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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第4章

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呪いと事件

「どう、お母さん!? お母さんだって、人肌恋しいっていつも言ってたじゃない! あたしたち三人で暖かい家庭を築こうよ!」

「………………」


 瞼を閉じて思案する様子を見せるブランルージュに、内心胸を高鳴らせてしまう深紅。

 懸命に努力して誠実な人間の皮を被っているが、深紅の正体はクズとクズから生まれた生粋のサラブレッド。憧れの女性と可愛らしい少女、両方手に入れられるかもしれないとなれば気が昂ってしまうのも当然だった。

 とはいえそんな破廉恥でゲスな欲望を肯定できるわけも無く、頭を振って都合のいい妄想を追い出した。


「……まあ、人肌恋しい事は否定せんよ。じゃがな、わしは色恋など決してせんと誓っておるのじゃ」

「それはまた、どうしてですか?」

「わしはこう見えて六百年以上は生きておる。これからも長き時を生き続けるじゃろう。じゃがな、他の者たちは違うのじゃ」


 ぽつりと呟くように口にするブランルージュ。その内容と胸が痛くなるほど悲痛な表情に、深紅は面食らい言葉を失ってしまう。

 考えてみれば正にその通り。幾ら童女の姿であろうと、ブランルージュは紛れも無く長き時を生きる大魔法使い。自らの固有魔法によって死と老化を乗り越えた超越者。だが自らが不老不死であっても、周りの者たちは違うのだ。


「親しき者たちがこの世を去っていく中で、わしだけはいつまでも生き続ける。年老いる事も死ぬ事も出来ず、悲しき別離だけを幾度となく味わっていくのじゃ。例え一生を添い遂げたいと思う者が現れようと、わしは必ず最期を看取る側になる。そうして最愛の者を失った悲しみを抱え、未来永劫生きていく。そんな終わりの無い地獄の日々を、お主らは味わいたいと思うか?」

「………………」


 それは考えられ得る限り最悪の別れ。

 もしも自分がそんな永遠の苦しみを味わう事になれば、きっと正気ではいられないだろう。恵莉香もその絶望を想像してしまったのか、気付けば顔面蒼白で深紅の腕に縋りついていた。

 彼女が己の固有魔法に苦しんでいるのと同じく、きっとブランルージュもまた葛藤を抱えているのだろう。常に発動し続けるタイプの固有魔法は、基本的に己の意志で制御する事は敵わない。ブランルージュがどれほど生に絶望し死を望んだとしても、彼女は死ぬ事が出来ないのだ。どれほど愛する人の元に逝きたいと願っても、望みは決して叶わない。それは正に生き地獄である。


「じゃから、わしは決して連れ合いなど作らん。そんな地獄で生きて行きたくはない。正直な所、恵莉香を引き取る事も悩んだくらいじゃからな」

「お母さん……」


 親しい者を作らないと誓ったにも拘わらず、ブランルージュが恵莉香を引き取り育てた理由。それはやはり、触れるだけで命の危険がある固有魔法が原因なのだろう。他の者よりは抵抗力があり、なおかつ決して死ぬ事は無いブランルージュにしか、恵莉香を育てる事は出来なかったのだ。

 始まりが義務感と必要性に駆られたものだとしても、先ほどまでの二人の様子を見れば親子の絆が存在するのは明白だ。いつか恵莉香が息を引き取る事があれば、きっとブランルージュは大いに嘆き悲しむに違いない。そして心の痛みをいつまでも抱えて生きて行かねばならないのだ。

 永遠の苦しみを背負わせてしまう罪悪感に耐えられなかったのだろう。恵莉香は自責の念が滲む沈痛な面持ちで項垂れるのであった。


「……湿っぽい話はここまでじゃ! せっかくのご馳走、冷めぬ内にたくさん食べるのじゃぞ!」

「うん……」

「………………」


 そうして気を取り直す様に笑顔で言い放つブランルージュと共に、深紅たちは食事を再開する。しかし深紅は全く箸が進まなかった。彼女たちの苦悩と悲哀で胸が潰れそうだったのだ。

 触れた者の生命力を奪ってしまうため、他人と触れ合う事が出来ない恵莉香。決して死ぬ事が出来ないため、愛した者たちと添い遂げる事が出来ないブランルージュ。きっとこの魔法界には、彼女たちの他にも己の固有魔法に苦しむ者たちがいるのだろう。そう考えると自分の固有魔法が受動的に過ぎるという悩みは、吹けば飛ぶほど薄い物に違いない。

 自分が救われたように、苦しむ人々を救いたい。深紅は強くそう願っていたが、所詮は未だ学生の身の魔法使い見習い。恵莉香を救えたのは奇跡のようなものであり、他の人々どころか目の前のブランルージュを救う手すら考えもつかなかった。他人のアイデンティティを拒絶するクズの極みの固有魔法では、彼女との間に立ちはだかる永遠と言う名の壁を乗り越える事など、出来る訳も無いのだから。


