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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第4章

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賑やかな晩餐

「――良し。それでは頂くとするかの」

「いただきまーす!」


 大人しく待つ事十数分。食卓に様々な料理が並べられ、全員が席に着いた所で遂に晩餐の時間となった。

 メニューは正にご馳走といった所。丸ごとの七面鳥にスライスされた分厚いハムのような肉、飴色のソースがふんだんにかけられたステーキ、カラッと揚げられたフライドポテトなど、肉類と油物が非常に多い。とはいえそれは男で育ち盛りの深紅に配慮してくれているのだろう。

 他にも瑞々しい果物の盛り合わせや、新鮮な野菜を使ったサラダなどもてんこ盛りであり、見ているだけで胃が空腹を訴えて来るほどだった。これほどのご馳走、学院の食堂にも引けを取らない。


「この食卓に招かれた名誉を神に感謝し、ブランルージュ先生と恵莉香さんの手料理を口にできる幸福に心からの祈りを捧げ――」

「えぇい、さっさと食わんか!」

「……いただきます」


 自分なりに感謝と感動の祈りを捧げようとしたものの、他ならぬブランルージュに一喝されたので仕方なく普通の挨拶で済ませた。

 立ち並ぶ料理はどれも魅力的で、食欲を誘う抗い難い香りを漂わせている。よりどりみどりでどれから手を付けようか大いに悩むが、深紅が手を付けないとブランルージュたちは食事を始めないらしい。母子共に固唾を呑み、深紅の一挙一動に視線を注いでいた。

 どのみち感謝を込めて全て頂く事に変わりはないので、やがて深紅は一番近くにあったステーキを選んだ。どうやらブランルージュの手作りだったようで恵莉香が少々残念そうな顔をしていたものの、それは気にせずフォークを刺して――ガブリ。


「――んっ!?」


 齧りついた瞬間、まずその柔らかさに驚いた。しっかり口を開けねばならないほど分厚いというのに、信じられないほど簡単に噛み千切れる。顎の力など必要無く、最早独りでに口の中で崩れ溶けていると錯覚するほどだ。実はステーキの見た目をしたマシュマロか何かかと本気で疑ってしまうくらい、その衝撃は強かった。

 しかしこれは紛れも無くステーキであると、溢れ出す肉汁が証明していた。加えてその味わいも素晴らしい。初めはピリッと辛く、その後に柔らかな甘みが押し寄せてくる風味の深い濃厚ソース。ブランルージュの手料理である事を差し引いても、掛け値無しに最高の一品であった。


「凄く美味しいですね、このお肉! 特にソースが絶妙です!」

「じゃろう? 長年試行錯誤を繰り返し完成させた秘伝のソースじゃ。それにわしはこう見えて料理もたっぷり研鑽しておる。伊達に長く生きとらんぞ」

「さすが先生です。正直食堂の料理よりも数段美味しいです。こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました」

「むふふ。じゃろう?」


 行儀が悪いと分かってはいるが、それでも貪り食う手が止まらない。しかしブランルージュは気にした様子も無く、むしろ褒められて満足気なしたり顔であった。


「深紅、こっちのも食べて! これはあたしが作ったやつだから!」

「むぐぅ!?」


 とはいえ横で見ていた恵莉香としては若干面白くない光景だったらしい。負けじと別の肉を一切れフォークで突き刺し、深紅の咥内に無理やり叩き込んできた。


「どう、どう!? 美味しい!?」


 もぐもぐと咀嚼していると、彼女はワクワクドキドキという表現が相応しい笑顔で尋ねてくる。瞳は期待と興奮に煌めいており、肯定的な感想を求めているのは明白だ。


「えーっと……ごめん。ちょっと生焼けだね、これ」

「ええっ!? 嘘ぉ!?」


 しかしここで嘘を吐く方が残酷なので正直に答えた。途端に目を見開いたかと思えば自らも同じ料理を口にし、一拍置いてかなり不快気に表情が歪む。紛れも無く生焼けの部分に当たってしまったのだろう。

