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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第5章

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封印されし者

「な、何だ、アレは……?」


 封印の間に足を踏み入れた瞬間、あまりにも不可思議な光景に深紅は息を呑んだ。

 ブランルージュをシャンデリアで押し潰した後、瑞香は深紅たちを連れて校長室へと向かった。暖炉の上に鎮座するウサギの彫像を動かすと、何と暖炉がせり上がり地下へと続く階段が現れたのだ。そうして長い螺旋階段を下り辿り着いたのは、暗く冷たい陰鬱な雰囲気漂う地下空間。

 その奥にある金庫を連想させる重厚な扉がブランルージュの<魔操輪>(フェルシュ・ブルート)によって開錠され、開かれた先にあったものこそ封印の間。それはこの魔法界でも類を見ない、非常に幻想的な光景であった。

 広大な封印の間の中心では絶えず黄金色の光の奔流が沸き上がっており、美しい煌めきとなって明かりを灯している。恐らくあれこそが龍穴から噴き上がる星の魔力なのだろう。

 しかし深紅が目を奪われていたのはもっと別のもの。それは龍穴の真上に浮かぶ巨大な水晶の如き物体だ。表面に余すところなく呪文のような文字列が刻まれているため少々見えにくいが、その中に人影が微かに確認できた。

 恐らくはあれこそが封印されている謎の人物。敬愛するブランルージュが人間を地下深くに封印しているというのは事実だったのだ。その衝撃に深紅は打ちのめされ、二の句が継げなくなってしまう。


「アレこそが封印ですよ。予想通りスターチス校長は龍穴の魔力を用いて、彼を数百年の長きに渡り封印していたようですね」

「……アレは一体、何者なんだ? ここまで来たんだから、教えてくれても良いだろ?」

「良いでしょう。それでは特別講義を始めましょうか。深紅さん、あなたに教えて差し上げましたよね? 近代魔法の成り立ちを。その立役者の事を」


 問いを投げかけると、瑞香の本体が巨大な水晶に歩み寄りながらそう口にした。

 当然、熱心に勉強していた深紅は覚えている。何せ深紅当人が瑞香に質問したのだから忘れるわけが無い。近代魔法界は言霊魔法という固有魔法を持った一人の魔法使い――通称<始まりの魔法使い>によって発展したのだ。


「言霊魔法っていう固有魔法を持った魔法使いだろ? それがどう関係するんだよ」

「不思議に思いませんでしたか? 歴史に残る偉業を成した存在だというのに、何故彼の名前が記録に残っていないのか。何故彼に関する情報が不自然に欠落しているのか」

「それは……」


 近代魔法界を発展させた立役者だというのに、彼の情報は異常なまでに残っていない。恐らく何らかの事情によって消されたのではないかと深紅は考えていた。権力者に都合が悪かったという良くある話なのだろうが、考えてみればそれが可能なほど魔法界で権力を持つ人間は限られる。

 何せ数百年以上昔の人間なのだ。現代に至るまで徹底的に情報を隠蔽出来る者など、それこそ当時から現代まで生きる、人間離れした寿命を持つ何者かでなくては難しい。


「……まさかっ!?」


 そこまで考えた所で思い至った。

 いるのだ。人間離れした寿命を持つ、魔法界でも屈指の権力を持つであろう存在が。それも深紅が良く知っている存在が。


「気付いたようですね。ええ、そうです。スターチス校長の仕業ですよ」

「馬鹿言うな! 何で先生がそんな真似をするんだ!」

「恐らく、彼の名前を誰にも口にして欲しくないからでしょう。名前とは本人を表す最も力のある言葉です。他者がその名前を口にすれば、縁という繋がりが生まれ更に力は強まります。名前と言霊魔法が組み合わされば、絶大な力が発揮されるのは想像に難くないですね」


 <始まりの魔法使い>の名前を口にされたくないから、ブランルージュは数百年以上前から情報の隠蔽を行っていた。

 当然俄かには信じ難い話だ。深紅を人質にされている事で置物と化した恵莉香も、この情報には目を丸くしている。そもそもそんな事をする理由が無い。<始まりの魔法使い>は遠い昔の人間であり、すでに故人。縁や繋がり、絶大な力という情報が事実だったとしても、当の本人がすでにこの世を去っているのだから今更関係は無いはずだ。


「待て……おい、待て。まさかあそこに封印されてるのは……」


 そう。本当に、すでに死んでいるのなら。

 驚くべき可能性に思い至った深紅は、宙に浮かぶ水晶体に恐る恐る視線を向けた。


「そうです。ここに封印されている男性こそ、正にその人物。言霊魔法という固有魔法を持つ、魔法使いの祖。<始まりの魔法使い>なのですよ」

「馬鹿な!? どうしてそんな人をブランルージュ先生は封印してるんだ!?」


 恐ろしい予想が裏付けられ、深紅は瑞香に食って掛かる。

 敬愛するブランルージュが魔法界を発展させた立役者を長きに渡り監禁しているなど、到底信じたくはない。しかしそれが事実ならば必ず何か理由があるはずなのだ。彼女はクズの深紅とは違う、誠実で高潔な立派な魔法使いなのだから。


