PARTS3(1/2)
エリィとアリアと出逢った翌日の昼過ぎ。一介の兵士である舞衣は〈FIO〉の管理者クラスが行き来するエリアを、緊張した面持ちで歩いていた。
家族からの手紙に偽装されて舞衣に届いたメッセージの差出人を無視することはできなかった。手紙の指示にあった会議室に、舞衣は入室する。
重厚な木製の扉を開けると、室内は照明が灯っているが、どこかよそよそしい光だ。部屋の中央には長い会議用テーブルがあり、その周囲を取り囲むように黒革のソファーが配置されている。壁際には整理された書類棚が並び、机上にはいくつかの資料が広げられたままになっていた。
ソファーに座っていた黒沢が切れ長の目を上げて舞衣の存在を認める。観察するような視線に気後れしつつ、「失礼します」と告げて部屋の中に入る。
「座りたまえ」
「……はい」
〈FIO〉の制服を着た舞衣は居心地悪さを隠しながら、ソファーに腰掛けた。
……なぜ黒沢は私を呼んだ?
舞衣がうかがう目をしているのに気付いた黒沢が口を開く。
「直接きみを呼んだ理由は、ハンドラーに悟られたくはなかったからだ。きみにはとある場所に行ってもらいたい。《D・スレイヤー》に搭乗して、移送車にて移動するように」
黒沢の態度から、詳細を話す気はないとわかったが、舞衣はせめてもの抵抗を試みる。
「ハンドラーを同行させない理由がわかりません。アルカナギアの運用はハンドラーありきのはずです」
「なぜハンドラーが必要なのか、きみはわかって言っているのか?」
突然の問いに少しの間、詰まったが舞衣は答える。
「……〈FIO〉と〈企業〉が、フェリオンでの活動に対して相互の同意を得て行動するためです」
「ルールをただ鵜呑みにしているわけではないか。ルールの制定に関しては、君がいま言った通りだ。しかし――」
黒沢の目が更に鋭くなる。
「〈企業〉と我々の間で、相互の同意とやらを取り付ける必要があるのか、考えたことはあるか?」
「…………」
問われて、舞衣は言葉をはさめなくなった。相手の意図することがわからなかったからではない。むしろわかりすぎたからだ。
フェリオンにおける〈FIO〉の活動を妨げるのが〈企業〉だと、黒沢は言っている。言外の反感は今までもあったが、これは決定的だ。
「今から目にするアルカナギアを見れば、私の言っていることも理解する。テストパイロットとして乗ってもらうが、成果が出れば、君が正式パイロットだ」
……〈企業〉を介さずに作られたアルカナギア?
その不穏さに躊躇いを憶えるが、舞衣の怯みを察したのか、黒沢は薄く笑う。
「君の部隊は優秀だな。他の二人も他所へいけば十分エース格だが、彼らにはフェリオンで活動する相応の理由がある、違うか?」
とっくに舞衣たちの身辺調査は済まされており、眼の前の男が卑劣だとあらためて思い知る。
断れば、進藤か朝比奈のどちらかが同じ話をされる。そしてアルカナギアのパイロットでいられることは、舞衣とは違い、彼らにとっては文字通り生命線だ。進藤や朝比奈にこのような選択を迫らせることはできない。
「……わかりました」
頷かざるをえずに、舞衣は絞り出すように了承する。
「よろしい、では彼女を案内しろ」
扉が開いて黒いスーツを着た屈強そうな男が二人、入ってくる。もう一度だけ舞衣は黒沢を見た。黒沢は冷ややか目をしたまま語りかけてくる。
「決して裕福とはいえないまでも、形だけでも上層民の家に拾われたのだろう? わざわざフェリオンに身を置く理由がわからないな」
舞衣は胸の苦しさがいっそう強まるのを感じた。自分の意志で未来を決められるようにするために、フェリオンという新天地に来たというのに。結局は預かり知らぬところで自分の役割は定められてしまっている。その事実が、重く舞衣にのしかかった。
===
〈FIO〉の宿舎の廊下を歩き、赤髪を揺らしながらエレナは舞衣の部屋を目指していた。
大した用事ではないが、今度帝国の首都で羽目を外そうということで、舞衣に声をかけようと思ったのだ。
……彗葉ちゃんは未成年だし、宇くんはわたしがフォローしてあげるのも駄目な気がするしねー。
進藤の舞衣に対する感情は、向けられている当人を除いてエレナも朝比奈も認識はしている。エレナとしては隊内恋愛を反対するつもりはないので、静観を決めている。
もっとも、エレナといっしょにいて、舞衣の羽伸ばしになるのかは怪しい。結局、エレナの手前ということもあり遠慮してしまうかもしれない。ともあれ、と舞衣の部屋までやってきたエレナは、呼び出し鈴を鳴らしてみた。
が、反応が返ってこない。何度かコールしてみるが、人がいる気配がしない。
