PARTS7(2/2)
フェリオンの重力に掴まれた《D・スレイヤー》が、地面へ吸い込まれる。アラートの音がけたたましく鳴り、風の魔法で落下速度を下げようと試みるが、減速は期待できそうにない。
「っ――」
迫りくる死を認識しながら、舞衣は別のことを思った。
……まだ私はエリオスを助けられてないっ……
耳をつんざく轟音にさらされながら、動かない左手以外の手足を使いながらせめてもの空気抵抗を作る。なにか手はないかと時間を稼いでいたときだった。
『そこのアルカナギア、聞こえるッ!?』
地上からだいぶ離れた高度で、オープンアクセスの通信が入る。舞衣は驚くと同時に顔を向けると、一対の翼を持つ巨大な鳥のようなシルエットの機体があった。
「アリア――いや、アストリアなのか?」
『マイッ?』
《F・エアリアル》が、落下する《D・スレイヤ》に高度を合わせながら、その背中に到達する。
『《A・ヴェリタス》とはこれを使って繋がるのだけれど、そっちのアルカナギアのほうはできるかしら?』
送られてきたのは、接続プログラムである。セキュリティを解除して祈るような面持ちで舞衣はコンソールを入力して、果たして、 "SUCCESS" の文字。
「大丈夫だ、頼むっ」
『任せてっ』
《F・エアリアル》と《D・スレイヤー》の背面が迫り、そして接触。《F・エアリアル》から伸びたシリンダーを受け入れた《D・スレイヤ》との連結が完了する。
『せぇぇぇのっ!!』
翼を大きく広げるのと同時に、《D・スレイヤー》の落下が減速し、羽ばたき一つで飛翔。
当面の危機が去ったことに、安心した舞衣だったがすぐに意識を上空に向ける。
「上に、エリオスが乗った《Z・アセスダント》がいる」
『じゃあ、目的地は決まったわね』
「少しは不安にならないのか? 敵は強大だ、きみだって撃たれるかもしれない」
『もう帝国の首都の間近よ。ここでエリオスを奪い返せなければフェリオンの敗北は決まるわ。迷う理由はなにもない――あなたの方こそ、どうなの?』
黒沢の手段が間違っていると思っているが、自分を突き動かしているのはもっと別のところにある。
「エリオスを助けたい」
気づけば、とてもシンプルな答えが口をついていた。
===
「マイさんッ!!」
張り裂けんばかりの叫び声が、《A・ヴェリタス》のコクピット内を満たす。
だが、《D・スレイヤ》が落ちていくの呆然と見つめるしかできなかった。
「クロサワッ、同胞までも討つのか貴様は?」
『あの下層民と一緒とくくるのはやめてほしいですな閣下。私とアレでは住む世界が違う』
これまでの発言からも下郎とかうかがいしれたが、今の発言は決定的だった。
『さて余計な時間がかかりましたが、そろそろ首都に向かいましょう』
《Z・アセスダント》がゆっくりと下降する。一度でも熱線が首都を襲えば、民たちの恐怖は止まらない。王……父とて、この《Z・アセスダント》には跪かざるを得ない。
……だとしたら。
「クロサワ……。《Z・アセスダント》支えてるのはぼくの魔法ということで間違いないんだな?」
『遺憾ながら《A・ヴェリタス》の魔法を扱えるのは、いまだ閣下だけですので』
「そうか」
エリオスの無表情の奥にある思惑に気づいたのか、黒沢が訊ねる。
『よもや自害をなさろうと?』
「民を傷つけるぐらいならば、舌を噛み切ることなど容易い」
『流石は王族ということでしょうか、心意気は見事なものですが、できますかな?』
「…………」
