エピローグ
「すべてあなたの計画どおり?」
《Z・アセスダント》の一連の騒動について、おおよそ片付くのに一週間程度を要した。ほとぼりが冷めた後、レオニードは当たり前のように〈原理派〉の拠点に顔を出した。アストリアは呆れることにも疲れたというふうに言う。
「まさか。《Z・アセスダント》の起動は想定外でした」
……それ以外は、概ねってことよね……。
苛立ちを抑えながら改めてレオニードを見やる。《Z・アセスダント》の破壊の指示のタイミングは絶妙だった。おそらくイセカイジンの一派からの情報を受けて、〈原理派〉に動いてもらったというのは理解できる。とはいえ――
「あの翌日には帝国がイセカイジンとの関係を続けると発表したのは納得しかねるけどね」
同じイセカイジンによって処理されたことにより、《Z・アセスダント》の騒動は、一部の暴走とかたがついた。禍根が残らなかったわけではないが、大事に発展していない。理由は――
「帝国のイセカイジンへの依存度は大きいです。それに彼らには今後ともフェリオンの共通の課題としていてもらわないといけません」
さらりとアストリアを戦慄させる構想を言ってのけるレオニードに、確信をもつ。
「あなたが狙ってるのは、どの勢力もにらみ合いを効かせることで成立する、均衡というところ?」
「世界の調停を目指すだけです」
エリオスが〈原理派〉に来たときも同様のことを口にしたが、レオニードのものはより現実的だ。けれどもエリオスもまた己の理想の形を変えた――
「ところで、《A・ヴェリタス》がいなくなった〈原理派〉はどうするので?」
アストリアは、詮無き思考を振り払うように答える。
「〈原理派〉の方針はかわらないわ。引き続きイセカイジンの進出への反対、資源の保護よ。今回の混乱のうちにアズレア鉱床の竜も完全回復し、同志による監視体制も強化したわ」
「僕としてはありがたいですが」
だが、目は「いいのですか?」とも問うており、アストリアは視線を逸らす。もしもエルミナでなければと思うこともあるが、意味のない仮定だ。
……結局、立場を理由にしているのはわたしのほうかもしれないわね……。
それに比べてと、アストリアはふと舞衣のことを考えた。
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『――もって、私は状況を勘案し、《Z・アセスダント》の破壊を遂行することにした』
カチャカチャと、キーボードで入力しながら舞衣は今回の経緯について報告書を書いていた。フェリオンの危機を救った英雄であるはずの舞衣だが、歓待の宴もなにもない。別に望んでいるわけではないが、現実はファンタジーではないと思い知る。
誰が読むかわからないものではあるが、舞衣は自分の言葉で今日までの出来事を記すことに意味があると信じていた。
もっとも、戦場でのエリオスとの遭遇、《Z・アセスダント》の前でのことなどについては記載を控えた。
一通り終えて提出し、〈FIO〉の制服に着替えた舞衣は部屋を出る。
〈FIO〉は残留したが、在り方については変化が要請された。
まず、黒沢を始め、《Z・アセスダント》の計画に加担したエリート層や一部パイロットたちなどは一斉に更迭。主犯となった黒沢には帝国およびフェリオンの侵略を企図しているのは明らかであった。しかし、世界を跨いでの大規模な戦犯に対する適切な法がないということがわかり、建付けから必要になってくるという。
ともあれ、中枢の人間の半分が減ることになり、〈FIO〉の運用自体が危ぶまれた。そんな折に、〈企業〉側から〈FIO〉へ打診があり、フェリオンを知る〈企業〉の人材を幾人か補填する形で組織として再構築することとなる。大スキャンダルが発生した〈FIO〉……日本政府側にとっては、まさにうってつけの案であり、すぐに採択されることになった。
舞衣は今までは日本人の高官ばかりがいたエリアへと入った。私服を着た〈企業〉の者たちに軽く会釈をして通り過ぎつつ、しかしとも考える。
あまりにも迅速すぎる気もする。実は〈企業〉の側で黒沢の行動は予見されており、彼の失敗すらも織り込み済みだったのではという可能性も捨てきれない。ただ証拠はないため、深く考えるのはよそうと心のなかに疑念をしまう。
