PARTS6(2/2)
「――元帥にもすぐに知らせろ」
レオニードの顔が険しい
。彼にそうさせる情報があるということに、アストリアは驚く。
「いったい何が?」
「……巨大なアルカナギアが空に浮かび、竜を一撃で撃ち落とした模様です」
「巨大なアルカナギア……それはエリオスが破壊したはずじゃ……」
「完全な破壊じゃなかったのがいけなかったようです。これは遠方から届いた映像記録になります」
レオニードが差し出した金属板に、空を飛ぶ巨大なアルカナギアが映っていた。縄張りを守るために来たらしい竜を、わけもなく屠るまでを見終えたアストリアは呆然とした。
「なによ、これ……」
今までのアルカナギアとは次元が異なる脅威に、呆然と呟くしかなかった。レオニードは苦悶の表情のまま諭すように言う。
「《A・ヴェリタス》とエリオスの空間操作能力を応用して、機体内部の空間を仮想的に押し広げたのでしょう。フェリオンは今、《Z・アセスダント》を見た目以上に大きいと誤認してるのです」
「じゃあエリオスがあれに乗ってるっていうの?」
「エリオス以外が、《A・ヴェリタス》の魔法は使えません。……《A・ヴェリタス》に乗せられたまま、魔法を使わされているという状況かと」
「……なんにせよ、《Z・アセスダント》の処置は急を要するということね」
だが、アストリアの発言を受けてレオニードは冷たく言う。
「できるとお考えですか?」
情報を聞くだけで、おおよその戦況は決してしまっていることはわかっている。レオニードの諦念めいた声音からも察する。ただ――
「フェリオンに住む民の命運がかかっているの、諦めていいわけないわ」
「しかし、《F・エアリアル》しかない〈原理派〉になにができると考えで」
その程度のことを理解しているが、さしものアストリアも言葉を返せない。だったら、レオニードはと、苛立ちを込めて睨んで、わかった。
……〈原理派〉を逃がそうとしている……
自らが責められ役になろうと、〈原理派〉というフェリオンの勢力を残そうという意図を察する。が、アストリアは何もかも諦めた態度が気に入らなかった。
……なにより、エリオスが乗っているのよ。あの子が帝国の破滅を自分が招いたと知ったら、きっと耐えられない……
だからこそ今、止めるべきだと改めて決断する。レオニードに再び目を向けると、彼は困惑顔を作る。
「……僕とイセカイジンの一派には繋がりはありますが、《Z・アセスダント》を見て態度を変えざるをえないはず」
アストリアはそれらを飲み込みながら、思考は一縷の望みに行き着いた。
「すべてのイセカイジンが《Z・アセスダント》を認めているとは考えにくいわ」
「なにを根拠に――」
「エリオスが言ってたの。《Z・アセスダント》を破壊しに行った日、アルカナギアのパイロットに助けられたって」
「その奇特なイセカイジンの名前はわかりますか」
アストリアは首肯で応えると、レオニードは真剣な面持ちで金属板を指で叩き始める。
「何をしようとしているの」
「少しした魔法ですよ」
===
『……現状を伝えるわね、みんな』
早朝四時四五分、舞衣は自室で、エレナ、進藤、朝比奈とPDAの画面越しに顔を合わせていた。
『〈企業〉の指示も「待て」だったわ。表面上は、本国の最高責任者の指示を受けてからということだけれど、思惑は明らかね』
「勝てばよし。失敗したとしても黒沢の暴走として片付ける……ということですか?」
代表して舞衣が口を開くと、エレナがうなずく。
『そういうこと。逆に、下手に黒沢を妨害すれば、私も命令違反として処罰されるということを意味するわ』
『じゃ、じゃあ……首都にいる人達は、見殺しってことっすか』
『帝国が先に降伏することも考えられるわ……今のところ、意志表明はないけれどね』
『あと三〇分もしないうちに、黒沢は首都に着くそうですよね。住民の避難勧告とかって出さないのですか?』
『暴動が起こるほうがよほど事ね。もちろん、私たちにとって、だけど』
全員が浮かない顔になる。
自分たちの立場で動くことは許されず、かといって人生を賭けられるかと言われれば、また難しい。
何もせずに、流れに任せればいいだけだと脳の冷静な部分は囁くが、ざらりとしたものが心を撫でる。
なによりも、エリオスはこんな結末を望んではいないはずだ。
……でも、私には――
『緊急の通信? 七星に……ですか?』
エレナが唐突に慌てた声をあげる。しかも舞衣の名前を挙げたのだ。
『……舞衣ちゃん、アリアっていう女の子から連絡があるって……知ってる子?』
