PARTS1(2/2)
三台の移送車の格納部のハッチが開き、ライフルを両手で持ち、立膝をついた白亜の装甲を持つアルカナギアが姿をさらした。
機体のコードネーム、《Dスレイヤー》。大きめのサングラスにみえる特徴的な眼部。白を基調とした全身と《P・ガーディアン》よりも華奢な四肢。左の腰に装備された剣も相まって侍を彷彿させる。
舞衣は、《D・スレイヤー》の中にいた。黒色をベースにオレンジ色のアクセントが入った、肌に密着するパイロットスーツを着込んでいる。装着しているフルフェイスヘルメットの中、舞衣は唱えた。
「《D・スレイヤー》、起動」
『操縦者認証:七星舞衣。《D・スレイヤー》の起動を開始します』
無機質な人工音声が骨伝導越しに聞こえ、フルフェイスの裏側のディスプレイが切り替わり、《D・スレイヤー》の視界とリンクした。
森林地帯が広がり、高くそびえる樹々は青々と葉を茂らせ、風が吹くたびにざわめく。遠くに連なる鉱床地帯の岩肌が見え隠れし、鳥のさえずりが微かに聞こえる。
舞衣は、《D・スレイヤー》を立ち上がらせようと考えると、機体が揺れた。アルカナギアのOSに組み込まれたCCEが稼働し、彼女の意志に従ってフェリニウムでできたアクチュエータを駆動させたのだ。
この処理自体、舞衣が意識する必要はない。が、操縦者の動作と機体バランスを即座に補正してくれるからだ。
〈企業〉の技術により、地球の人間は短い期間でフェリオンの言語を解析することに成功。だが、〈企業〉の能力は自然言語にとどまらず、フェリオンの世界における魔法の言語すらも解き明かす。
が、フェリオンの外の人間が魔法を理解したところで、魔法を実際に行使することはできなかった。けれども、法則性や因果を無視して結論のみを取り出す方法を、〈企業〉は十二分に知っていた。
――AIを使えばいい。
そして圧倒的な計算の暴力によって魔法を実現させた技術こそが、CCEである。
そのためアルカナギアとは、巨大な魔法使いとなる。
なぜ人型で巨人なのか。それはフェリオンでは「体積が大きいほど使える魔法の量が増える」という法則があるからである。人型となったのは、CCEが魔法を効率よく運用するために最適な形だからだ。
「二人とも、風の結界を張ることを忘れるな」
『あいよ』『もちろんです!』
進藤と朝比奈の快活な声が返ってくる。舞衣もまた、木々の隙間を縫う風を意識した。すると、CCEが反応し、微風が《D・スレイヤー》から流れ出す。流れの先にある感触を《D・スレイヤー》の表面を通じて、舞衣のパイロットスーツにフィードバックされる。
風の結界というのは、アルカナギアの魔法を使ってのパイロットたちに伝わる自衛手段の一つだ。人間にとってイメージしやすい物理現象であれば、CCEによって魔法が使える。このことから、パイロットたちは厳しいフェリオンで生き残るための魔法を共有しあっている。
安全を風の結界で感じ取った舞衣たちは、けれども油断なく《D・スレイヤー》はライフルを構えつつ森林の中の道なき道を歩く。
「異常はありません」
『俺のところも特に』『わたしのほうもでーす』
《D・スレイヤー》に乗る進藤と朝比奈の報告である。今のところ脅威の影はないということに一安心する。
『三人共ありがとう、わたしの方も問題ないみたい。ひとまず先を進みましょうか』
エレナの声も通信に載って届く。殿を務めている舞衣の《D・スレイヤー》から見えるのは、木々の間を縫って歩く二人の《D・スレイヤー》。それと、舞衣たちが築くトライアングルの中心にいる全高二メートル程度の車ぐらいの大きさをした、犬型のロボットだ。もっとも四脚はそれぞれ身体の内側に向いており、生物らしさは感じない。
《クォドリンクス》というのが犬型ロボットの名だ。〈FIO〉や〈企業〉の拠点から遠く離れた箇所からでも通信が可能となる特別な魔法を与えられた、〈企業〉の支援機である。通信を一手に握っている。エレナこそが三人の生命線であり、〈FIO〉の隊員に張り付く〈企業〉の人間がハンドラーと呼ばれるゆえんだ。