なにより、舞衣に協力した進藤、朝比奈については、今回の件は不問どころか評価された。彼らはアルカナギアのパイロットのままであるし、〈FIO〉の運営に〈企業〉が入ることで給与もあがっている。舞衣にとってはそれだけでよかった。
舞衣が会議室に入ると、赤髪を後ろに縛ったエレナが困った顔をしてPDAの画面を見ている。
「エレナさん、どうかしましたか?」
「ごめんなさい、もう時間だった? 早速話を詰めましょう」
奇しくも、黒沢の後釜についたのはエレナだった。フェリオンでの調査指揮を担当することになっているのだが……。
「――どう、かしら?」
「正直、厳しいと思います。特に鉱床の確保作戦については了承を得られないかと」
「やっぱりー。私も嫌なのよ。ということで没ぅー。で、こっちの話なら?」
「なるほど。まずは外堀から、ということですか?」
「わかっちゃう?」
申し訳無さそうに上目遣いで「ごめんね」と視線が言う。〈企業〉のより上の人間の意思をきくしかないのだと、舞衣も察するので、『彼』との妥協点を探る。
「こちらから話す方が現実的かと。ようは帝国の市井に情報端末を与えて、ネットワークを作る、ということですよね」
もっとも、必要になってくるのが、端末作成に必要なフェリコンとフェリニウム。〈企業〉はフェリオンの資源を諦めてはいないのだ。ただ、帝国の技術独占はおそらく『彼』の望むことではない。
「もし話すのなら、国家間のネットワークを形成する構想がいいと思います」
「へー?」
舞衣が提言したとき、なぜだかニンマリと笑うエレナ。なにか変なことを言ったかと不安になる。
「まるで、『彼』のことなら全部わかってますって感じの舞衣ちゃん、新鮮ー」
「なっ」
そんな態度だっただろうか? 確かに『彼』の考えそうなことを口にしたが、ただそれは状況における思考のトレースというか、なんというか。
「普通です、普通」
「出会って数日の『彼』のことをよく知ってるなーと思っただけよ」
「…………」
『彼』との本当の出会いはエレナにもしていないが、白状しなければいけない日も遠くはないのかもしれない。
「ま、まずは草案として私から『彼』にでいいですか?」
「はぁい、『彼』によろしくぅ」
話があらぬほうに向いそうになるのを察し、まくし立てるように言って舞衣は部屋を後にした。
早足で廊下を駆け抜けて、舞衣は『彼』がいる部屋へと向かった。
やがて、"フェリオン行動監査委員"という物々しい字面とは反対に、即席で用意された簡素な札が貼り付けられた入口の前に立って、ノックする。
「いま、いいかい?」
「大丈夫です、待っててください」
まだ声変わりしていないボーイソプラノが部屋の中から聞こえ、扉が開く。
そこにいたのは、〈FIO〉の制服を来たエリオス・ルヴァインだった。一番小さいサイズでも足りずに、わざわざ特注で作られたものが日本から送られたものとなる。
「待っていました、舞衣」
微笑みを浮かべながら、エリオスは舞衣を部屋に招いた。
今回の事件の被害者であるエリオスが〈FIO〉にいるというのにはいくつかの理由はある。ただ最大の要因は、エリオスが望んだから、である。帝国との交渉により、〈FIO〉が今回行ったような隠蔽といった問題の再発を防ぐために、フェリオンの監査が必要となった。そこに名乗りをあげたのがエリオスだった。
当然、彼の年齢的なことを疑問視する声が新生〈FIO〉の中にも多い。だが、帝国の王族であり、エリオス以上にふさわしい人選もないというのが結論だった。
さらに言えば、エリオスが〈FIO〉にいることは帝国への牽制へもつながる、つまりは人質だ。帝国側からも今回の事件を利用しての有利すぎる打診をしにくくするという意図がある。
ただその提言をしたのもエリオスであり、聞いた舞衣は流石に舌を巻いた。
ともあれ、こうしてエリオスはフェリオンの代表として、イセカイジンとの交渉の窓口を務めることになったのだった。
舞衣とエリオスはソファーに隣り合いながら話す。
「――みなさんが使っている金属板が使えるようになるんですね。たしかに便利そうですし、国家間の通信もできるようになれば情報伝達が早くなりますね」
「ただ、ネットワークが形成されればかつてないほど状況が変わる」
インターネットの発展が世界の様相をいかに変えたかは、地球の現代史が如実に物語る。
「それにCCEに頼ることになりますよね? だとしたら、最終的には各国に一定数いる魔法使いの反発は免れません」
……どこまで考えてるんだ?
