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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第4章

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龍穴の真上

「そうだ、恵莉香さん。実は君に聞きたい事があったんだ」

「なになに? 何でも聞いて! スリーサイズだって答えちゃうよ!」


 とりあえず校舎の外の丘へ移動した所で、誤魔化しも兼ねて気になっていた事を尋ねてみる事にした。もしかしたら恵莉香も知らない事かもしれないが、義理とはいえこの学院の創設者であるブランルージュの娘だ。加えて知識量は恐らく新入生随一。大いに期待の持てる相手なのは確実である。


「どうしてこの学院はこんなに快適な気温を保ってるの? 今って真夏なのに、びっくりするくらい過ごしやすい空気だよね?」


 学院の敷地の森を見渡しながら、背中の大きな引っ付き虫にそれを尋ねる。

 今の温暖化の時代には珍しい事に、この学院は真夏にも拘わらず驚くほどに過ごしやすい快適な環境だ。校舎内は暑過ぎず寒すぎずの温度に保たれているため、こうして外に出て日差しを浴び、空気を肌で感じる事でようやく夏だと実感できるほどだ。

 加えて今日も遠くの空では、相変わらず雪が降りしきっている場所がある。つまりは間違いなく魔法が拘わっている。そう予想しての問いだった。


「この学校の敷地内は龍穴の魔力を使って環境を弄ってあるからだよ。皆が過ごしやすいよう、快適に学べるようにっていうお母さんの計らいなの。過ごしやすいのも当然だよ」


 しかし恵莉香が返してきたのは、予想の斜め上を行く答えであった。校長であり、また学院の創設者であるブランルージュによるものなのは見当がついていたが、少々聞き慣れない単語があったのだ。


「人工的に整えられてるのは何となく分かってたけど、龍穴って何?」

「うんとね、魔力を持つ人間がいるのと同じで、実は星そのものも魔力を持ってるの。星が持つ魔力は主に大地を流れてて、血管みたいな感じで地下を走ってるんだよ。それをあたし達魔法使いは龍脈って呼んでるの」

「星の魔力かぁ。じゃあ龍穴っていうのは、その魔力が特に集中してる所かな?」

「そうそう。龍脈が血管なら龍穴は心臓とかその辺りかな。もの凄い膨大な魔力がほとんど無尽蔵に湧き出してくるから、お母さんはそれを利用するためにここに学校を建てたんだよ」

「なるほどね。だからこんな僻地に学院を……」


 恵莉香の言葉から察するに、龍穴とは無限に近いエネルギーが湧きだす最高の環境。ならばそれを利用しない手は無い。見渡す限り森しか存在しない大自然の中に学院が建っているのも、龍穴がこの場に存在する故なのだ。

 そんな場所を教育機関に使うなど許されるのか少々疑問だが、ブランルージュは魔法界では伝説と言って良い存在だ。何せ太古より生きる熟練の魔法使い。相応の権力がある事は間違いなく、反対できる者はあまり存在しないのだろう。


「じゃあ夏なのに雪とか降ってる場所があるのも、龍穴の魔力を使ってあえてそんな風にしてるのかな?」

「そうだよ。ここは魔法生物の保護区も兼ねてるから、それぞれの生物に適した環境が必要なの。だから森の奥には夏エリアとか冬エリアとか適した環境を作って、魔法生物たちが快適に暮らせるようにしてるんだ。あたしのお母さん凄いでしょ?」

「うん、凄いよ。さすがはブランルージュ先生。僕、ますます尊敬しちゃうよ。惚れ直しちゃいそうだ……」


 次々と明らかになる事実に、深紅は感嘆の吐息を零した。

 やろうと思えば幾らでも悪さが出来そうだというのに、ブランルージュは私利私欲のために星のエネルギーを利用していない。ここで学び世界に羽ばたく生徒たちや、表の世界に居場所のない魔法生物のために使っているのだ。自分がクズだからこそ、それが簡単にできる事では無いのを深紅は理解していた。

 やはりブランルージュは素晴らしい人格者であり、素敵な女性。憧れの背中がますます遠ざかった感覚があるものの、遠すぎる距離が逆に彼女への憧れを募らせるのだった。


「むー……!」

「ちょっ、痛い痛い! いきなりどうしたの?」


 そんな風に憧れの人の姿を思い浮かべて胸を高鳴らせていると、おぶっていた恵莉香が何やら暴れ出す。堪らず背中から降ろしてみれば、彼女は紫陽花を思わせる紫の瞳に嫉妬の色を滲ませ、愛らしい頬をぷっくりと膨らませていた。


