PARTS3(2/2)
どうにもならないことがあるのを、舞衣は知っている。
母と、一端とはいえ上層民の義父の再婚が決まったあとのことだ。引っ越しと進学。二つの契機が舞衣を今までの世界から切り離した。
AIが普及して久しくなった現代では、学校によるランク付けというシステムの意味が成り立たないのは周知の事実である。けれども、なんらかで線引をするほうが都合のいい人間たちがルールを作っている。だから舞衣はほとんどわけもわからずに試験を受け、なんとか誰かの基準を満たしはしたらしい。
しかし、下層民として通っていた学校の級友たちから最後に渡されたのは、羨望が入り交じる眼差しだった。
新しい環境で求められたのも、舞衣自身ではなく上層民の子どもという役割。ただただ役を演じきることが、中学生からの舞衣の仕事になった。
それはなお続いている。優秀なアルカナギアのパイロット、七星舞衣の今の役割だ。
……日本にいようと、フェリオンにいようと、変わらないのか?
……だとしたらいったい自分はなにしにここ(フェリオン)にいる?
煩悶とした思いが胸中に渦巻いていたときだった。
『七星隊員、突然だが出撃できるか?』
移送車の運転手の慌てた声がやってきて、舞衣は《D・スレイヤー》のコクピット内に意識を引き戻す。
「なにかあったのですか?」
『向かっている先の基地で《A・ヴェリタス》が突如出現して、《P・ガーディアン》がすぐに三体やられた』
……《A・ヴェリタス》、エリオスが?
少年の顔を思い出しながら、舞衣は優秀なアルカナギアのパイロットとして答える。
「わかりました」
『この道を走ればつくはずだ』
移送車のハッチが展開。舞衣は《D・スレイヤー》を立ち上がらせて進行方向の反対から出ると、夜闇の車道を一八〇度ターンさせて《D・スレイヤー》を走らせる。
「接地による摩擦の抵抗を上げ、身体を押すように風を出せば――」
《D・スレイヤー》が魔法を使い、スペック以上の速力をもって移動する。
一分もしないうちに基地を視界に捉える。目にしたのは、三体の《P・ガーディアン》――《D・スレイヤー》よりもやや体に丸みが帯びている青緑色の機体――が、地面に伏している姿。
何が起こったのかということは一目瞭然だ。基地に近づけば、隔壁の一つが大きくひしゃげ、広げられているのがわかった。
舞衣は考える間もなく、空洞に《D・スレイヤー》を入れ込ませる。
《D・スレイヤー》の暗視モードで覗くと、舞衣たちがいつも使う工舎と作りは変わらないように思えた。ただ、天井はやや高い気はする。格納庫の奥は静寂が漂う。破損した防御壁が戦闘の爪痕を物語っていた。《A・ヴェリタス》が向かった先を探ると、また《P・ガーディアン》の頭部が破壊されているのが見えた。《A・ヴェリタス》の足跡であると判断して、その方へと進んだ。
いつでも直接戦闘に入っていいように、レールガンを慎重に構えて、風の魔法によって消音しながら歩を進める。
やがて、進んだ先にひときわ広い空間があった。同時に《D・スレイヤー》が《A・ヴェリタス》の機影を捉える。
《A・ヴェリタス》はまだ、《D・スレイヤー》の接近に気づかないのか、振り向くことなく見上げる格好で立ち尽くしていた。
……いったいなにを……
《A・ヴェリタス》の視線を追って、舞衣も《D・スレイヤー》の視界を上げて気付く。
そこにあったのは、大きなアルカナギアだ。
《D・スレイヤー》や《A・ヴェリタス》が、八~九メートルの大きさであるのに対して、それは、おおよそ倍の二〇mはある。《D・スレイヤー》の大きさを持ってしても、目線がそのアルカナギアの大腿部ぐらいにしかいかない。
脚部や腕周りも当然ながら、《D・スレイヤー》とは一回りも大きく、突出した肩部からも威圧感が伝わる。頭部もまた特徴的であり、王冠を戴いた様相である。
さらに目を引くのが、二対の天使のような翼だ。巨大アルカナギアの体長とほぼ変わらない翼が広げられ、まるで今にでも飛翔しそうにも見える。
……飛ぶ? だとしたら、帝国との決まり事は!?
