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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第4章

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楽しくない夏季休暇

「明後日からは夏休みか。もうそんな時期なんだな……」


 真昼の空に燦然と輝く太陽を仰ぎ、深紅は眩しさに瞳を細めながら感慨に浸る。

 アサナト魔法学院に入学してから早いもので約三ヵ月。夏休みも目前に迫り、学院には浮かれた雰囲気が漂っていた。

 しかし誰もが舞い上がっているわけではない。深紅は夏休みが近付くごとに、気分が徐々に沈んでいくのを感じていた。


「けどあんま嬉しくないんだよなぁ。その間は魔法の授業が無いって事だしよぉ? ぶっちゃけ毎日学校で魔法の授業やりたいぜ……」


 そんな事を口にしてため息を零すのは、少し離れた所で地べたに腰掛けている初雪。彼もまた深紅と同じ気持ちであった。

 単純な話、夏休みで心が躍らないのは楽しい魔法の授業が受けられ無くなってしまうからだ。一応夏休み期間中は学院に残る者たちもいるが、大多数の生徒や教師は実家に帰るので授業などそもそも開かれない。加えて残る事を許された者たちも、深紅のように家庭に訳アリの者のみ。普通に実家と家族を持つ初雪のような者たちは一時帰宅を余儀なくされているのだ。

 楽しい授業も出来ず、親友たちとは離れ離れ。これで楽しい休みになるとはとても思えなかった。


「でも初雪は実家に帰って家族と会えるから良いじゃないか。僕は帰る家も無いし、家族もいないし、正直君がちょっと羨ましいよ」

「おい、反応に困るような事言うなよ。何て返せば良いんだ、これ……」


 とはいえまともな家族がいながら不満を零すのは少々イラっと来たので、若干の皮肉を交えつつ答える。心優しい初雪は笑い飛ばしたりする事は出来なかったようで、さすがに狼狽え言葉に詰まっていた。


「それじゃあ僕は初雪がいない間に、図書室で魔法の事をたくさん勉強してマウント取れるようにしようっと。この夏休みで随分差が開いちゃうね?」

「あっ、コイツ!? 卑怯だぞ!」

「あはははっ」


 愕然とする初雪に留飲を下げた深紅は、愉快な気分で正面に視線を戻す。

 今深紅たちが黄昏ている場所は、校舎の外にある丘の上。大きな一本の木が鎮座しているそこは風が吹き抜ける気持ちの良い場所であり、初夏の日差しと相まって非常に清々しい気分に浸れる絶好のロケーションであった。加えてアサナト魔法学院の広大な大自然を見下ろす事が出来るという、景観の良さも備えているのが特徴だ。

 とはいえそこは魔法学院。ただ単に眺めが良いというだけではなく、思わず首を傾げたくなるような光景も目に入る。大自然が広がっている事自体はおかしくないが、その上の大空と天候が問題だ。何と遠くの方ではしんしんと雪が降り、木々を白く染め上げているのだ。学院の校舎周辺はひりつくような日差しが降り注いでおり、夏らしい熱気が漂っているというのにだ。

 これは明らかな異常気象、あるいは魔法絡みの現象だろう。どうせなら夏休み期間中にこの謎を解き明かしてみるのも良いかもしれない。何せ夏休みはとにかく長いのだ。時間などそれこそ履いて捨てるほどある。


「……ていうかよぉ、俺は正直お前の方が羨ましいぜ? モテ男さんよぉ?」

「うぐっ……」


 などと考えていたところで、初雪が手痛い反撃を加えてきた。しかも面白がるようなニヤニヤ笑いを添えて。

 否定しておきたい所だったが、不思議と深紅は言葉に詰まってしまった。見ようによっては正にその通りと言える状況なのは理解しているからだ。

 この魔法学院に来て、深紅の日常は劇的に変化した。恵莉香の事を知ってから、そこにストーカー行為が加わった。さすがにこれ以上の変化は無いと高をくくっていたのが原因なのだろう。一月ほど前から、深紅の日常は更に劇的な変化を遂げたのだ。主に深紅を取り囲む状況が。


「――だ、だから、あなたは深紅くんにくっつきすぎだって、言ってるの……!」

「あーあー、いつもうるさいわね。それがあんたに何か関係あるの? 別に深紅は誰かと付き合ってるわけでも無いんだから良いじゃない」


 その原因である二人の女子生徒――綾女と恵莉香が、深紅を挟んで舌戦を繰り広げていた。

 恵莉香は深紅にべったりと抱き着き、まるで自分の物だと主張するように頬ずりをしながら。綾女はそんな恵莉香に触れるか触れないかというかなり際どい距離まで近付き、ふくれっ面で捲し立てる。

 そう、これが一月前に起きた劇的な変化だ。校長室での一件の後、恵莉香は信じられないほどベタベタくっついてくるようになったのだ。

 深紅は現状ただ一人、何の危険も無く恵莉香と触れ合える唯一無二の存在。だからこそ彼女は今までの態度を軟化させ、友人として触れ合う事を求めてくるに違いない――という考えは甘かった。今までの絶対零度を思わせる態度はどこへやら、甘えん坊な子猫が如く好意を露わに迫ってくるようになったのだ。それも極めて濃厚な接触を伴って。

 まるで仲睦まじい恋人同士のよう、と表現するのは生温い。それこそ四六時中、人目もはばからずに抱き着いてくるのだ。恵莉香がくっついてこないのは精々トイレや入浴中くらいであり、それ以外の場面では授業中であろうとこの有様だった。


「だ、だからって、男の子と女の子がそんな風にくっつくのは、よ、良くないと思う! 破廉恥……!」

「破廉恥? あたしはずっと人と触れ合えなかったから、こうやって好きなだけ触れ合える深紅の温もりを楽しんでるだけよ? まさかあたしには人と触れ合う権利なんて無いって言いたいわけ? 酷い奴ね」

