表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

PARTS2(2/2)

「よかった、ふたりとも無事だね」


 舞衣は、ほっと胸を撫で下ろしていたところに、進藤と朝比奈が群がった人垣を押しのけて慌てて近づいてくる。進藤は淡い茶色のチュニックにジーンズ、朝比奈は、舞衣と同じ街の娘らしい格好といういで立ちだ。


「七星、いきなり飛び出すなって」


「もーう、お姉様になにかあったらどうするんですかー」


 進藤と朝比奈の両名が軽く抗議の声をあげるが、舞衣としては何も間違ったことはしていないという自負がある。


「子どもが襲われそうになっていたんだ、助けるのは当然だろ?」


 舞衣の正論に、二人もそれ以上何も言えなくなった。


 事態が落ち着いたことで人々の関心もおさまったのか、人垣が散り散りになった後、銀髪の少女が礼をした。


「あ、あのありがとう、ございます」


 手を胸に当て、ゆっくりと腰を曲げる仕草に、舞衣は内心で首をかしげる。


 ……少し上品過ぎないか?


 身なりとしては、裕福な家の者の格好をしている。しかしそれを差し引いても謝る姿が洗練されている。もっとも「きみはどこかのお姫様ですか?」と訊くわけにもいかない。


「礼には及ばないよ、ただ子どもだけで外出するというのは不用心じゃないのかい?」


 フェリオンの言葉で諭したところ、銀髪の少女の妹らしい傍らの金髪の少女が眉をひそめたのがわかった。


 ……子ども扱いするのはよくないな……。


 つい先日もエリオスに怒られたではないかと思い直した。


「気に障ったなら謝る。けれど治安がよくなったとはいえ、危険はある。できれば大人といっしょに行動したほうがいい」


「……でも、どうしても中央図書館にいかなければならないの」


 頑なに帰る意思を示さない彼女たちに、舞衣はふむと顎に手をやりながら考えた後、進藤と朝比奈に向き直る。


「悪いが、エレナさんの依頼を二人でしてくれるか?」


「……マジか?」舞衣の意図を察した進藤が呆れた声を出す。


「だったら私も――」


「いいや。進藤に持たせるとどうしても手が足りなくなる。朝比奈は進藤とエレナさんのお遣いを頼む」


 朝比奈は「うー」と恨めしげに少女たちを見やるが、やがて諦めたように「はーい」と答える。


「決まりだな」


 うんとうなずき、舞衣は少女二人に向かって笑顔を向けて言った。


「私も君たちといっしょに図書館に行くよ」


「え?」


 なぜか金髪の少女が驚いた声をあげた。


===


 図書館は荘厳な石造りの建物で、入り口には重厚な扉がそびえ立っている。館内に入ると、天井が高く、本棚が整然と並ぶ広々とした空間が広がっていた。静寂の中で、時折、書物をめくる音が響き、ガラスから入る陽光が閲覧席を照らす。


 ……どういう状況なんだ⁉️


 エリオスは、三日前は敵として現れたイセカイジンといっしょにいるという事実に内心、戸惑っていた。


 それぞれが入館証を提示したが、舞衣が持っているのは素直に驚いた。エリオスの視線に気づいたのか、舞衣が軽く笑う。


「手が空く時間が多くてね。少しでも役に立てばと作ったんだ」


「イセカイジンでも、作れるんですね」


「帝国は特別だよ」


 エリオスが思わずつぶやいた質問に、舞衣は気を悪くすることなく答えた。


 と、エリオスたちから少し離れたところに立ったアストリアが視線を送る。エリオスは何事かと彼女に近寄ると、アストリアは耳打ちをする。


「さすがに、あのひとを書庫に入れるわけにはいかないわ。だからなんとか彼女の注意を引いて」


「どうやってっ」


「どうやってもよ。お願いね!」


 言い残したアストリアが、そそくさと歩いていくのをエリオスは黙って見送ってしまう。


「……アリアはどこに行ったのかな?」


 エリオスもアストリアもそれぞれイセカイジンに本名を明かすことはできず、アストリアはアリアという偽名を使った。ちなみにエリオスはエリィ。瞬間的に出したのだから安直なのは仕方ない。


