きっと
全身のじわじわと焼ける痛みに、フギンは目を開けた。
(……まさか、また意識が戻るなんて。)
自分のしぶとさに苦笑する。
力なく自分の状態を確認すれば、欠損した右脚は蝋で繋ぎ止められている。
しかしサラマンダーから受けた傷で、身体は未だに火が体を蝕んでいる。
切り傷もあって、そこら中から出血していた。
血を流しすぎたのか、思考は泥のような眠気に飲まれそうだった。
しかし、意識が戻った以上まだやる事がある。
(あぁ……そうか、血で式を描けばいいのか。)
そう考えたら止まらなかった。
まだ動く左脚から流れる血で、器用に魔法の式を描く。
幸い、サラマンダーの炎のおかげで地面が露出し、消えることはない。
しばらくすると、フギンの待ち人が来た。
美しい獣毛が血で汚れてしまっていたが、彼の美しさは変わらない。
「……お疲れさまでした。フェンリル様。」
ゆるりと力なく笑って、フギンは彼を出迎えた。
「ッツ!……もういい喋るなフギン。」
素人目に見ても、助からないことは明白だった。
「ですが……。すいません、でした。みんなを守れなくって。」
「分かってる。全部俺の判断ミスだ、お前が謝る事じゃない。気に病まないでくれ。」
首を振って、懇願するようにフェンリルは言った。
(……やはり、あなたは優しすぎる。)
フェンリルの毛並みを感じながら、フギンは思った。
(でも、だからこそ……私は彼に惹かれたんだ。)
指先を僅かに動かし、フェンリルの下に描いた式に魔力を流す。
するとそこは輝きだし、フェンリルは困惑した。
「おい!?フギン、お前何を?!」
フェンリルの美しい肢体が、みるみるうちに小さな子供の狼の姿に変わる。
その様子に、フギンは魔法の成功とずいぶん可愛らしくなった彼の姿にふんわりと笑った。
「ふふ、可愛い。」
それにフェンリルは、キャンキャンと高くなってしまった声で抗議した。
「何してんだお前!ふざけてる場合じゃ――」
「ふざけてなんて、いませんよ。フェンリル様。」
文句を言い終わる前に、フギンはフェンリルに少し体を倒して、呪文を呟く。
フェンリルの身体に浮かび上がって消えた魔術の印を確認すると、ホッとしたようにフギンは息を吐く。
もうこれで、思い残すことはなくなった。
「……鼻の利くあなたなら、もう分かっているでしょう?人間たちが来ています。早く逃げて。」
フギンは震える手で、あの集落の方向を指さす。
あそこなら、彼を癒してくれるだろうという希望を託して。
「だけど、お前……。」
魂が体に引っ張られているのか、いつもより心なしか不安そうなフェンリルは、フギンを見つめる。
「……炎も回ってきていますから、お早く。……私は二度も大切な存在がいなくなるところなんて、見たくないんです。」
痛む身体で息を思い切り吸って、力の限り叫んだ。
「……早く!早く行け!!」
フェンリルはその声に押される様に、指した方向に走り出す。
後姿を見守りながら、彼の無事を祈った。
フギンは、降ってきた雨に気づいて空を見上げた。
風も強くなってきている。
体の火は少しずつ、確実に広がっていくだろう。
なんせ、サラマンダー渾身の炎なんだから。
雨ごときで消せるわけがない。
(……フェンリル様に、挨拶をしたかったな。)
お礼とお別れを言いたかった。
まだ間に合うかな?
フギンは、ぼうっとした頭で残った魔力で、頭だけ狼のような姿に変化させる。
笑えるほど不格好だったが、彼が聞こえる様に大きく息を吸う。
喉が炎で焼けながらも、どんなに不格好でも伝えたかった。
アオオオーーーーン……
遠吠えの方法なんて知る訳ないのだ。
自分は鳥なのだから。
(……辞書、やっぱり持ってこなくてよかった。)
彼はあの宿屋で、その存在に気づくだろうか。
アオオオーーーン……
(あぁ……でもやっぱり、出来る事なら一緒に行きたかった。)
教えたいことがたくさんあった。
でも行けない。
だからせめて無事を祈らせてほしい。
(……あなたが幸せになります様に。)
フギンは消えていく意識の中で、自分の愛する者の幸せを願った。
エピローグは「境界の灯」の後の時系列の話なので、投稿は9/8になります。




