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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第3章

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最低で最高の出会い

⋇性的描写あり

 あれは忘れもしない、およそ三ヵ月前の物質界(アッシャー)での話。

 中学校の卒業式を終えあばら家に帰って来た深紅を迎えたのは、書置きと億単位の借用書だった。借金を押し付けて蒸発した両親の行いに心をへし折られ、長年希望を抱いて耐えてきた深紅は遂に限界を迎えた。再びものを考え動き出せるようになるのに深夜までかかったほどだ。

 とはいえ立ち直ったのではない。もう何もかもが嫌になり生きる希望を失った結果、絶望のあまり全てを投げ出す事に決めたのだ。こんな世界に生きている意味など無く、ただただ辛く苦しいだけだったから。

 早く苦しみから解放されたかった深紅は、手持ちの少ない資金を路銀として使い、電車を乗り継ぎどことも知れぬ山奥へ向かう。死ぬにしてもなるべく人々に迷惑をかけたくなかった、というわけではない。不幸と絶望しか無かった肥溜めの如き世界に、己の身体を僅かでも残したくなかったのだ。だから野生動物が食らってくれると信じて、その内大地の栄養として吸収される事を願って、山奥での飛び降り自殺を敢行する事に決めたのだ。

 そして飛び降りに最適な場所を見つけ、崖下を見下ろしながら己の無意味な人生を振り返っていると――


「――お主、わしの元で魔法使いを目指さんか? どうせ死ぬつもりなら、わしにしばらくその命を預けてみても良いじゃろう?」


 背後から、声がかけられた。

 絶望の淵に沈んでいる深紅にはどのような甘言も響かない。しかし愛らしい子供の声でありながら妙に老成した口調と、ふざけた内容がどうにも気にかかり振り返る。


「わしの名はブランルージュ・スターチス。魔法使いじゃ。そしてお主にも魔法使いの才がある。どうじゃ? わしの学校で魔法を学び、魔法使いにならんか? そうすればここで命を終えるよりも、幸福で有意義な未来が待っておるぞ?」


 深紅に話しかけてきたのはまるでファンタジー作品の登場人物。魔法使いの如き純白のローブを身に纏った、小学生くらいの少女だった。

 あまりにも非現実的に感じられるのは、少女の容姿と周囲の環境が問題だろう。短い白髪と赤い瞳は宝石のように煌めいており、夜闇の中で光輝いて見えるほどに美しかった。頭のてっぺんでウサミミのように揺れる跳ねた髪の毛もまた愛らしい。

 これで話しかけてきたのが普通の子供なら、深紅は一瞥しただけでそのまま最後の一歩を踏み出しただろう。しかし目の前の少女はあまりにも幻想的で不可思議な存在であり、同時に見た事も無いほど可愛らしい少女。

 幻覚か何かなのか、それとも本物なのか。その疑問が僅かな好奇心を刺激し、深紅の足を止めていた。


「邪魔するな、現実と虚構の区別もつかないクソガキが。帰ってアニメでも見てろ。じゃなきゃぶち殺すぞ。俺はお前みたいな不幸なんて知らない顔してるクソガキが世界で一番嫌いなんだ」

「うおっ、キッツイのぉ? お主、こんな幼子にそこまで言うか?」


 深紅が罵声を浴びせると、少女――自称ブランルージュは眉を寄せた。丸っこい瞳を更に丸くし、呆気に取られた表情を浮かべている。

 心からの憎しみを言葉に乗せて口にしたというのに、不思議と少女は恐れを感じているようには見えなかった。むしろクソガキ呼ばわりされた事が不満なのか、頬を膨らませているくらいである。


「まあ考えて見れば当然じゃな。魔法の存在を知らぬ者からすれば、わしは現実と空想の区別が曖昧な幼子にしか見えんからのう? 故に年端も行かぬ小童にクソガキ呼ばわりされようと、寛大な心で許してやろうではないか。うむ。決して怒ってはおらんぞ?」

