PARTS4(2/2)
現状を整理した後、会議が終わったのは、そろそろ日が沈み始めようかという時刻だった。〈原理派〉のアジトにある会議室から自分の執務室に戻る途中の廊下。本来ならばありえない人物を目にして、アストリアは口を引きつらせた。だが、彼の顔の面は厚く、平然と笑顔を浮かべて片手をあげる。
「首尾はどうですか?」
「わたしとしては、平然といるあなたを追い出したいのだけれど、ルヴァイン様?」
アストリアは怒気すらも隠さずレオニードを睨めつけたが、彼は意に介することなく続ける。
「相応の報酬を与えたのですから、報告を受け取る権利は当然あるものだと」
よくもまあ図々しくと思う。わざわざ王子本人が来る必要もなかろうし、結果はすでに耳に入っているはずだと考えながら、アストリアは早口にまとめる。
「イセカイジン人の拠点周辺に、帝国にまったく報告が上っていない空白地帯があったので行ってみたら、イセカイジンの施設を発見。そこにあった巨大なアルカナギアを破壊。ただ、アズレア鉱床がほしい奴らも他の作戦に出るはずよね」
「対策はしております」
不敵な笑みのレオニードに、アストリアは疑問を感じずにはいられない。
「次の作戦なんてわからないじゃない」
「普通であれば。ですが、今回においてはイセカイジンの協力者もいるので問題ないかと」
理解が追いつかず、目を瞬かせてからアストリアはゆっくりと整理するように言った。
「なぜ、イセカイジンが、自分たちの資源の奪取を遅らせようとするの?」
「厳密な理由はわかりませんが、彼らもまた人の組織であり、思惑は様々です」
腑に落ちるところはあるが、別の疑念もある。
「イセカイジンの資源獲得は帝国にもある程度はメリットがある話でしょ」
しかし、レオニードは首を横に振った。
「アズレア鉱床については過剰です。これ以上イセカイジンが魔金や魔鋼を採取できるようになれば帝国との関係も遠からずに破綻するでしょう」
「だったら、帝国も正式に〈原理派〉に所属すればいいじゃない」
「お戯れを、エルミナ様。そうなれば、今度は市
井が黙っておりません」
街の仕組み一つとってもイセカイジンの力は強い。ちょっとやそっとのことで関係を切り離すことなどできない。
「ところで、エリオスはどこに?」
政策的な話は打ち切りたいのか、あるいは本当に気になるのか。訊ねてきたレオニードにアストリアは素っ気なく返す。
「エリオスなら、出かけると言ってたわ。行き先までは教えてくれなかったけれど」
帝国から来たとはいえ、エリオスとは数年間一緒にいる。今さら彼に不審もないため、アストリアの方も特に考えることなく了承をした。
「だとしたら、女性、でしょうか」
しかし、レオニードの一言に、ざわりと胸が騒ぐ。だが〈原理派〉の主導者として、エルミナの人間として、簡単に動揺を見せることはない。
「エリオスはまだ一三とかよ? 恋愛なんてまだまだ」
あくまで落ち着いた態度をとるアストリア。だが、国や政治の話をしているときよりもよほど真剣な表情で、レオニードは続ける。
「ですが、エルミナ様もどこに行くのかご存知ないのでしょう? エリオスがあなたに信頼を寄せているのはすぐに分かりました。なのに、行き先を伝えないというのは少し変じゃありませんか」
あまりにも理路整然と語られ、アストリアも返答に詰まる。ただ、エリオスに限って女性にアストリアに黙って逢引、なんてことはしないと思う。というより、信じたい。
が、昨日、エリオスが帰路で呟いた名前を思い出し、怪訝を浮かべてしまった。
「心当たりがあるのでは?」
アストリアの表情変化を見逃さなかったレオニードがすかさず聞いてきて、慌ただしく言う。
「いやいやありえないわ、確かに綺麗な人だったけれど、大人でイセカイジンよ?」
舞衣は外見からしても魅力的な女性だった。イセカイジンに多い黒髪は長くつややかであり、アストリアも羨むほどの無駄な肉がない優れた体躯。冷ややかな切れ長の目は、大人の落ち着きを感じさせる。
さらに言えば、町中で見知らぬ自分たちを迷うことなく助ける高潔さと、気に掛ける優しさまで併せ持つ。アストリアとしても見倣いたいところが多々あるのは認める。
