死の超越
眉間を銃撃され、銃弾は後頭部を貫通。とめどなく流れ出るのは血液と脳漿、あるいは命そのもの。間違いなく即死の一撃であり、ブランルージュのような固有魔法を持たない深紅の絶命は不可避の現実であった。
「し、深紅――っ!」
「あ、ああっ……そんな、嘘……!」
「やだ……やだよ、深紅っ! あたしを置いて行かないでぇっ!」
「貴様! 良くも我が教え子を殺しおったなあぁぁぁっ!!」
しかし倒れ伏した深紅の耳には、何故か親友たちと恩師の悲鳴、そして怒声が聞こえていた。
自分は死んだはずだというのに、何故彼らの声が聞こえるのか。疑問が生じて思考を巡らせるが、そもそも脳を吹っ飛ばされたのに思考が出来るという事自体が異常だった。
多少は漠然としているものの、刻一刻と思考能力が戻って行く。吹き飛ばされたはずの頭の中が疑問に埋め尽くされる中、己の胸の中で心臓が強く鼓動し命を主張するのを明確に感じ取った。
理由は皆目見当が付かない。しかし深紅は紛れも無く生きていた。
「全ては君の甘さが招いた事だよ、久遠。最初から封印などという生温い手法を取らず、星の魔力を以て完全に私を滅すれば良かったものを。私は肉親の情というものに助けられたのかな?」
「誰がお主のような鬼畜外道に情などかけるものか! この人殺しめ!」
侠を含め、すでに誰もが深紅は命を落としたと判断しているらしい。
しかし目の前で頭を撃ち抜かれたのだから、そう判断するのも当然だ。何よりそれでも生きている深紅が一番面食らっている。
だがこれは死に際に時間間隔が引き伸ばされているわけでもなければ、走馬灯染みた幻覚を見ているわけでもない。深紅は紛れも無く死を免れており、頭部を貫く激痛も徐々に和らいでいた。まるで再生能力でもあるかのように。
「さあ、君たちはそこで見学していたまえ。全能の神が地に降り立つ瞬間を」
「何が神だ! ダチを殺した奴を俺は神とは認めねえぞ!」
「ゆ、許さない……深紅くんを殺した事、絶対許さない……!」
コツコツと響く足音、そして友人たちの叫び。
今すぐ応えて起き上がりたい所だったが、脳は今の自分の状況を目まぐるしく思考する事を優先する。一度死に際に瀕した事で尋常でないほど思考能力が極まっているらしく、深紅の脳はほとんど無意識と言って良いほど勝手に論理的思考を組み立てていた。
加えて脳裏に浮かび上がるのは、関連があるのだろう記憶の数々。
『さ、触っても、平気なの……?』
戸惑いながらも、ぺたぺたと深紅の肌に触れる恵莉香の姿。
初めて己の固有魔法の片鱗に気が付いた、深紅にとっても感慨深い記憶。同時に自分の力は己への魔法の影響を無力化する事のみだと決定づけた、その最たる記憶。
『皆も知っての通り、この汎用魔法は魔法使いなら誰にでも使える。だけどそのために不可欠なものが三つあるんだ。一つは魔力、二つ目は呪文詠唱を口にできる事。そしてもう一つは――魔法使いの杖、<魔操輪>だ』
ロベリアの<影人形>たちから配られた、汎用魔法を行使するために必要な腕輪型の魔道具――<魔操輪>。
そもそもこれを身に着けるだけで何故汎用魔法が使えたのか。根底にあるのが言霊魔法である以上、呪文と魔力のみで行使する事は可能なのではないか。それが無理だと言う事は、この腕輪は何らかの形で発動の触媒となっているのだろう。
『――風よ、集え! 全てを引き裂き、千々に斬り裂け! ストーム・ブレイド!』
封印の間に踏み入ってきたブランルージュの第一声。侠を殺そうとした彼女が行使した汎用魔法の呪文詠唱。
だが思い返してみると、ブランルージュはこの時腕輪をしていなかった。封印の間の鍵として瑞香に渡したからだ。にも拘らず新たな<魔操輪>を身に着けた様子も無く、当たり前のように汎用魔法を行使していた。