反対に、《D・スレイヤー》をはじめとしたアルカナギアは単独での長距離通信は不可能だ。〈企業〉からの説明によれば、機体を動かす魔法との相性が悪いということなのだが、〈FIO〉のパイロットで鵜呑みにしている人間はいない。おそらく、意図的にオミットされている。アルカナギアの運用体制に〈企業〉の目を入れておく必要があるためだ。ただ、舞衣たちはエレナの迅速な判断に助けられたことが何度もある。考え方を変えれば、戦闘以外の補助をエレナが一手に引き受けてくれているということであり、感謝はあるにしても、悪感情はない。
『それにしてもよぉ、黒沢のあの態度、なんともならねぇかなー』
進藤がぼやくのはブリーフィングのことだろう。確かにとも思うが、当のエレナはやはりどこ吹く風というように答える。
『今さら気にしてないわよ。ま、もっとも、上層民ーって感じがして個人的には鼻につくけれど』
『そりゃ違いないっすね』
エレナのぼやきに、進藤も同調する。
上層と下層。平たく言えば、富める層と貧しい層。もともと日本にあった明文化されずともあった格差は、二〇二〇年代後半からのAIの発展により――さらに顕著化した。富めるものは富み、貧しいものはいつまでも貧しく。もはや、富も貧も世代に引き継がれるようになって久しくなり、西暦二〇四八年の現在、日本の格差は絶対のものだ。
そして上層の人間として命を出すのが黒沢紘一であり、命を賭して、高給を得るしかないのが進藤や朝比奈といった下層の人間なのである。例外は――
『二人とも、お姉様がいるんですよ、少しは謹んでください』
少しだけ怒った口調の朝比奈に、舞衣は優しく諭す。
「いいんだよ、朝比奈。私だって生まれは下層だし、黒沢の言葉には思うところはある」
『ならいいですが……』
『要するに。上層民にも黒沢のようにムカつくのもいれば、舞衣ちゃんのようにいい人すぎるのもいるってことでいいんじゃないの』
通信越しにそうまとめて、エレナが話を打ち切ろうとしたときだった。
舞衣、それに進藤と朝比奈の《D・スレイヤー》は同時にライフルの引き金に指をかけて発射体勢を取った。
「エレナさんっ、他部隊の状況はっ」
『今来たわっ、前方の部隊がほぼ三体同時にやられてるっ。これってッ!!』
さっと目だけをレーダー類が表示されているHUDに移動させ、確かめる。アルカナギアに等しい高体積魔法体の接近反応あり。鉱床はまだ遠く、竜にしてはやや小さい。
風の結界の反応にしたがい、舞衣は視線を上向かせる。
果たして、跳躍した巨人がそこにいた。
《D・スレイヤー》と同じく人間に近い四肢を持つアルカナギア。暗色の装甲を持ち、全身に鋭利なエッジが施された機体。頭部にはVの字を描く鋭角な突起が伸び、目にあたる部分には青い光が灯っている。
「《A・ヴェリタス》ッ!」
正式名称、AG-2310《A・ヴェリタス》。舞衣たちが乗る《D・スレイヤー》よりも旧式の第二世代型のアルカナギア。マシンスペックは《D・スレイヤー》よりも一段劣る。
だが、数値のうえでの優劣などなんら意味がない。
着地の衝撃で砂埃と、落ち葉が舞い上がる中、二本のダガーを持った《A・ヴェリタス》が迫ってくる。
『このっ!』
舞衣の斜め前を歩いていた朝比奈の《D・スレイヤー》が、《A・ヴェリタス》に向かってレールガンを構える。
そもそも、魔法使いとして風を吹かせるアルカナギアに、なぜライフルといった具体的な形状が必要なのか。それは、アルカナギアのCCEの限界に由来する。特に、竜といったフェリオンの原生生物に対抗するには、イメージだけの魔法では火力が足りないのはすぐに明らかになった。
そこで魔法の威力の増強を促す方法が検討され、結果、ライフルといった触媒を介することで解決されることがわかった。それがCCEに定義づけられた魔法――FSである。