手元の携帯端末の共有スケジューラーに目を通して、舞衣が何をしているのかを確認して、違和感が再びもたげる。
……不在? 朝見たときは違ったはずなのに。
不在という書き方も引っかかる。もし急な予定変更があり、どこかに外出するのであれば、舞衣の性格からして必ず行き先を書くはずだ。
そこまで考えて、よく似た事象が一年前に起こったのを、エレナは思い出す。
前任していたアルカナギア部隊の全滅の報せを受けたとき。前日に、今と同じ、エレナの知らないところで、唐突な予定変更が発生していた。そこまで思いいたったとき、真っ先に進藤と朝比奈に連絡を入れる。
『どうしたんすか、エレナさん?』『なにかありました?』
「ううん、なんでもないの……」
二人にはコンタクトがとれることにホッとして、思わず舞衣の部屋の扉に背中を預ける。
……つまり個人で動いている。いや、動かされている……。
詳細はわからないが、やはり〈FIO〉には、〈企業〉には見せていない一面がある。確信を持ちつつ、エレナは別のことを考えていた。
……どうか無事でいて、舞衣ちゃん……。
===
夕日が沈み、代わりに月が浮かぶ夜空の中を、一対の翼が生えた《A・ヴェリタス》が突き進む。雲も近い高高度、猛禽類のごとし巨大な翼が、金属特有の冷たさで月光を照り返す。翼の付け根は膨らみがあり、人一人ならば入ることができるほどである。そこに駿馬を駆るような前傾姿勢で収まっている、パイロットスーツを着たアストリアが呟いた。
『アルカナギアによる魔法の増幅って、変な感じね』
通信機越しに聞いたエリオスは、苦笑する。
「こればかりは慣れるしかありませんよ」
アストリアが搭乗しているのは、《A・ヴェリタス》の修復時に合わせてレオニードから貸し与えられたアルカナギア用飛行補助ユニット――《F・エアリアル》。
《A・ヴェリタス》同様、搭乗者の魔法を拡張させることが主目的におかれた、第二世代のアルカナギアだ。機体は、ずっと帝国に保管されていた。
なくなれば問題が起こりそうなものだが、レオニードは「大丈夫」と心配になるほど清々しく答えた。〈原理派〉の拠点から目標施設との距離があるために、借りうけるほか選択肢もない。
飛行の方法は概ね風の制御による飛行となる。そうなると、〈原理派〉の中でも、風を操るのにふさわしいアストリアが自然と搭乗することになった。
『高いところから見る月は綺麗なのね』
《A・ヴェリタス》を通してとはいえ、空から見える月は、確かに状況が異なれば見入っていたい優美さであった。
「次の機会にゆっくりと見ましょう。必ず」
今日の目的はまた別にある。アストリアも認識は共有できている、彼女は名残惜しそうに息を吐いたあとに、先ほどとは異なる声音で言った。
『目標の地点はあと三分で到着するわ――でも』
「アストリア。《F・エアリアル》はあくまでも移動用です。施設が地上にある以上、戦闘では役立ちません」
冷たい言い方になってしまうのに、エリオスの胸は痛んだが、アストリアが一緒についていくと言いかねないのでやむを得ない。
実際、航行中であれば引き出せる速度も、一度地上に足を着けてしまえば再加速には時間がかかる。そもそも、《A・ヴェリタス》にはイセカイジンたちが持つアルカナギアには備わっていない圧倒的な戦術的優位がある。
とはいえ、アストリアからは不満そうな気配が伝わってきてエリオスも困った。安心させるため、もう一度声をかける。
「大丈夫です。帰ってきますから」
『絶対よ――そろそろ高度を落とすわ』
アストリアの言葉通りに、《A・ヴェリタス》のコクピット内の映像からも地面が近づいていくのがわかる。そして――
「いきます。あとは手はず通りに」
『ええ』
《F・エアリアル》の連結がほどかれ、《A・ヴェリタス》が落下を始める。《F・エアリアル》の風の加護の範囲から抜け出したことにより、大気の圧をパイロットスーツ越しにエリオスは受ける。身体を大きく広げた《A・ヴェリタス》は、滑空。やがて《A・ヴェリタス》の足を下に向けながら、エリオスは『魔法』を使う。
『魔法』により、高高度から降り立ったにもかかわらず、《A・ヴェリタス》は音もなく着地する。すぐかたわらにいた《P・ガーディアン》が突如現れた《A・ヴェリタス》への反応を示す。けれどもその前にエリオスは《A・ヴェリタス》にナイフを抜かせ、《P・ガーディアン》の頭部を斬りつけた。
だが、《P・ガーディアン》は一体だけではない。哨戒を行っていた、二体が《A・ヴェリタス》へと接近。二体の《P・ガーディアン》を視界におさめたエリオスは意を決する。
「通させてもらいます!」