だが、だ。しかし、だ。どう見てもアストリアよりも五歳は上であり、つまりはエリオスよりも七~八歳上。なにより、エリオスに限ってイセカイジンに対して懸想するなどありえない。
と、結論付け心の平静を保てたアストリアだったが、心中を知った上なのか肩をすくめてレオニードが言う。
「ちなみに。もし名前がわかるのであれば、イセカイジンにかけあって僕の方で調べることができるかもしれませんよ」
「…………」
にっこりとこれ以上ない笑みで、とんでもない提案をするレオニード。けれども一瞬だけ、心が動かされてしまったアストリア。思わず目だけでレオニードを見てしまう。
「単なる善意ですよ。まさか〈原理派〉との交渉を有利にしたいなど露とも思っておりません」
「わたしは執務があるからさっさと出てけっ!!」
我に返ったアストリアは、帝国の王子だというにもかかわらず無礼な言葉を吐いて廊下を速歩きでレオニードから離れたのだった。
===
結局、エレナとの会話は中断する形になってしまう。舞衣は子ども一人では危険だということで、彼女(彼?)を送ると三人に言って、たどり着いたのは中央図書館だった。
「でも、よかった。本当に会えるとは思ってなかったんですけど。マイさんが図書館を使うと言っていたので、首都に来てよかったです」
『あの、その入館証はどうやって』
『手が空く時間が多くてね。少しでも役に立てばと作ったんだ』
『イセカイジンでも、作れるんですね』
『帝国は特別だからね』
ほっとしたようにエリィが話すので舞衣としては何も言えなくなる。
館内を歩いていると、前来たときの閲覧用の席がちょうど空いており、自然と二人はどちらから言うでもなく腰掛ける。
「本当にエリオスなのか?」
質問に答えるようにエリィがメガネを外すと、見知った――といっても《D・スレイヤー》を通してしか見たことはないが――少年の顔に変わる。前に見たときは険のある表情だったのに、今日は柔和な笑みを浮かべ、絹のような金髪がガラス越しの夕日に照らされてまばゆかった。
「でもなんで、正体を……」
「昨日の礼を伝えたかったからです。さすがにエリィのままでは何も言えないじゃないですか」
至極単純な理由で、舞衣には思いもつかなかった。
「ぼくを見逃したんですよね?」
確信がある口ぶりに、舞衣は首肯する。
「……うん。『アレ』は、よくないものだと判断した。だからきみに委ねたんだ」
「じゃあ、マイさんはあれがあることは知らなかったということですか?」
「そうだ、と言ったら?」
「普通は信じられません。……けれど、あなたの言葉なら信じます」
「……ありがとう」
証明する手立てなどないのに、無条件で自分を信じてくれる少年に気づけば感謝を口にしていた。
「マイさんはどうしてフェリオンに来たんですか?」
「それは……」
エリオスが戦う理由よりも、とてもあやふやなものだ。きっと少年に軽蔑されるかもしれないとためらう。
「知りたいんです、あなたが、何を思って戦ってるのか」
だけど少年の眼差しに、観念する。舞衣はエリオスから目を逸らし、ぽつりぽつりとこぼす。
「私は、私自身の未来を手にするためにここに来たんだ。誰にも決められていない、自分の選択の上でつかんだ、自分の人生。そういうものが欲しいだけだよ」
気づけば正直にエリオスに話していた。それもなぜか、飾ることもない本心が漏れ出してしまっている。
「きみと比べれば、なんとも情けない」
不甲斐なさを誤魔化すための、自嘲気味な微苦笑でエリオスを見る。けれども彼は首を横にふった。
「戦う理由に優劣なんてありませんっ。マイさん自身が決めたことこそが大事なんだと思います」
エリオスの言葉に、はっとすると同時に、まさか、一二、一三歳ほどの少年に諭されると思いもよらず、舞衣は羞恥に染まった顔を、片手で覆った。
「どうかしましたか?」無邪気に訊ねてくるエリオスが恨めしくてつい言ってしまう。
「きみのせいだよ」
「えぇっ!?」
驚く少年に、してやったりと微笑がうかんだ。
でも、工舎に彼がきてくれなかったら自分は〈FIO〉の闇に引きずり込まれていた気もする。地球にいたころと何も変わらない、無力な七星舞衣になっていた未来があったはずだ。