「そ、そうは、言ってない! でも、そんな風に密着する必要は無いと思うの……!」


 さすがにかなり過剰かつ濃厚な接触のせいか、大人しい綾女も毎日のように苦言を呈する始末。加えて彼女は深紅に想いを寄せているので、余計に気に障るのだろう。

 しかし恵莉香の固有魔法とその悲しい過去を引き合いに出されると無碍には出来ず、結局綾女は毎度の如く一方的に論破されていた。


「あたしはこれでもむしろ足りないくらいだけど? 何ならおはようからおやすみまで、ずっと一緒に抱き合ってたいくらいよ。あ、そうだ! 深紅、夏休み期間はそういう風に過ごしましょ!」

「い、いやぁ、それはさすがに……」


 以前までとはまるで違う、明るく甘えん坊な恵莉香。その瞳は幸福に輝いており、絶望による陰りなど微塵も見えない。それ自体は大いに喜ばしい事なのだが、ここまで濃厚に絡んでくるのは完全に想定外であった。

 何より恵莉香は美少女で、身体の発育もかなり良い。深紅も男である以上、そんな彼女にべったりとくっつかれれば落ち着かないのは当然だった。


「……あたしにくっつかれるの、迷惑?」

「そ、そんな事は無いよ。ただ、その……色々当たってるから、落ち着かなくて……」

「あ……」


 不安に表情が陰る恵莉香に対し、少々迷ったがそれを指摘する。本人も言われてようやく気付いたのだろう。少々頬を赤く染め、自らの胸元に視線を向けていた。

 恵莉香の胸は同じ年頃の少女と比べてもかなり大きいため、そんな立派なものをぶら下げた状態で抱き着けば色々と凄い事になってしまう。幾ら善人の皮を被り誠実な人間として振舞っている深紅でも、びっくりするほど気持ちの良い柔らかな感触を押し当てられるのは、男としては実に居たたまれない気分であった。


「……良い、よ? 落ち着くために、あたしに、色々しても……」

「なっ……!?」


 挙句の果てに恵莉香は恥じらいつつも、更に胸を押し当ててくる。これには深紅――ではなく、綾女が愕然としていた。そうして自らの慎ましい胸元に視線を下げ、忌々しそうに唇を噛み締めるのは一体何なのか。どうにもこの二人は犬猿の仲であった。


「あの、恵莉香さん? もうちょっと自分を大切にしよう? 女の子なんだし、軽い気持ちでそういう事を言っちゃいけないと思うんだ」

「軽い気持ちなんかじゃないよ。あたしは本気。だってあたしが触れ合えるのは深紅だけだもん。あなたを逃したら、きっとあたしは一生誰とも触れ合えない日々に逆戻りする。だから深紅を繋ぎ止めるためなら、何だってするよ?」

「えぇ……」


 言葉を選び優しく咎めるも、穏やかな笑顔で果てしなく重い感情を向けられてしまう。

 この様子だと深紅が性的に襲い掛かろうと、むしろ自ら股を開きそうな勢いである。クズの深紅としてはそそるものがあったが、理性とブランルージュへの憧れによってその欲求を無理やり捻じ伏せた。

 それでも実に耐え難いのでいい加減離れて欲しいものの、恵莉香の悲惨な過去を思うと好きにさせてあげたい気持ちがある。加えて深紅には救った責任もあるのだ。どれだけ悶々とした気持ちを抱えようが、ここは歯を食い縛って堪えるしか無かった。


「だ、ダメっ! 不純異性交遊は、禁止っ!」


 とはいえ綾女の方は堪えきれなかったらしい。目を吊り上げ、大人しい彼女には珍しいほどに声を荒げていた。


「勝手に不純って決めつけないでくれる? あたしは純粋に深紅の事を想ってるのよ?」

「じゅ、純粋に想ってる人は、深紅くんに裸で迫ったりしないよ……!」

「なっ!? あ、あんた、何でそれ知ってんのよ!?」


 そしてすでに何度目か分からない、二人の激しい口論が始まる。ほとんど毎日の事なので、最早止めに入っても無意味だという事は分かっていた。こうなると男は蚊帳の外である。問題の中心にいるはずの深紅も含めてなのが解せないが。


「……ケッ! お熱いこって!」

「茶化すなよ、初雪。あと火の玉投げるのやめろ」


 石でも投げるような気安さで、自らの固有魔法によって作り出した小さな火球を投げつけてくる初雪。触れれば普通に火傷する熱量を持っているが、深紅はそれを片手で受け止めて握り潰した。

 そんな事が出来るのは、ここ一ヵ月で己の固有魔法を深く理解したからだ。恵莉香の一件で自身の固有魔法の方向性に気が付いたため、後は色々と実験をして詳細を調べ上げたのである。そうして判明した深紅の固有魔法は、やはり他者の固有魔法の影響を無効化する力であった。

 ただし無条件で何もかも無効化出来るわけではない。無効化にはその固有魔法、あるいはその固有魔法の持ち主との接触が不可欠という縛りがある。つまりはどれほど危険な固有魔法の持ち主がいようと自分だけは安全という、自己中心的なクズの極みの固有魔法である。クズのサラブレッドである深紅には正に相応しい魔法と言えるだろう。

 こんな固有魔法を持っているなど生き恥を晒しているようなものだが、そのおかげで恵莉香を救う事が出来たので邪険に出来ないのが困りものである。おまけに恵莉香の固有魔法と同じく無自覚に発動し続ける性質のものであるため、一種の憧れであった固有魔法を行使している感覚に乏しいのが、実に残念でならなかった。

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