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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第4章

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瑞香の凶行

 先導するように先を歩かされる恵莉香の後を、瑞香に羽交い絞めにされた状態で続く深紅。どうやら恵莉香の固有魔法を警戒しているようで、瑞香は壁にでもするかのように分身二体を間に挟んでいる。

 せめて恵莉香だけでも逃がしてあげられないかと機会を窺っていたものの、残念ながら現実は甘くない。特に起死回生の策が思い浮かぶことも無く、深紅たちはそのまま大広間へと辿り着いてしまった。


「――恵莉香、深紅! 無事か!?」


 広大な大広間には緊迫した様子のブランルージュが立っていた。

 壁際には夏休み期間中に寮に残っていた教師や他の生徒たちが倒れ伏し、瑞香の分身たちに拳銃を向けられている。気を失っているようだが彼らも人質として扱われているらしい。幾らブランルージュが大魔法使いであっても、十数人の人質を取られてしまってはどうしようもないのだろう。


「あ、あたしは大丈夫だよ、お母さん……でも、深紅が……!」


 こちらを振り返る恵莉香は目に見えて動揺しており、しゃくり上げながら恐怖に揺れる瞳を向けてくる。

 深紅に依存し切っている恵莉香としては、深紅が人質に取られた時点で成す術が無いのだろう。反抗の意思など欠片も見られず、ただただ顔色を失い震えていた。


「お二人とも、どうか大人しくしていてくださいね。でなければうっかり引き金を引き、竜胆さんを亡き者にしてしまうかもしれませんので」

「くっ……!」


 そんな二人に対して、深紅を羽交い絞めにする瑞香がこれ見よがしに銃口で頭部を小突いてくる。仮にこれをどうにか出来たとしても、深紅に向けられている銃口は一つではない。やはり抵抗の機会など無く、素直に従う他に選択肢は無かった。


「瑞香、一体どうしたと言うんじゃ!? 何故こんな真似をする!?」

「何故、ですか……正直な所、私にも良く分からないのですよ。私は何故こんな事をしているのでしょうか?」

「は……?」


 ブランルージュの慟哭に、唯一無手で大広間の中央に佇んでいる瑞香――恐らく本体と思しき彼女が答える。だがその内容は凶行を働きながら自分にも理由が分からないというふざけた答えであり、これには深紅同様ブランルージュも目を丸くしていた。


「ああ、いえ、目的ははっきりしているのです。ただその目的に拘る理由が、自分でも良く分からず……まあ、冷静に考えてみれば関係ありませんね。どのみち目的を果たす事が最優先なのですから、理由などどうでも良い事です」

「一体、何を言っているんだ……?」


 気でも狂ったのかと疑いの眼差しを向ける深紅だが、どうにもそんな様子は見えない。普段通りの澄ました表情であり、メガネの奥の青い瞳に狂気の色は無かった。


「お主、気でも触れたのか!?」

「とんでもありません。むしろ目が覚めたような気分です。それも全て、この手帳のおかげですね」

「なっ!? お主、それをどこで手に入れた!?」


 瑞香が懐から取り出した手帳を目にして、ブランルージュが明らかな動揺を見せる。

 それは何の変哲もない、古ぼけた小さな手帳だった。革の表紙は茶色く変色してボロボロになっており、ゴミ捨て場に転がっていても不思議ではないほどの劣化具合。ただのゴミに近い薄汚い手帳でしかない。

 けれど何故だろうか。その手帳には何らかの力が宿っているように感じられた。


「数年前、実家の蔵掃除をしていた折に見つけました。これを読んで私は生まれ変わったような気分になりましたよ。そして使命を授かったのです。そう、あのお方のために」

「おのれ……全て処分したと思うたのに、まだ残っておったとは……!」


 どこか高揚した様子で語る瑞香と、悔し気に手帳を睨みつけるブランルージュ。

 何らかの力を感じる事実や二人の反応から察するに、あの手帳は魔道具の一種なのだろう。恐怖に震えて置物と化している恵莉香は頼れそうにないので、深紅は銃口を突き付けられながらも情報を集めようと問いかけた。