 付け加えるなら味も食感もブランルージュのものに比べれば数段落ちるが、さすがにそこまで言うのは可哀そうなので胸に秘めておいた。


「じゃから言ったではないか、恵莉香。手料理を食べさせてやりたい気持ちは分かるが、何も今夜である必要は無いとな。今まで料理などしてこなかったお主が突然完璧な一品を作り出せるわけが無かろう?」

「ううっ、だってぇ……!」


 二の句が継げないのか、恵莉香は何か言いた気に唸り目を潤ませる。どうやら幾ら魔法の世界とはいえ、突然料理がプロ級に上手くなる魔法は無かったらしい。


「でも嬉しいよ。僕なんかのために頑張って料理をしてくれたなんて。このお肉も確かに生焼けだけど、その気持ちが最高のスパイスになってて凄く美味しいよ。だから全部食べさせてもらうね?」

「深紅ぅ……!」

「いや、それは腹を壊すぞお主……」


 深紅が微笑みかけて慰めると、今度は感極まったように目を潤ませる。

 食卓に並ぶご馳走は全て二人が深紅のために作ってくれたもの。ならば生焼けだろうが毒だろうが、命を賭して食べきるのは当然だった。例え胃が破裂し腹が裂けようと、全て余さず頂く心積もりだ。

 そもそもクズの両親と暮らしていた頃の食生活に比べれば、恵莉香が作った生焼け肉ですら最高のご馳走である。何せかつて一欠けらも得られなかった深紅への深い愛情が、溢れるほどに注ぎ込まれているのだから。


「――うむむ。恵莉香よ、これに至っては塩と砂糖を間違えておるぞ?」

「えっ、嘘!? うわ、本当だ! やだぁ!」

「あははっ。でもこれはこれで美味しいんじゃないかな?」


 そうして深紅の反応を確認できたためか、やがてブランルージュたちも食事を進めて行く。

 少々不敬かもしれないが、まるで本当の家族で過ごす夕食時のような、穏やかで満ち足りた一時であった。少なくとも深紅は両親たちとこんな風に食卓を囲んだ事は無く、また笑顔が溢れる時間を過ごした事も無かった。

 だからこそ一分一秒が何物にも代え難い幸福であり、深く噛みしめるようにしてこの時間を楽しんだ。手料理に含まれた真心と愛情、そしてブランルージュたちの眩しい笑顔をたっぷりと味わって。


「――それにしても、あの恵莉香がこれほど幸せそうに笑い、しかも男のために料理などするとはのぉ? 人生というのは分からぬものじゃなぁ……」


 だいぶ食事が進んだところで、ブランルージュが唐突に感慨深そうな声を零す。

 確かに今までの絶望に濁った瞳の恵莉香を思い出すと、今の朗らかに笑う姿は夢か幻に思えてくる。しかも深紅のために慣れない料理を一生懸命頑張っていたのだから、ブランルージュの反応も当然のものだった。


「お主には感謝しておるぞ、深紅。この子の心の闇は、わしにはどうする事も出来なかった。この子を救い光を与え、生きる希望を与えたのは紛れもなくお主じゃ。本当に、ありがとう……」


 そして深紅に対し暖かな目を注ぎ、深々と頭を下げて感謝の言葉を述べてくる。

 憧れの人から向けられる感謝と、自分の行為が認められた事実に、深紅は危うく歓喜の叫びを上げそうになってしまった。


「お礼なんて良いんですよ、ブランルージュ先生。恵莉香さんを救う事が出来たのは、あなたが僕を救ってくださったからです。僕のようなどうしようもないクソガキすらも救おうとする、あなたの慈悲と慈愛に溢れた心が、巡り巡ってあなた自身に幸せをもたらしただけです。むしろ僕の方がお礼を言うべきだと思います」


 深紅は立ち上がり、食卓を回り込んでブランルージュの元へ歩み寄った。そうして跪いて彼女の小さな手を取り、感謝の念を示すために強く握りしめながら頭を下げる。


「あの日、あの時、僕の事を救ってくださって……本当に、ありがとうございました」


 改めて、深い感謝の気持ちを伝える。

 自分を救ってくれた事。魔法の世界へ連れてきてくれた事。人の愛と優しさを教えてくれた事。ブランルージュから与えられた全てに対する感謝を。

 彼女がいなければ、今の深紅は存在しない。愛も友情も知る事無く、不幸と絶望しか知らぬまま惨めな生涯を終えていた。もしもその道を辿っていた時の事を考えると、恐怖で歯の根が合わなくなるほどだ。

