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PARTS7(1/2)

《A・ヴェリタス》のコクピット内部で、上空から木々をみるみると追い越していっているのがわかる。徐々に帝国へ近づいているのはわかっているのに――


「どうして止まらないっ!」


 竜を落とす前から、エリオスは何度も飛行の停止を試みている。けれど《A・ヴェリタス》で魔法使うときと同様に念じたところで、CCEはなにも反応しない。


『あなたからの魔法は遮断しています』


「……貴様がぼくを操っているのかっ!!」


『これが貴方と我々の違いです』


 屈辱とそれ以上の畏怖がエリオスを襲う。帝国の民の命が、よりによってエリオスの自らの手で傷つけられようとしている。


 画面越しに黒沢を射殺さんばかりに睨めつけるが、黒沢は意に介すこともない。


『貴方は魔法のための装置になっていればいいのです――帝国がみえてきました』


「っ!?」


 黒沢の言う通り、地平線の奥に帝国のシンボルとも呼ぶべき首都の城が見える位置にまで来ていた。


『心配なさらなくとも、降伏勧告はいたします。貴方の父君が聡明であれば無血で終わることもありえましょう』


「どこまでも、愚弄してっ!」


《Z・アセスダント》に対して、国中の魔法使いをもってしてでも迎え撃つに決まっている。だが、帝国の、否フェリオンの力を持ってしても、《Z・アセスダント》に対抗できないということをエリオスはすでに感じとっていた。


 無尽蔵ともいえるほどの魔力を確保した《Z・アセスダント》は、同時に扱うのが困難であるはずの飛行の魔法と竜を仕留めた熱線の魔法も並列して使用可能。おそらくは、アズレア鉱床の竜を守ったときにエリオスが使った空間延長による盾も張れるだろう。


 つまり《Z・アセスダント》は魔法を行使することに対して何の負担もなく、攻守最強の空中移動要塞。改めて《Z・アセスダント》戦略的な能力に、エリオスは絶望した。


 そのとき、高速で《Z・アセスダント》めがけてなにかが飛来する。


『失せろ』


《Z・アセスダント》が左手を凪いだかと思うと、エリオスは頭の中を直接まさぐられるような不快感に襲われる。《Z・アセスダント》に発射された銃弾が空中で静止、落下した。


《Z・アセスダント》が弾の射線方向へと目を向けると、切り開かれた林道の上に、一体の《D・スレイヤー》がレールガンを構えていた。


『黒沢ッ!!』


===


「黒沢ッ!!」


《D・スレイヤー》の中で、舞衣は自分でも信じられない声量で怒鳴った。通信機を通すのではなく、外部スピーカーからの怒声は黒沢に届いたようだ。青空を背にした《Z・アセスダント》が見下ろしてくる。


『七星隊員か? 君は何をしているのか?』


「己の欲望の意のままに道義を弁えない高慢な上層民を止めようとしています」


『そんな口をきけるとは知らなかった。いや、別にどうでもいいか、消えろ』


《Z・アセスダント》が大地にいる舞衣の《D・スレイヤー》へと右のてのひらを伸ばす。


 ……来るっ!


 舞衣が《D・スレイヤー》を跳躍させたのと、光線が足元を焼くのはほぼ同時。一瞬で蒸発し、大きく穴を穿たれたアスファルトがその威力を物語る。


『まだ私を驚かせるか? 光の速さに反応するとは』


 ……まさか。


《Z・アセスダント》の熱線が光速で照射され、決して見てから躱せるわけがない。だから撃たれる前に避けたのだ。おあつらえ向きに手を突き出してもくれる。


 もっともタイミングを勘で探るほど、舞衣は無謀ではない。


『《Z・アセスダント》のCCEの活性状態を、《クォドリンクス》の魔法観測によって見極めるなんて。舞衣ちゃん度胸ありすぎ』


《クォドリンクス》の中にいるエレナが恐怖と呆れが入り混じったぼやきが聞こえる。元々《D・スレイヤー》をはじめとしたアルカナギアを補助するためのクォドリンクスには、魔法に関するサポート機能がある。それを今回は敵となったアルカナギアに転用したのだ。