「人のお母さんに好意を抱いちゃ駄目! その好意をあたしに向けて! というかあたしと結婚して!」

「そ、そんな事言われても……僕にとってブランルージュ先生は恩人で目標でヒーローなんだからしょうがないよ」


 どうやら深紅が他の女性に夢中になっているのが許せないらしい。しかしこればかりはどうしようもない。

 良くも悪くも、深紅の中でブランルージュの存在が大きすぎるのだ。彼女がいなければ深紅は今ここにはいないし、魔法という素晴らしいものを知る事も無く短い生涯を終えていた。

 加えて今の深紅が曲がりなりにも誠実な人間を演じられるのは、全て彼女のようになりたいという憧れ故。恵莉香を救った深紅という存在も、ブランルージュ無しには成立しない。彼女の存在は深紅という人間を構成する上で、何よりも重要な要素なのだ。


「うーっ! あたしにとっての深紅が正にそれだから、的確な反論が出来ない……!」


 実際深紅同様に救われた恵莉香は、気持ちが分かるからこそ返す言葉が浮かばないらしい。悔しそうに地団駄を踏んでいた。


「それと結婚はしないよ。こんな僕を好きになってくれるのは嬉しいけど、僕は人を幸せに出来るような人間じゃない。そもそも君の好意の根底にあるのは僕への依存と、僕を失う事に対する恐怖だ。そんな気持ちでクズの僕とくっついても、碌な事にはならないよ」


 追い打ちをかけるように、はっきりと己の気持ちを伝える。恵莉香が己の気持ちを素直に語る以上は、少々心苦しいがこちらも正直に語るのが礼儀だと思ったからだ。

 何より恵莉香には深紅の過去をすでに明かしている。にも拘わらず深紅の過去も人間性も全て受け入れ、好意を露わに結婚をねだってくる始末。これはもう残酷な真実を突き付ける他に無かったのだ。

 女の子の恋心を正面から粉砕する血も涙も無い台詞だったが、恵莉香も自分の想いが依存である事は理解しているのだろう。しばし唇を噛んでいたものの、意外にも反論はしてこなかった。


「ううっ、分かった……あたし、深紅のお嫁さんになるのは諦めるね……」

「……ごめんね」


 そうして深く俯き、自らの想いを断ち切るような呟きを零す恵莉香。

 深い依存と恐怖が根底にある恋愛など碌なものにはならない。故に恵莉香が諦めてくれたのは深紅としても嬉しい限りであったが、彼女が向けてくれた情熱的な好意を失うのは胸が締め付けられる思いだった。


「お嫁さんを狙うより、お母さんをそそのかして言いくるめてお嫁さんにして、その後協力して貰って第二婦人になる方が簡単そうだもんね!」

「何一つ諦めて無い!? むしろ悪化してんじゃん!?」


 そんな哀愁も、顔を上げた恵莉香の満面の笑みで吹っ飛んでしまう。自らの想いを諦めるどころか、ブランルージュを巻き込んで重婚を狙っているのだからむしろ拗れている。


「あ、そうだ。今夜の夕食を三人で一緒に食べないかって、お母さんが言ってたよ。娘の初めての友達に改めて挨拶もしたいんだって」

「さっきの発言の後に夕食に誘うんだ!? でもブランルージュ先生と夕食なんて凄い光栄だからもちろん行くね!」


 何だか色々とツッコミたい所はあったが、憧れのブランルージュと食卓を囲むという栄誉を前にしては全てが些事。故に先ほどの恵莉香の発言は一旦脇に置き、力強く頷いた。

 とはいえやはり深紅は生粋のクズ。どうしても恵莉香の妄言を意識してしまい、畏れ多くも想像してしまうのだった。恵莉香にブランルージュ、そして綾女と織りなす、愛に満ちた幸せな家庭を。





「――こんばんは、ブランルージュ先生。今夜はご夕食にお招きくださって、誠にありがとうございます」


 約束の時間を迎えた深紅は、満を持してブランルージュの私室を訪ねた。

 本当は三十分前に部屋の前に辿り着いたものの、早く訪ねても迷惑になってしまう可能性がある。そのため私室の前で三十分待ってから扉をノックし、約束の時間ピッタリになるように調整したのだ。

