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目指すは立派な魔法使い  作者: ストラテジスト
第3章

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ストーカー

 アサナト魔法学院に入学してから早一ヵ月。親友たちのおかげでだいぶ魔法界(ブリアー)の常識を身に着けられた深紅は、ようやくここでの生活に順応し始めていた。

 生活の面では食生活がまともになった事が原因なのか、肉が付いたにも拘わらず身体がとても軽く感じられた。初雪と綾女以外の友人との関係も良好であり、遊びに誘われる事も増えたほどだ。

 学業の面では日々行っていた魔力の制御が完璧な水準に達し、瑞香(みずか)にはもう固有魔法に目覚めていると太鼓判を貰ったほど。不安だった他の授業にも問題無くついて行く事が出来ており、むしろ毎晩ルームメイトの初雪に勉強を教える余裕があるほどだ。

 身体はすこぶる健康で、友人関係にも恵まれていて、学業も問題無し。深紅は絵に描いたような順風満帆な日々を送っていた。


「――おはよう、蓮華(れんげ)さん! 今日は良い天気だね!」

「げっ……」


 だからこそ溢れる幸せのお裾分けをするように、深紅は渾身の笑みで以て笑いかけた。皆が恐怖のあまり避けている少女、死神の申し子とも言える固有魔法を持つ少女――蓮華恵莉香(えりか)に対して。

 人との接触を拒む彼女は、当然の事ながら話しかけられて良い顔はしない。むしろ死ぬほど鬱陶しそうな表情を浮かべ、まだゴキブリに対しての方が暖かみのある目を向けて来るレベルである。


「今日は一緒に食堂でお昼ごはん食べようよ。蓮華さんは何が好き? 僕は基本嫌いな物は無いけど、苦い物はちょっと苦手かな」

「うるさい、死ね! 消えろ!」

「痛ぁっ!?」


 極めて友好的な態度を取って迫るも、返って来たのは結構な力で投げられた石。ピンポン玉程度の大きさのそれが額に当たった深紅は堪らず悲鳴を上げ、尻餅を着いて痛みに悶えてしまう。

 恵莉香はその隙を狙って走り去って行ったのだろう。素早く駆ける足音が徐々に遠退いて行った。


「いたた……あー、また逃げられちゃったかぁ……」


 痛みを堪えながら立ち上がるも、すでに彼女の姿は影も形も無い。

 石をぶつけられた額を擦ってみると、出血こそしていないがかなり熱を持って腫れている。内出血を起こして数日は痕として残るだろう。それでも恵莉香に触れられるよりは非常に軽傷なので、むしろこれは優しい対応の部類である。


「……なぁ、深紅。さすがにそろそろ止めた方が良いんじゃね? 今のお前、粘着質なストーカーっぽいぞ?」

「う、うん……さすがに私も、否定できない……」


 などという引き気味の言葉に振り向いてみれば、そこに立っていたのは初雪と綾女の親友二人。三人で学院の廊下を歩いている所で綾女を見かけた深紅が突撃をかましたので、二人を半ば置いてけぼりにしてしまったのだ。

 ようやく追いついてみれば深紅が恵莉香にストーカー染みた絡み方をしていたので、この反応も致し方無しである。そもそも先ほどのように恵莉香を見かけて積極的に絡むのは今回が初めてではないのだから。


「そうだね、確かに傍から見ると今の僕は危ない奴かもしれない。ストーカーって言われても仕方ないよ。でも、だからって止められない。僕はあの子を放っておけないんだ。ストーカーや犯罪者の烙印を押される程度なら、甘んじて受け入れるよ」


 邪魔をして欲しくは無いので、改めてその決意を語って聞かせる。

 二人には散々拘わらない方が良いと忠告されたが、深紅は恵莉香の事を放っておけなかった。そのため彼女に盛大な拒絶を受けたあの日から、時間が許す限り彼女の事を探し、見かけた時には積極的に話しかけに行っているのだ。

 もちろん毎回手酷く追い払われるものの、彼女は決して深紅に触れて排除しようとはしてこない。その固有魔法の凶悪さから同級生たちに『死神』と呼ばれ恐れられている恵莉香だが、中身は心優しい普通の少女である事は明白だった。例え深紅を撃退するために、ポケットに大きな石を数多く忍ばせていても。


「でもよぉ、怖くねぇのか? もしあの女に触られたら死んじまうんだぞ? 良く自分から近付けるよな……」

「う、うん……私なら怖くて、近付けないかも……」


 二人は顔を青くして、恵莉香が去ったのであろう方向に視線を向ける。

 怖くて近付けないという気持ちは深紅にも分かる。何せ深紅は生命力に溢れる大木が彼女の固有魔法により、瞬く間に枯れ木へと転じる様子を目の当たりにしたのだから。

 そんな恐ろしい力を持つ少女に積極的に絡むなど、どれだけ命があっても足りない。


「別に命はそこまで惜しくないしね。それよりも蓮華さんの事が心配なんだよ」

「えっ……?」


 しかし深紅には関係の無い事だった。元より自分の命に大した価値があるとは考えていないのだ。今更命の危機に瀕する事になろうと、さしたる問題は無かった。強いて言えば立派な魔法使いになる前に死んでしまう事だけは悔しいと感じるくらいか。