「え……と」


 エリオスとしては気が気でない。ただ、舞衣の喋り方からも、識字能力も相応だと思われる。となると書庫に入るアストリアを見ただけで不審がられることは十分ありえる。


「役割、分担をしようとすることになりまして」


「役割分担?」


「そ、そうです。書籍を探すのはアリアが行うので、わたしがマイさんのお手伝いをしようかと」


「気を遣わなくてもいいんだよ? なんなら、私も君たちを手伝おうか――」


「そっそそそ、それは……少し……困ります」


 過剰に反応してしまったので、舞衣が困惑した表情でエリオスを見てくる。


「わたしたちが探してるのは、えっと……うーん」


 何を言えばわからず、あうあうと口を動かしていたがやがて、舞衣が申し訳無さそうにする。


「すまなかった。詮索するのは不躰だったね」


「あ……いえ、……こちらこそ」


 勝手な解釈によりなんとか助かった。


「ならば余計に、きみもお姉さんを手伝ったほうがいいんじゃないか?」


「そういうわけにもいきません。先ほど危ない目にあったのを助けていただきました」


「う、うーん……」今度は舞衣が思案顔で腕を組む。「あらたまって言われると、困るな」


 舞衣が悩んでいる間に、ちらっと振り返るとアストリアが特別書庫に入っていくのが見えて、ドキッとした。慌てて舞衣の方を向き直る。まだ彼女は考えに集中していて、アストリアには気づかなかったようで、ほっとしたとき。


「では、字を教えてくれないかな?」


「字……?」


「ああ。簡単な字しか知らなくて、困ることもあるからね。どうかな?」


「別に、いいですよ」


 意表を突かれたお願いだが、ふと思う。


 ……ぼくに気を遣った、のか?


 あまりにも熱心に乞うものだから、エリオスにできそうなことをひねり出した感じもする。


「な、なにか具体的に知りたい字はありますか」


 彼女の気遣いが、なぜだか悔しくて促してしまう。


「少し待ってくれないか? 読みたかったところがある本を持ってくるよ。きみは席でもとっていてくれ」


 離れてしまった舞衣を見送りながら、アストリアのことを思う。


 すでに特別保管庫に入っているとは思うし、鉢合わせすることもない。


 ……でも、特別保管庫に誰か人でもいたら、アストリアの魔法が使えないから問題じゃ?


===


 結論から言えば、エリオスの懸念は杞憂に終わっていた。


 ……この時間帯の人払いはしてある、と。どこまでも嫌味なくらいに用意周到よね……


 ありがたいのだけれど癪にさわる、複雑な心境で特別保管庫一帯を見渡す。


 アストリアの背丈をゆうに超える本棚が列をなして並んでいるのは壮観だった。特別な一画であるが、蔵書数が少ないわけではない。国の施策を決めるための文書の数々が収まっている。


 ただ、レオニードが言うには、ひとつひとつに正確な情報が必ずしも入っているわけではないということだ。膨大な資料の中から短時間で導き出すというのは至難の業だ。


 ……エルミナじゃなければ、ね。


 アストリアは集中し、魔法を使う。エルミナの魔法は、風を操る。エリオスの女装を成立させたように、光の屈折を変えたりもできるが、用途はそれだけじゃない。


 ……風よ、開け。


 数十冊に及ぶ本や資料がたちまち宙に浮かび上がり、勝手に開き始める。


 ……風よ、読め。


 命じることで、宙空の書物たちはパラパラと一人でにページを繰り始める。


 同時に、アストリアの頭の中に入り込む大量の文書情報。


 エルミナの魔法は、風を操り、光を曲げ、そして空間にある光情報を自在に取得するもの。


 情報という何よりも貴重な資源を誰よりも早く取得できるからこそ、エルミナは今日まで繁栄してこられたのだ。


 ……エリオスのためにも早くみつけなきゃね。


===


 席を取ってと、言われるがままに窓辺の閲覧用の机の席に座っているが、ハッとする。


 ……別にこのまま離れても問題ない?


