立派な魔法使い
触れられれば死ぬ。迫る破滅を前に深紅が行動を起こそうとしたその時――
「――下がれ、深紅! 危ねぇぞ!」
「し、深紅くん! 大丈夫!?」
「なっ!? は、初雪!? 綾女さん!?」
突如として近くの茂みを突き破り、親友たちが姿を現した。
しかも初雪は右手に炎の塊を浮かべ恵莉香を威嚇し、綾女に至っては身を挺して守るが如く、深紅の頭を己の胸に埋めさせる。わざわざ遠ざけたはずの二人がまさかこの場に現れるとは思わず、深紅は目を白黒させるしか無かった。
「俺のダチに何する気だテメェ! やるってんなら俺が相手になるぞ!」
「深紅くんは、わ、私が、護る……!」
「いや、ちょっと二人とも……!」
そしてまるで恵莉香を悪役のように扱い、これでもかと敵意を向ける。
普段の腫れ物に触る扱いも相当無礼だというのに、冤罪で暴行犯か何かのように扱うなど常軌を逸している。なので深紅は何とか二人の誤解を解こうとしたのだが、思いの外綾女の力が強く彼女の抱擁から抜け出せなかった。
「……これに懲りたら、もうあたしに近付くんじゃないわよ。不意の事故であんたが死んでも、私は責任取れないし取るつもりも無いから」
「あ、蓮華さん……!」
深紅が脱出に手間取っている間に、恵莉香は冷たく言い残し森の奥へと去って行く。追いかけようにも綾女が未だ離してくれず、また追いかけても初雪たちに善意の邪魔をされる事は分かっていたため、諦める他に無かった。
「……ふうっ。ビビった、死ぬかと思ったぜ」
「し、深紅くん、大丈夫? 何か酷い事、されてない……?」
恵莉香の気配が完全に遠ざかった所で、ようやく綾女が深紅を離す。
正直な所、大いに邪魔をされてしまったので文句の一つも言いたい所だった。しかし綾女はもちろん初雪にも悪気は無く、心の底から深紅の身を案じている事が分かる表情をしていたのでさすがに躊躇われた。
「……うん、僕は大丈夫だよ。それより二人とも、どうしてここに?」
「それがよぉ、食堂でいざ昼飯! って思ったらコイツいきなり『深紅くんが危ない!』とか言って立ち上がって駆け出したんだよ。で、ついてきたらこの場面に遭遇したってわけだ。マジでヤバい所で心臓飛び出るかと思ったぜ」
「えっ。綾女さん、何でそんな事分かったの……?」
「え、あ、その……お、乙女の、勘……です……」
どうやら二人は偶然この場に辿り着いたわけではないらしい。綾女の慌てふためく反応からして、何らかの方法で深紅の危機を察したのは事実に違いない。恐らくは彼女の固有魔法に起因するものだろうが、必死に誤魔化し乙女の勘と言い張る様子からして、真実を聞き出せるとは思えなかった。
「それより深紅、あの女と何してたんだよ。危ないから近寄るなって言ったろ? 何でこんな場所で二人きりになってんだよ」
「いや、ちょっとね。蓮華さんの固有魔法――噂が本当のところはどうなのか、本人に確かめに行ったんだ」
「マジで何やってんだよお前!? 命知らずだな!」
「ど、どうしてそんな事したの!? 危ないよ、深紅くん……!」
「噂に踊らされるのが嫌だったからだよ。もしも何も悪くない人を迫害してたら、それこそ魔女狩りと何ら変わらないじゃないか。二人はそんなの許せるのか?」
「それは……確かに、そうかもな。言われてみれば、俺達だってあの女の事は噂でしか知らねぇや」
「あう……わ、私も……」
少々語気が荒くなってしまった事もあり、二人は素直に自らの無知と偏見を認めてくれた。自分たちの行いが魔女狩りに近いいわれなき迫害だと気付いてくれたようで、二人とも罪の意識を表情に滲ませている。
予想よりすんなりと受け入れて貰えた辺り、深紅も最初から話しておくべきだったのかもしれない。
「それじゃあ、本当の所はどうだったんだ?」
「噂は部分的には真実だ。彼女が母親を殺してしまったのは間違いない。だけどそれは事故――触れた人の魔力と生命力を奪うっていう固有魔法のせいだ。彼女の魔法は自分の意志では制御できないんだよ」
「うわ、何だそりゃ。キッツ……」
「そ、そうだったんだ……」
人のプライベートな情報を話すのは少々憚られたが、根も葉もない噂を信じ込ませておくよりはマシ。そう判断した深紅が真実を語ると、途端に二人は眉を寄せ表情を歪めた。他人に決して触れる事が出来ない呪いにも似た力なのだから、至極当然の反応だった。