子どもだからといってみくびっては困る、ルヴァインの者として覚悟はとうの昔にできている。
耳元で鳴ってるかのように心臓の鼓動がうるさい、呼吸がうまくいかず、息を深く吐き、そして吸った。その様をおかしそうに黒沢が見つめる。
何度繰り返したか、今度こそと思い舌に歯を当て下顎に力を込めようとしたとき――
『エリオ――スーツ!!』
《A・ヴェリタス》が拾った声が届き、エリオスは下から歯を離し、呟いた。
「マイ、さん?」
《A・ヴェリタス》の頭部カメラを確認する。一対の翼――《F・エアリアル》を背負って、翼を広げた《D・スレイヤ》がいた。
……マイさん、アストリア……。
『虫めが。堕ちろッ』
《Z・アセスダント》の左手からの灼熱の一閃を、《D・スレイヤ》が羽ばたくことで、上昇して避け、さらに加速し、接近してくる。
===
《F・エアリアル》により、飛行する《D・スレイヤ》の視界は《Z・アセスダント》の巨体を捉えた。
「《Z・アセスダント》は今、右手から攻撃できない、とにかくやつの右に回るように移動してくれ」
『わかったわ。乱暴になるけど、構わないわよね』
「思う存分、やってくれっ」
『上等よッ!!』
《D・スレイヤ》が《Z・アセスダント》の右側を飛ぶことで、左手での照準までに時間ができる。そのわずかに生じる隙こそ、舞衣とアストリアの生命線だ。
空の上で踊るように、熱線を潜り抜ける《D・スレイヤ》。五月雨に光線を振りまく《Z・アセスダント》から、黒沢の声がする。
『私の行動により、日本は救われるのだっ! 止める道理など、お前にはないはずだ、七星ッ!!』
「せめて一人でやってくれッ! エリオスを巻き込むなッ!!」
『下層民がッ! わかった口をッ』
左手をオーケストラの指揮者のごとく振るい、熱線がさながら鞭のような軌跡を描く。
『チッ!!』
《D・スレイヤ》の翼の制動を担うアストリアが舌打ちをしながら、回避を懸命に行うものの、《Z・アセスダント》へと距離を詰めきれない。
そうしているうちにも、《Z・アセスダント》は前に進み、着実に帝国の首都へと近づいている。
アストリアの飛行制動は悪くないが、黒沢の先を行くのなら実践的な行動予測が必要だ。問題は、アストリアとどう連携するか。
「アストリア、その機体で外の風を感じることはできるか?」
『? ええ、できるけれど』
「ならば、きみは引き続き接近を意識してくれ。私が《D・スレイヤ》から指示を出す』
『でも、口頭でなんて追いつきはしないわ』
「空気を読んでくれればいい」
===
『まだ、纏わりつくか、目障りな』
追いすがる《D・スレイヤ》。腰に携えていた剣を右手だけで持ちながら、《Z・アセスダント》の右側へと移動する。旋回しつつ、《Z・アセスダント》の左の手のひらから光条が放たれる。が、その一瞬間前には《D・スレイヤ》は軌道を変えて、ひらりと蝶のように躱す。
『さっきから、何度も何度もっ』
……さっきから?
黒沢の発言にエリオスは純粋に疑問を感じたが、ふとわかった。今の動きの性質を理解できるのはおそらく舞衣というパイロットと幾度にわたって相対した自分だけ。
先程までの《D・スレイヤ》の動きは、速度の緩急だけで黒沢の狙いを外そうという力任せだった。今のは違う。完全に《Z・アセスダント》の攻撃への見切りがあった。
……けど、マイさんの予測を、ほとんど同時にアストリアへ伝えないといけないのに、どうやって協調してるんだ?
……協調?