思い出すのは、図書館で、エリオスとともにいたもう一人の少女の顔。エリオスといたということは〈原理派〉の関係者に違いない。
「はい、知人です。繋げてもらえますか」
『……もう繋がってるわ、マイ。それと、私の本名はアストリア・エルミナ、あなたたちでいう〈原理派〉の人間よ。時間がないから単刀直入にお願いするわ。《Z・アセスダント》を一緒に止めてほしいの』
「……っ……」
アストリアからの要請に言葉を詰まらせる舞衣。進藤と朝比奈は驚いた顔を作る。
『このままでは帝国は侵略されるわ。いえ、帝国以外の国々も簡単に堕ちる……。だけど《Z・アセスダント》を一度でも否定してくれたあなたなら、協力してくれると思って』
通信越しにもアストリアの切迫感が伝わるが、思いは喉に張りついたままだった。
『あれにはエリオスも乗せられてる』
アストリアの悲痛な声に、舞衣も少年の顔を思い出す。
竜を退けたあと、コクピットの外で舞衣に怒ってみせたエリオス。秘密工舎では彼の大志を知った。自らの手でフェリオンの未来を作る。そのために、《A・ヴェリタス》を奪取し、〈原理派〉としての活動を行う少年に尊敬の念すら抱いた。
そんな彼が、今は望まぬ形で帝国の……フェリオン侵略の道具として使われようとしている。
『エリオスが言ってたの、あなたは助けてくれたって』
アストリアの一言で思い起こされるのは、捕縛される直前の《A・ヴェリタス》の腕の動きだ。
さまようように動いたあの右手――
……私に、助けを求めようと、した?
それに思い至ったとき、戦慄いた。
『だったら、私がきみを捕まえる』
……私はあのとき、《A・ヴェリタス》(エリオス)の腕を取らなきゃいけなかったんだ……
遅まきながらに、エリオスの助けの求めを知り、舞衣は後悔から手のひらで額を抑え、目元が熱くなる。
……何が自分で選んだ将来が欲しいだ、結局は自分可愛さに何も決められていない……
気付けなかった悔しさ、己の無力に心が蝕まれそうになったとき。なぜか、エリオスの言葉を思い出す。
『戦う理由に優劣なんてありません。マイさん自身が決めたことこそが大事なんだと思います』
少年の大志と異なり、自分のことしか考えられていない舞衣に対して、エリオスは言ってくれたのだ。自分が矮小であると思っていたことも、胸を張れる気持ちにさせてくれた。
だとしたら、フェリオンの活動の結末を、こんな(エリオスの破滅という)形で終わらせていいと、舞衣は自分で決められるか?
……そんなわけ……ないだろうっ!?
腹の奥底から湧き上がるものは、今までに感じたことがない熱い衝動である。ただ、心臓の鼓動が、『熱』の正しさを教える。
未来を決めたいからここ(フェリオン)に来た。せめてエリオスの前で、そう言える自分でありたい。
「ふたりとも、エレナさん……すみません」
今から舞衣が行うことは、〈FIO〉からすると反逆行為とみなされることだ。だが、命運を眺めることはもうできそうにもなかった。
『……舞衣ちゃん……』
ふー、という深い嘆息が聞こえたかと思ったが次の言葉に耳を疑った。
『ひとまず、舞衣ちゃんの行動を止めないようにお願いしてみるところからかしら』
「な、何をっ!?」
『それはこっちのセリフ。どのみち、舞衣ちゃんの行動を止めない時点で共犯なのよ? だったらできることをしなくっちゃね』
「エレナさんがリスクを取る必要なんて――」
『黒沢が帝国を支配すれば〈FIO〉のフェリオンでの地位は決定的なものになる。〈企業〉にはマイナスと判断し、抑止力を行使しようかと――』
そこまで言って、エレナは首を横にふる。
『嘘ね、結局〈FIO〉の偉い奴らに「借り」があるだけ……ふたりはどうするの?』
エレナと異なり、進藤と朝比奈も〈FIO〉の人間だ。反逆が判明すれば、アルカナギアのパイロットに戻れなくなることだってありえるが。
『俺は弟たちのヒーローなんだよ。悪者に加担しちゃ、ヒーロー失格になっちまう』
『わたしはどこまでもお姉様といっしょですっ!!』
さっきまでの沈鬱な表情から一転し、重大な決断を軽やかに言う二人に唖然とするしかない。
『……多分、わたし達は納得できてなかったのを舞衣ちゃんが言葉にしてくれた。そんなあなただから、みんなついてくのよ』
「ありがとう……ございます」
辛うじて出てきたのはそれだけだったが、伝わったと思い、舞衣は息をつき直す。
「アストリア、聞いてのとおりだ。私たちは独断であの巨大アルカナギア……《Z・アセスダント》を止める」
……待ってろ、エリオス。今度は必ず、きみの手をとってみせる。