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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第3章

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校長室へ

 瑞香に断りを入れた深紅は、すぐさまブランルージュの下に馳せ参じるため速足で校長室へと向かった。出来れば全力疾走で向かいたいところだが、中世の古城のような場所であろうと学校は学校。廊下を走ってはいけないというルールは物質界と共通だ。例え無駄に長い階段や絶望的なまでに長い廊下、遭難しそうなほどに広大な校舎の中であろうと。


「ああ、あったあった。校長先生の部屋、あんな所にあったのか……」


 全速力で駆け出したい気持ちを抑え、若干迷いながらも歩く事約十五分。深紅はようやく廊下の向こうに校長室と思しき場所を見つけた。

 一応瑞香に校長室の場所を聞いた上でこの様だ。いっその事彼女の分身に案内して貰うべきだったかもしれない。


「まさかこんなに時間がかかってしまうなんて思わなかったなぁ。やっぱり走るべきだったかもしれない――ん?」


 などと善良さとクズ加減の間で板挟みになりつつ歩いていると、校長室付近に何者かが立っているのを見つけた。

 生徒の物とは異なる豪奢な常盤色のローブに、美しい金髪。横から後頭部に流された三つ編み。後ろ姿だけでも良く分かる。つい今しがたその存在を求めていた固有魔法学の教師、瑞香であった。


「やはりこの辺りか。特に魔力が豊富に感じられる。となると入り口は恐らく……」


 何やら壁に手を当て、考えを纏めるような呟きを零している。

 急いでいる所なので無視すべきかとも思ったが、何をしているのか少々気になる事を口走っている。それに深紅が目指す立派な魔法使いは、世話になっている教師の存在を無視する事はしないだろう。

 何より彼女は今現在固有魔法学の授業の真っ最中。授業中に分身していた事、分身出来るのは本体だけである事を考えるに、アレは間違いなく分身だ。分身がこんな場所で一体何をしているのか、好奇心が刺激されるのは仕方が無かった。


「何をしているんですか、瑞香先生?」

「っ!?」


 声をかけると、瑞香は弾かれたように飛び上がった。次いで懐に手を差し込みつつ振り向いたかと思えば、深紅の顔を認識するとしばし凍り付いた。


「……それはこちらの台詞ですね。今は授業中だというのに、あなたは何をしているんですか? 早く教室に戻りなさい」


 軽く数秒ほど固まった後、瑞香は深いため息を零しつつ咎める。そして驚愕を誤魔化すように、懐に差し込んだ手で眼鏡の位置を直した。


「いえ、僕は校長先生に呼び出されて今向かっている所なんです。ここが校長室なんですよね?」

「そうなのですか? だとすれば、ええ、ここで合っていますよ」

「それなら良かったです。かなり迷ってしまったので。それで……先生は何をしていたんですか?」

「ふむ……」


 知的好奇心からの問いを投げかけると、瑞香は顎に手を当てチラリと周囲を見渡した。何やら人目を気にする様子に一瞬不安を覚えたものの、すぐに理性がそれを打ち消す。

 仮にも彼女は教育者、それも心優しい立派な魔法使いであるブランルージュの下で働く教師だ。そんな彼女が怪しい存在であるわけがなかった。


「……実は、秘密の部屋が無いか調査をしていたのです」

「秘密の部屋、ですか? 秘密基地みたいな感じでしょうか?」


 瑞香が声を潜めて口にしたのは、血が騒ぎ心が弾みそうな響きの答え。

 しかし深紅の想像とは意味が異なったのだろう。瑞香は眼鏡の奥の瞳を意外そうに見開いた。


「ご存じありませんか? 魔法学校の秘密の部屋ですよ? 物質界(アッシャー)出身の竜胆さんなら、映画を観た事くらいあるでしょう?」

「ああ、そういう……すみません。中学の図書室で小説は読んだことがあるんですけど、映画は見られるような家庭では無かったので……」

「……こちらこそ申し訳ありません。無神経な事を聞いてしまいましたね」


 あまり多くは語らなかったが、それでも何となく察してくれたらしい。瑞香は教え子である深紅にわざわざ頭を下げて謝罪してくれた。

 中学校の教師は皆威張り腐った傲慢な者たちばかりだったというのに、彼女は非礼があれば生徒に頭を下げる事も厭わない。やはり彼女はブランルージュの下で働くに相応しい謹厳実直な人格者である。