今、引き金を弾くという行為が、FSのトリガーとなり、朝比奈の駆る《D・スレイヤー》の魔法が顕現する。CCEは魔法によって電流と磁場を生成。地球上と同じく、ローレンツの左手の法則に従い、弾丸は砲身内部を擦過しながら、音速を超えて放たれる。
だが、射撃と同時に弾丸の軌道にいたはずの《A・ヴェリタス》は、一瞬間で真横に移動していた。まったくの予備動作なしに、だ。
いかに魔法使いの模倣ができる《D・スレイヤー》でも、目前で行われた物理法則の超越はできない。これが第二世代型アルカナギアの最大の特徴、搭乗者とアルカナギアによる本物の魔法の行使。
視界から外れていた《A・ヴェリタス》は、舞衣の知覚するよりも早く、朝比奈の《D・スレイヤー》に飛びかかっていた。
『きゃっ!? ――』
対応もできず、朝比奈の《D・スレイヤー》は膝にダガーを突き立てられ、くずおれた。受け身を取り損なった巨体が傾倒した衝撃が舞衣の《D・スレイヤー》まで伝わる。
猫のようなしなやかさで動く《A・ヴェリタス》が次の獲物を求めて振り向いた。
「進藤、報告通り『消える』ぞ、フルオートで迎え撃つ」
『見りゃわかったよ、ありゃ、マジモンの魔法使いだ』
朝比奈のことは気がかりだが、目前の脅威の排除が先と戦士としての本能が《D・スレイヤー》にレールガンを構えさせ、撃たせる。
二機体による銃撃に対して、《A・ヴェリタス》はゆらりと動いて、再び舞衣の視界から外れた。が《D・スレイヤー》の感覚器からは逃れられない。隣の進藤の《D・スレイヤー》も同じだ。二体は風の結界に従い、方向転換し、再度の掃射。
間断なく続く攻防だったが、《A・ヴェリタス》がダガーを振りかぶったところで舞衣は直感する。
「伏せろッ、進藤!」
けれども舞衣の警告は間に合わない。
『えッ!?』
無惨にも進藤の《D・スレイヤー》の顔にダガーが突き立つ。
空間の転移――としか表現のしようがない現象――と同時に視界から外れた一瞬の隙をついて、ダガーを投擲された。あとからわかることはそれだけだ。
人間を模すことで魔法を扱いやすくなったアルカナギアの演算機関は頭部に集まっている。頭が壊れたアルカナギアは、CCEをまともに動かすことはできなくなり、倒れるしかない。
だが、ここにきて舞衣の《D・スレイヤー》のAIは学習を終える。
《A・ヴェリタス》の転移予測アルゴリズム。
ヘルメットの裏では、《A・ヴェリタス》の周囲に、大小さまざまな矢印が現れる。大きさは《A・ヴェリタス》の転移先となる確率を示す。
……避け方がわかったなら。
「エレナさん、集音抑えて」
『え? え? 舞衣ちゃ――』
レールガンをフルオートから、高出力モードへと変更し、左手をレールガンの銃身に添えさせ、エレナの返事を待たずに引き金を絞った。
耳をつんざく発砲音が響き、レールガンから放たれる砲弾。
……だが、お前はいないんだろ。
発射と同時に、《A・ヴェリタス》は《D・スレイヤー》の射線上からは消えているが、予測の範疇でしかない。
二度目の高出力砲撃。轟音が昼間の森林に駆け巡る。やはり《A・ヴェリタス》はいない。
……保てよ、銃身!
三度目の射撃は、間髪入れずに空に向かっての一撃。
ガイン、という衝撃音が着弾と、《A・ヴェリタス》の右腕の肘から手先がひしゃげたのがわかった。
……目の前からいなくなろうと、どこかにいるのであれば、当てられる。
この隙を見逃しはしない。《D・スレイヤー》を前進させ、冷却が必要になったレールガン
の代わりに、腰部に備え付けられた剣を抜く。
一方、空中で姿勢を整えた《A・ヴェリタス》は着地する。ただ、左膝を深く曲げるものの腕の欠損による重心変化がわかっていない動きで、ふらつくのが見えた。
……オートバランサーに頼った機体の操縦、なら魔法を封じ込めれば私の勝ちだ――
《D・スレイヤー》の剣の刀身は、魔法に対して干渉を行う。魔法により硬化されたフェリニウムの装甲といえども、バターのように切断する。
……終わりだ!