『でも、変だな……確かその汎用魔法は、どちらかが相手の身体の一部を身に着けてないと、駄目だったような……?』
思念のやりとりを行う汎用魔法に対しての、綾女が呟いた疑問。
冷静に考えてみれば、教師が生徒の身体の一部を身に着けている事などありえない。この学院の生徒数を考えれば、例え髪の毛一本だろうと相当な量になるのは明白だ。故にブランルージュが深紅の身体の一部を所持していると考えるのは無理があった。
『――しかし面白いね。私が生み出した汎用魔法を行使する事が出来る辺り、何もかも完全に無力化する力ではないようだ。もしかすると他にも何か秘められた力があるのかもしれない。出来れば調べてみたい所だね』
先ほど侠が口にした、深紅の固有魔法に関しての言葉。自分への固有魔法の影響を無効化するだけでなく、他にも何か秘められた力があるのではないかという推測。
数々の一見無関係にも思える情報の数々。それらが死に際の覚醒した脳の働きにより、次々と論理的に組み上げられていく。バラバラだったパズルのピースが、今はっきりと繋がり形を成し――深紅は遂に全てを理解した。
「この星の神となった暁には、私は太陽系の魔力を以て更なる高次元の存在を目指す。次いで銀河を、更に宇宙を、魔力を食らい絶えず進化を続けていく。そして私こそが全ての次元を掌握する、全知全能たる究極不滅の存在に至るのだ!」
「――させるかよ、このクソ野郎が!」
「がはっ……!?」
謎が氷解した深紅はすぐさま跳ね起き、自分に酔う発言をして完全に油断していた侠へドロップキックを叩き込んだ。
全てを知っているとでも言いた気な自信に満ちていた侠も、頭を撃ち抜かれた人間が起き上がって反撃してくるのは予想外だったらしい。彼の身体はくの字に折れ曲がり、かなりの距離を吹き飛んだ。
「……は?」
「え……深紅、くん?」
「深紅、生きてたの!? よかったぁ……!」
「い、いや、おかしいぞ!? お主、頭を撃ち抜かれておったよな!?」
深紅が元気満々で起き上がり反撃した事に対し、皆が思い思いの反応を示す。基本的には目を丸くしていたものの、恵莉香だけは驚きもそこそこに胸を撫で下ろしていた。
まずは心配させてしまった事を詫びておきたい所だったが、動揺しているであろう侠を攻撃するにはまたとないチャンス。故に深紅は言葉を返さず、彼が落としたか捨てたかした拳銃を拾い上げ構える。
とはいえ拳銃など初めて扱うもの。安全装置が働いていたのか引き金を引いても発砲できず、焦っている間に侠がふらふらと立ち上がっていた。
「何故、だ? 何故生きている? 君は久遠とは違うはずだが?」
「これから死ぬ奴に教える必要はねぇよ。とっととくたばれ!」
「――君の銃は、引き金を引けない」
まごついていたせいで対応する余裕を与えてしまったらしい。侠がそう呟くと、深紅の握っていた銃のトリガーは凍り付いたかのように動かなくなった。
「チッ、言霊魔法か! だったら――直接殴る!」
「ふむ……銃よ、我が手に来たれ」
役に立たなくなった拳銃を捨て、拳を握り肉薄する深紅。
侠は少し思案する様子を見せた後、再び拳銃を手元に引き寄せ数発発砲してきた。
「う、ぐっ……!」
胸の中心やや左寄り、左右の脇腹――その三か所に銃弾が叩き込まれ、激痛に呻き足を止めそうになる。特に胸に叩き込まれた銃弾は間違いなく心臓を破壊している。常人なら足を止めるどころか即死の致命傷だ。
「う、おおおぉぉぉぉっ!!」
「なるほど、これは――うぐっ!」
だが深紅は止まらない。胸や脇腹から大量の鮮血を迸らせながらも力強く駆け、握り込んだ拳を侠の顔面に叩き込んだ。一瞬彼は興奮した面持ちをしていたように見えたが、気にせず振り抜き殴り飛ばす。
銃は使えず、汎用魔法も通用しない。妙に丈夫なので殴り殺すにしても反撃に合うのは明白だ。ならば深紅がすべき事は――