「だから蓮華さんは人との接触を断ってる。触れ合うだけじゃなくて、人と親しくなる事すら避けてるんだ。何かのはずみで触れてしまえば、自分の意志とは無関係に殺してしまいかねないから。それを知って、僕は自分がどれだけ大馬鹿か思い知らされたよ」
「し、深紅くんは、馬鹿なんかじゃ……」
「いや、馬鹿だよ。だって僕はずっと舞い上がってたんだ。夢の魔法界にきて、憧れの魔法に触れて、何もかもが美しい素敵な世界だって思い込んでたんだ。その裏に潜む闇や、苦しんでる人たちがいるって事に気付きもせずにさ」
「いや、それは仕方ねぇだろ? お前は魔法界に来たばっかりなんだしよぉ?」
一人黄昏れる深紅に対し、初雪は究極の免罪符を送ってくれた。魔法界に来たばかりで何も知らないのは当然だから、深紅が気に病む必要はどこにもない、と。
確かに理屈としてはそうだ。それこそ魔法界の幼稚園児ですら知っている事も、深紅は何も知らなかったのだ。無知で無学な深紅を責める者など誰もいないだろう。
「ううん、違う。他の事に関してはともかく、彼女の苦しみには気付かないといけなかったんだ。だってあの子は、僕と同じだから」
けれど、そんなものは他人の理論と価値観。深紅の中では何よりも重要で決して見過ごしてはいけない事だった。魔法だの何だのに舞い上がっていなければ、あの汎用魔法学の時に気付けたのだから。彼女が抱える虚無的な絶望と、狂おしいまでの悲嘆に。
「おな、じ……?」
「それってどういう意味だよ、深紅。お前があの女と同じだって?」
「……二人はさ、立派な魔法使いってどんな人だと思う?」
初雪の問いは流し、深紅は二人に尋ねる。この魔法界では一般的であろう、立派な魔法使いという概念について。
話の流れを断ち切った問いだったが、深紅の様子から大切な事だと察してくれたのだろう。二人はしばし考える様子を見せた後、答えてくれた。
「……まあ、何か凄い賢くて強い奴じゃねぇの?」
「わ、私は、優しく誠実で、困ってる人に手を差し伸べるような人、だと思うな……」
「うん、大体そんな感じだよね。僕の考えに近いのは綾女さんの方かな」
深紅の考える立派な魔法使いとは、正に憧れのブランルージュのような魔法使い。彼女のようになりたくて、彼女に拾って貰った恩を返したくて、深紅はこの魔法界で夢を叶えるために全力で走っているのだ。
「僕は立派な魔法使いを目指してるんだ。そして僕の目指す立派な魔法使いは、目の前に困ってる人がいたら決して見過ごさない。必ず手を差し伸べる。だから僕も、そうありたい。例えそれが、決して触れられない人であろうとも」
青く澄み渡る空を見上げ、深紅は一人力を込めて語る。
だがそれは二人に聞かせるための言葉ではない。これは言わば決意表明。恵莉香の苦しみにすぐに気付いてあげられなかった罪を償うため、そして立派な魔法使いになるため、絶対に彼女の絶望と悲哀を解きほぐすという誓いであった。その結果、どのような結末を迎えようとも。
「深紅、くん……?」
「……なんてね! さ、食堂に行こうか二人とも。早くしないと昼休みが終わっちゃうよ」
「お、おう、そう……だな」
「う、うん……」
危機を察知出来た綾女でも、さすがに深紅の胸の内は理解出来なかったらしい。深紅が一つ笑って誤魔化し歩き出すと、何も聞かずに初雪と共に後をついてきてくれた。
尤も二人とて馬鹿ではない。深紅の言葉の重みから無暗に踏み込んで良い話題ではないと感じ、あえて誤魔化されてくれたのかもしれない。本当に友達甲斐のある二人で、出会えて親友になれた事は正に望外の幸運だった。
しかしあの少女――恵莉香には幸運など何も無い。誰とも触れ合う事が出来ず、ただひたすらに孤独な日々を送っている。それは何とも理不尽で不条理だ。分不相応な幸福を甘受している自分とは違い、彼女こそ幸せになるべき存在だというのに。
だからこそ、深紅は自分が何をすべきか悟るのだった。例えどれほどの苦難であろうと、彼女を見捨てる事など決して許されないから。彼女と同じ痛みを抱えていた者として、絶対に自分だけは。