「それは分かりませんね。いずれにせよ私の仕事は謎を解き明かす事ではありません。彼を再びこの世に降臨させる事です」


 動揺を隠せない深紅を尻目に、瑞香は水晶体に手を触れた。それだけで水晶体にヒビが走り、封印が弱まった事は明白だった。

 恐らくあと一押しあれば封印は砕け散る。そしてその一押しがどのようなものか、先ほど瑞香が口にした言葉から察する事が出来てしまった。


「さあ、目覚めよ! <始まりの魔法使い>――沢木(さわぎ)(きょう)!」


 その名を口にした途端――バキッ! 水晶体に亀裂が入り、次の瞬間には木っ端微塵に砕け散った。

 美しく澄んだ破砕音が鳴り響き、粉微塵となった水晶の破片が宙を漂い煌めく。さながら銀世界に輝くダイヤモンドダストが如き幻想的な光景が広がる中、水晶の中に閉じ込められていた人影がふわりと地に降り立った。

 それは顔の造形こそ整っているものの、酷く神経質そうな細身の青年。年の頃は二十代前半といった所か。色が抜け落ちたような真っ白な髪と、対照的にどこまでも黒く深い瞳がとても印象的だ。身に纏っているのは正に魔法使いと言うべき灰色のローブであるが、使い古されたかの如く擦り切れており裾もボロボロだった。

 端的に言って、見た目は実にみすぼらしい。押せば倒れそうな情けなさすら覚える青年だ。けれど深紅はこの青年――沢木侠の佇まい、そして放たれる謎の圧力に身動き一つ出来なかった。


「――長い、とても長い夢を見ていたような気分だ。睡魔に囚われるか否かという縁で揺れ動き、惰眠を貪るようなあの感覚。いざ解放されると、甘美な微睡みの中に漂っていたあの時間がとても恋しくなるものだね」


 ぽつりと、呟くように独白する侠。その発音は非常に美しく、とても聞き取りやすい。

 加えてその声色も魔性。あまりにも綺麗な声色に鼓膜を通り脳みそが犯されるような感覚を覚え、全身に鳥肌が立ったほどだ。見れば恵莉香も同様の感覚を覚えたようで、顔面蒼白で自らを抱き締めるように縮こまっていた。


「ご復活おめでとうございます、沢木侠様」


 そんな中、瑞香だけが冷静だった。本体を含め、全ての瑞香が跪き頭を垂れる。まるで主への忠誠を示すように。それは深紅を羽交い絞めにしていた分身も同様であり、この瞬間深紅たちは自由となった。

 しかし動く事は出来ない。目の前に立つ始まりの魔法使いの、謎の迫力に圧倒されているのだ。


「なるほど、世界中に散らした保険が功を奏したようだね。君が私を封印から解き放ってくれたのかな?」

「はい。他に私に何か御用があれば、何なりとお申し付けください」

「そうか。では――君の記憶を、私に寄越したまえ」

「う、あっ!? ああああぁああぁぁあっ!?」


 侠は跪く瑞香の本体に歩み寄り、その手で彼女の頭に触れ何かを呟く。瞬間、瑞香は絹を裂くような悲鳴を上げて痙攣し、しばらくしてそのまま倒れ伏した。

 大事な何かを引き抜かれたような、聞くに堪えない悍ましい悲鳴は尋常ではない。直前の侠の言葉が真実なら、瑞香は記憶を引き抜かれたのではないだろうか。恐らくは封印されていた間の事を知るため、外の世界の記憶を持つ瑞香から奪い取ったのだろう。曲がりなりにも魔法使いの卵である深紅には、すでにその程度予想がつくようになっていた。


「分身が、消えた……!」


 瑞香の本体が意識を失ったせいか、周囲に跪いていた分身たちの姿が掻き消える。所持品も分身魔法で複製されていたのか、彼女たちが握っていた拳銃も共に消え去っていた。

 解放された深紅は次に取るべき行動に考えを巡らせるも、結論を出す前に自由の身となった恵莉香に抱き着かれた。


「深紅、大丈夫!? 怪我は無い!?」

「うん、僕は大丈夫だよ。でも……」


 酷く不安に満ちた目で見上げてくる恵莉香を抱き返しながら、呆然と佇む侠に視線を向ける。恐らくは瑞香から奪い取った記憶を反芻しているのだろう。深紅たちのやりとりに一切反応を示さなかった。

 果たして彼は悪人なのか、それとも長年封印されていただけの哀れな被害者なのか。普通に考えれば彼は被害者、むしろこの場合は封印していた張本人――ブランルージュが悪だ。しかし彼が作り出した手帳型の魔道具の危険性や、つい先ほど瑞香に対して働いた行為を考えるに、善人かどうかは疑わしい。かといって彼が本当に<始まりの魔法使い>ならば、その偉業を考えれば間違いなく善人だ。

 判断材料が不足しているため正確な判断を下す事が出来ないため、深紅は出来る限り侠から事情を聞き出す事に決めた。

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