「――初雪、綾女、恵莉香! ほんの少しで良い! 僕を信じて、お前たちの血を分けてくれ!」
「血ぃ!? 何でだ!? 輸血か!? ていうかお前、めっちゃ血ぃ出てんぞ!?」
「何故それで平気なのじゃ、お主!? 実はわしのように人間ではなかったのか!?」
「説明は後だ! 早く僕に血を分けてくれ!」
その場から動けない親友たちに駆け寄り、血を分けて欲しいと願う。
額と後頭部から零れる血こそ収まってきたものの、胸と脇腹からは今でも血が噴き出している。そんな状態で駆け寄ってきた深紅に、初雪もブランルージュも完全にドン引きしていた。
「は、はい! 幾らでも、捧げます!」
「恵莉香って呼んでくれた……!」
「あ、ありがとう、二人とも……」
しかし残りの二人は何故か妙に瞳を輝かせ、頬をバラ色に染めて従ってくれた。全く躊躇なく自らの手首に噛みつき、ボタボタと血を流す事で。
あまりにも盲目的かつ狂信的な信頼に少々眉を寄せるも、この事態に限ってはとても有難い。なので深紅は二人の血を掌で受け取ると、それを塗り込むように己の首筋や二の腕に塗した。
「女の方がキマっててこえぇ! あーもう、良く分かんねぇけど信じてるぞ、深紅!」
「任せろ、初雪!」
やがて初雪も投げやり気味に手首を噛み、滴り落ちる血液を深紅に捧げてくれた。
最後に深紅が視線を向けたのはブランルージュ。しかし彼女に血を求める必要は無かった。どうやら本人もその理由に気が付いたようで、得心がいったように頷いていた。
「そうか、お主の固有魔法は……」
「はい。たぶん、そういう事なのだと思います」
「確証はないのか……まあ、どのみちわしらは戦力外じゃ。お主に頼る他に無い。こんな事を口にするのはあまりにも不甲斐ないが……頼むぞ、深紅。奴を止めてくれ!」
「はい! あなたに救って頂いた恩、今ここで返させて頂きます!」
威勢良く言い放ち、深紅はブランルージュたちに背を向け侠を見据える。
目の端で様子を確かめていたが、どうも彼は深紅が戦闘準備を終えるのを待っているようだった。
「……瑞香先生を巻き込まれない所に運ぶ。構わないか?」
「ああ、構わないよ。私としては彼女が巻き込まれようと些末な問題だが、君がやり辛いのならそうすると良い」
駄目元でそう声をかけると、快く了承が返ってくる。
薄気味悪いが深紅にとっては実に好都合。なので倒れ伏した瑞香に歩み寄ると、その身体を抱え上げて初雪たちの背後へと運んだ。
「……さて、準備は整ったかな?」
「ああ、ばっちりだ。まさか準備万端整えるまで待ってくれるとは思わなかったけどな。どういう風の吹き回しだ?」
先ほどは深紅を躊躇いなく排除したというのに、今はこちらが万全の状態を整えるまで時間を与えてくれたのだ。元より神へ至るなどと考えている異常者だが、飛び抜けて意図が理解出来ず不気味だった。
「君の固有魔法が実に興味深いものでね。それに運命的だとは思わないかい? 敵など存在しないはずの私が悲願を成就しようとする直前に現れたのが、言霊魔法が効かない魔法使いなのだよ? 挙句私の予想を超え、死を超越したのだよ? つまり私は君を立ち塞がる障害と認識した。進化に困難や試練はつきもの。これを正面から乗り越えてこそ、私は神になる資格を得られるのだ」
どうやら自分が神に至るなどと罰当たりな事をほざく割には、運命などというものを信じているらしい。己の予想を超えた深紅を紛れも無い脅威だと認定し、試練として万全の状態で打ち破るつもりのようだ。
何にせよこれは好都合。己の固有魔法の真の力を把握し準備を整えた今の深紅なら、侠と渡り合う事も出来ると自負していた。
「ああ、そうかよ。だったら――あの世の神にでもなってろ!」
再び拳を握り、床を蹴って駆け出す。世界を滅ぼす怨敵を討ち滅ぼし、大切な人たちを護るために。