 校長室に呼び出された時とは異なり、迷わず時間前に辿り着く事が出来た理由は単純。ブランルージュの私室がアサナト魔法学院の最上階に存在するからだ。幾ら迷宮のように広大で複雑といえど、最上階を目指せば良いだけなら迷う方が逆に難しい。とはいえ前回の反省を踏まえて早めに目的地を目指したからこそ、三十分も待つ羽目になったのだが。

 無論憧れの恩師の私室を手ぶらで尋ねる事など出来ず、このために学院の森の中で詰んだ綺麗な花束を用意している。出来得る限り礼儀を尽くした訪れのはずだが――


「固いぞお主! しかも花束持参とか何を想定しておるんじゃ!?」


 出迎えてくれたブランルージュは、顔を合わせるなり目を白黒させ叫ぶのだった。


「駄目でしたか? 先生との夕食なんですから、これくらいは必要かと思ったんですが。用意出来ればスーツで来ようと思ったくらいですよ」

「何か病的じゃのう、お主……まあ良いわ。気持ちがこもった贈り物を無碍には出来ん。上がって席について待っておれ。廊下の奥がリビングじゃ」

「それでは、失礼します」


 呆れかえりながらもブランルージュは花束を受け取り、スタスタと廊下を歩いて行く。

 満を持して憧れの人の私室に足を踏み入れたものの、意外にもさほど緊張は無かった。それは恐らく、内装が日本家屋と全く遜色ないだからだ。玄関は靴を脱いで上がる日本式で、中世時代の城の中だというのに木造建築のような暖かみのある内装であった。幾ら深紅がクズのサラブレッドでも生粋の日本人である事は確かなので、居心地の良さを感じて緊張が幾らか和らいでいたのだ。

 私室の入り口も一軒家の呼び鈴付き玄関そのものの面構えだったので、もしかするとここはブランルージュの私室ではなくマイホームなのかもしれない。学院最上階の限られたスペースに一般家屋の内部をどのように捻じ込んだのかは不明だが、魔法の世界である事を考えると不可能では無さそうだ。きっと暖かみのある落ち着いた空間を欲しがったブランルージュが、空間を捻じ曲げて頑張って押し込んだに違いない。


「――あっ、深紅! ごめんね、もうちょっとでご飯できるから座って待ってて!」


 リビングに入ると、何やら芳しい香りと恵莉香の慌てた声で迎えられる。

 どうやら今正に料理を進めているらしい。まるで日本の一般家庭のような素朴なリビングの向こう、キッチンでわたわたと駆け回る恵莉香の姿が見えた。普段なら深紅の姿を見つけるなり走って駆け寄り抱き着いてくるのだが、今回はその余裕が無いらしい。リビングにまで漂う香りには若干焦げ臭さが混じっていた。


「こんばんは、恵莉香さん。出来れば僕も何か手伝いたいんだけど……」

「駄目! 深紅はお客様なんだから、大人しくしてる! シャーッ!」

「あ、はい……」


 手伝いのためにキッチンに向かおうとしたところで、まるで猫の威嚇のような真似をされて追い返される。

 いつもべたべたくっついてくる恵莉香が、それを蹴ってまで料理に臨んでいるのだ。拘りか信念のようなものがあるのだと納得して、深紅はすごすごと引き下がった。決してその迫力に負けたのではない。


「お母さん、早く戻ってきてー! チキンが焦げちゃうーっ!」


 しかし進捗は芳しくないらしい。大人しくテーブルの席について待っていると、キッチンから恵莉香の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 雲行きが怪しいので気を揉みながら様子を窺っていると、すぐにブランルージュが現れキッチンへと駆けて行った。


「すまんすまん。深紅が持ってきた花を活けておく容器が見つからなくてのう」

「えっ、深紅ったらお花なんて持ってきたの? やだ、好き……」

「用意出来ればスーツで来る気じゃったぞ、あやつ」

「やだ、スーツ姿の深紅なんて絶対カッコいい! そんなの見たら、あたしどうにかなっちゃう……!」

「もうなっとるじゃろ。それ以上どうなるつもりじゃ」


 そうして二人はおしゃべりしながら料理を進めて行く。二人に血の繋がりは無いが、正に家族と言えるほど仲良く楽しそうに。血の繋がった家族がクソだった深紅としては、その光景があまりにも眩しかった。自分にはもう手に入らないものだが、見ているだけで幸せに浸れる素晴らしい光景であった。

 とはいえ羨望のあまり恵莉香が口にした重婚の様子を再び思い浮かべてしまい、後ろめたさに少々いたたまれなくなってしまったが。

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