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PARTS5(2/2)

 エリオスが操る《A・ヴェリタス》は《F・エアリアル》を背に付け、カディナス峯の上空を静かに滞空していた。視界の先には、高い標高の山々が連なり、夜の闇に包まれている。が、一瞬間とてつもない強い光が闇夜に閃き、遅れて轟音が届いた。


 レオニードが伝えたイセカイジンたちの作戦行動の一射目だと気づき、すぐさま声をあげる。


「竜はっ!?」

 永く感じた五秒後に、アストリアが答える。

『生きてるわ。左前脚が撃たれたけれど、竜は飛行を始めたようね。だけど、もう撃たせちゃいけないわっ。光った場所へ行くわよっ』


 アストリアの掛け声とともに、《F・エアリアル》の魔鋼でできた翼がまるで生き物のように羽ばたき、先程の光点へと急行する。

「アストリア《A・ヴェリタス》を降ろしてください」


 同時に、ガクンと《F・エアリアル》から切り離された《A・ヴェリタス》が重力に従い降下を始める。

 押し返す風を受けながら、下方を向いた《A・ヴェリタス》の眼が、崖側にいる長大な銃を持つ二体の《D・スレイヤー》を捉えた。


 ……あれだっ!


 直後、《A・ヴェリタス》の左肩に衝撃が掠める。力が来た方向に眼を向け直すと、もう一体、単独でいる《D・スレイヤー》がレールガンを構えていた。おそらく先の射手たちの護衛だ。


 基地を襲撃したときと同じく、『魔法』によって音もなく《A・ヴェリタス》を着地させたエリオス。狙われていると直感して、転移をしようとした矢先、《A・ヴェリタス》の転移予定の先へと正確に銃口を向けた《D・スレイヤー》がいた。

 まずいと、エリオスが考え、とっさの判断で転移を止める。

 言葉は交わすことなく、目前の《D・スレイヤー》に乗っている人物がわかってしまった。


 ……マイさん……

===

 崖付近で硬質な岩がいくつも転がり、舞い上がる砂塵の中に立つ《A・ヴェリタス》を舞衣は見据える。


 進藤が射撃を行ったときにはすでに、エレナには退避を促しており、巻き込む恐れはない。進藤と朝比奈の《D・スレイヤー》を背負う位置を取ることもできていた。


 《A・ヴェリタス》ならば転移を利用して舞衣を追い越して二人を撃墜にかかることも考えられる。ただ、舞衣が観測した範囲で《A・ヴェリタス》が一〇〇m以上の距離を転移したことはないことから、その可能性は切り捨てる。


「エレナさん、状況はっ」


『プランBは続行。だけど想定以上に竜が暴れていて、配置していたアルカナギアに襲いかかってるっ。各自で応戦しているけれど宇くんの射撃で自軍を巻き込む可能性もあるから、状況が確定するまでは、宇くんも彗葉ちゃんも射撃準備をしてもらうしかないわ』


「わかりました」


 いつ視界から消えてもおかしくない《A・ヴェリタス》を見つつ、舞衣は息をついた。レールガンを構え直し牽制をする。舞衣の目的はあくまでも進藤たちの防衛であるが、専守防衛していればいいというものじゃない。トリガーにかけた手に集中をしていたとき――


《A・ヴェリタス》が消失する。舞衣はもう知っている、咄嗟の反応で頭部をずらすのと、空気が切り裂く音が耳元で聞こえるのは同時だった。


 背後の衝撃からナイフが掠めたのだと分かったが、かまわず舞衣は照準を《A・ヴェリタス》の落下予測地点に合わせて掃射。


 レールガンの掃射音が響き渡る中、《A・ヴェリタス》の姿がまた消える。だが、慌てることなくAIの予測に従いもっとも《A・ヴェリタス》の存在がありえると出たポイントに向けて撃った。


 果たしてそこに《A・ヴェリタス》はいたが、《A・ヴェリタス》もすぐに転移して難を逃れる。《A・ヴェリタス》は思わずといったふうに、今しがたレールガンが着弾した地点を見やる。


 ……きみのことを大分勉強したんだよ……この《D・スレイヤー》がね。


 学習データとなる交戦記録がほとんどない中、転移先の予測の精度向上のため、《A・ヴェリタス》の交戦データをAIで生成し、足りない交戦データを擬似的に埋め合わせた。いわば舞衣の《D・スレイヤー》は《A・ヴェリタス》へのカウンターウェポンだ。


 工舎での戦闘時はまだ運の要素が強かったが、今の《D・スレイヤー》ならば《A・ヴェリタス》、いやエリオスに対しての行動予測が可能である。


 ……残るナイフは一本、どう動く?