舞衣の《D・スレイヤー》が持つ剣が《A・ヴェリタス》に伸びたとき――
『高体積魔法体の接近を感知ッ! 逃げて舞衣ちゃんッ!!』
エレナの絶叫が響き渡り、我に返る。完全に意識の外の事態だった。思考のリソースを、目の前の《A・ヴェリタス》に割り振られてしまっていたが、本来の脅威は――
Gyaaaaaaaaaa!!!!――
大気を震わす咆哮。生存本能が理性を塗りつぶし、舞衣は気づけば《D・スレイヤー》の向きを変えていた。
目に飛び込んだのは、翼を広げた巨大な竜。金属質な光沢を帯びた褐色の鱗が体を覆い、翼の内側の淡い青色はフェリニウムのものか。鋭利な角と、冷たく輝く双眼がはっきりと舞衣の《D・スレイヤー》を捉え、圧倒的な殺意が溢れ出す。
左手の剣をもって迎え撃とうとするが、先に竜の全身が降りかかってきた。
コクピットのショックアブソーバーの許容量を軽く超え、ダメージ警告が鳴り響き、衝撃で意識が一瞬白む。
竜に押される形で地面を滑っていた《D・スレイヤー》。と、唐突に圧力が消え、代わりに浮遊感が襲う。
……崖へと飛ばされた……
慌てて魔法による気流制御を試みるが、間に合うわけもない。岩壁に《D・スレイヤー》の左腕を打ち付け、腕がひしゃげて剣を落とす。せめてと、《D・スレイヤー》の足裏にCCEで小さな爆発を起こし、反動で多少減速。しかし加速を殺しきれないまま機体は右足から鉱床に着地した。
「がッ!?」
吸収しきれなかった衝撃に失神しかけるが、辛うじて意識をつなぎとめる。けれども落下に耐えきれなかった《D・スレイヤー》の脚部は限界を訴える。戦闘のための移動はもはや不可能。
大小さまざまな鉱石が散らばり、草木が生えない荒涼とした地の上で、竜の咆哮が響き渡り、暴風とともに竜が、鉱床に降り立つ。
《D・スレイヤー》は満身創痍。レールガンの銃身は先の戦闘で高出力モードを再使用するには、あと八〇秒は必要だ。さらにいえば、現状は右腕一本でしか撃てず、おそらく二射目の前に、《D・スレイヤー》の腕が保たない。
冷静に状況を分析したあとに、舞衣は思った。
……嫌だ……
自分自身の意味を探すために、フェリオンに来た。だというのに、求めていたなにかを得られぬままに、自身の死が目の前に立ちはだかる。
……まだ私は……っ!
そのとき、頭上から何かが落ちてくるのを舞衣は感じ取ると、ほとんど同時に、それは竜の頭部に蹴りをいれた。ガンという硬い音がした後、暗色のアルカナギア――《A・ヴェリタス》は着地した。
「仕留めきれない、か」
フェリオンの言葉を呟く声に、舞衣はハッとする。幼さが残る、高い少年のものだったからだ。
竜の双眸が《D・スレイヤー》と《A・ヴェリタス》をそれぞれ捉える。舞衣の《D・スレイヤー》はまともに動ける状態ではない。一方、《A・ヴェリタス》の方はといえば、両脚は健在だが、片腕の消失からまだ満足に動けていない状態だ。
二機とも蹂躙されるくらいなら――
思い切って、外部スピーカーをつけて、舞衣はフェリオンの言語を口にした。
「《A・ヴェリタス》に乗っているパイロット、協力してくれないか?」
『……は、い?』
信じられないというように、《A・ヴェリタス》が肩越しに舞衣の《D・スレイヤー》を見た。抗議が来る前に、畳み掛ける。
「きみの言い分は、わかるが、竜がきみを襲わない保証はない」
息を呑む気配が伝わったあと、《A・ヴェリタス》の中の少年が返事をする。
『そちらは動くのも一苦労のようですが、何をしてくれるのですか?』
返ってきたのが流暢な日本語なことに驚きつつ、続ける。
「レールガンが使えるようになるまでの間、きみには囮を頼みたい。姿が消せる魔法をもってすれば、可能じゃないか?」
『そうして混乱に乗じて《A・ヴェリタス》ごと巻き込むつもり、ですか?』