〈FIO〉も〈企業〉も制空権を取らないというのが帝国と交わしている約束事の一つである。対して、眼前のアルカナギアは条約を反故する装いだ。FSによる飛行能力の有無はともかく、帝国を刺激するには十分だ。
内心の動揺が、CCEに影響を与えたのか《D・スレイヤー》の足音がホールの中に響いてしまう。それを聞き逃す《A・ヴェリタス》ではなかった。振り向くと同時に両手のナイフを構えるのが見えた。
……来るっ!?
咄嗟に《D・スレイヤー》を後方へと跳躍させる。瞬きの間に、《A・ヴェリタス》は一瞬で距離を詰めて《D・スレイヤー》が、今しがたいた空間を斬りつけていた。
===
……まだ追手がいたのか!
背後を取られたのに気づかなかった内心の焦りをエリオスは掻き消すように、目前の《D・スレイヤー》へと斬りかかる。相対する《D・スレイヤー》は既のところで後方へと跳躍。ライフルを構えるものの、すぐに照準を下げ、即時応対のために膝を軽く曲げるだけにとどまる。
……あの巨大なアルカナギアに当ててしまうのはまずいってこと。
増援がいつ来るかわからない状況だ。エリオスとしても地の利を活かして、眼の前の《D・スレイヤー》を無力化し、巨大アルカナギアを破壊したい。
……次の一閃で終わらせる。
《A・ヴェリタス》は、両手のナイフを逆手に構えて、《D・スレイヤー》へと視線を定め――
……今っ!
エリオスの意思を《A・ヴェリタス》が現実の力へと拡張し、《A・ヴェリタス》は再び転移する。目指す先は、《D・スレイヤー》の目前。
一対一の局地戦では、不可知の移動能力は、《A・ヴェリタス》を無敵のアルカナギアにした。
だが――
『何度も同じ手は通用しない』
女性の声とともに、ナイフを振るうよりも早く、《D・スレイヤー》の手のひらが《A・ヴェリタス》の胸部を捉え、押し返す。
物理的な衝撃自体はなんともない。が、空間転移のタイミングを完全に見切られたという動揺がエリオスの操作を狂わせる。気づけば《A・ヴェリタス》は、ナイフを取り落とし、無様にも後ろ手に倒れた。
「なんで、あなたが……」
……わかっていたはずじゃないか、マイは敵だって。
覚悟していたはずなのに、でも信じたくはなかった。
「これが、どういうものか……わかっていてあなたはっ!」
必死の形相で、《A・ヴェリタス》を通して映される《D・スレイヤー》を睨みながら、エリオスは怒気を孕ませて言う。胸中に渦巻くのは、《A・ヴェリタス》を奪取した日と同じ黒い憎しみだった。
イセカイジンは母の魔法に興味を持ち、解析を行った。母は国富のためならばと、病床に伏せていた身をおして、イセカイジンたちの研究に身を捧げる。
豊かになる町並みと、反比例するように日に日に弱っていく母。その様を幼いエリオスはただ見守るしかできず、やがて、母の魔法を拡張するための機体――《A・ヴェリタス》が完成。
しかし、幾重の実験、検証にさらされた、母の身体は限界をとうに超えていた。母が最後にエリオスとレオニードに託したのは、『フェリオンは激動の時代を迎えるでしょう。過酷かもしれないけれど、どうか世界を調停して』という願いだった。
なのに、イセカイジンは協力を行った帝国に対してすら約束を反故する。その事実に、エリオスは怒声を張り上げる。
「《A・ヴェリタス》を遺して、母は死にました。病に伏し、それでも国富のためにと、母は最後までイセカイジン(あなたたち)に尽くしました。母の献身の仕打ちがコレですかッ!?」
《A・ヴェリタス》を通して伝えられた思いに、《D・スレイヤー》のコクピット内の舞衣は操縦桿を強く握りしめた。
幽鬼のようにゆらりと、《A・ヴェリタス》は立ち上がりながら、エリオスの激情は続く。
『母が最後に遺した言葉は、世界を調停してという願いだった。だからぼくは《A・ヴェリタス》を奪って、イセカイジンをフェリオンから追い出すために帝国を出ましたッ! 負けられないんですッ!!』
〈原理派〉としてというより、ルヴァインの者として〈FIO〉の裏切り行為が許せないのだろう。また、それに加担する舞衣をも軽蔑しているのかもしれない。
「私は――」
命令通りに来ただけであり、このアルカナギアのことは知らなかった。そう釈明して、いったいなんになる?