 全ては二度目の人生を与えてくれたブランルージュのおかげ。その大前提があるからこそ恵莉香を救うという偉業を成し遂げても、深紅の心には自惚れや驕りなど欠片も存在しなかった。


「……謙虚なものじゃのう? これならあの時の傍若無人ぶりが残っておった方が良かったかもしれんな?」

「や、やめてくださいよ。あの頃の僕は黒歴史みたいなものなんですから……」

「そうか? わしはあの頃の尖ったお主も嫌いではないぞ?」

「ううっ……」


 ニヤリと目を細めるブランルージュに、深紅は羞恥に顔が熱を帯びて行くのを感じた。

 あの頃の深紅は特にクズで無礼極まっていた頃であり、ブランルージュに対して『ぶっ殺す』だの『犯してやる』だの、あまりにもふざけた物言いをしていた。にも拘らず今は心の底から彼女を尊敬し憧れているのだから、彼女からすれば実に弄り甲斐のある面白い話題なのだろう。少々意地の悪い笑みを向けられ居心地が悪いものの、そんな幼稚な笑みも素敵で目が逸らせなかった。


「……やっぱり、いける!」


 などと悶々としていると、唐突に恵莉香がそう口走る。何やら深い確信を得た感じのキリっとした表情で。


「おん? どうしたのじゃ、恵莉香?」

「聞いてよ、お母さん。深紅ったら酷いんだよ? お母さんの事が好きだから、あたしとは結婚してくれないんだって。不純異性交遊もしてくれないって言うの。酷くない?」

「ぶっ!?」

「ううむ、酷いのはお主の頭では無いか? 仮にも校長の前で不純異性交遊をしたがるのはどうかと思うぞ?」


 しかし次の瞬間には媚びるような笑みで以て、気が触れたとしか思えない事をのたまうのだから笑えない。これには深紅も心底肝を冷やした。


「だからお母さん、深紅と結婚してあげる代わりにあたしを第二婦人にするように交渉して!」

「げほっ、ごほっ!」

「うーむ。娘がとんでもない要求をしてきおったぞ……」


 次いで投げかけられた要求に深紅は咽てしまい、ブランルージュは頭痛を覚えたが如く眉間に皺を寄せ、額に手を当てて嘆く。

 確かに昼頃にその訳の分からない計画を口にしていたのは覚えているが、正直その時は冗談だと思っていたのだ。しかし他ならぬ母親にニコニコ笑いながら提案している辺り、ふざけているとは思えない。正に名案、と思っているのがありありと伝わってくる屈託の無い笑みであった。


「恵莉香さん、それ本気だったの……?」

「もちろん本気だよ! あたしは深紅とくっつけて嬉しい! お母さんも旦那さんが出来て嬉しい! 深紅は好きな人とくっつける上に、親子丼も堪能出来て嬉しい! 誰も得しない素敵なプランだと思うな!」


 挙句の果てに常軌を逸した事を口にして、一人ではしゃぎ舞い上がっている。

 クズの深紅としては親子丼という所に若干惹かれたのは否定できなかったが、それ以上に自分からこんな提案をする恵莉香に引いてしまった。


「恵莉香さんがこういう事を言い出すのは、教育のせいなんですか……?」

「わしの教育は間違っていなかったと思いたいのじゃがなぁ。まあ初めての子育てじゃったし、わしも些か間違いを犯してしまったという事じゃろう。娘の頭のネジが生まれつきイカれているよりは、わしの失態にした方が諦めがつくというものじゃ」


 どうやら誠実で高潔で慈悲深い人間であり、長き時を生きる大魔法使いたるブランルージュでも、初めての子育ては難しかったらしい。少々遠い目をして虚空を見つめている姿がかなり痛々しかった。

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