「違う、ちゃんと撃つときは合図をする! 信じてくれ」
自分でも陳腐だとわかりつつ、これ以外の頼み方など舞衣には思いつかなかった。
『……どのみち、逃げ切れない可能性のほうが高い、ですね……わかりました』
覚悟を決めたように、《A・ヴェリタス》が竜へと向かってぎこちなく走る。竜は飛翔して迎え撃とうと、長くしなやかな尾を突き出した。
《A・ヴェリタス》は持ち前の魔法で攻撃の目測から外れ、同時に接近してみせた。左腕の拳を竜の顔に打ち付ける。竜の身体はよろめくが、すぐに姿勢を直して《A・ヴェリタス》へと襲いかかる。竜の顎は開いたまま、目は獰猛に輝いていた。
『こいつ!』
焦燥がにじむ声が鉱床に響く。
したたかに尾が地面を穿ち、翼が空を裂き、後ろ爪が《A・ヴェリタス》を襲った。《A・ヴェリタス》は転移してやり過ごす。けれども、遠目から見ていた舞衣は、《A・ヴェリタス》の転移距離がどんどんと狭くなっているのに気づく。
はっきりとした要因はわからないが、《A・ヴェリタス》にはなにか制限があり、竜に捕捉されるのは時間の問題であると感じ取る。回避に専念している《A・ヴェリタス》を見つつ、舞衣はじりじりと動くプログレスバーを確認した。
魔法によるレールガンの砲身の冷却進行。一撃必殺が求められる状況下で、射撃時の負荷による不発を防ぐには必要な処置だ。願うようにレールガンを構え続け、視界の先には竜が飛翔し、中空から急降下で《A・ヴェリタス》を襲おうとする。その折――
"Complete"
無機質な、文字がコンソールに現れた瞬間に舞衣は叫んだ。
「きみ、合図をしたら消えるんだ」
『わかりましたから、早く!』
「五、四、三、二、一――あたれ!」
《A・ヴェリタス》に向かってまさに前腕部の爪を突き立てようとした竜に対して、舞衣は引き金を絞る。
《D・スレイヤー》の射線上にいた《A・ヴェリタス》は転移、そして――
ギィィィン!!
甲高い衝撃音が鳴り響き、砲弾が竜の片翼を真ん中から引きちぎった。
Gaaaaaaッ!?
翼が傷ついたことによって空中制動ができなくなった竜が、自重によって地面に叩きつけられ、砕けた鉱床の金属が舞った。
相当なダメージなようで動く様子がないことに深い息をつきなおすと同時に、疲労感に襲われるが、安堵するのは早い。《A・ヴェリタス》がいる、離れなければ――
『待ってください!』
呼び止める声に舞衣は驚く。
『何も言わずに撃てばぼくも倒せてたはずなのに、どうして――』
少年の問いかけに、力が抜けてコクピットのシートにもたれながら、呆れまじりにこたえる。
「仮に命を預けてくれた相手だ、そんな真似するわけにはいかないよ――私は、人殺しのために乗ってるわけじゃないんだ」
舞衣は、早く去らなければいけないという状況だというのに、気づけば問い返していた。
「きみこそ、なんでアルカナギアに? 声を聞けばわかる、まだ子どもだろ」
『子どもじゃありませんっ!!』
突如、《A・ヴェリタス》の胸部が開き、中から小さな人影が現れた。
柔らかい金髪に、あどけないが、端正な顔立ちの少年。髪と同じ色の瞳を舞衣の《D・スレイヤー》に向け、仁王立ちとなり告げた。
「ぼくの名は、エリオス・ルヴァイン。イセカイジン、あなたたちの好きにはさせないっ」
彼女はなぜだかわからないが、反射的に答える。
「イセカイジンじゃない――私の名は、七星舞衣だ」
虚を突かれた顔を浮かべたエリオスと名乗った少年は、けれども毅然とした表情に戻り、《A・ヴェリタス》の中に入ると、
《A・ヴェリタス》の目に再び光が灯る。負傷した機体は後退していき、鉱床の崖道をわたり、《D・スレイヤー》からも見えなくなった。呆然と見送るしかなかった舞衣はぽつりとつぶやく。
「エリオス・ルヴァイン、か」
意思の強そうな少年の瞳が、頭から離れなかった。