 と思ったエリオスだが、すぐに脳裏によぎるのは先程助けられた出来事。不義理を働いていいのかとあれこれ考えているうちに、足音が近づいた。


「おまたせ、少し探すのに手間取ってしまってね」


 顔をあげると、すらっとした立ち姿で本を抱える舞衣の姿があった。


「どうかしたかい、私の顔をまじまじと見つめて」


「え?」


 そんなに見てたのかと自分でも驚いてしまう。


「マイ……さんは、背が高くて、羨ましいな……て」


 慌てて誤魔化すために、ついそんなことを口にしてしまう。舞衣は照れくさそうに笑った。


「ふふ、ありがとう。きみもまだ成長期だ、もっと背が伸びるよ」


「……そうですね」


 自身の背が低いことに思うところがあるエリオスとしては、どうも居心地が悪かった。


「隣、失礼するよ」


「わっ?」


 舞衣が隣に座ってくるので、エリオスはどきりとしてしまい、思わず変な声が出てしまった。


「どうしたんだい、声なんてだして」


 ……なんでだろう?


 自分でもわからない。けれども、どうしてだか肩が触れそうなほど側に座ることに、妙な緊張を感じてしまったのだ。


「マイさんみたいなかっこいい人が近くにいるのにびっくりしちゃって」


「なら、離れたほうがいいかい?」


 舞衣は気落ちしたように言う。そう言われると、エリオスも「はいそうしてください」というわけにもいかない。


「もう大丈夫です。字を教えるから、近いほうがいいですよね」と、素直に答えてしまった。


 今度こそ、隣り合って座る二人。アストリアとはまた異なる甘い匂いに、それでも平静を装いながら、エリオスはとにかく目の前の本に集中する。


「どの字を知りたいでしょうか?」


「ここ。物語のいいところで、わかりかねてね。ニュアンスは伝わってるんだが、せっかくだからちゃんと読めるようになりたい」


 本は二年前に首都で流行した舞台の脚本であり、エリオスも観劇したことがある。舞衣が指し示した箇所に目を落とすと、二人の男女が愛の言葉を交換している場面だった。確かに普段は使わない字を使っているが、エリオスにとっては決して難しくはない。


「珍しい字ですが、『希求』となります。さらに、前の文字から繋げると」


「『きみを私のモノにしたい』、といったところかな?」


 耳元で舞衣がささやく。


「っ⁉️」


 聞いたエリオスは、途端に顔が熱くなった。妙にドキドキと自分の鼓動がうるさく鳴るのがわかった。


「大丈夫かい? 顔が赤くなっているけれど」


「は、はい……全然」


 少しでも照れたと思われたら、怪しまれる以前に、帝国の王子としての沽券に関わる。


 ……そう、別になんともない。ただ本の文章を読み上げただけ……


 自らに言い聞かせて、エリオスは本に向きなおる。


「他には、ありますか?」


「では、この台詞のところもお願いしたいな」


 舞衣に指し示されたところを一読し、エリオスは心を落ち着けて、言う。


「『あなたの瞳は夜空の星々よりも輝き、ぼくの心はあなたへの想いで満たされる』……」


「意訳はできたが改めて正文を知ると、趣が深い」


「……そう、ですか……」


 微笑む舞衣とは対照的に、エリオスは心から言っているわけではないのに、身悶えをしそうなのを必死に押さえていた。


「では、これも教えてくれないか」


 一方、読めるのが楽しくなったのか、エリオスの気を知らずにいきいきした様子で文章を指し示していく舞衣。


 ……アストリア、早くー……


===


 特別書庫から出たアストリアは、口を結び、眉根を寄せながら、思案を巡らす。イセカイジンたちのおおよその場所については特定できた。レオニードの思惑は気がかりだが、いまは今後の指針を固めるために早急に戻る必要がある。


 エリオスを探して館内を歩いていると、やがて館内の端の方に設けられている閲覧机の一帯にたどり着いた。


 仲良く本を読んでいるとも思えなかったが、一通り確認していたところ――


「『あなたはぼくの運命、もはやあなたなしでは生きていけない』……」


 ……!?


