残響と共に
フギンは、炎が立ち上る空を動けない身体で、ただ眺めていた。
眺めることしかできなかった。
別勢力の魔族が拠点である、この場所に攻撃をしてきたのだ。
痛む身体で周りを見回す。
炎を纏って苦しむ者、倒れ伏す者。
助けを叫ぶ前に炎に巻かれ、雪の中に崩れ落ちる。
あまりにも酷い状態に、フギンは息を荒くした。
今思えば、拠点の周りの異常な魔族の動きは陽動だったのだろう。
フェンリルを含めた数少ない戦力は、そちらに割かれた。
そして、守りが手薄になったこの場所を狙われたのだ。
フェンリルやフギンの呼びかけで賛同した魔族の多くが力の弱いもので、だからこそ他種族と共に生きたいと願った者たちだった。
フギンは涙を流した。
体の痛みのせいではない。
集落の人間たちと同様に、ここに集った同胞たちも大事な家族だったからだ。
もちろん、フギンはこの拠点に防御魔法を張っていた。
しかし、雪を媒介にした防御壁は、相手の炎が強力で一瞬で弾けた。
新しく防御魔法を張ろうにも、範囲が広く魔力は既に限界だった。
(……なんで、こんな雪山で炎の魔法を操れるんだ?)
仲間を護りきれなかった事を悔やみながら、フギンは一つ疑問に思う。
この季節、この場所で、強力な炎を操る魔族はあり得なかった。
この規模となると、生まれ持っての属性だろう。
しかし、彼らは寒さに弱い筈だ。
フギンは、もしもの為にフェンリルが助かる為の魔法のスクロールは、既に組み終わっていた。
後は本人に魔法をかけるだけという所まで来ていた。
だが、この状況に一番嫌な想像をしてしまう。
(私に魔力がもっとあれば、彼らの命も、未来も、奪われることはなかったのに……!!)
フギンは、嗚咽を止めることが出来なかった。
「あの前【魔王】様の、優秀な魔術師が良い様だな。」
炎の熱気で上手く息が吸えない。
浅い呼吸を繰り返していたフギンは、声の方向に目を向けた。
視界がぼやけて良く見えない。
しかし、その口ぶりから敵の魔族だとすぐに分かった。
その影は、フギンを覗き込みながら立っている。
「……今の【魔王】様の、側近ですよ。」
フギンは息を切れ切れに訂正した。
それを聞くと、相手はハッ!鼻で笑う。
「あれが?俺たちゃあ、あんな奴【魔王】なんて認めねぇ、あんな腰抜け。……人間と手を組む?馬鹿言うな、俺たちには力がある。それを使って相手を従わせて何が悪い?」
フギンは、荒々しく自分の考えを主張する声を黙って聞いていた。
自分の主君を馬鹿にされ、同胞を侮辱されたことに怒り、歯を噛みしめていた。
しかし、それも相手が興奮して話しているからか、次第に頭が冷めていく。
(――実に、魔族らしい考えだ。)
フギンは、冷めた目で相手を見つめた。
「……まだ生きることをあきらめてないみたいだな。」
ククク……と魔族は喉を鳴らして、嬉しそうに笑う。
「――そんなお前に、最後の機会だ。」
そう言って、しゃがみ込む。
「俺たちの仲間になれ。」
フギンは、訳が分からないと相手を見た。
「周りでくたばってるコイツらはともかく……お前は前の魔王様に買われていた。――……正直、ただ殺すには惜しい。」
「そんな、誘いに乗ると思っているのか?」
沈みかけていた怒りが再び沸き上がる。
フギンは、力の限り相手を睨みつけた。
それをものともせず、敵意がないと表す様に手を振った。
「まぁ待てよ、俺たちも魔族の古っ臭い伝統をぶち壊そうとしてるんだ。【魔王】って奴をなくそうとしてるんだから。」
「……称号をなくすという事か?」
「あぁ、話が早くて助かるぜ……。あの称号には、魔族をひれ伏せられる唯一の特権がある。だからこそ、魔族の代表みたいなツラをできるわけだが……。」
相手の声が低くなる。
「今回の【魔王】みたいなことをされちゃあ、魔族全体が日和ってると誤解されんだよ。」
その声にフギンは、少しだけ怯む。
その様子に嗤い、声色が元に戻る。
「まぁ確か【魔王】を倒しちまうと、倒した相手に新しい【魔王】の称号が移っちまうらしいから、今の【魔王】様には……。」
ニヤリと気味悪く笑った。
「火炙りやら、毒状態にして衰弱死。……直接手を下さない方法で死んでもらう事になるなぁ。もしくは……。」
ダン!