「ピィピィと喧しいクソガキだな。さっさと消えろ。じゃなきゃお前を殺して道連れにしてやるぞ」


 殺意を乗せた深紅の言葉にも、ブランルージュは全く怯えを見せない。それどころかクソガキ呼ばわりされた事に対して、頬をひくつかせ押し殺した怒りを見せる始末である。

 普段なら多少は良心があるものの、今から自殺する深紅には倫理観などあって無いようなもの。むしろ寂しく冷たい人生の終わりに同行者が出来るのなら、何が何でも道連れにしてやりたい気分ですらある。

 ただその道連れが現実と虚構の区別も付かない幸せなクソガキなのは、即座に実行に移すのを躊躇う程度には拒絶反応があった。


「こんな幼子を道連れにしたいとは、お主だいぶ荒んどるのぉ? 一体何があったのか、聞かせて貰っても良いかの?」

「ハッ、良くある話だよ。ギャンブルと酒浸りのクソ親父と、ホスト狂いのアル中クソババアが借金を俺に押し付けて消えやがったんだ。いつかは普通の家族みたいになれるって思って耐えてたのにこの仕打ちだ。笑えるだろ?」

「いや、全く笑えんが? というかそんな話が良くあっては堪った物ではないぞ……」


 自分の状況を端的に話してやると、ブランルージュは真顔でドン引きする。

 どうやら幸せな家庭で育った子供だからこそ、深紅の人生が悲惨極まるものだという事を理解してくれたらしい。この世を去る前に誰か一人でも自分の事を知ってくれたおかげで、深紅はもう救われたような気分であった。


「しかし、ギャンブルか……ふむ。お主、名は何と言うのじゃ?」

「……竜胆深紅」


 これで穏やかな気持ちのまま逝ける。その感動で胸がいっぱいになった所で名を問われたため、素直に答えた。

 この子供がいつまでも自分の名前を覚えていてくれるとは思えなかったが、それでも名も知らぬ男が目の前で死ぬよりは記憶に残るはず。そう計算しての名乗りだった。肉体は欠片も残したくなかったが、不思議と誰かの記憶には残りたかったのだ。


「では深紅よ。わしと一つギャンブル――賭けをしようではないか」

「……あぁ?」


 だが幸福を噛み締めていたにも拘わらず、それを当の少女に台無しにされる。

 父親はギャンブル狂いで人生を台無しにしてくれた原因の片割れ――今さっきそう教えたというのに、賭けをしようなどと提案してくる幼さ特有の残酷性。あまりの怒りに穏やかな気持ちは一気に吹き飛んでしまった。


「お主に魔法を見せてやろう。それでお主が魔法の存在を信じたならばわしの勝ち。お主のこれからの人生はわしのものじゃ。自殺など止めて、大人しくわしの学校に来て、魔法使いとしての教育を受けて貰うぞ」

「ふざけんな。俺に何の得があるっていうんだよ」

「参加賞として、わしがお主の借金を肩代わりしてやろう。そしてお主が勝利した場合には、お主の望む物を何でも与えてやるぞ」

「馬鹿か。付き合ってらんねぇ」


 所詮は不幸を知らぬ頭の悪いクソガキ。その場の思い付きで出来もしない事を口にしているだけで、実際に借金を肩代わりしてくれるわけではない。勝っても負けても時間を無駄にするだけである。

 もういい加減相手をするのも面倒になったので、深紅は再び崖の方を向いた。空には分厚い黒雲が広がっているものの、僅かに月明かりが差しているので眼下の光景が一望できる。二十メートル下には落ちればまず間違いなく助からない、硬い岩盤が全てを食らう顎が如く剥き出しになっていた。