 小さなささやき声だったが、聞き間違えるはずがない。確実にエリオス……エリィの声だ。


 恐る恐る声がした席を覗くと、エリオスと舞衣がいた。


 やや不自然に思えるほど近くに寄って座り、舞衣は微笑みを浮かべながら、エリオスは気恥ずかしげな表情をしている。


「『なんとも嬉しい限りです、私は喜んであなたの運命になりましょう』」


 舞衣もエリオスの耳元で囁くので、アストリアはたまらず叫んだ。


「な、なに言ってるのー!?」


 エリオスと舞衣は、はっとした表情になりアストリアを見上げ返す。あまりにも息があった様子に、アストリアはさらに気を悪くして舞衣を睨めつけ――


「わからない字を教えてもらっていただけで」


 舞衣が本を指し示すのを見て、アストリアは自分がとんだ勘違いをしていたことを知り、その場で膝をついたのだった。


===


 三人が図書館から出ると、西の空は橙色に染まり、日が傾き始めていた。路地には長い影が伸び始め、街の喧騒も落ち着ついたものとなっている。夕方の風が静かに吹き抜け、涼しげな空気が漂う。そんな中エリオスとアストリアは馬車を拾うことができた。


 馬車に乗る前に二人は舞衣の方へと振り返る。


「今日はありがとうございました」


 丁寧なお辞儀をするアストリアに、舞衣は首を横にふる。


「礼を言うのは私の方だ。貴重な時間だったよ」


 舞衣がエリオスへと微笑むのを見て、エリオスは先程のやり取りを思い出して気恥ずかしくなる。でも、感謝の意を表さないわけにもいかない。


「あなたのおかげで、助かりました」


「次からは気をつけるんだよ?」


「……はい」


 最後まで子ども扱いされているとは思ったが、どうしようもない。反発することなくエリオスは頷く。


「行くわよ、エリィ」


 アストリアが馬車に乗り込み、エリオスも続く。


「また会おう、エリィ、アリア」


 思いがけない言葉に、エリオスは少し驚いたが、控えめながら笑顔を向けて応えた。


「はい」


 店の灯りがぼんやりと通りを照らし、遠くで路上の演奏家が静かに竪琴を奏でている。街の様子を馬車の中から覗いた後、エリオスとアストリアはお互い向き直った。


「いろいろと予定外のことも起こったけれど、なんとかなったわね」


 舞衣がいなくなった緊張感から開放され、二人とも肩の力を抜いた。


「アストリアの方で、もうわかりましたか?」


「ええ、新兵器の場所も目処がついたわ」


「《A・ヴェリタス》の修理もそろそろ終わるはずですし。早急に叩きましょう……アストリア?」


 浮かない顔をするアストリアが心配になり、声をかけるとアストリアがエリオスの目を見て言う。


「あなたは、シチセイ・マイと戦えるの?」


「……」


 舞衣というアルカナギアのパイロットの人となりがわかった今、アストリアはエリオスの覚悟を問うている。


 イセカイジンは敵だとエリオスの心に根強くあるが、七星舞衣という個人に対してはどうか?


 彼女とまた戦場で相対するという、当たり前の可能性に胸のあたりがざわつく。けれども迷いはない。


「戦います」


 答えを聞いたアストリアは、目を伏せて、「そう」とだけ呟いた。


 二人を乗せた馬車は、街の喧騒を縫って進んで、首都の外縁を目指す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