===


 ……本当に強い女性(ひと)ですね、あなたは……


《A・ヴェリタス》に残りのナイフを逆手に持ち、エリオスは険しい顔になる。


 次の長距離射撃が行われるタイミングがわからないものの、舞衣との交戦を長引かせる理由もない。だというのに、突破口が見当たらずにいる。《A・ヴェリタス》の転移でねじ伏せられないアルカナギアがいるなど、エリオスは経験したことがなかった。


 ……今までの動きはきっとマイさんには通用しない……


 字義通り無敵を誇っていた、転移からの一撃必殺を狙えるほど、目前の敵は甘くない。認識を改め、エリオスは自分の戦闘方法を考え直す。


 ……だったら……


《A・ヴェリタス》を屈み込ませ、直線的に走らせた。


===


 ……突進?


 レールガンの照準を合わせ、違和感を覚えつつ、《A・ヴェリタス》の接近を許すわけにもいかず、ライフルを掃射。


 すぐに転移の気配を感じ取り、照準をAIに委ねるが、《A・ヴェリタス》の機影は――なかった。《A・ヴェリタス》が元いた場所に照準を合わせ直して気付く。


 ……転移距離を、短めにしたのか?


 掃射によって本命の二撃目が来るのがわかっているのならば、予測を狂わせてしまえばいい。エリオスが下した決断の正体である。


「くっ……」


 もう一度掃射を行い、エリオスの転移のタイミングと重なるように、AIがまた見当外れの場所へと舞衣の照準を誘導。


 ……過学習の弊害か。


 今までのデータを増幅して学習してしまえば、当然ながらそれまでなかった動きへの対応ができない。つまり、舞衣の《D・スレイヤー》は、粗悪品へと堕ちた。


 ……まだだ。


 AIの予測を切り、突進してくる《A・ヴェリタス》の足元に向けて掃射モードでの射撃をアトランダムに弾幕を張る。しかし嘲笑うかのごとく《A・ヴェリタス》はすり抜けてくる。


 接近されたら進藤たちが危ういという事実に焦りを募らせたとき。


『決まったわ。プランBは続行、けれどもあと一撃だけ。待機していたアルカナギア部隊で竜を上空に追いやる瞬間に、空中にいる竜を狙撃して』


 舞衣、進藤、朝比奈に向かってエレナの連絡が入り、舞衣はレールガンの残弾数を確認し、単発モードに切り替える。


 未だに地を駆ける《A・ヴェリタス》に射撃を行い続けるが、ことごとく避けられる。


 ……このままではっ……


===


 舞衣の予測能力を狂わせたことで、エリオスにも活路が出てくる。だが、またいつエリオスを捉えるかは知れない。


 と、視界の奥にいる二体の《D・スレイヤー》に動きがあり、エリオスに焦りが募る。


 ……いつまでもマイさんに足止めを食らってる場合じゃないっ。


 意を決して、《A・ヴェリタス》を疾走させ、舞衣の《D・スレイヤー》へ、残っているナイフを投擲した。


 《D・スレイヤー》は身体を反らせて、ナイフから逃れるが、その間に《A・ヴェリタス》は転移を連続して行使。舞衣の《D・スレイヤー》に肉薄する。


 ……この距離ならば!


 エリオスは勝負をかける思いで《D・スレイヤー》に詰めるために、大きく転移。


 一瞬で舞衣の《D・スレイヤー》の前にたどり着いた《A・ヴェリタス》に、砲口があてられる。だが《A・ヴェリタス》は屈み込み、そこにあったものを引き抜いた。


 最初に投げた《A・ヴェリタス》のナイフ。


 舞衣の《D・スレイヤー》の後ろにあったそれを逆手持ちのまま振り向きざまに横に薙いだ。


 金属同士の衝突音。


 レールガンに横向きに突き立った《A・ヴェリタス》のナイフが貫通し、誘爆。


 爆風に煽られるように両者が分かれるが、二体の位置関係は完全に入れ替わった。


 もはや飛び道具をなくした舞衣の《D・スレイヤー》は脅威ではない。エリオスは視界の先にある別の《D・スレイヤー》たちへと狙いを定めて、《A・ヴェリタス》を動かした。