「いえ、気にしないでください。それより、ああいう感じの隠し部屋が本当にあるんですか? 確かにバジリスクみたいな魔法生物なら実在しそうな気がしますけど」

「確証はありません。ですがこのアサナト魔法学院は数百年前に建設されたものですからね。手の込んだ秘密の部屋はともかく、最低でも抜け道くらいはあると思います」

「なるほど。確かにこういう城には権力者用の隠し通路とかありそうですね」

「ええ。恥ずかしながら、私はそういったものにロマンを感じる性質でして。こうして授業中にも分身を放って調査しているという事です。私本体は今も職務を全うしているというのは……あなたの授業なのですからお分かりですね?」

「はい、もちろんです。しかし固有魔法の無駄遣いですね……」


 どうやら瑞香は分身を使ってマルチタスクを容易にこなせる事を利用し、授業中でも趣味でフィールドワークを行っているようだ。一見不真面目にも見える行為だが仕事を放り出しているわけではないし、十数人に分身出来る以上マンパワーは過剰なほどだ。

 何より好奇心を抱いて調べ物をするところに、魔法に魅せられた深紅としては強い共感を覚えていた。


「言っておきますがかなり幼稚な趣味である事は自覚しています。なのでこれを口外するとただでは済みませんよ。具体的にはあなたの固有魔法学の成績、覚悟しておいてくださいね」

「ひいっ!?」


 とはいえ当の本人は共感ではなく、恥ずかしい趣味を見られた屈辱などを感じているらしい。眼鏡の位置を直し、切れ長の瞳を鋭く細めて睨みつけてきた。レンズの反射なのか眼光なのか分からないが、一瞬光ったようにも見えるほどの迫力であった。


「も、もちろん誰にも言いません。はい……」

「よろしい。その言葉が嘘ではない事を祈っていますよ。それでは、私はこれで」

「はい……」


 竦み上がった深紅の答えに満足したのか、瑞香はローブを翻してその場を歩き去って行く。彼女の背中が曲がり角の向こうに消えるまで、あまりの恐ろしさに生きた心地がしなかった。


「ふうっ。魔法の世界には色んな人がいるなぁ……?」


 胸を撫で下ろし、深紅はこの魔法界で出会った人々に思いを馳せる。

 深紅のようなクズを救ってくれた見た目幼い不死身の校長に、初めて出来た友達であり親友の少年。クズである深紅に好意を寄せている控えめな少女に、誰とも触れ合えない悲しい少女。そして一見クールな女性に見えながらも、子供染みた好奇心を持つ教師。

 もしや魔法使いには変わり者が多いのかと疑惑を抱きながらも、気を取り直して校長室の扉をノックした。


『入って良いぞ。鍵は開いとる』

「失礼しますっ!」


 扉の向こうから聞こえてきた愛らしくも凛々しい声に力強い返事を返し、緊張を抑えつつ扉を開ける。

 魔法学校の校長室なので内装も相応のものかと思いきや、意外にも普通極まる落ち着きのある空間であった。目立つのは精々大きな執務机や書類などを収納していそうなキャビネット、来客を迎えるためのソファー程度。

 一際目立つのは煙突も無いのに暖炉がある事くらいだが、ここが魔法の世界である事を考えると煙突の有無くらいはどうにでもなりそうだ。それよりも暖炉の上に鎮座する四つのウサギの彫像の方に興味を引かれた。ポーズを取っているのは良いとしても、何故か『言わざる』と『聞かざる』のポーズしかないのが何ともむず痒い。『見ざる』は一体どこへ行ったのか。