「お、おい、それってどういう意味だよ?」

「それは……あっ」


 戸惑いがちに尋ねてくる初雪にどう答えるべきか悩んでいると、校舎内に美しい鐘の音が響き渡る。一時限目開始前の予鈴だ。

 ここで待ち構えていれば恵莉香が戻ってくるかもしれないが、それではお互い遅刻してしまう。何より別のルートで次の授業の教室に向かう可能性もある。口惜しいがここは諦めるのが賢い選択だろう。


「早く行かないと授業に遅刻しちゃうね。さあ行こう、二人とも」

「お、おう……」

「うん……」


 あまり触れてはいけない話題だと悟ったのか、二人はそれ以上追求せずについてくる。

 以前から少し悩んでいたが、深紅としてはこの二人になら全てを打ち明けても良いと考えていた。ただ内容的に自分から話すのは躊躇われる内容であるし、そもそもこんな場所で話す内容でも無い。

 なので次の機会が来たら語る事を心に誓い、まずは立派な魔法使いになるための授業に向かうのだった。楽観的に過ぎるかもしれないが、きっとこの二人なら深紅の事を受け入れてくれると信じて。

 



 順風満帆な日々を送っている深紅であるが、その実態はかなり多忙だ。

 何せ立派な魔法使いになるために学業を疎かにするわけには行かないし、貴重な友人たちとの関係を蔑ろにするわけにもいかない。加えて隙あらば恵莉香を探し、見つけては全力で絡むのも必須の日課だ。

 これに加えて頻繁に初雪に勉強を教え、自身も予習・復習を欠かさない。なおかつ固有魔法学のとある課題にも取り組んでいるため、休息などほぼ存在しない過密スケジュールであった。綾女が知ったら青ざめて卒倒しそうなので秘密にしているほどである。

 しかし中でも一番辛いのは、やはり恵莉香との絡みだった。


『やあ。こんな所で会うなんて奇遇だね、蓮華さん。実は僕も勉強に来たんだ。図書館って静かで集中できる良い場所だよね』

『あたしの後をつけてきたんだろうが! この変態っ!』


 図書館で恵莉香の姿を見かけて絡めば、図鑑のような大きさと辞書以上の厚さを誇る書物の角で頭をかち割られる。


『わあ、蓮華さんも醤油ラーメンなんだ。奇遇だね? 実は僕のお昼も同じメニューなんだ。一緒に食べようよ!』

『だったら頭から食ってろっ!』


 昼時の食堂で絡めば、湯気を立てる熱々の醤油ラーメンを顔にぶちまけられる。


『蓮華さ――うわっ、何その箒? 空を飛ぶの?』

『これは近寄ってくる変態をしばくための武器よっ!』


 その内に恵莉香は護身武器を携帯するようになり、凶悪な竹ぼうきで殴ったり刺してくる事もしばしば。

 とはいえかなり悪質な絡み方をしている自覚はあるので、深紅は報復を甘んじて受け止めていた。顔を合わせる度に手酷い反撃を受けるまでがワンセットなため、身体には日々生傷が刻まれていくのであった。


「――いたたっ。あー、もう身体中傷だらけになってるなぁ……」

「ちょ、ちょっと染みるから、痛かったら、ごめんね? はぁ……はぁ……!」


 そうして恵莉香に絡み続ける事、更に一ヵ月。最早深紅は満身創痍と言っても過言ではない状態に陥ってた。

 今現在は寮の自室で上半身裸になり、身体に出来た様々な傷を綾女に手当てして貰っている。自業自得な負傷なので治療も自分でやろうとしていたものの、綾女が自分に任せて欲しいと凄まじい迫力で以て訴えて来たので、お言葉に甘えて世話になっているのだ。実際目が血走って見えるほど真剣に消毒などをしてくれるので、申し訳なく思いつつも大助かりである。少々呼吸が荒いのが気になるが。


「もうやめとけよ、深紅。お前がそこまで傷だらけにされてる上に犯罪者呼ばわりされるとか、さすがに俺らも耐えられないぞ。もう放っておけよ、あの女」

「そ、そうだよ……深紅くん、皆から凄い陰口叩かれてるよ……」


 目を吊り上げて忠告してくるのは、ルームメイトであり親友の初雪。彼の怒りが誰に向けられているのかは分からないが、それでも深紅としては逆に好都合の状況だった。

 確かに自分がストーカーだの犯罪者だの噂されているのは耳にしている。同級生の女子にしつこく絡んでいるのだから、その悪評は適切な評価だ。女子生徒たちからの深紅の評価は最低最悪の一言に尽きる。しかし同時に絡まれている恵莉香への同情の声も耳にしていた。