勢いよく傷ついたフギンの羽根を踏みつけ、地面に擦り付けた。
フギンは痛みで、身をよじる。
相手はそんなフギンの顔を無理矢理上げた。
「……絶望感で軌道修正。人間どもを敵として見れば、アイツも少しは【魔王】らしくなるんじゃねぇか?」
耳元で囁く。
ようやく見えた敵魔族の姿は、サラマンダー。
思いのほか強力な敵に、フギンは固唾を呑んだ。
(あれは……。)
フギンはサラマンダーの首元に光るものに気づいた。
どうにかなるかもしれない。
打開できる方法を考えて、考えながら時間稼ぎに口を開く。
「……それならなんで【魔王】様が就任した最初の頃に接触しなかった?軌道修正とやらがやり易かっただろうに。」
「噂で親人間派なのは分かっていたからな、どうせなら大きい荷物を背負わせて、夢が叶う直前でポキッと折れた方が、溝も深まるだろ?」
「……隙が大きくなる、と?」
ニヤリとサラマンダーが笑う。
「……本当に、大切なものが多くなってくれて嬉しいよ。」
「この外道が。」
そう言うと、フギンはサラマンダーの首元から掛けられていたネックレスを嘴で素早く引きちぎった。
そのまま力の限りを尽くして飛翔する。
「ッツ!!」
体が悲鳴を上げるが、構っていられない。
翼を大きく広げ、空へと舞い上がる。
サラマンダーは、その一瞬の後、理解する。
飛翔するフギンの影の向こうで、初めて怯えた表情を浮かべた。
「……お前ッ!!」
慌ててサラマンダーは、フギンの大きな脚を掴んだ。
フギンは、ズシリと体が沈む。
慌てるのも無理はない。
嘴に咥えたこのネックレスは、人間が作った寒さ防止の効果がある魔法石のネックレスだ。
(……竜型魔族がこんな寒冷地で、何もせず、平然としていられるわけない!)
――つまりこれを奪ってしまえば、相手はこの極寒の地で勝手に自滅する。
「クソが!!返せ!」
相手の体重が掛かる中、フギンは更に高く空へ上昇する。
その途中見えた、拠点の中の黒い点。
フギンは、口惜しさと悲しさで歯を食いしばった。
「……人間を弱いという癖に、人間の作った道具に頼ってるじゃないか!!」
上昇すればするほど、温度は下がる。
サラマンダーは声を上げられない。
「!!」
しかし、掴んでいるフギンの足に強烈な熱を伝えた。
思わず離しそうになるネックレスを嘴で噛みしめ直す。
(掴まれた足をどうにかしなくては……。)
フギンは頭を必死に動かして、あることを思い出した。
上空で止まって、サラマンダーを見る。
ようやく動きが止まった事に、サラマンダーは口の端を歪めた。
「……熱いだろう?観念してそのネックレスを――」
その時だ。
フギンの掴まれている右脚が、白く変色しだす。
サラマンダーの手から、それはドロリと溶けだした。
「お前っ!なんだそれは!!」
「……知らないのか、蝋燭だよ、これは。」
フギンが宿屋で過ごしている中、フィオナの誕生日を祝ったことがあった。
ケーキに刺さった蝋燭の火を吹き消す、嬉しそうな彼女の顔が忘れられない。
変化魔法で蝋に姿を変えたフギンの右脚は、急速な温度変化でパキッと音を上げる。
フギンの右脚ごと、サラマンダーは空に投げ出された。
「お前!そんなに良いってのかよ!!アイツが!!」
「……私を前の【魔王】から救ってくれたのは、あの人だけだからな。」
冷たい目で、落ちていくサラマンダーを見つめる。
サラマンダーは、ぎりっと歯を噛みしめた。
落ちながらも、サラマンダーは全身を震わせ炎を溜める。
「この……っ!クソがァアアア!!」
最後の意地とばかりに、恨みと恐怖の雄たけびを上げると炎の塊が空を染めた。
右脚は折れて、翼も所々血で濡れて飛ぶのがやっとのフギンが、それを避けられるわけはなかった。
(これでやっと……。)
緊張の糸が緩んだ瞬間、その炎の塊が直撃した。
彼の視界は、炎で覆われる。
美しかった羽根は散り散りになり、そのまま彼は、青い空に投げ出された。