「ブランルージュ先生、あの手帳は何なんですか? 何やら変な力を感じますが……」

「あれはとある魔法使いが遺した負の遺産じゃ。読んだ者を洗脳し、己の手足として扱うための外道染みた魔道具じゃよ」

「洗脳……という事は、瑞香先生は……」

「操られておるのじゃろうな。波長の合った者にしか影響は無いのじゃが、性質の悪い事に己が正気だと信じ込んでしまう故、説得はほぼ不可能なのじゃよ」


 どうやら想像以上に危険な代物だったらしい。手帳を読んだけで操られている自覚が一切無い洗脳状態に置けるなど、洗脳手段としては最低最悪である。波長どうこうなど最早デメリットでも何でもない。

 恐らく今の瑞香は悪事を働いているという認識も無いのだろう。己を正気と信じ込み善悪の判断が付かない以上、行動に容赦は欠片も無いはず。まだ死人が出ていないのは人質としての価値が存在するからであり、邪魔になれば何の躊躇いも無く殺すに違いない。


「それで、お主は何が目的なのじゃ? わしらを大広間に集めてパーティを開きたいというわけでもなかろう?」

「ええ、その通りです。スターチス校長――あのお方の元へ向かう方法を教えて下さい。いらっしゃるのでしょう? この学院の地下に」

「っ!? お主、何故それを……!?」


 瑞香の言葉に、ブランルージュは目に見えて取り乱した。恐慌をきたしたと表現しても良いほど、顔面蒼白でたじろいでいる。問いの内容はいまいち理解できなかったが、その反応が肯定である事を示しているのは一目で分かる反応だった。


「この手帳によって真理に開眼した私には、あのお方の居場所が分かるのです。大方龍穴の魔力を用いて封印でもしていらっしゃるのでしょう? 一年ほどかけて徹底的に調査させて頂きました。この学院の敷地内で消費されている魔力は、龍穴から迸る魔力の三割程度でしかありません。残りの七割は学院の地下深くで消費され続けています。言い逃れは出来ませんよ」

「ぐっ……!」


 ブランルージュは焦燥感を露わに歯を食い縛る。

 否定は無い。つまり瑞香の言葉は真実なのだ。この学院の地下に、恐らくはあの危険な手帳を作り上げた人物が封印されている。そんな信じがたい現実が。

 だが深紅としては大いに合点がいく事でもあった。天候を操作し、電気やガスに代わる全てのエネルギーを賄っているとはいえ、たかだか学院の敷地内だけで龍穴の魔力を全て消費しているとは思えなかったのだ。一部とはいえ星の持つ膨大な魔力が、その程度の事で使い尽くされるなどありえない。

 加えて深紅は瑞香の徹底的な調査とやらの場面を目撃している。秘密の部屋の捜索と称して何か調べ回っていたのが、恐らくそれだったのだ。


「教えなければ彼らを、そして竜胆さんを殺します」

「や、やだっ、やめて! あたしから深紅を奪わないでっ!」


 改めてその脅迫を耳にして、恵莉香は半狂乱になり懇願する。とはいえ自分が瑞香に近付く事が逆効果なのは痛いほど分かっているのだろう。ただその場にへたり込み、乞い願うような瞳を向けていた。


「実はどうしてもスターチス先生の交渉材料になり得る者が用意できず、今まで機を窺っていたんですよ。生徒や教師も所詮は他人ですからね。やはり人質にするなら血族、あるいは共に過ごした時間が長い者――つまりは義理の娘である蓮華さんが一番でしたが、他ならぬ当人に生への執着が無かったために諦めていました」


 そんな恵莉香の様子を前にして、瑞香はどこか嬉しそうに語る。まるで我が子の成長を実感した母親のように、あるいは便利な道具が出来上がった事を喜ぶかのように。 


「ですがここに来て、竜胆さんが彼女を救ってくださいました。それによって蓮華さんは生きる希望を見出し、更には彼に並々ならぬ好意を抱く様になりました。そこで考えたのですよ。下手に触れると危険な蓮華さんよりも、その執着対象であり固有魔法にも特に危険は無い、竜胆さんを人質にする事を」