===
『空気を読むっていうのは、言いえて妙ねっ』
《Z・アセスダント》に手を向けられて、一秒に満たない短い間に、再び加速しながら下降し、熱線をやり過ごしたアストリア。愉しむかのように言って、奔る熱線を羽ばたき一つで空を飛びやり過ごす。
「私の方こそ感謝する、信じてくれて」
『エリオスと勝負ができる凄腕の乗り手なら、仕方ないじゃない』
また攻撃の予兆を検知し、舞衣は回避方向を瞬時に決定。行き先へと魔法で風を送る。たったそれだけで、アストリアとの意思疎通は完了し、危うげなく《D・スレイヤ》は熱線の上を飛行。
だが、接近すればするほど《Z・アセスダント》の選択肢が増える。
『これから逃げられるかッ!』
熱線を放射しながら左手を持ち上げた《Z・アセスダント》が、左手を振り下ろし、すぐに横へ、かと思ったら返す刀で、また左手もろとも熱線を振り下ろす。それらの動きを組み合わせて繰り返し、波状攻撃が《D・スレイヤ》を襲う。
だが。
「あなたは戦闘に関しては、結局素人だ。だから、AIが簡単に見破る」
《D・スレイヤ》が左に少しだけ動いて縦の一閃をやり過ごす。羽ばたいて上昇して、横薙ぎに振るわれた熱線を超えた。《D・スレイヤ》を追うように反対方向から来る攻撃も、下から潜り抜ける。
『は?』
黒沢が間抜けな声を上げている間に、《D・スレイヤ》が、妖精のように舞い、光の鞭を置き去りにして、《Z・アセスダント》に肉薄する。
『なぜ、なぜだッ』
先程からかすりもしない攻撃に苛立ちと焦りを隠せなくなった黒沢に、舞衣が一言添える。
「乗り手が下手くそならば仕方がない」
『ッッッッ七星ぃぃぃっ!!』
怒りに任せたように、《Z・アセスダント》の左手が引かれ、拳を突き出すかのように手のひらが《D・スレイヤ》に向けられる。放たれるだろう熱線を躱すため、風を生成してアストリアに指示を送り、受け取ったアストリアは舞衣に従い、《D・スレイヤ》の高度を上げるが、光条は――撃たれない。
代わりに、左手がピッタリと《D・スレイヤ》に狙い定められる。
……フェイントっ!?
今までの回避が成り立っていたのは、《Z・アセスダント》の左の掌の射線上に一度も存在していなかったからなのだ。ぴたりと一直線に向けられれば、既に近づきすぎてしまっていることもあり、逃げられない。
『捕らえたぞ、七星っ』
黒沢の哄笑とともに、《Z・アセスダント》の左手の手のひらから灼熱の光線が放たれ――
===
『…………なぜ、なぜ発射されないっ!?』
困惑する黒沢。必殺の一撃が、発動しなかったことに、もっともの感想だとエリオスは思った。
舞衣やアストリアも疑問に感じたのか、《D・スレイヤ》の動きが止まっている。すぐさまにエリオスは声をあげる。
「こいつはぼくが抑えますッ!!」
エリオスの声に促され、《D・スレイヤ》が再び羽ばたき、《Z・アセスダント》へ直進する。
『なにをした、小僧ッ!!』
黒沢は、もはやエリオスに向けていた慇懃な姿勢もかなぐり捨て、激発する。だが、エリオスは嗤って受け流す。
「ぼくはあなたに協力してあげただけですよ?」
『……なに?』
「心を入れ替えて、《Z・アセスダント》の魔法に協力してあげようとしたんです。すると、『なぜか』《Z・アセスダント》にかかっていた魔法が止まってしまった」
『…………こぞぉぉぉぉうっ!!』
『あなたからの魔法は遮断しています』
『……貴様がぼくを操っているのかっ!!』
『これが貴方と我々の違いです』
《Z・アセスダント》はエリオスの魔法は使っているが、エリオスの意思通りには魔法を使えない。
だとしたら、エリオスが黒沢に都合のいいように魔法を使っても、魔法は止まる。黒沢がそう定義したからだ。
エリオスに気をとられてしまったのが、黒沢の最後の愚行だった。急接近した《D・スレイヤ》が、右手に剣を持ち《Z・アセスダント》の正面で、上段に構える。
『ぉぉぉぉやめろ――ッ!?』
制止の声など意味もなく、《Z・アセスダント》の胸部装甲を《D・スレイヤ》は縦一文字に斬りつける。
そのとき、エリオスは理解する。
イセカイジンでありながら、フェリオンの危機に立ち上がった舞衣。そして〈原理派〉としてイセカイジンに敵対していたにもかかわらず、協調の姿勢を示したアストリア。
……母が言っていた、世界の調停というのは――
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《Z・アセスダント》の胸部装甲を斬りつけることで、《A・ヴェリタス》の本体が露出する。
剣を空中で放り投げた《D・スレイヤ》は、落ち行く《Z・アセスダント》の切断
面に手を差し込み、装甲を剥がした。収まっていた《A・ヴェリタス》の体が露れる。磔にされたかのような機体の左手を《D・スレイヤ》が掴む。
あのときはできなかったことを、今度こそと《D・スレイヤー》(舞衣)は右腕を動かし、《A・ヴェリタス》(エリオス)を引きずり出した。
「エリオスっ、きみを助けにきた」