PARTS2(1/2)
エリオスが〈原理派〉のアジトに戻れたのは、日が暮れた後だった。会議室にあたる大広間に足を踏み入れると、その場にいる者たちの表情は皆険しく、緊迫している空気が肌を刺す。何人かがパイロットスーツのままのエリオスの帰還に気づき、慌てて頭を垂れてくる。
「エリオス、ご苦労さま。首尾は聞いているわ」
代表してドレスを着たアストリアが労いの言葉をかけ、エリオスの無事を確認した彼女は口を開く。
「全員が知っての通り、イセカイジンたちの侵攻はとうとうアズレア鉱床にまで及んでるわ。もし鉱床が奴らの手に落ちれば――アルカナギアの製造力は大きく向上することになり、イセカイジンはフェリオンでも最大の勢力となるわ」
アストリアから語られることで、改めてことの重大さが会議に出席している者たちにいきわたる。
「これはもう自分たちの国だけの話ではなく、フェリオンの独立性を守るためにも必要なことよ。なんとしても鉱床は死守しなければならないわ。竜の生存が必要なのだけれど、エリオス、竜は生きてるの?」
「はい。急所は外れていました。翼が傷ついたことによって、移動能力は削がれていますが、生きてはいるはずです。回復には一~二週間といったところだと」
「つまりその間に、やつらが再び侵攻し、竜を討つ可能性が高い、と」
思案顔になるアストリア。周りの〈原理派〉の主要人物たちも同様に渋面を作っている。そもそも《A・ヴェリタス》の右腕の損壊も改修しなければならないのだが、修理をする環境も資源もない。アズレア鉱床の防衛が絶望的かに思えた矢先だった。
「お困りかな、〈原理派〉の諸君」
唐突に響く見知らぬ青年の声。一同が会議室の入口に視線をやり、信じられないというように、大きく目をみはる。
「失礼、驚かせてしまったかな?」
だが青年は平然と視線を受け止めて、会議室に足を踏み入れる。
堂々と広間へと歩みを進めた青年は、白銀の礼服を纏い、漆黒の刺繍が施された優美な装いをしていた。肩まで流れる金髪はわずかに波打ち、微笑が浮かんでいる。彼の足取りは、まるで舞台の主役が登場するかのように絶対的な自信があった。
エリオスの顔立ちに似た青年の様子に、エリオスは唖然とした顔でつぶやいた。
「レオニード兄、……様?」
「エリオス。心配したぞ」
レオニードはというと、弟を見つけたなり、かけよって抱きしめる。されるがままに抱きしめられたエリオスはというと、状況が飲み込めずに目を白黒させた。
「ルヴァイン様、どうやって――」
エリオスを尻目に、アストリアは立ち上がってレオニードに近づきながら問う。
「愚問じゃないのかな? 僕たちにとっては、さ」
弟を抱擁したまま、レオニードは冷ややかな声で言う。手段としてはおそらく《A・ヴェリタス》の『魔法』と同質のものをレオニード自身が使ったのだろう。問題はなぜ〈原理派〉の拠点を知っているのかなのだが、明かすことはないと思い、諦めて質問を変えた。
「…………では、なぜいらっしゃたのですか?」
「お願いしたいことがあってね」
もとの優しい声音に戻ったレオニードが言った。
「イセカイジンの戦力増強は帝国にもメリットがあるのでは」
「本気で訊いてるのかい、それとも帝国が世界を売り渡そうなんてことを考えていないかを確認したいのかな?」
「…………失礼しました」
今回のアズレア鉱床の侵攻自体、帝国にとっても本位ではないのだ。しかし、帝国におけるイセカイジンの依存度は大きく、少しした反対意見は通りづらいのが現状である。だから非公式に〈原理派〉へと接触し、イセカイジンの牽制をしにきた、といったところか。同時に、〈原理派〉の拠点を握っているということで、帝国の力を改めて示す意図もみえた。
「これは報酬、前払い分だと思ってくれて構わないよ」
すっとアストリアに差し出されたのは、帝国の首都への通行証。先日、アストリアがアルカナギアに追われる原因も通行証の不所持によるものだった。
