PARTS4(1/2)
巨大アルカナギアが襲撃された翌日、舞衣は再び黒沢紘一と相対していた。室内は昨日と同じであり、長い会議用テーブルの上には、黒沢のPDAと、コーヒーカップ。
当の本人は、なでつけた黒髪に、整ったスーツを着こなしながら、ソファーに座っている。上級の日本人の見本とも呼ぶべき態度で下級民の舞衣に目をやった。黒沢がコーヒーを口につけカップを置いたのを見て、舞衣は口を開く。
「あのアルカナギアは、なんですか?」
「単騎での制空権の獲得とフェリオンの原生生物への対抗を目的としたアルカナギアだ」
……それはすでに、〈FIO〉の領分を超えているっ……
あまりにも淡々とした口調で明かされた事実に戦慄しながら、舞衣は言葉を選びながら続ける。
「あの基地とアルカナギアの存在を〈企業〉が容認しますか?」
「私も馬鹿ではない。一部は知っていると推察している。だが、今のところ大きなアクションもない。〈企業〉側としてもフェリオンの掌握の主体が〈FIO〉でもいいという勢力がいると想定している」
異世界の資源をめぐって舞衣たちのような人間たちを置き去りに、各勢力が思い思いに行動しているということを意味していた。渦巻く感情を抑えながら、さらに訊ねる。
「なぜ巨大なアルカナギアが必要だったのですか?」
「なぜ? いまきみはなぜと言ったのか?」
心底理解しがたいというように呆れた声になった黒沢が深い嘆息の後にぽつりとこぼす。
「きみみたいな、頭のめでたい人間が日本には大勢いるからだ」
漏れ出る嫌悪感を隠すことなく、黒沢は吐き出すように言う。
「そもそも我々は、ここ(フェリオン)にピクニックをしにきたわけではない。国富のためだというのを忘れていないだろうな。今や日本が『世界』で優位に取れるのは、技術ではなく資源になる。だとしたら、資源確保のための最上の選択肢をとるのは至極当然のことではないか」
「選択……肢……」
侵略という言葉を黒沢はそう言うのだ。舞衣の中では決して結びつかない概念。あるいは生まれから上層民として生きてきた黒沢にとっては当たり前のことなのかもしれない。けれども――
「帝国の、いえフェリオンの人々はどうなりますか? とても理解を示すとは思えません」
「歴史を知らないのか。今から一五〇年ほど前まで、平然と植民地をとっている。その先が異世界になるだけだ。親切に異世界に配慮する必要もない」
黒沢こそ歴史を知らないのだと、舞衣は思った。その下でどのような不平等があったのか、勝者での視点しか黒沢には見えていないと理解した。彼の言う『世界』にフェリオンは含まれていない。
「反対に訊くが、きみ自身にはなにができる?」
嘲りすらもとれる言葉が黒沢の口から続く。
「ハンドラーにでも言ってみるか? あまり状況は改善されないだろう。そもそもきみは工舎がどこにあったかわからない。映像があるかもしれないが、生成したフェイク映像と言われればきみも答えることはできないだろう? なにより、先に言ったように〈企業〉の中で容認する勢力がある、きみ程度に聡ければ無駄だとわかるはずだ」
淡々とした口調で、舞衣の無力さを物語る態度。だが、事実であるからこそ、何も言えず、ただ拳を握りしめる。
「通常行動にもどれ。アズレア鉱床を抑える作戦もあり、きみの部隊には期待している」
最後は突き放すように命じられ、舞衣は礼だけをしてソファーから立ち上がり、部屋を出る。
……自分はいったい、ここ(フェリオン)になにをしに来たのか?
エリオスと対峙したとき確かにあった『熱』が、今は嘘だったかのように消えてしまっていた。
宿舎にある自分の部屋の前に行こうとして、廊下の角を曲がったときに、言い争いをしている男女が目に入る。
「なんで貴方がいるのですか、進藤宇っ!」
「いいだろう別にっ、通りかかっただけだって」
「ここ女子寮っ、通りかかるわけないじゃないですかッ!?」
私服姿の進藤と朝比奈の小競り合いをしていて、先程までとは別種の頭痛を覚えながら二人に近づく。
「ふたりとも。騒がしいよ、どうしてここに?」
「そりゃ、おまえ……」
言葉に詰まる進藤の前に出る朝比奈は、ぱっと舞衣の両手を持って熱心に言う。
「お姉様が心配だったので、来ました!」
「昨日の夜に連絡、つかなかったから、大丈夫かって」
「……少し用事があってね」
ふたりを踏み込ませるわけにはいかず、舞衣はごまかすしかなかった。
「よかった舞衣ちゃん」
進藤や朝比奈と話していると、私服姿のエレナも廊下を歩いてやってくる。
「戻ってるのは知ってたけどよかったわ」
「……心配かけました」
「いいのよ。それより、みんな揃ってるのね」
「まあ、ぶっちゃけ待機だとトレーニングぐらいしかやることねぇし」
先程の戦闘の結果、舞衣たちの分隊には休暇期間が与えられている。『よほど』の緊急性がない限りはアルカナギアでの出撃命令は出されない。なので、エレナ含めほとんどが工舎での待機・あるいは休暇を取得することになる。
「だったら、出かけないかしら?」
そのエレナの提案に、断る理由などなく全員が頷いた。