 ここから飛び降りれば、苦痛と不幸しか無かった人生からおさらばできる。死が等しく平等なものである事に感謝しながら、深紅は最後の一歩を踏み出そうとした。


「まあ待て。冥途の土産に素晴らしい手品を見せて貰うとでも思えば良いのじゃよ。それにどうせお主は失うものなど何も無いじゃろう?」

「……ああ、そういえばそうか」


 しかしブランルージュの言葉に再び足を止める。

 今の深紅には失うものなどありはしない。ならば賭けに乗っても損など何も無いのだ。むしろ彼女の言う通り、冥途の土産になりそうな手品の一つくらいは見られる。

 それにブランルージュは現実と虚構の区別が付かない頭の弱いクソガキだが、紛れも無く女だ。ならば最後に別の方法で楽しむ事も出来る。


「良いよ、賭けに乗ってやる。ただし俺が魔法の存在を信じられなかったら俺の勝ちだ。その時は――お前を無茶苦茶に犯してやる」


 そういった経験が無いまま死ぬのは、男として生まれてきた意味が無い。故に深紅は自分が賭けに勝った場合、ブランルージュを凌辱してから自殺する事に決めた。

 小学生並みの小柄な少女、しかもまっ平らな胸の乳臭いガキ。最初で最後の相手にするには少々不満が残るものの、妖精染みた幻想的な美貌を誇っているので見目はとても麗しい。最後の楽しみを行う相手にはギリギリ及第点と言った所だろう。


「うむ、それで良いぞ。わしの純潔が冥途の土産になるかは分からんがな」


 ブランルージュは意味を理解しているのかいないのか、満足気に頷いた。

 どのみち理解していなくとも、最終的に深紅は彼女を犯すつもりだった。自殺の邪魔をしてくれたのだから、たっぷりとその身体を穢して自分がいかに愚かな真似をしたのか思い知らせてやりたかった。

 それに男の本懐を遂げるのは勿論の事、最期に人の温もりを知ってから死にたかったのだ。例え無理やりであろうと、千載一遇のチャンスを逃すつもりは無かった。


「ハッ、言ったな。じゃあさっさと魔法とやらを見せてみろよ、クソガキ」

「うむ。では良く見ておくのじゃ」


 女の身体を貪れる興奮、人の温もりを知る事が出来る喜び。胸の中に渦巻く感情に支配され昂っていたのが原因なのだろう。そのせいでブランルージュが当たり前のような顔をして歩き出し、横を通り過ぎた事に気付くのが一瞬遅れてしまった。深紅の背後にはもう道など無いというのに。


「え……」


 気付いた時には全てが遅かった。彼女はぴょんとジャンプして、自ら崖下に身を投げていたのだ。

 そして数秒後――グシャリ。幼い少女の身体が固い地面に叩きつけられ、潰れた果物が果肉と果汁を撒き散らすかの如く、血肉が周囲に弾け飛んだ。


「……え?」


 その惨憺たる光景を目の当たりにして、崖の上に立っていた深紅は呆けた声を零してしまう。

 しかしそれも必然。何故なら少女は深紅の隣から崖下へと、自ら身を投げたのだ。何の躊躇いもなく、横断歩道の白線から白線へ跳ぶような気安さで。


「あ、ああああぁぁっ!? あのクソガキ、なんて事を……!」


 ようやく状況を理解した深紅は、必死に崖下への道を目指してひた走る。もしかすると少女はまだ死んでおらず、助かる可能性があるかもしれないからだ。そして何より、少女が飛び降り自殺を働いたのは全て深紅に原因があったから。


「は、早く、病院に運ばないと……!」


 恐怖と罪の意識に竦みそうになり、何度も転びながら遂に崖下へと辿り着く。

 踏み締めた地面は固い岩盤であり、崖上までの高さは軽く二十メートルはある。どう控えめに見ても子供が落ちて無事に済む状況ではないが、一縷の希望を持って少女の元へと向かう。

 そうして投げ出された少女の身体に恐る恐る近付くも――


「うっ……!?」


 胸に抱いていた希望は、木っ端微塵に粉砕された。

 少女の肉体は最早原型など保っていなかった。身体は捻じれ手足は砕け折れ曲がり、首は明後日の方向を向いている。頭を打ち付けたのか側頭部が破裂したかの如く欠損しており、様々なものがそこから飛び散り零れ落ちていた。