「もう一つの報酬としては、《A・ヴェリタス》の改修を僕たちの側で行うというのはどうかな?」
「なるほど。それで依頼ごとは?」
あまりの気前の良さに、半ば覚悟して促す。
「簡単な話だよ、ある兵器を君たちに破壊してもらいたい」
この場にいる者たちの息を呑む気配がエリオスにも伝わる。
レオニードもアストリアが断るとは考えていないはず。帝国がわざわざ打診するということは、〈原理派〉もまた看過できないものであるからだ。
「わかりました。申し出を受け入れましょう。兵器の場所はどこですか?」
「ここの情報から導いてほしい」
「……中央図書館の、入館証。しかも、特別情報保管庫のまで?」
手渡された厳かな紙を見つめたアストリアが驚く。
「断る理由があるかな?」
「エルミナに……わたしに。渡すことが何を意味するか、ご承知の上、ということでよろしいでしょうか?」
言葉遣いこそ丁寧だが、怒気が重なっているのはエリオスにもわかった。
「信頼の証と受け取ってもらいたい」
レオニードは不敵な笑みだけを返すと、余計にアストリアの気に障ったようで、柳眉が逆立ちそうになる。とっさにエリオスは兄に話しかける。
「そ、それで、《A・ヴェリタス》の修理はいつ頃行える、かな?」
「今すぐにでも――と言いたいところだが、三日ほど待ってくれるか。《A・ヴェリタス》が来るとなると、僕も秘密裏に動くしかないからね。相応の準備も必要だ」
逆に言えば、件の兵器の危険性が高いことを示していた。三日というのも請求と慎重を見極めて、ということだろう。
「情報提供、ありがとうございました」
少しだけ落ち着いたのかアストリアが取り繕いながらも、レオニードに退出を促す。
「僕としては君たちとは今後とも協力関係を結んでおきたかっただけなんだ」
「私も同感です」言いながら、アストリアのこめかみあたりがまたひくついている。
「これ以上、嫌われたくないのでそろそろ退散するかな」
踵を返すレオニードに、アストリアも見送りは不要というように周囲に目配せする。レオニードもアストリアの意思に異存はないらしく、そのまま黙って退出した。
見送ったアストリアは一呼吸を置いて、会議室を振り返る。
「三日後のためにも準備を進めましょう。なにはともあれ、首都へ入れることにはなったのだし」
アストリアは平静を取り戻したのか、周囲へと目をやる。
「でも、一人で首都に行くのはさすがに危険じゃないですか、アストリア?」
「何言ってるの。あなたも来るのよ、エリオス?」
え、と驚いたエリオスは慌てて首を横に振る。
「駄目に決まってますよ、もしもぼくがルヴァインの人間だってバレてしまったら――」
「わたしはエルミナよ?」
つーと、口角を上げて笑う彼女に、なぜだか気が気でなかった。
===
あの戦闘後……。あっという間に三日が過ぎていた。
Tシャツにホットパンツというラフな格好の舞衣は、報告書を書き終え、椅子の背もたれによりかかった。
エリオスが離脱した後、舞衣の《D・スレイヤー》は足を引きずりながらもエレナたちと合流。《クォンドリンクス》によって本部と連絡を取り、救助を呼び、三人とも無事回収された。その後は精密検査を受けたり報告があったりと、二日間潰れ、今日に至る。
《D・スレイヤー》の耐衝撃性能がよかったのか、幸いに身体的な異常もない。舞衣はいつもどおりに起床したが、一応病み上がりということもあり手持ち無沙汰になってしまう。
「……エリオス・ルヴァイン……」
暇ができると、一人の少年のことを思い出してしまう。まだ子どもといって差し支えない華奢な少年が、《A・ヴェリタス》のコクピットから出てきたときのこと。その瞳に圧倒されてしまった自分。
ルヴァルディア帝国とルヴァイン……偶然の一致かもしれない。ただ、エリオスが王族、あるいは準ずる出生である可能性が高いと、なぜだか舞衣には確信があった。であるとしたら、なぜ彼は〈原理派〉として活動するのか?