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舞衣が部屋から退出した後、黒沢は傍らのPDAである映像を出しながら、通信端末でコールした。
「私だ。『アレ』の改修を急げ。ともすれば不安定なCCEよりも使い勝手のいい装置が手に入るかもしれない」
PDAの映像に目を落とす。映っているのは、昨夜の工舎における《A・ヴェリタス》と《D・スレイヤー》の戦闘風景だ。
「《A・ヴェリタス》の転移現象が資料通りならば、『アレ』の能力を代替できるはずだ。今から言う手筈通りにしろ」
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昼下がりの午後。
羽を伸ばすことができる箇所というのは多くはない。四人は必然的に帝国の首都にある商業区にやってきていた。町中では目立つことがないようにと、四人ともが現地で調達した質素な服に着替えている。
「デート、デート、お姉様とデートっ」
舞衣の腕はがっちりと朝比奈の両腕に抱きしめられており、嬉しそうな彼女に連れ回されているという形だ。舞衣も義妹が懐いてくれているのを思い出し、朝比奈のことを邪険にできない。
ただ、二の腕にあたる柔らかに、けれどもはっきりとした弾力を主張する感触。どう考えても自分より『ある』と認めるしかなく、少しだけ複雑な舞衣だった。
「にしても、お前が七星をそんな風に呼ぶなんて、初めて会ったときからだと思いもよらないよなー」
「う……」
二人の隣にいた進藤がぼやき、朝比奈は顔を強張らせる。
「朝比奈、別に気にしてないと言ってるじゃないか」
「優しい言葉が、逆に私の胸を苦しめるのですぅ」
進藤の言葉の通り、はなから朝比奈が舞衣に懐いていたわけではない。むしろ逆。形だけでも上層民の出だと知った朝比奈は舞衣に嫌悪感を隠すことなく接してきた。
そもそも、アルカナギアのパイロットになるのは、危険性も相まって、日本において相応の事由を持つ者である。必要性がなく自分と同じ環境に身を置く舞衣という存在は、朝比奈にしては傲慢に思えても仕方がない。舞衣自身も朝比奈の憤りが理解できてしまったため、彼女の悪感情を受け止めようとした。
「で、ですが、救われたこの命。もう、お姉様に捧げると決めたのです」
初出撃のことを指してのことだろう。《D・スレイヤー》で原生生物と相対し窮地に陥った朝比奈を舞衣は助け出した。もっとも、ここまで態度が変わるとは舞衣は思いもしなかった。
「そりゃ重すぎじゃね?」
「重くありません、命の恩人に対して至って普通の感情ですよっ!」
「いや、それが重いんだって」
朝比奈は舞衣から腕を解くと、進藤とまた言い争いになる。二人とも加減はわかってると思うので特に仲裁に入らずに、舞衣はエレナに向き直る。
「世話のかかる子たちよねー」
「すみません」
「いいのいいの。愉快だし。こうして過ごせる日が来るなんて思ってなかったし。あの子達には感謝してるわ」
別の部隊にいたハンドラーが来る理由。公になっていないが、エレナが来る数日前に小隊がなくなったという情報が来たのを憶えている。詮索をするつもりはないが、エレナがもし前の部隊も自分たちと同じように接していたとしたら、心境は想像するほかない。
「舞衣ちゃんにもね」
「私、ですか?」
「二人をまとめてくれるっていうのと。やっぱりわたしからしたら危なかっしいところはあるし」
「ありますか?」
「うん……少しだけ」
微苦笑の奥に、エレナが舞衣を通して別の人物を見ているようでもあったが、問うのは気が引けた。
進藤と朝比奈がまだいい争いに集中してるのを横目で確認したエレナは、小さな声で呟く。
「でも、本当に良かった。あなたが戻ってこれて」
「エレナさん……」
まるで何かを察しているかのような言葉に、舞衣も心が揺らいだ。舞衣を通して〈FIO〉の現状を伝えようかと迷ったが、不確定な情報はかえって、エレナの〈企業〉の中の立場を悪くする。
「ねぇ、もしよかったら――」
しかし、舞衣の躊躇を悟ったのか、エレナが代わりに問いを重ねようとしたときだった。
「マ、マイさんっ!」
唐突に自分の名前を呼ぶ声に振り返ると、見知った少女がいた。
「エリィ?」
呼びかけたエリィは、舞衣とエレナを見比べてから「お邪魔でしたか?」と申し訳なさそうに謝る。とっさに舞衣は、彼女に目線を合わせるようにかがむ。
「まったく問題ないよ。ところで、アリアはいないのかい?」
「今日は、その……一人で、来ました」
舞衣は眉根を寄せる。
「どんな目に遇いそうになったか、忘れたわけじゃないだろう?」
「ごめんなさい……」
しゅんとうなだれた様子は子犬を彷彿させ、舞衣はそれ以上には責められなくなる。
「……ともかく、無事でよかったが、どうしたものか」
顎に手をあてて考えていると、「耳を貸してくれますか」というので、何も疑わずに舞衣は彼女に耳を向ける。すると、彼女は耳打ちをした。
「ぼくは、エリオス・ルヴァインです」