「エレナさんこそ、もっと下がってくれてもいいんですよ?」


 通信を行うための都合上とはいえ、エレナが乗るクォドリンクスは舞衣の《D・スレイヤー》からほど近い位置の林に潜んでいる。


『舞衣ちゃんだけに危険な目を合わせられないわ。あの子たちの分まであなたの側にいてあげないとね?』


 エレナの明るい声に、舞衣は感謝とともに心の中に火が灯るように感じた。


『次は、こっちの番。ふたりとも準備はできているから――、タイミングは舞衣ちゃんに委ねるわね?』


「はい」


《D・スレイヤー》がレールガンを構え、舞衣はフルオートモードにして引き金に手をかける。


『結果は変わらんぞ?』


 上から見下ろす《Z・アセスダント》に対して、舞衣は宣言した。


「撃ちます」


 フルオートでの掃射が《Z・アセスダント》に向けて放たれるが、


『無駄だ、《A・ヴェリタス》の能力で事足りる』


 不可視の傘があるかのように、《D・スレイヤー》の銃弾は《Z・アセスダント》には届かない。防がれるのを事象として認識しながらも、舞衣は撃ち続ける。だが、やがてレールガンの連射が絶える。


『弾薬がある武器では必然的に弾切れがある』


《D・スレイヤー》からの掃射が終わったのと同時に、右腕を動かす《Z・アセスダント》。その手の動きを、舞衣の《D・スレイヤー》は見つめ続けた。そして――


 次の瞬間、金属の炸裂音とともに《Z・アセスダント》の右手がひしゃげた。


===


『《Z・アセスダント》の右手への着弾を確認、流石ね』


「三〇km先の竜じゃなくて、三分の一もない距離にある木偶の坊に当てんだ。わけないっすよ」


〈FIO〉と〈企業〉の拠点近くで射撃体勢を取っていた進藤の《D・スレイヤー》が、《ドラゴン・ピアサー》の次弾を装填する。


『あまり調子に乗らないでください、進藤宇。お姉様とエレナさんのサポートがあってこそじゃないですか』


 砲身を支えるための《D・スレイヤー》に乗る朝比奈が釘を刺すが、進藤とて油断はしていない。


「文句はあのデカブツを無力化してからにしてくれ――これ以上、黒沢が簡単に狙わせてくれるとは思わねぇけどな」


 進藤は厳しい眼差しで、スコープの先の《Z・アセスダント》を見つめ直す。


===


『《ドラゴン・ピアサー》か? FSの触媒となっている手を潰すとは、下層民にしては賢しいじゃないか』


 レールガンの弾倉を取り替えながら、舞衣は油断なく《Z・アセスダント》を見る。


 ……右手は封じた、もう一度、長距離砲を当てられれば、攻撃手段は封じられる。


 警戒はあってしかるべきだが、成功させるしかないと意気込んだときだった。


『勝てると思っているのかっ? 下層の人間の分際でっ!!』


《Z・アセスダント》が左手を高く上げたかと思うと、その先から熱線が伸び、剣のように振り下ろした。


「……ッ!」


『舞衣ちゃんっ!?』


 急な挙動だったが、間一髪で長大な光の剣の軌道から横跳びで逃れる舞衣の《D・スレイヤー》。林道に灼け溶けた軌跡が描かれるが、攻撃は留まらない。


《Z・アセスダント》が急降下し、舞衣の《D・スレイヤー》へと直進しだした。


『七星ッ!』


 慌てた進藤の声。再びの長距離弾が《Z・アセスダント》に向かったが、どこから来るかわかる攻撃など、意味はない。砲弾は《Z・アセスダント》に届かずに、力を失う。


 上空から猛禽類のように急襲する《Z・アセスダント》が熱線を携えたまま左手を横薙ぎに振るう。舞衣は《D・スレイヤー》を屈ませながら、《Z・アセスダント》の足元を潜りぬく。だが追撃は収まらない。体ごと反転させた《Z・アセスダント》の光条が、右半身を下にして傾いていた《D・スレイヤー》の左腕を灼く。


 辛うじて熱線は《D・スレイヤー》の頭上を過ぎ去り、同時に空気中の埃が燃え、灰になった。


 急いで上げた片足を地面につけて《D・スレイヤー》の姿勢を安定させる。残った右腕でレールガンを撃たせながら《Z・アセスダント》に向けて機体を走らせた。


 ことごとく空間操作魔法による障壁に阻まれるが、構わずに《D・スレイヤー》を突っ込ませる。


 ……ゼロ距離ならばっ!


