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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第1章

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2/10

入学式と出会い

 それは形を持った絶望であった。

 威風堂々とした存在感。生物としての格が異なる事を本能で理解させられる威容。誰もが生命の恐怖に凍り付き、声を出す事も出来ず頭上の破滅を眺めている。

 宙を自在に舞い踊り矮小な人間たちを見下ろすのは、東洋の龍としか表現できない幻想的かつ凶悪な存在。蛇のように長い胴と鱗に覆われた強靭そのものの身体を持ち、鋭い牙が立ち並ぶ精悍な顔つきは威厳に溢れている。極めつけは見る者全てを畏怖させる鋭い眼光。伝承や創作の中にしか存在しない生ける龍が、生贄を吟味するかの如く頭上を舞っている。その絶望の光景に誰もが恐怖を覚え、戦慄していた。


『――わしの名はブランルージュ・スターチス。新入生の諸君、入学おめでとう。わしらアサナト魔法学院一同はお主らを歓迎するぞ』


 しかしそんな戦慄と恐怖も、龍の頭上で声を上げた人物――ブランルージュの姿に吹き飛んでしまう。

 何故ならその人物は見た目幼い可愛らしい少女だったからだ。彼女は見た目こそただの小学生。ぷっくりとした愛らしい頬にくりくり丸い赤い瞳が特徴的であり、白髪に近い銀髪と二束のアホ毛が合わさり小さなウサギのようにも見える。背は百三十センチあるかも怪しいほど低く、そのような外見で魔法使い染みた純白のローブを身に纏っているのだ。最早完全に小学生のコスプレ姿にしか見えない。

 破滅の化身のような存在の頭上に、魔法使いのコスプレをした幼女染みた存在が立っている。幾ら龍が畏怖されるべき恐ろしい存在であろうと、頭上の少女の愛らしさに勝てるわけも無い。誰もが呆然として、あるいは魅せられたように、龍を従える可愛らしい幼女に視線が釘付けとなっていた。


「やっぱり、あの龍も他の皆にとっては当たり前の存在なんだなぁ……」


 とはいえ一人の少年――竜胆(りんどう)深紅(しんく)だけは違う。皆が可愛らしい幼女に夢中になる中、深紅だけは疎外感を強く噛み締めていた。

 龍などという神話や伝承の生物が目の前に存在するにも拘わらず、誰もがその頭上の少女に夢中になっている理由。それはここが幻想的な生物が当たり前に存在する夢の如き世界、超常の力が当たり前に存在する魔法の世界だからだ。

 そしてこの場は魔法使いの卵たちを育成する教育機関である、アサナト魔法学院。その入学式の会場である大広間だ。集った新入生数百人が制服である黒のローブを身に纏っている事も手伝い、まるで異世界に迷い込んだかの如き不思議な光景だった。

 入学式のデモンストレーションの一環ならば、驚く出来事はあれど危険な事など起こるはずも無い。幻想的な生物を駆る魔法使いが現れても、皆当然の事だと受け入れていた。


「おい、見ろよアレ! 龍だぞ、龍! 凄くね!?」


 しかし全員では無かったらしい。深紅の肩を掴み、興奮した面持ちで語り掛けてくる者がいた。十六歳の深紅と同年代にしては若干大きな身体と高めの身長、銀髪のツンツン頭が特徴の彼は、初対面にも拘わらずまるで友達のように距離が近い。

 人によっては嫌がる事もあるだろうが、深紅としては悪くない気分だ。なので口調を柔らかくする事を務め、にっこり笑って口を開いた。


「うん、本当に凄いよね。僕もあんなの見たのは初めてだよ」

「お! てことはお前も俺と同じ田舎者って事か!? 仲間だな!」

「いや、そうじゃないよ。僕はほんの一週間くらい前にこの魔法界に来たばっかりなんだ。だから龍なんて漫画や小説でしか見た事無いよ」

「お前物質界(アッシャー)育ちなのか!? 珍しいな……」


 少年は孔雀緑の目を丸くして、深紅の顔を矯めつ眇めつ眺める。

 どうやら元々深紅がいた世界は物質界と呼ばれているようで、この反応からするとそちらを出身とする魔法使いは相当珍しいようだ。とはいえ彼の目には嫌悪を始めとする差別感情は浮かんでいないため、別段忌み嫌われているという事も無いらしい。深紅はその事実にほっと胸を撫で下ろした。


『くくく、皆怯えておるようじゃな? まあ当然か。このように強大な魔法生物を目の当たりにするのは初めてじゃろうからな。うむ、しばし恐怖から立ち直るための時間を与えてやるぞ』


 少年とやり取りをしていると、頭上からブランルージュの満足気な声が響く。

 どうやら彼女は生徒たちが恐れおののき震えていると勘違いしているらしい。実際のところ、耳をそばだてると周囲からは『かわいい』だの『合法ロリ』だの、戦慄どころか入学式の緊張感すら存在しない言葉が聞こえてくるのだが。