 何せ今までは誰もが怯え恐怖を向けていた恵莉香が、今は悪質なストーカー行為の被害者となっているのだ。もちろん誰も自ら彼女に近付いたりはしないが、以前までの化物を見るような目は減ったと言って差し支えない。彼女への同情的な視線が増えたのは、深紅としては実に嬉しい誤算だった。


「ごめん。二人には悪いけど、僕はあの子を放っておけないんだ」

「何でそこまでするんだよ? 確かにアイツは可哀そうだと思うぞ? けどお前がそこまで酷い目に合う必要なんて無いだろ。言っちゃなんだけど、俺にとってはあの女よりも親友のお前の方が大切なんだぜ?」

「そうだよ……親しくも無い人のために、深紅くんが傷つくのは……辛いよ……」


 二人はまるで我が事のように、苦渋の滲む表情を浮かべて深紅への友情を口にする。

 もちろん二人の気持ちは分かっていた。親友が傷つき蔑まれる姿を見て平気な者などいるわけがないし、その気持ちを知りながら踏みにじるなど決して許される事ではない。

 しかし深紅にはそうしなければならない理由があった。二人の深い思いやりを感じながらも、深紅だからこそやらねばならない事があった。


「……あの子の目、僕と同じだったんだ」

「目……?」


 呟くように口にした言葉に、初雪と綾女は顔を見合せる。

 自身の過去に触れる話だったが、すでにこの二人になら明かしても良いと決めている。そして話すべき時は今。故に深紅は躊躇いなく言葉を続けた。


「うん。希望なんて全く無い、生きる事に絶望した暗い瞳……あのままじゃきっと、そのうち僕みたいに自殺しかねない。だからどんな形であれ、僕はあの子に拘わって少しでもその気を削ごうとしてるんだ」

「お、おいおい、自殺って……」

「深紅くん……そんな事、したの……?」

「未遂だけどね。あと一歩踏み出せば死ぬって所までは行ったよ」


 一気に顔を青くする二人に、過去の自分に思いを馳せながら答える。

 そう、深紅は過去に自殺を試みた。それもあと一歩の所まで迫った。今でこそ愚かだと断じる事が出来る行為だが、当時の深紅にとってはそれ以外に道は無かったのだ。


「ど、どうして、そんな事を……?」

「うん。それはまあ、人生に絶望してたからかな」


 愕然としている二人の視線を浴びながら、ベッドから立ち上がり部屋の窓に近付く。

 窓ガラスに映り込んでいるのは、遠い目をした自分の姿。向こう側に広がっているのは夜の暗闇。街灯などが無いため学院の敷地外の森は恐ろしいまでの暗闇が満ちており、まるでかつての自分の人生を暗示しているようであった。


「僕の両親は根っからの屑でさ、母親はアル中のホスト狂いで、父親は酒浸りのギャンブル中毒だったんだ。家族愛なんてものは無くて、幸せな思い出も全く無い。それでも僕は耐えてたよ。いつかきっと幸せな家族になれるんだって、ずっと信じてた。中学を卒業したその日まではね」

「何が、あったんだ……?」

「蒸発してたよ、二人とも。家に帰ったら、そこはもぬけの殻。残ってたのは置手紙と借用書だけ。『借金をお前に押し付けたから、頑張って返せ』っていう内容のね」

「っ……!」


 背後で二人が息を呑む気配が感じられる。押し殺した悲哀、そして怒りの感情が伝わってくる。普通の幸せな家庭で育ったであろう二人には、深紅の悲惨な家庭事情は刺激が強かったのだろう。

 食料事情が最悪だったのは、家ではその程度の物しか出して貰えなかったから。小中学校の放課後は毎日図書室にこもっていたのは、家に帰っても碌な事が無いからだ。全ては家庭環境が原因だった。


「それでまあ、僕も折れちゃったんだ。だからなるべく人に迷惑をかけないよう、なけなしのお金を使って人里離れた山奥に行って、そこで崖から飛び降りて死のうとしたんだ。生きる意味も目標も無かったし、山奥ならその内クマか何かが死体を食べて処理してくれそうだと思ったから」

「や、やだ! 駄目! 死なないで、深紅くんっ!」


 淡々と述べる深紅に対し、不意に背後から抱き着いてくる綾女。その必死さは正に今から自殺を図ろうとする人間を死に物狂いで止めているかのよう。思わず視線を向けて見れば、涙をポロポロ零して酷い顔をしていた。

 ここまで感情を乱し、自分を気遣ってくれる人がいる。今の深紅はそれが何よりも幸せだった。


「大丈夫だよ、綾女さん。さっき言ったでしょ? 結局未遂になったって」

「そ、そっか……良かったぁ……!」

「じゃあ、途中で考え直したのか?」

「ううん、僕はやるつもりだった。崖の上に立って、最後の一歩を踏み出そうとした。でもその寸前、話しかけてきた人がいたんだ。それが僕の敬愛する人、ブランルージュ・スターチス校長先生だ」


 安堵のあまり腰を抜かしてへたり込む綾女をベッドに座らせ、深紅は初雪の問いに答えた。あの時、自分が生まれ変わる事になった出来事に、人生最高の出会いに想いを馳せながら――

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