 魔法の制御にも限界があると仮定し、黒沢の意識を防御に割かせたまま、《D・スレイヤー》を走らせる。


 ――だが、銃弾は有限だ。


 彼我の間が二〇mも満たなくなったときだった、銃口から吐き出されるべき銃弾が途絶えた。視界の端にあるHUDには装填のアラート。


 ……しまっ……。


 あまりにも致命的なミス。舞衣から正常な判断力を奪い、思考の空白が生まれる。


『お姉様、危ないッ!!』


 その一瞬がすべてを決した。朝比奈の声に我に帰ったときには、レールガンを構えていた右腕に衝撃が走る。同時に、マニピュレータからレールガンがこぼれ落ち、《D・スレイヤー》の足が地面から離れた。巨体を誇る《Z・アセスダント》が、舞衣の《D・スレイヤー》を片手で掴み持ち上げたのだ。


『なるほど。下層民には私の構想は理解がし難かったか。君みたいなものがまた現れるとは思わないが、念の為だ、他の者には身の程は弁えて貰う必要があるな』


「なにを……っ!?」


 舞衣が問い返す間に、頭部カメラの映像が黒沢の意図を教えた。


 ……《D・スレイヤー》ごと、飛翔しているのか……。


===


《A・ヴェリタス》が頭部で捉える映像は、エリオスにも共有されていた。《D・スレイヤー》が、《Z・アセスダント》に相対し敗れ、人形の如く右腕だけを乱雑に掴まれ、空へと勾引されている。


『今から訊くのは純粋に興味からだ、なぜ逆らった?』


 温度の低い声が、《Z・アセスダント》から発せられる。


『《A・ヴェリタス》の中に、エリオス……エリオス・ルヴァインがいるんだろう』


 舞衣のものだとすぐに気づき、エリオスははっとして顔をあげる。彼女はまだ黒沢への敵意を隠すことなく、挑むような声音だ。


『だとしたら、きみは侵略のために子どもを使うのはいけないという道徳心から行動したというのか?』


『違う。あなたのすることより、エリオスが願うフェリオンの調停のほうが、よほど価値がある、そう思った』


 けれど黒沢は鼻で笑った。


『それで日本は豊かになるか? 私がすることは、日本の下層の人間を救うことにもなる、よほど価値があるじゃないか』


『〈企業〉の目を盗み、コソコソと動くことでしか実現できないことに、どれほどの価値がありますか?』


『……所詮は上を知らない人間の言葉だな、己の不理解を棚に不満だけを言う』


『あなたとて、フェリオン(異世界)に来なければならなかった程度の上層民だ』


 舞衣が言い放つと《Z・アセスダント》の中で、黒沢の感情が膨れ上がったように感じた。今まで冷静に振る舞っていた黒沢が見せた初めての苛立ちだ。


『……死にたいらしいな。ならば望み通りにしてやる。後悔する時間もつけてやろう』


「……ま、待て、クロサワッ!」


 たまらず口をはさみ、エリオスは制止を求めた。


『待つ理由はございません。大人しくご覧いただくだけで結構です、下層民が無様に死にゆく様を』


「やめろ……」


『エリオス、聞こえてるのかッ!』


 驚いた声とともに、《D・スレイヤー》の顔が上がり、《A・ヴェリタス》の頭部を見つめる。


『あのとききみを助けにいけなかった、すまない』


 伸ばしかけて動いてしまった右手の意味を、舞衣には伝わってしまったのだ。そうして欲しかった自分がいた。同時に、彼女には迷惑をかけられないという理性によって最後は諦めた《A・ヴェリタス》の腕のゆらめき。


 ……ぼくの、せいだ……


 自分のわずかな所作が、ともすれば舞衣の正義感を突き動かしてしまった。この戦いに巻き込んでしまったという後悔が押し寄せる。


 だが、無常にも《Z・アセスダント》の左指がほどかれていき、舞衣の《D・スレイヤー》は落下した。

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