「――って、あれ!? 蓮華さん!?」


 そんな校長室に足を踏み入れると、入り口の陰に深紅がストーカーしている少女――蓮華恵莉香の姿があった。深紅は顔を見られてとても喜ばしいのだが、彼女は忌々しそうに目を三角にしていた。


「良かった、元気そうで安心したよ。今日の固有魔法の授業には出て無かったから、体調でも崩したのかと思って心配してたんだよ」

「どの口でそんな事抜かしてんのよ、あんたは! 死ね! くたばれ!」


 笑いかけると憎悪すら感じる怒鳴り声が返ってくるものの、恵莉香はあくまでも口にするだけだ。その手で深紅に触れれば容易く実行できるというのに、決して触れようとはせずむしろ自分から距離を取る。それこそが彼女の優しさの証明であり、また他人との心の距離そのものでもあった。


「……ところで、校長先生はどこにいるの? 僕は先生に呼び出されてここに来たんだけど、迷ったせいで遅くなっちゃったんだよね。怒ってどこかに行っちゃったのかな?」

「――ここじゃ、ここ」

「ん?」


 再び愛らしい声が耳に届いたので、声が聞こえてきた方に視線を向ける。

 そこにあったのは一段高くなった場所に設置された豪華な執務机で、人の姿など見られない。しかしよく見ると机に積まれた本の向こうで、ウサミミのような跳ねた髪が揺れているのが見えた。

 一瞬隠れているのかと思ったが、どうやら違うらしい。身長が低すぎるせいで机の上に積まれた本が邪魔になっていたようだ。その証拠に向こうから現れた小さな手が本を退けると、遂に彼女の姿が露わとなった。


「久しぶりじゃのう、深紅。ここでの生活はどうじゃ?」


 にんまりと笑いかけてくるのは、百歩譲っても小学生にしか見えない一人の幼女。

 しかし彼女こそがこの魔法学院の創設者であり、同時に世界で最も名高い魔法使い。そして深紅の大恩人。敬愛するブランルージュ・スターチス校長先生その人であった。


「はい、とても楽しいです。毎日が充実していて、喜びに溢れています。僕をこの世界に誘ってくださった校長先生には感謝しかありません」

「それならわしとしても安心じゃな。しかしあの刺々しい雰囲気を漂わせていた小童が、まさかここまで丸くなるとはのぉ? 何じゃったか。わしの事をクソガキ扱いしたり、無茶苦茶に犯すと脅してきたり、ぶっ殺すなどと言っておったか?」

「う、うう……その節は、誠に申し訳なく……」


 ルビーを思わせる赤い瞳を細め面白がるブランルージュに対し、深紅は謝罪しながら縮こまる他に無かった。

 離れた場所に立つ恵莉香が蔑みの眼差しを向けてくるものの、何一つ反論は出来ない。あの頃の深紅は不良と同等かそれ以上に擦れていたし、自殺寸前の時はそれこそ精神的に壊れていたのだ。

 とはいえそれで罪が許されるわけではない。何せ後の大恩人に無礼極まる暴言の数々を浴びせたのだ。現実と虚構の区別が付かない頭の弱いクソガキと思っていた事も含め、深紅はあの頃の不敬極まる自分を殴り殺したいくらいだった。


「まあ別に良いのじゃ。お主の育った環境を思えば仕方の無い事じゃしの。それにわしとしては、お主の変化と成長が我が事のように喜ばしいぞ。これじゃから教育者は止められんな?」


 しかしブランルージュは深紅の不敬など全く気にせず、むしろ相好を崩して喜ぶ。

 寛大極まる心を持ち、生徒一人一人へ深い慈愛を持つ最高の教育者。不老不死という固有魔法を持つが故に数百年以上の時を生きる、愛らしい純真な少女の外見を持つ立派な魔法使い。それこそが深紅の恩人にして憧れの人、ブランルージュであった。

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