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誠実

作者: イチジク

私は今、机に向かってこの文章を書いている。窓の外では雨が降り続いており、その音が私の心の状態と妙に合っている。人生とは雨のようなものかもしれない。いつ降り始めたのか、いつ止むのか、誰にもわからない。

私の名前は田島だ。四十年間、この国の役人として働いてきた。経済産業省の局長という肩書きがあり、部下からは「先生」と呼ばれ、世間からもそれなりに尊敬されている。しかし、私はその肩書きを誇りに思っていない。なぜなら、私の仕事の大半は書類に印を押すことと、会議で適当に相槌を打つことだからだ。

昨日、人事課の男性がやって来て、私に奇妙な話を持ちかけた。「大日本エネルギー振興協会」の理事長になってほしいというのだ。年収は二千万円で、退職金も別に支給される。確かに魅力的な話だ。しかし、話を聞くうちに、私は何とも言えない気味の悪さを覚えた。

人事課の男性の名前は佐々木という。四十歳を過ぎた、典型的な役人といった風貌の男だ。彼は私の前で頭を下げながら、理事長職の素晴らしさを熱心に説明した。

「田島局長のこれまでの経験を活かせる、まさに適任のポジションです」

確かに適任かもしれない。なぜなら、この協会が扱う新エネルギー事業の許認可を、私が直接担当していたからだ。つまり、私が許可を出した事業者が、今度は私を雇うことになる。実に不思議な循環である。

私は「考えさせてください」と答えた。すると佐々木は「もちろんです。ただ、他にも候補者がいますので」と付け加えた。どうやら私を急かしているらしい。私のような人間を急かす必要があるのか。理解に苦しむ。


その夜、私は妻に相談しようと思った。しかし妻はすでに寝ており、私は一人で書斎にこもった。

書斎には、私が若い頃に読んだ本が並んでいる。社会主義や理想主義、正義についての本だ。今ではほこりをかぶっているが、かつて私はこれらの本に心を躍らせた。「国家のために働く」「国民の幸福のために尽力する」そんな言葉に、心から感動したのだ。

あれから四十年。私は何をしてきたのだろうか。

役所に入った頃の私は、とても青臭い男だった。上司に意見し、部下の面倒を見、国民のためになる政策を考えようと必死だった。しかし、そうした態度は次第に周囲に疎まれるようになった。「空気を読めない男」「協調性がない」と評価されるようになったのだ。

私は学んだ。黙って上司の言うことを聞き、波風を立てず、前例に従えば昇進もでき、家族を養うこともできる。私は賢くなったのだ。

翌日、私は同期の中村に会った。中村は三年前に大手電力会社の顧問になっており、年収は私の倍だ。

「田島、君も天下りの話が来ているだろう」と中村は言った。「いい時代になった。我々の世代もようやく報われる」

報われる、と中村は言う。四十年間の苦労に対する正当な報酬だと。確かにそうかもしれない。安い給料で長時間働き、批判も受けた。その代償として高給をもらうのは何も悪くない。

しかし心の奥では、別の声が聞こえる。「それは報酬ではなく、贈り物だ」と。なぜ無償で二千万円もくれるのか。何を期待しているのか。

私は中村に尋ねた。「後悔はしていないのか」

中村は笑った。「何を後悔することがある。我々は制度に従って生きてきただけだ」

制度。個人の責任を回避するためには、実に便利な言葉だ。


日曜日、私は息子に会った。大学を出て以来、疎遠になっていた。久しぶりに食事をすることになったのだ。

息子は私を見るなり言った。「父さん、疲れてるね」

私は答えた。「まあ、年だからな」

「年のせいじゃないでしょう」と息子は続けた。「父さんは昔から疲れていた。僕が子供の頃からずっと」

私は驚いた。息子は私をそんなふうに見ていたのか。

「父さんの仕事って何なの?」と息子が聞く。

私は答えに困った。四十年間の仕事を息子に説明できないのだ。

「国のために働いている」とようやく口にした。

「本当にそう思ってるの?」息子の目が私を見つめた。

私は...答えられなかった。


その夜、私は長く考えた。私は一体何者なのか。人生は何だったのか。これから何をすべきか。

考えているうちに、新人だった頃の記憶がよみがえった。ある日、上司に質問したのだ。「この政策は本当に国民のためになるのでしょうか」

上司は苦笑いを浮かべて答えた。「田島君、君はまだ若いな。国民のためになるかどうかなんて誰にもわからない。我々にできるのは、与えられた仕事を誠実にやることだけだ」

誠実に。上司はそう言った。しかし、誠実とは何か。上司の言うことを聞くことか、制度に従うことか、それとも自分の良心に従うことか。

私は答えを見つけた。少なくとも、自分にとっての誠実さはわかったのだ。


月曜日の朝、私は人事課の佐々木を呼んだ。

「理事長の件ですが」私が言った。「お断りします」

佐々木の顔は固まった。「理由をお聞かせください」

「理由は簡単です。私はまだやるべき仕事があるからです」

「やるべき仕事と申されますと?」

「公務員としての仕事です」

佐々木は困惑している。私の言葉の意味がわからないのだろう。無理もない。理解できる男に理解してもらおうとすること自体が無理なのだ。


私の決断は霞が関で小さな話題になった。「田島は変わり者だ」「もったいない話だ」と陰口を叩く者もいた。しかし、私は気にしない。初めて自分の意志で選択をしたのだから。

定年まであと三年。私はこの三年間を、本当の意味で国民のために働こうと決めた。どんなに小さなことでも、自分にできることをやろうと思う。

妻は私の決断を支持してくれた。「お疲れさま。ようやく昔のあなたに戻ったわね」

昔の自分。そう、私は青臭く理想主義的で世間知らずだった昔の自分に戻ったのだ。それこそが私らしい。


息子からも連絡が来た。「父さんの決断、正しいと思います」という内容だった。

息子が私を理解してくれたことが、何よりも嬉しかった。

人は変わることができる。四十年間、制度の歯車として生きてきた私でも、最後に人間らしい選択をすることができた。それだけで、私の人生には意味があったと思える。


今、私は雨の音を聞きながらこの文章を書いている。雨はまだ降っているが、心はもう重くない。自分の良心に従って生きることを選んだからだ。

人生とは結局、選択の連続である。最後まで選択する権利は私たちにある。制度に従うもよし、抗うもよし。しかし、その選択の責任は自分で負わねばならない。

私はもう迷わない。残りの人生は短いが、その短い時間を自分らしく生きようと思う。それが、私なりの誠実さである。

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