『――スターチス校長、夜分失礼致します。緊急事態が発生しました。すぐに大広間へお越しください。繰り返します。スターチス校長、すぐに大広間へお越しください』

「ん? 今のは……?」


 己の無力さを噛みしめていると、不意に部屋の中に聞き覚えのある声が響き渡る。

 今の声は普通にスピーカーから聞こえるような響き方だったので、脳裏に直接呼びかける類のものではないらしい。見れば恵莉香とブランルージュにも聞こえていたようで、天井を見上げる形で報せに耳を傾けていた。


「ふむ。この声は瑞香じゃな。どうやら何か問題が起こったようじゃ。すまぬがわしは行かねばならん。お主らはゆっくりしておるといい」

「あ、はい。分かりました」


 こんな時間に一体何が起きたのか。大いに気にかかるが魔法界なら色々あるのだろう。実際恵莉香は特に驚いた様子も無く、身支度を始めるブランルージュを手伝っていた。

 幸せな団らんの時間が中断されるのは残念極まるが、仕事ならば仕方ない。深紅はブランルージュを見送るために自分も席を立ち、玄関まで見送りについていった。


「いってらっしゃい、お母さん。何があったのかは知らないけど、頑張ってね」

「ブランルージュ先生、今夜はありがとうございました。また機会があれば、是非とも食事をご一緒させてください」

「うむ。近い内にまた誘わせて貰うぞ。それではな」


 非常に前向きな言葉を返したブランルージュは、玄関のノブを掴み捻る。しかし扉を開ける前に何故かこちらを振り返ってきた。妙にジトっとした感じの、若干厳しさを感じる瞳で。


「……二人きりだからといって、助平な事はするでないぞ?」

「し、しませんよ!」


 どうやら残される深紅たちに釘を刺しておきたかったらしい。まさかそんな忠告をされるとは思わず、深紅は声が裏返りそうになってしまう。


「しないよ! ちょっとしか!」

「するのぉ!?」


 しかし続く恵莉香の答えで、本当に裏返った声を出してしまう。

 深紅自身は過ちを犯す気は無かったが、むしろ恵莉香の方が大いにやる気満々だ。無論交際もしていないのにそういった行為をする気は欠片も無い。だが深紅の誠実さは所詮憧れで塗り固めただけの張りぼてだ。その内側に潜むクズな本性を考えると、場合によっては容易く理性が吹き飛びそうで背筋が寒くなった。


「……節度は守るのじゃぞ? お主らは未成年なのじゃからな」

「はーい! 不純異性交遊の範囲で済ませるね!」


 呆れと共に言葉を残すブランルージュと、満面の笑みでイカれた事を口にする恵莉香。

 深紅は一瞬ブランルージュについて行く事も考えたが、彼女が部屋を出て行くなり恵莉香が鍵を閉めて扉の前に立ち塞がったので、見事に逃げ道は封じられてしまった。

 この場に残されたのは妙に顔を赤くして息を荒げた恵莉香と、この後の展開に怯えて震える深紅のみ。


「……二人きりだね、深紅?」

「そうだね。肉食獣の檻の中に閉じ込められた気分だよ」

「今日、お母さんいないんだ……」

「うん、知ってる。さっき出て行ったからね」

「シャワー、浴びてきても良い……?」

「良いけど、その後何をするつもりなの……?」

「……えへへ」


 ニヤリ、と恵莉香は笑う。女の子に対しての評価ではないが、その笑みは実に気持ちの悪いもので、鳥肌が立つほど本能的な恐怖を誘った。


「……本日はお招きいただき、ありがとうございました! ごちそうさまでした!」

「待て、逃げるなー! そっちは窓しかないぞー!」


 即座に逃走を選択すると、恵莉香が興奮した様子で追いかけてくる。

 捕まったら犯される――自意識過剰なだけと信じたかったが、深紅の脳裏には既成事実を作らされる情景がありありと浮かんだ。それくらい恵莉香の血走った目は本気だった。


「うん。まずは落ち着こう、恵莉香さん。深呼吸して、素数を数えるんだ」

「大丈夫。あたしは落ち着いてるよ、深紅。深紅も落ち着いて天井の染みでも数えてれば良いからね」

「マジで何する気なの!? 頭大丈夫!?」


 先ほどまで幸せな団らんをしていた食卓を挟み、ジリジリと距離を取って睨み合う。

 この様子では確かに育て方を間違えたと言えるだろう。幾ら依存しているとはいえ、男に対してこれほど露骨かつ過剰に迫るのはあまりにも品が無さ過ぎた。別におしとやかな女の子で無ければ認めないわけではないが、幾ら何でもこれは無い。


「捕まえた! フフフ、あたしが脱がせてあげるね深紅ぅー!」

「待って待って! これ以上は本当にシャレにならないから!」


 その内捕まり組み伏せられた深紅は、妙に嫌らしい笑みを浮かべた恵莉香に服を脱がされそうになってしまう。

 今まで他人と悪ふざけの触れ合いも出来なかったからこその行為かと思ったが、隙あらばパンツごとズボンを下ろそうとしてくる辺り間違いなく本気だ。貞操の危機に戦慄を覚えた深紅は、さすがに憧れの人の私室でやらかすわけにはいかないため、全力で抗う他になかった。つまりは取っ組み合い、揉み合う事となった。