===


『決まったわ。いい、プランBは続行、けれどもあと一撃だけ。待機していたアルカナギア部隊で竜を上空に追いやる瞬間に、空中にいる竜を狙撃して』


 エレナの任を聞いたとき、指に力が戻ってくるのを感じた。


 ……もう一度だけなら……


 外してしまったという自己嫌悪感を振り払って、朝比奈に指示を出す。


「もう一度頼む」


『で、でも《A・ヴェリタス》が』


「うちの大将が止めてくれる、信じろ」


『……わかりました』


 舞衣を信頼し、二人は再び砲口を竜へと。


 現在、竜は周辺に配備されていたアルカナギア部隊の一つと交戦をしている。手負いというのに、アルカナギア三、四体を相手に渡り合えているという事実は改めて恐ろしい。


 空中に追いやるという、いつくるかわからないという重圧だったが、空に向かって銃弾が走ったのが見えて集中力を一気に高める。


 ……来たっ!


 空中を浮遊する竜に照準を合わせていたとき――


『進藤、朝比奈っ!? すまない《A・ヴェリタス》が行った、逃げろっ!』


 ……嘘だろっ!?


《A・ヴェリタス》が向かってくることより、舞衣がアルカナギア戦で不覚を取ったという事実に驚嘆する。


『進藤宇っ!? このままじゃっ!』


「だからこそやるんだよっ」


 舞衣が負けたから作戦が失敗になったというのだけは、進藤は許容できなかった。


 AIによる照準誘導を切って、進藤は手動操作に集中した。


===


 ……っ。


 舞衣の《D・スレイヤー》を振り切って、崖の上を《A・ヴェリタス》に疾走させる中、エリオスは苦悶の表情を浮かべる。理由は《A・ヴェリタス》の CCEを支える計算機の温度が危険域にまで到達していることを知らせていたからだ。


 舞衣との戦闘で、短距離の転移を繰り返し、《A・ヴェリタス》はすでに悲鳴をあげていた。


 ……けれどっ、諦められるかっ!


 竜という脅威をアズレア鉱床に存続させるためにも、目前の射撃を止めなければならない。


 ナイフも無ければ転移ももう残すところ一回か二回。許容限界を超えれば《A・ヴェリタス》は一時的に機能停止する。


 ……だからってっ!


 エリオスは次弾が撃たれることを直感し、半ば反射的に《A・ヴェリタス》を転移させた。


===


 トリガーを引くと決めた進藤の指が動いたときだった。


 照準を覆い隠すようにアルカナギアの手のひらが現れた。


 ……なんてタイミングでっ!?


 しかし、ときすでに遅く二撃目の砲弾がレールガンから放たれた――


===


《D・スレイヤー》で駆けながら、舞衣はその光景を見た。


《A・ヴェリタス》がレールガンの銃口の目前に転移し、右手で遮ろうとすると同時。


 轟音とともに銃口から凶弾が迸り、レールガンの銃口からは摩擦によって発生した熱による光。あとに続く燃焼煙が闇夜を漂い、視界を埋め尽くした。


「……あ……あぁ」


 舞衣の《D・スレイヤー》の脚が止まってしまう。あまりにも突然すぎることに、目を見開いたまま、呆然とするしかなかった。


 ……どうして、きみは……


 ナイフもない状態で間に合わないからと、射線上に向かったのだろう。鉱床を守るために竜が必要だからという理由で……。


 エリオスの寝顔を思い出す。いたいけな顔で眠っていた少年が、目の前で散ってしまった。


 こうならないために、自分は捕まえたかったのだ。いつかきっとエリオスの優しさが、気高さが、戦場において彼自身を破滅させると、わかっていたのに……。


 口がわななき、深い悲嘆に心が塗りつぶされてしまいそうなときだった。


 《D・スレイヤー》の視界が徐々にあけると、信じられないものが映った。


《A・ヴェリタス》が、何事もなかったかのように立っている。


 間違いなく射線上に入り、直撃しなくとも銃弾による衝撃波だけでも相当な損壊を与えるはず。なのに、まったくといっていいほどに傷はなく、《A・ヴェリタス》は健在だった。


《ドラコン・ピアサー》の砲口と《A・ヴェリタス》の間からガラン、というなにかが落ちた音がする。目を向けると、発射されたはずの銃弾だった。電磁力によって音速を超えて放たれた弾が、なぜあるのか?