暗がりの中、《A・ヴェリタス》の目の青い光がこちらを向く。まるで《D・スレイヤー》の奥の舞衣を覗き込むように。
「きみはこの巨大アルカナギアを壊しに来たのか」
『だとしたら、イセカイジンのあなたはどうするというのですか?』
怒りを抑え込んだ冷えた少年の声に、舞衣は迷いながら。
「……阻止するに決まっている」
《D・スレイヤー》は、《A・ヴェリタス》の足元に標準をすえた。
「投降しろ、悪いようにはしない」
『誰がするものですか!』
意思を貫くという少年の思いが、《A・ヴェリタス》を通して舞衣に伝わる。
果たして、エリオスを排除し、〈FIO〉の後ろ暗いこの兵器を守ることがやりたかったことなのか?
それで、自分は何かを掴めたと言えるのだろうか?
一呼吸を置いて、舞衣は決める。
「構ってはいられないな。五つだけ数える間に投降の意思を示せ」
なるべく厳しく聞こえるように、宣言し、カウントを刻み始める。
「五、四、三、二、一……」
===
投降を促すための秒読みであるはずなのに、エリオスにはまったく別のものに感じた。
『ゼロ』
その瞬間、《A・ヴェリタス》は転移し、転移先で落ちたナイフを拾い上げた同時に、ギィィィンッ!! という着弾音がホールに響き渡る。《D・スレイヤー》が直前まで《A・ヴェリタス》がいた箇所にレールガンを放ったためだ。
……でもなぜ?
《A・ヴェリタス》が転移を行えることは、目の前の舞衣は認知しているはずだ。加えて、彼女が操る《D・スレイヤー》は《A・ヴェリタス》の転移先を予測もできるはず。なのに――
……ぼくがいた空間を撃った? わかりやすく、撃つ時を教えて?
転移の影響で、巨大アルカナギアから離れてしまったこともあり、《D・スレイヤー》は《A・ヴェリタス》に砲口を向ける。けれども《D・スレイヤー》にとっては意味がない。なぜなら《A・ヴェリタス》ならばすぐに転移で巨大アルカナギアを背にする位置取りができてしまうのだ。
……さっきもそうだ、マイはぼくが避けやすいようにわざわざ声をあげた。あの竜と戦ったときみたいに……。
そこまで考えて、ある可能性にいきつく。
……ぼくにアルカナギアを壊して欲しい……?
都合がよすぎる解釈であり、すぐさま自分の考えを打ち消そうとしたとき――
『では、字を教えてくれないかな?』
『字……?』
『ああ。簡単な字しか知らなくて、困ることもあるからね。どうかな?』
『「あなたの瞳は夜空の星々よりも輝き、ぼくの心はあなたへの想いで満たされる」…』
『意訳はできたが改めて正文を知ると、趣が深い』
舞衣とのやり取りを思い出す。
……少なくともマイは、フェリオンに対して敬意めいたものを持っている……気がする。
巨大アルカナギアの存在自体が彼女の本意ではないのかもしれない。ただ立場として表立っては言えないとしたら――
自分の身勝手な想像ではあるのは承知の上で、エリオスは宣言する。
「このアルカナギアは破壊させてもらいます、必ず!」
===
……それでいい。
《D・スレイヤー》の中で、舞衣はわずかばかり口元を緩めてしまった。まさか舞衣の意図が伝わったわけはないと思う。けれども逃げずに、自分の作戦を続行することを決意した少年の威勢は、舞衣の心の靄を晴らしてくれた。
……卑怯な私を許してくれ。
目前の巨大アルカナギアを誤射として撃てるものなら撃ちたいが、謀反を疑われる。自分だけであればいいが、エレナを始めとした隊に迷惑をかけることにもなるかもしれない。
……だが、みすみすアルカナギアを破壊され、《A・ヴェリタス》を取り逃したという失態を演じることならばできる。
「させるものかっ」
表面上は、《A・ヴェリタス》を阻止するための意思を表す。大げさとも思える動きで《A・ヴェリタス》にレールガンの照準を向けた。
……次はカウントダウンできないが、きみなら避けられるだろ?