物思いにふけっているときだった。唐突に、コール音が鳴り出し、舞衣は我に返ってすぐに応答する。
『おはよう、舞衣ちゃん。今は大丈夫?』
「エレナさん、どうしたんですか」
『ちょっと頼まれごとをしてくれる? 首都に行って買い物をしてほしいんだけど』
確かに、舞衣たちにとっては異世界だが、現地の通貨といったものは支給されている。わざわざ世界を渡って取得する必要もないものは現地で手に入れるのが常だ。
『そう。量が量だから、宇くんと彗葉ちゃんも連れていってね。メモ送ったから確認お願い』
言われたあとに、端末を見てメモを確認するが三人もいる量とは思えなかったが、その意図は、舞衣には察しがついた。
「……わかりました、しっかりと買ってきます。量が量ですから、帰舎するのは夕方になります」
『了解、悪いわねー』
エレナとの通話を切ったあと、舞衣は進藤と朝比奈にそれぞれ連絡を送り、程なくして了承の返事を受け取る。
……考えすぎもよくないか。
気持ちを切り替え、進藤と朝比奈に連絡を入れた舞衣は首都へ出かける準備をした。
===
太陽が高く昇り、白い雲がゆったりと流れる昼下がり。
首都の商業地区に入ったエリオスとアストリアは、すれ違う人との肩がぶつかりそうな道を歩く。
多くの露店が並び、昼の日差しを受けて商品が鮮やかに輝いていた。食べ物の香ばしい匂いや、果物の甘い香りが漂う。人々は皆、せわしくも活気に満ちた様子だった。店先では布地や装飾品が整然と並べられ、交渉の声も絶えない。
「潜入に成功したとはいえ、ここまで簡単だと複雑ね……」
街にとけこむため、町娘風の衣装をまとったアストリアが拍子抜けしたようにつぶやく。けれども、エリオスとしては別のことが気がかりで仕方がなかった。
「どうして……こんなことを」
「万が一にでもあなたがルヴァルディアの王子だと気づかれたら厄介でしょ」
そういうアストリアの口元にはにやにやした笑みが浮かんでいる。
「だからって、女に見せなくても――」
エリオスの服装は、首都の市民がよく着るシンプルな麻布のワンピースに、足元は革のサンダル。そしてアストリアの魔法がかかったメガネによって、周囲からは少女めいた顔立ちに見えるようにされていた。
『風の魔法の応用よ。周囲の空気を少しいじることであなたをあなたと見えなくしているの』
ということだったが、なぜ女の子にしたのか納得いく説明をアストリアはしてくれなかった。
周囲から怪しまれるのは得策じゃないことはわかっているので、それ以上強くは言えずに、観念してアストリアについていく。
「市井の生活は安定してるわね。どの国よりも」
複雑な表情でアストリアは、人々から町並みまでそれとなく、けれどもしっかりとした目で観ていた。
「水回りは清潔で、空気も淀みがない……。人が多く入る首都において、まさに理想ね」
「イセカイジンの力によって成り立ってると、父が言っていました」
ほとんどのフェリオンの国の首都は、水回りや大気が淀んでいる。一応、その国の魔法使いが定期的に魔法による浄化を行うのだが、どうしても頻度が足りないのだ。ただ、帝国の場合は簡単な魔法なら常時再現できるCCEによって、その問題を解決している。
市井の顔を見るだけで、どれほどここの生活が充実しているのかがうかがい知れた。帝国の市井にとってはイセカイジンというのは生活を豊かにしてくれたありがたい存在なのだ。
「でも。フェリオンにとってはやはり異物です」
「エリオス……」
「……すみません」
自分がイセカイジンに向ける感情は、アストリアのように帝国以外のフェリオン諸国を慮ってのことではなく、完全な私心だ。少しでもさらしてしまったのを恥じたときだった。
「いま、エリオスと言ったかい?」
「!?」
いつからいたのか、大柄な男がエリオスとアストリアの背後に立っていた。警戒して振りむき距離を取ろうとする二人。
「最近じゃすっかり表に出なくなって実は亡くなったという噂もあったが。ははぁ、女装が趣味な王子様というのは、確かに扱いは難しいなぁ?」
「……なんの用?」
男は全く勘違いをしているのだが、それを訂正する
わけにもいかず、アストリアが低い声で問うが、男は気にもとめない。
「そんな怖い顔しなさんな。それとも何か、女装中のエリオス様がいると大声出してもいいんだぞ?」
雑踏がかき消してくれると思ったが、迂闊だった。
「暴れてもらっても困るから、交渉だ。大人しく俺と一緒についてきてくれるなら、騒ぎは起こさねぇよ。帝国の恥を、わざわざ大衆に晒したくもないよな?」
「……っ……」
予想外のことにエリオスは動けず、かばうようにアストリアが前にでる。だが、男はエリオスの腕を掴みかかろうとして――
「痴れ者がっ!!」
次の瞬間、女性の綺麗な脚が男の腕を蹴り飛ばしていた。
「ぐぁっ⁉️ ちっくしょう」
男は蹴られた腕を、もう片方の手で押さえて、人垣を肩で分けながら慌てて身を翻して逃げていく。
「大丈夫かい?」
振り返る女性の長い黒髪が揺れ、心配気にエリオスとアストリアを見下ろした。格好はゆったりとした長袖のブラウスに、深い緑のロングスカート。腰にはシンプルな黒のベルトが締められ、黒の革靴を履いている。
声に聞き覚えがあった。アルカナギア越しではあったが、間違いないとエリオスは思った。
……シチセイ、マイ?