「あ、あぁ、そんな……俺の、せいで……!」


 自責の念に駆られ、飛び散った少女の欠片を必死に拾い集めていく。

 尤も拾ってどうにかなるわけではない。混乱の極致にあるせいで訳も分からず意味不明な行動を取っているだけだ。冷静に考えれば完全に手遅れなのは一目瞭然だが、今の深紅はそんな判断が出来る精神状態では無かった。


「あぁ……駄目だ。やっぱり、俺も死のう……」


 不意に冷静に戻り、その結論に至る。

 純真無垢な少女を殺してしまった罪を贖う方法など、たった一つしかない。取り返しのつかない罪を犯した深紅は死後の世界で彼女に謝罪するため、自らも同じ末路を辿る事を決めるのだった。

 けれどその前に、彼女が安らかに眠れるよう埋葬しなければならない。周囲は硬い岩盤で素手で掘るなど狂気の沙汰だが、これから死ぬ深紅は腕がおしゃかになろうと困る事は無い。

 しかし最も重要で優先されるべきは、死者に敬意を払う事。少女の赤い瞳は開かれたままであり、焦点の合わない赤い瞳は呆然と虚空を眺めている。岩盤を掘り返し指が壊れた後では瞼を閉じてあげる事は出来ない。

 故に深紅は彼女に向けて手を伸ばし、その瞼を静かに下ろした。自分のせいで死んでしまった哀れな少女に、慙愧の念を抱きながら――


「――くあーっ! やはり飛び降りは痛いのぅ!?」

「……は?」


 次の瞬間、ブランルージュはぱちりと目を開け当たり前のように半身を起こした。転んだから起き上がったとでも言わんばかりの、あまりにも気安い動作で。一瞬何が起こったのか分からず、深紅は二度目の呆けた声を零してしまう。

 彼女は全身血みどろの状態で平然と笑っていた。手足が歪に折れ曲がり、首が捻じれ頭から様々なものを零しながら。

 そして深紅が驚愕に目を見張る中、複雑に折れ曲がっていた首や手足が徐々に正しい向きと形に戻り、欠けていた頭の一部も内部から盛り上がるように元通りとなった。まるで時間が巻き戻っているかの如く。


「いや、すまんのぉ? ここまでしなければ信じて貰えそうになかったからな。少々過激な方法を取らせて貰ったぞ?」


 あまりにも現実離れした光景に二の句が継げない深紅の前で、彼女は骨が飛び出していたはずの両脚で立ち上がる。

 全身の土汚れや鮮血こそそのままだが、身体は完全に元通りとなっていた。真っ白な髪も白い肌も、死んでいて当然の負傷を負っていた様子は欠片も見られない。それはとても不気味な事であり、同時にとても心惹かれる概念が存在する事の証明だった。


「これで魔法の存在を信じるしか無かろう? 賭けはわしの勝ちじゃな!」


 汚れた顔で勝ち誇った笑みを浮かべる彼女の姿が、深紅の心に深く刻み込まれる。

 まだ全てを理解できたわけではない。完全に受け入れるには時間がかかる。しかしそれでも、目の前の少女が特異な能力を有する存在である事だけは理解出来た。


「竜胆深紅。これでお主の人生はわしのものじゃ。お主にはこれからわしの学校で良く食べ、良く学び、良く遊んでもらうぞ。清く正しい、立派な魔法使いとなるためにな?」


 ブランルージュは慈愛に溢れた笑みと共に、凍り付く深紅に手を差し伸べてくる。

 紅葉を思わせるその小さな手は、土や血に汚れて酷い有様だった。けれど荒み切っていた深紅にとって、差し出された手と心に染み入る彼女の優しさは魂に刻み込まれるほど鮮烈であり、同時に何よりも綺麗で美しいものに見えた――

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