「なるほど。確かにそれが一番か……」


 実に効果的な選択なのは、好意を寄せられている深紅が一番理解していた。

 恵莉香の好意はほとんど執着であり、失いたくないからこそ露骨な誘惑をして既成事実を作ろうとしてくるのだ。自分と触れ合える事が出来る人間など、彼女からすれば決して逃したくはないだろう。深紅の固有魔法が前例のないものである以上、同じような人間と再び出会える可能性は万に一つも無いのだから。


「さあ、蓮華さん。お母様にお願いしてくださいますか? 学院の地下へ向かう方法を、私に教えるように」

「お、お願い、お母さん……! 深紅がいなくなったら、あ、あたし……!」

「くっ……!」


 瑞香に促され、恵莉香は母親たるブランルージュに懇願した。嗚咽を零しながら泣き崩れ、絶望に染まった表情で。

 もしも深紅が死ねば、今度こそ恵莉香は生きる希望を失い自死を選ぶだろう。一度幸福を手に入れたからこそ、失われた時の衝撃は大きい。ブランルージュもそれを理解しているようで、切羽詰まった表情で弱り果てていた。


「……校長室の暖炉の上、彫像の向きを向かって左から東西南北に向けるのじゃ。それで道は開かれる。わしの<魔操輪>(フェルシュ・ブルート)が、最後の扉を開く鍵じゃ」


 やがて彼女は絞り出すように答えると、自らの右手首に嵌めていた<魔操輪>を外し、瑞香へと投げ渡した。彼女はそれを受け取り満足気に笑うと、古ぼけた手帳と共に懐に仕舞い込んだ。


「ありがとうございます。<魔操輪>も回収できて手間が省けましたね。それではスターチス校長、その場から五歩ほど下がってくださいますか?」

「……何をさせる気じゃ?」

「不死身のあなたを殺す事は出来ません。倒す事も無理です。しかし足止めならできなくはない。少々惨たらしいですが、仕方ない事なので割り切ってくださいね」


 怪訝な表情をしつつ指示に従うブランルージュに対し、瑞香は左手を宙に掲げる。

 その手には何も握られていない。しかし袖口から覗く手首には彼女の<魔操輪>が装着されており、指差す先には豪華なシャンデリアが吊るされていた。


「風よ、刃となり我が敵を斬り裂け。ウィンド・ブレイド」


 放たれる汎用魔法。その直後――キンッ。シャンデリアを吊るす鎖が風の刃によって断ち切られ、澄んだ音を響かせた。

 広大な大広間を飾るシャンデリアは途方も無い大きさであり、支えを失ったそれは重力に引かれて落下を開始した。その真下に立つ、ブランルージュへと。


「再生するのは分かっています。なので封印させて頂きますね、身体が押し潰された状態では身動きも取れないでしょう?」

「くっ、そう来たか――」


 そして――グシャリ。巨大なシャンデリアが小柄なブランルージュを押し潰し、真っ赤な花を大広間に咲かせた。


「ブランルージュ先生っ!!」

「お母さんっ!! ひ、酷い……!」


 目を覆いたくなるような凄惨な光景を前に、深紅は平静を失い恵莉香は青ざめて目を背ける。

 血も涙も無い残虐非道な真似をしておきながら、瑞香の表情には罪の意識が一切存在しない。かといって悪事を働いた興奮も無く、洗脳が根深いものである事は一目瞭然であった。


「このクソ女! 先生に何て事をしやがるっ!」

「心配せずとも、スターチス校長は無事ですよ。何せ不死身ですからね。ただし潰されている状態では呼吸も出来ず苦しいでしょうが」


 あまりの凶行に深紅は慇懃な態度をかなぐり捨てて牙を剥くが、瑞香は全く気にした様子が無い。

 その澄ました表情が、また深紅の怒りを逆撫でする。恵莉香や他の人質がいるからこそ堪えているが、彼らがいなければ今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいほどだった。例え直後に四方八方から銃撃され穴だらけにされるとしてもだ。


「さあ。行きましょうか、お二人とも。私も教師として生徒を殺す事は避けたいので、出来れば大人しくして頂けると助かります」

「クソッ……!」


 そうしてシャンデリアに潰されたブランルージュを放置し、深紅たちは命令に従う事を余儀なくされた。瑞香を洗脳している謎の人物が封印されているという、学院の地下へ向かうために。

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