そういう意味では、彼は恩人であるという思いから、もう一度――
「ありがとう」
「今度はどうして感謝するんですかっ!?」
慌てる少年が可愛く見える。昨夜、兵器工場を襲った《A・ヴェリタス》のパイロットと同一人物だと誰が信じるだろうか。
「きみは、ただ私にお礼をするために来たのかい?」
「……いけませんか?」
屈託もなく言う少年に、舞衣は自分や彼の立場を忘れて本当に心配になった。
「きみは王子様だろう? 少しは自分の身を案じたほうがいいよ」
「え? え? ぼく、王子だなんて――」
「鉱床で会ったとき、思いっきり『ルヴァイン』だと言ったじゃないか」
「……ああぁ……」
今度はエリオスが両手で顔を覆って縮こまってしまう。その様子に、舞衣は肩をすくめる。
「別に誰にも言わないが、もう少し自覚を持つべきだ」
「はい……」
……まったく。
舞衣とエリオスの距離は、『敵』と評するには隔たりが大きすぎ、『友』はきっと近すぎる。多分、適切な間を表現する言葉を探すのはAIにすらできないはずだ。
けれども、確かな縁があり、お互いを認め合う関係にはある。
だがふと思った。エリオスが、いずれ戦いの中で〈FIO〉の手に落ちれば、彼は政治的な道具にされる。それは、帝国やあるいはフェリオンにとって致命的ではないか?
同時に、彼に頼る以外フェリオンがイセカイジンへの抵抗を示すすべはないという事実に思い至り、舞衣は心苦しくなった。
「またきみは、《A・ヴェリタス》に乗って私達と戦う。お母様が遺した願いを果たすため」
「はい……」
悲しげに、けれどもきっぱりとした肯定に舞衣もまた憂いを帯びた笑みを浮かべてしまう。
「もしきみが負けて捕まってしまったとき、なにが起こるのかわかってて、と思っていいのかな」
「当然です」
……どうして、そこまで。
まだ一三歳程の少年の、悲壮な覚悟に言いようのないやるせなさをおぼえる。
いかに《A・ヴェリタス》とエリオスの『魔法』が優れているとはいえ、彼の敗北はいずれ起こり得る未来である。
フェリオンへ献身する少年への報いが、破滅的な未来でいいはずがないと思ったとき、自然と口についていた。
「だったら、私がきみを捕まえる」
驚きに目を見開く少年。舞衣は、自分の無意識的な発言に戸惑いつつ、けれどもその思いを言葉にして、紡いでいく。
「〈FIO〉の他の誰かに捕まるより、少しはマシになるよう、努力するよ。安全に匿ってみせる。もちろん保証はできないけれど」
「でも、今はそうしないんですよね?」
「当たり前だよ。こんな形できみの夢を手折れば、きっと私自身も否定することになる」
「いいですけど……少し気に入りません。『次は必ず私が勝つ』ってマイさんは言ってますよね?」
どうやら、年頃の少年は侮られていると受け取ったらしい。気まずくなり、慌てて訂正する。
「癪に触ったなら謝るよ」
舞衣が謝罪すると、口元をほころばせていたずらっぽく笑うエリオス。
「冗談です。でも、マイさんが負けたときは捕まってくれるということですよね?」
「そうだね」
お互いわかっている。舞衣が捕まることはない、エリオスも余裕はないはずだ。それでも、約束するのは、何もかも違う二人が、公平を求めるからだ。
弱々しい笑みを浮かべたエリオスの頭が少し傾ぐ。
「ふらついているけれど、大丈夫?」
「えっと、実はあまり寝てなくて……」
限界だったのか、力の抜けたエリオスの頭が舞衣に向かって倒れてくる。
「おっと」
思わず抱きとめてしまって、胸の中に収まった少年はというと、すでにまぶたが閉じきっており、小さく寝息が聞こえた。
……張り詰めていたものが解けたのかもしれないが、無防備がすぎるのでは?
数日前まで舞衣とエリオスは敵同士として出会い、警戒をあらわにしていたのに、今はまるで安心しきっている。
……それより、この子をどうしたら?
まさか失踪中の王子様を放っておくこともいかないし、かといって連れて帰るわけにもいかない。
……仕方がない。
舞衣はエリオスの頭を自分の腿に乗せて、横たえた。いたいけな寝顔を見下ろしながら、舞衣の心は不思議と穏やかになった。