信じてトリガーを引くのと、《A・ヴェリタス》が再び巨大アルカナギアを背にして立ったのは同時だった。舞衣は《D・スレイヤー》に左手で剣を構えさせ、《A・ヴェリタス》に猛追する。一合、二合と切り結ぶが、《A・ヴェリタス》は再び後方へと転移。さらに《D・スレイヤー》から離れると同時に、巨大アルカナギアの目前へ。
『はぁぁああっ!!』
裂帛の気迫と共に、《A・ヴェリタス》は跳躍を行い、巨体を足がかりに登り――
『これで、終わりですっ!!』
アルカナギアの急所である頭部に《A・ヴェリタス》がナイフを突き立てた。さらには、胸部の装甲にもナイフを穿ち、身体を裂くように《A・ヴェリタス》はナイフを振るう。それから傷口に《A・ヴェリタス》の手をあてがい、押し広げた。
まさに致命傷を負わせた《A・ヴェリタス》がホールの床に着地するのを見届けた舞衣は、最後の仕上げにかかる。
「よくもっ!!」
《D・スレイヤー》で斬りかかろうとするが、《A・ヴェリタス》は天井近くまで跳躍し、とんぼ返りの要領で《D・スレイヤー》の背中側へ。すなわち、ホールの出口方向側へと移動した。
背後を取られた、もとい取らせた舞衣は、《D・スレイヤー》を振り返らせつつ、剣を構えさせる。
《D・スレイヤー》と《A・ヴェリタス》の視線が交錯する、そんな奇妙な錯覚をした。だが、それも一瞬の間だけ。《A・ヴェリタス》は身を翻して、転移を繰り返し《D・スレイヤー》から遠ざかった。
見送った舞衣は、内心、大きく息をついたのだった。
……これでいい。
===
……どうして……。
エリオスの中で渦巻く疑問と裏腹に、機械的な精度で工舎への脱出口を目指す《A・ヴェリタス》。《P・ガーディアン》に遭遇したが、転移でやり過ごして、侵入口として作った隔壁の亀裂から外へ。
同時に、肩から信号弾を上空に発射。工舎の守備衛である《P・ガーディアン》が二体《A・ヴェリタス》へと向かってくる。エリオスは、手元に残った一本のナイフで応戦。射撃をかいくぐり、一体の《P・ガーディアン》の腕を切り落とす。すかさず二体目の頭部めがけてナイフを投擲し、機動能力を奪った。
腕がなくなった方の《P・ガーディアン》の腹部を蹴飛ばし、仰向けにさせたところで、上空に翼をはためかせた《F・エアリアル》が現れる。
《A・ヴェリタス》を跳躍させ、アストリアが駆る《F・エアリアル》が《A・ヴェリタス》の背部に寄り添うように近づき、連結。
『荒くなるけれど、覚悟してっ!!』
「大丈夫ですっ」
宣言どおり、急加速が行われ、エリオスにも負荷がかかったが、迅速にこの場所から離脱するにはしかたがない。
みるみる工舎から離れ落ち着いたころ、高度が上がる中、思い出すのは先程の《D・スレイヤー》との戦闘だった。
……やっぱり、何もかもわざと?……
動機がわからないが、彼女が障害とならなかったおかげで目的は達成できた。やがて、《A・ヴェリタス》の速度も落ちたころ、ぽつりとつぶやいてしまう。
「……シチセイ、マイ……」
イセカイジンというのは、フェリオンの資源を奪い尽くすためにやってきた招かれざる異邦人。少なくともエリオスはそう信じてきたのに、舞衣にはそんな気配が感じられない。
……なんで彼女はここ(フェリオン)にいる?
湧き上がってくるのは別の疑問。あるいはシチセイ・マイという個人に対するちょっとした興味になるかもしれない。
『……マイがどうかしたの?』
エリオスの独り言を拾ったのか、アストリアが訊ねてくる。
「いや……彼女が助けてくれた気がしたので」
『どういうこと』
さらに深堀りされて、エリオスは仕方なく先程の戦闘の間に起こったことを説明する。
すべてを聞き終えたアストリアは、なぜだか不機嫌になる。拠点に戻るまでの数十分を、エリオスは気まずい沈黙の中で過ごすことになった。