 と、エレナの焦燥を滲ませた声が舞衣を現実に引き戻した。


『舞衣ちゃん、状況を教えてっ!?』


「《A・ヴェリタス》が弾を……なんらかの方法で防いだのだと思います……」


『そんなことありうるの?』


「わかりませんが……そうとしか説明がつきません」


『……そう』


===


《クォンドリンクス》の中で舞衣の報告を受けたエレナはほっと一息ついた。作戦は失敗に終わったが、エレナは特に気にしなかった。


 ……《D・スレイヤー》の配備数が極端に少なすぎるのよね……。


 最初からきな臭いところがあった。黒沢にとっても重要なのに、成功率を上げるためにリソースを割いているようにはみえなかった。


 またアズレア鉱床の防衛をしたい〈原理派〉による、《A・ヴェリタス》の急襲が予想される一方で、射手を務める進藤の《D・スレイヤー》の警備も舞衣のみというのも腑に落ちない。


 ……まあ、結局何事もなかったわけだからオールオッケーってことで。


 あとは〈FIO〉の上層部と連携を取って、作戦終了の指示を仰いで三人に撤収を促せばいい。司令本部への通信を開こうとしたとき、別の回線が開いて、エレナは反射的にそちらにつなぐ。


『ご苦労だった。きみの部隊は非常に有用な働きをしてくれた。あとは我々にまかせてくれればいい』


 ……我々?


「ちょっと待ってくださいっ、説明をお願いしますッ!!」


===


『ちょっと待ってくださいっ、説明をお願いしますッ!!』


「エレナさん?」


 今入った通信の後半は、まるで舞衣以外の人間に向けたような。


 応答がなくなり、舞衣が困惑しているとき、ズシンと《A・ヴェリタス》が立て膝をついた。


 ……マシントラブルか?


 以前、鉱床で竜と戦っていたときにも《A・ヴェリタス》には転移をするのに制限があるようにみえた。だとしたら、CCEの限界が訪れ、《A・ヴェリタス》の機能のすべてが緊急停止したようだ。


『……七星、これからどうする』


「プランBは残り一撃という話だった。竜を空に上げるのも限界だ。かといって竜もあの傷で、動くこともままならない。最低限の働きはしたんだ、撤収しよう」


『お姉様、《A・ヴェリタス》は?』


「今のうちに鹵獲してみよう、私がする」


《D・スレイヤー》を歩ませながら、舞衣は胸を撫で下ろす。


 ……いろいろあったが、よかった。


 まさかこんなすぐにエリオスとの勝負に幕引きがおとずれるとは思いもせず、混乱を少なく彼を匿える方法を考えていたときだった。


 ヒュンっという銃声が背後からしたと同時に、《A・ヴェリタス》の脚部が破壊され、地面に倒れ伏した。


 ……なっ……


 驚いて、《D・スレイヤー》を振り向かせると、森林方面から多数の《D・スレイヤー》が現れた。


 ……損傷が激しかったはずでは……。


 だが、一〇体はくだらない《D・スレイヤー》が立ち並んでいた。明らかに舞衣たちが知る情報と一致しない。


『浜口部隊の諸君、ご苦労だった。オペレーションでもっとも重要度が高い任務をやり遂げてくれたことに感謝する』


 黒沢紘一の声が通信機越しに聞こえてきた。その間にも、複数の《D・スレイヤー》が走って、舞衣の《D・スレイヤー》を追い越して《A・ヴェリタス》へと向かっていく。


『本来ならば《D・スレイヤー》の物量を持って《A・ヴェリタス》を疲弊させるつもりだったが、七星隊員の素晴らしい健闘によって、時間を稼いでくれたどころか我々の目的まで達成してくれた。感謝しかない』


「どういうことですかっ、竜の討伐ではっ」


『それは、ベストエフォートだ。本命は、《A・ヴェリタス》の確保にある』


 ……そんな……


《A・ヴェリタス》へと振り返ると、上体を両腕で持ち上げ、首を動かし、舞衣の《D・スレイヤー》へと目を向けた気がした。地面に這いつくばったままの《D・スレイヤー》の右腕が一瞬、地面を離れそうになったが、止まる。同時に《A・ヴェリタス》は両脇から《D・スレイヤー》に腕を掴まれて立ち上がらされた。


 二四〇三時、《A・ヴェリタス》と帝国の王子、エリオス・ルヴァインは捕縛された。

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