「キャー、深紅のエッチ! 今変な所触ったー!」

「僕を脱がそうとしてる君の台詞じゃないよね、それ!?」

「あははっ! 絶対脱がせてやるんだから! このーっ!」


 しかしその内、不思議とじゃれ合っているかのような雰囲気へと変化していく。気味が悪かった恵莉香の笑みも、いつの間にかこの触れ合いを心の底から楽しんでいる純粋無垢な笑みに変わっており、深紅自身も似たような笑みを浮かべているのが分かった。

 それはきっと、お互い今まで出来なかった子供のような触れ合いを重ねているからだろう。恵莉香は誰にも触れられず、深紅はそもそも親から愛情など与えられなかったから。

 最初はお互いに欲望塗れだったり貞操の危機を感じていたりしたものの、いつしかただただじゃれあい触れ合う事が目的となっていた。

 しかしそんな折――ピンポーン。部屋のチャイムが鳴らされ、童心に返っていた深紅たちは我に返る。


「むぅ。せっかく楽しく遊んでたのに……」

「まあまあ。変な事をしないならこれくらいの事はいつだって付き合ってあげるよ。僕も楽しかったしね?」

「本当? 約束だよ、深紅!」


 不満気に頬を膨らませていた恵莉香だが、深紅の答えに眩しいほど表情を輝かせた。そうして水を差された不機嫌さはどこへやら、上機嫌で来客対応のために玄関へと向かっていく。

 どうやらこれはまた近い内にプロレス染みた触れ合いをする必要があるらしい。深紅としても充実した時間だったのでそれは問題無いのだが、いかんせんお互いの身体が子供では無いのが問題だった。恵莉香はスタイルの良い女の子なので、どこを触っても柔らかく非常にドギマギしてしまうのだ。

 とりあえず次までに煩悩を抑えられるように努力するべきだろう。などと次回の事に思いを馳せていると、恵莉香が来客を引き連れてリビングへと戻ってきた。


「こんばんは、竜胆さん。お楽しみ中のところ申し訳ありません」


 訪ねてきたのはアサナト魔法学院の教師の一人であり、つい先ほどブランルージュを放送で呼び出した張本人でもある瑞香だった。

 人を呼び出しておきながら何故この場に来たのかと疑問に思ったが、冷静に考えてみれば彼女の固有魔法は分身。同時に別の場所で行動するくらい訳は無い。

 そもそも彼女はその力を悪用して仕事中に好奇心を満たしていたのだ。実際目の前には他に二人の瑞香が立っており、現在進行形で固有魔法を用いているのは明白だった。


「瑞香先生でしたか。僕たちに何かご用ですか? ブランルージュ先生なら五分ほど前に大広間に向かいましたが」

「ええ、もちろん知っていますよ。ですが私は竜胆さんに用事があってここに来ました」

「深紅に? 一体何の用なの?」

「ええ。竜胆さん、実は少々見て頂きたい物がありまして……」


 そう口にした瑞香の一人が、何気ない動作で深紅の方に歩み寄ってきた。懐に手を差し込み、何かを取り出すように漁りながら。

 一体何だろうと好奇心を疼かせる深紅だったが、彼女が手で触れられる距離まで近付いてきた瞬間にそれは起こった。


「――うわっ!?」

「し、深紅っ!? 瑞香先生、何してるの!?」

「お二人とも、動かないで下さい。抵抗が見られた場合、または魔法の詠唱を確認した場合、そして蓮華さんが私に触れようとした場合、その瞬間に引き金を引きます」


 ぐるんと視界が回り、気が付けば深紅は瑞香の腕に抱かれ羽交い絞めのような形で拘束されていた。そして側頭部に突きつけられているのは固い感触。血相を変えた恵莉香の青い表情と、瑞香の発言を考えれば何が突きつけられているかを察するのは難しくない。

 この魔法界に似つかわしくない凶器――拳銃。その銃口が、深紅の頭に突きつけられていた。加えて恵莉香が近寄るのを防ぐように立つ二人の瑞香も、黒々とした無骨な拳銃を手にして深紅の方へ向けていた。


「ど、どういう事ですか、瑞香先生!? どうしてこんな真似を!?」

「説明しても構いませんが、二度手間になるのでここではやめておきましょう。大広間へ移動しますよ。そこで聞かせてさしあげます」


 まさかの事態に当惑しつつも、自らを拘束する瑞香に問いを投げかける。しかし返って来たのは冷たい返答。上手く状況は呑み込めないが、悪質な計画に巻き込まれている事だけは理解できた。

 引き金を引くだけで命を奪える道具を突き付けられていては抵抗もままならない。汎用魔法には詠唱が必要であるし、深紅の固有魔法に至ってはこの場面では何の役にも立たない。自身の無力さを痛感しながら、深紅は恐怖に震える恵莉香と共に大人しく従う他に無かった。

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