「そういやまだ自己紹介してなかったな。俺は孔雀(くじゃく)初雪(はつゆき)だ。生まれも育ちも魔法界(ブリアー)のド田舎だ。よろしくな!」

「僕は竜胆深紅。魔法界の事なんて全然知らないから迷惑をかけるかもだけど、仲良くしてくれると嬉しいな?」


 初雪の自己紹介に対し、深紅は内心の苛立ちを抑えつつ名乗り笑いかける。

 別に彼に対して怒りを抱いているわけではない。深紅は自分の名前が嫌いなのだ。もっと言えば自分自身が好きでは無かった。黒に近い紅色の髪も、無駄に透き通った紺碧色の瞳も、比較的整っている顔立ちも何もかもが。とはいえそれは初雪の責任ではないし、彼に当たるつもりもない。


「おう、もちろんだぜ! ていうか俺だってほとんど知らねぇし馬鹿だからな! 似たようなもんだろ!」


 迷惑をかけるかもしれないと予め断ったにも拘わらず、何一つ気にせずむしろ朗らかに返してくる始末。この短い時間でも、彼の人柄の良さを如実に感じられた。


「ま、何にせよこれで俺たちはマブダチだな!」

「えっ? ま、マブダチ?」

「おう、マブダチだ! これからよろしくな、深紅!」


 会心の笑みで以て、いきなり親友認定をしてくる初雪。距離の詰め方が速いとかそういうレベルではなく、これには深紅も面食らった。

 しかし妙に単純で暑苦しい所があるものの、初雪は決して悪い人間ではない。むしろ深紅のような人間にも優しく接してくれる非常に心清らかな人間だ。


「……うん。こちらこそよろしく、初雪」

「おう!」


 故に深紅はその拙速に過ぎる深い友情に応えるのだった。

 特別な絡みも無く一足飛びに親友まで駆け上がるのは風情が足りない気もするが、魔法界に来て初めて出来た友達にそこまでの贅沢を求めるべきではないだろう。そもそも深紅には勿体ないほど人の良い少年なのだから。


『そろそろ良いか。では入学式を進めるぞ』


 深紅たちが友情を交わした辺りで、ブランルージュは新入生たちが落ち着きを取り戻したと判断したらしい。実際は誰一人として感情を乱していなかったが、入学式を進めるために龍を駆り皆の注目を集めていた。


『では、改めて――新入生の諸君、入学おめでとう。先程も言ったが、わしがブランルージュ・スターチスじゃ。子孫や同姓同名というわけでは無いぞ? この学院の創設者にして初代校長、紛れも無く本人じゃからな』


 再び名乗り、龍の頭上から生徒たちを俯瞰するブランルージュ。今度ばかりは生徒たちも驚愕を露わに騒めき、顔を見合わせいてた。耳を傾ければ『あれが伝説の?』だの『最古の魔法使い』だのという囁き声が聞こえてくる。


「初雪、もしかしてブランルージュ先生って凄い人……?」

「ああ、俺みたいな田舎者でも知ってるすっげぇ有名な人だぞ。何せあの成りで五百年以上も生きてる大魔法使いだし、魔法学院ってものを最初に考えて実現させた人だからな。あの人のおかげで魔法使いの教育とか諸々も整備されて、魔法界は滅茶苦茶過ごしやすくなったみたいだぜ?」

「そうなんだ。さすがだなぁ、ブランルージュ先生……」


 五百年以上を生きる超越者にして、魔法使いの教育制度と学院を作り上げた傑物。正に伝説の大魔法使いに相応しい偉業である。

 元々彼女には崇拝に近い尊敬を抱いていたが、心を揺さぶられたおかげで彼女への尊敬の念がより募っていくのを感じた。


『子供たちが悠々自適に過ごし、快適な学院生活を送れる環境を与える事――それが我が校の理念じゃ。故に無駄に冗長で要領を得ない、有難みの無い年寄りの長話などはせん。わしがお主たちに贈る言葉はこれだけじゃ』


 羨望の眼差しで見上げると、ブランルージュはあり得ない事を口にする。本来どこの学校であろうと、校長とは簡潔な話が出来ない呪われた存在なのだ。三行で説明できる事を何十分にも渡り、関係の無い事柄や無駄な話で装飾して語る、生徒と時間の天敵である。


『よく食べ、良く学び、良く遊べ。ここはお主らのための学び舎じゃ』


 しかし、彼女は違った。真に生徒たちの事を想う最高の教育者は、実に簡潔に必要な事のみを述べるのだった。


『では、わしはお主らの健やかな日々を願っておるぞ! さらばじゃ!』


 そうして龍を駆り、開かれた天窓から空に消えるという鮮烈な退場を演出する。東洋の龍が長い胴をくねらせ天へ昇る光景は、正に圧巻で神話の如き神々しさであった。


「――というわけで校長先生のお話でした! はい、拍手ー!」


 後を教師の一人が引き継ぎ、生徒たちに拍手を求める。当然誰しも喝采を惜しまず、大広間は興奮の坩堝と化した。


「すげぇな、さすがは伝説の魔法使い! 俺もっと無駄な話が続くのかと思ってたよ!」

「ああ、さすがだよな! それでこそブランルージュ先生だ!」


 無論、深紅たちも周囲と同じ気持ちだった。惜しみない喝采を送り、ブランルージュを称賛する。正に彼女こそ真の教育者。凛々しく美しく愛らしい世界の至宝。

 魔法界の者たちは誰もが彼女を尊敬し憧れを抱いているようだが、その気持ちが誰よりも強いのは自分だと深紅は自負していた。何故なら彼女は深紅にとって命の恩人であり、全てなのだから。

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