自分より、年下の少年に見えている世界に空恐ろしさを感じると同時に、やはり、という思いが舞衣の胸をよぎる。
「……エリオス、〈原理派〉にいなくてよかったのか?」
「はい?」
舞衣の質問に小首をかしげたエリオス。舞衣はぽつぽつと言う。
「きみが〈原理派〉に所属してたのは、イセカイジンの流入を防ぐためなのに、あんなことがあってきみは」
「助けてくれた人の言葉とは思えませんね」
微苦笑をこぼしながら、エリオスは一呼吸おいて舞衣に語る。
「舞衣とアストリアが救ってくれたとき、母の言っていた世界の調停の意味がわかったんです」
かつて彼が叫んだ、《A・ヴェリタス》に乗って戦う理由。
「思い返せば、母は根っからのお人好しでした。自分の死期を悟って魔法を遺すため《A・ヴェリタス》作成に協力してたんでしょう。だから、世界の調停というのは、イセカイジンも含む、ぼくらがこれから生きる世を指してたんじゃないかって」
「それで帝国と私達の間で本格的な亀裂が入る前に、〈FIO〉に来たっていうのか」
「はい」
そう思える彼の受容性に、舞衣はあらためて敬服する。
「アストリアも立場がありますから、流石にすぐに全面的に協力をしてはくれないでしょう。ですが、時間をかけてあなたたちが帝国以外の国とも親交ができればと。ゆくゆくは〈原理派〉の自然解体が望ましいかな」
舞衣がエリオスへと顔を向けると、とても穏やかに澄んだ目をしていて、大人びて見えた。
「初めて会ったときと、全然違う顔をするね」
「あれは、仕方がありませんよ」
思い出したのか、エリオスも拗ねた様子で口答え。
茶化してしまったことを詫びつつ、舞衣はまだ複雑な心境であった。
「結局、きみが危うい状態であることは変わらない」
ともすれば〈原理派〉にいるときよりも。帝国にも、〈原理派〉にも、そして〈FIO〉の中にも目を付けられる存在なのだから。
聞いたエリオスは困った顔をする。舞衣の言葉を否定するほど、彼は子どもじゃない。舞衣の言っていることを十分に理解している。
「不安にさせるつもりはなかったんだ。ただ、きみが全部ひとりで抱え込もうとしていて」
図星をさされたのかエリオスは口をつぐむ。そんな彼に、舞衣は向き直る。なにが言いたいのか、なにを伝えたいのか。不器用な自分の精一杯で。
「きみには、私がいる」
「舞衣……」
驚きを示したものの、すぐにはにかんだ笑み返すエリオス。
初めて、舞衣は自分自身の在り方がわかった気がした。誰にも決められていない、舞衣自身の未来。
二つの世界の調停という、途方もない夢を見据える少年の傍らで、舞衣はここ(フェリオン)に来た意味を見出した。
Fin.




