志力に敬意を表して、君の問いに答えてあげよう」
「では、一つ目です。あなたは瑞香先生に、何をしたのですか?」
「記憶を私に捧げて貰った。長らく封印されていたせいで世俗に疎かったため、現代の情報が必要だったのだよ。その後遺症で、恐らく目が覚めた時には記憶の大半を喪失している事だろう。とはいえ彼女の目が覚める前に、この世界は滅ぶだろうがね」
「そうですか。では、二つ目です。私の固有魔法、知っていますか?」
「む……」
この問いには侠の良く回る舌も動かなくなる。その瞬間、彼の興味は確かに綾女へと集中した。狙い通りとでも言うようにニヤリと笑う綾女へ、それ以外の全てが目に入らなくなるほどに。
元より好奇心の強そうな人物だというのに、他者の固有魔法を複数行使できる魔法使いに遭遇した後なのだ。更に未だ未知の固有魔法を持つ者がいれば、期待と興味を惹かれるのは当然の成り行きだった。
「ふふ、分からないですよね。瑞香先生も知らないんですから、記憶を奪っても分かるわけないです」
「確かに。彼女から奪った記憶の中に、君の固有魔法に関する情報は無い。しかしそれがどうしたというんだい? まさか君の固有魔法は、この状況を逆転する力を持った素晴らしいものなのかな?」
「いいえ、そんな力はありません。私の固有魔法は――天眼。思い浮かべた人物、あるいは場所の様子を、好きな角度と距離から見る事が出来る固有魔法です。戦闘能力は欠片もありません」
問いを投げかけられた綾女は、何の躊躇いも無く己の固有魔法を明かした。
確かに戦闘能力は存在しない固有魔法だが、有用性は語るべくも無い。何よりこの危機に綾女たちが駆け付けられた理由こそ、その力で深紅の様子を覗き見て事態を認識したからに他ならない。それはつまり常日頃から綾女に覗かれていた事を意味するが、今回ばかりは彼女の執着に感謝を抱くしか無かった。
「ふむ、なるほど。有用な魔法だが、この状況を逆転するほどではないね」
「はい。でもこの力があれば――大切な人の安否が、手に取るように分かります」
ニヤリ、と一種不気味な笑みを浮かべる綾女。熱に浮かされたようなその蕩けた瞳は侠を見ていない。背後から侠へと忍び寄る、二人の人影に向けられていた。
「っ!? まさか――ぐあっ!?」
「捕まえたぞ、<始まりの魔法使い>!」
侠が察するものの、時すでに遅し。背後から組み伏せられ、頭部に銃口を突き付けられ無力化された。
他ならぬ深紅と、更にもう一人の深紅によって。
「深紅この野郎! 生きてやがったか!」
「良かった、死んでなかったんだね! ていうか二人に増えてる!?」
初雪と恵莉香が安堵の笑みを零し、同時に目を見張り仰天する。
燃え尽きて灰となった深紅が生きていて、しかも何故か二人に増えているのだからごく自然な反応であった。
「そうか、瑞香の固有魔法じゃな!」
「その通りです、ブランルージュ先生。悪いとは思いましたが、運んだ時に爪で肌を裂き血を貰っておきました」
瑞香の固有魔法――分身魔法。保険として借り受けていたその力が功を奏したのだ。
劣化している故に一度に一人までしか分身を生み出せず、更に分身にはコピーしている固有魔法が引き継がれないという欠点があったものの、同じ自分という事もあり大いに役立つ力であった。
「綾女さん、時間稼ぎと陽動ありがとう。助かったよ」
「え、えへへ。深紅くんの役に立てたなら、嬉しいな……」
だらしない笑みを浮かべ、嬉しそうに身悶えする綾女。
深紅の死に彼女が動揺しなかったのは、その固有魔法によっていち早く生存を確認していたからに他ならない。そして深紅が侠に隠れて近付こうとしている事を察し、臆病な自分を押し殺して時間稼ぎと陽動を買って出てくれたというわけである。
「なるほど。焼け死んだのは、本体では無かったという事か……」
「そうだ。燃え死んだのは分身だ。お前が封印の間を滅茶苦茶にしてくれたおかげで、隠れて分身するタイミングには事欠かなかったよ」
侠が生み出した炎の龍に視覚が備わっていないのは、炎で目潰ししても変わらず追尾して来た事で判明していた。つまりあの炎の龍は侠が自らの視覚で認識し操作していたのである。侠の視線が切れる遮蔽物さえあれば、分身を生み出し入れ替わる事は難しくなかったのだ。
唯一問題だったのは、分身が犠牲になってくれるかどうか。自分自身が嫌いな深紅と全く同じ自我を持った存在なのだから、本体の命令に聞く耳を持つとは思えなかった。
とはいえ深紅一人が犠牲になる事で大切な人たちを護れるのならば、否などあるわけもない。それが紛れも無い本心であるからこそ、分身も快く身を捧げてくれた。本体である深紅のためではなく、ブランルージュたちのために。そうして分身が焼け死んだ後は、綾女が時間を稼いでくれている内に侠の死角へ忍び寄っていたのだ。
万が一その姿を視界に捉えられると面倒だったが、そこは綾女から借り受けた固有魔法のおかげで事なきを得た。うっすらと把握していた彼女の力を使い、死角を確認して細心の注意を払えば、背後に回って機会を窺うのは極めて容易な事だった。
「フ、ハハハ、ハハハハハハッ! これは愉快だ! 全能の神を目指したこの私が、まさか単なる学生に敗北するとは! ハハハハッ! 見事! 見事だ、竜胆深紅よ! 良くぞこの私を打ち負かした! 素晴らしい!」
「僕だけの勝利じゃない。ブランルージュ先生が僕を生かし、初雪が抗う力を分け、綾女さんがサポートしてくれたおかげだ」
何かが琴線に触れたのか、侠は興奮した叫びを上げる。地面に押し倒され本体の深紅に首を絞められた状態で、分身の深紅に拳銃を頭に突きつけられながら。
普通は悔しがるなり何なりしそうな所だが、どうにもそういったまともな情緒は持ち合わせていないらしい。
「そしてこれから恵莉香さんの力が、お前を滅ぼす。でもその前に、一応聞いておく。馬鹿な事はやめて、真っ当に生きるつもりは無いか?」
「真っ当とはどういう意味かな? 天に羽ばたける翼を持ちながら、無様に地を這い自分より劣る者たちの中で腐る事かな? それを真っ当に生きると言うのなら、私は潔く死を選ぶよ」
「そうか。まあ、そう言うと思ったよ」
あまりにも潔い答えと純粋な瞳に、重いため息を零してしまう。
出来れば殺しは避けたい所だったが、これは生かして捕らえるには危険すぎる存在だ。仕留められる手段があるなら躊躇わず行うべき。深紅はそう判断して、侠の首を絞めつけたまま己の中に意識を向けた。
「君も私と同じだ、竜胆深紅。翼持つ者よ。類稀なる力を持つ者よ。君もまた、神に至る資格を持つ者。私の代わりに、君が神に至るべきだ。君なら私の言霊魔法も扱う事が出来るだろう。進化の果てを目指し、全知全能なる神へと至るのだ。それこそが優れた存在の責務だよ。行ける者は、行くべきなのだ」
その最中、侠は深紅へ意志を継げと命じてくる。それが責務だと囁いてくる。
確かに全能の存在も悪くは無い。全能とは不可能など存在しないという事。あらゆる望みを叶える事が可能かもしれないし、かつて深紅が得られなかった家族愛を得る事すら出来るかもしれない。
「悪いけど、僕は神になんかならない。僕が目指すのは――立派な魔法使いだ」
だが深紅は誘惑に屈する事は無かった。深紅が目指すのは天から全てを見下ろし支配する傲慢な存在ではない。人と同じ目線に立ち、暖かな手を差し伸べてくれる素晴らしい人間だ。あの日自分を救ってくれた憧れの人、ブランルージュのように。
故にこそ、深紅は躊躇いなく己の力を切り替えた。神になろうなどと考えた愚か者を、人として処断するために。
「あぁ、それは残念……では私は、来世で神を目指すとしよう。我が魂は……いずれ、この世に……よみ、がえる……」
生命力を奪われ死を迎える寸前、侠は最後にそう言い残した。直後に彼は綾女の魔法を複写した深紅の固有魔法により生命力を奪い尽くされ、ミイラの如く萎れた後に白骨化を遂げる。
彼の遺言は言霊なのか、あるいはただの願望なのか。いずれにせよに恐ろしき野望が打ち砕かれ、平穏が取り戻された事は確かだった。
「いいや、お前は蘇る事は無い。決して」
その平穏を乱されるなど決して許されない。だからこそ深紅も言霊を信じ、言葉として口にした。塵となり宙に消えていく<始まりの魔法使い>の欠片を手にし、己の魔力の全てを込めて。
効果のほどがあったのかは分からない。けれど深紅の夏休みに起きた星を揺るがす大事件は、確かに終幕を迎えたのだった。




