PARTS5(1/2)
再び黒沢よりブリーフィングルームに招集されたのは、首都の商業区に行った二日後のことであった。
室内には十数名がすでにいることを確認しつつ、いつも通り私服のままエレナは舞衣、進藤、朝比奈を連れ立って席につく。しばらく後、部屋の前の扉から黒沢は現れた。
「まずは先の作戦、ご苦労。浜口隊の隊員により竜へのダメージを与えることには成功した。そうだな、七星隊員?」
「はい、翼部の損壊により、移動能力を損なわせたはずです」
舞衣の答えに、鷹揚に頷きながら黒沢は説明を続ける。
「フェリオン(異世界)の原生生物らしく著しい再生能力を有し、一週間もしないうちに竜は全快するとの予測が出た。しかし裏を返せば竜は弱体化しており、叩くなら今ということになる」
黒沢の言葉が強くなると同時に、彼の背後のディスプレイが点灯する。映っていたのは、超大なライフルだ。比較用なのか二体の《D・スレイヤー》もともに描画されている。一体は這いつくばり、肩に砲身の中頃を支え、もう一方が射撃体勢を取っている。
「私が提唱するのは超遠距離射撃用レールガンによる、一撃必殺だ。三〇Km遠方から傷を癒やしている竜を撃つ」
突拍子もない作戦の説明に、さすがの〈FIO〉の面々も周囲と話し合い、ざわつく。落ち着いたのを見計らって、エレナは思わず口にした。
「〈企業〉の立場から言うのもはばかられますが、いくらなんでも遠すぎませんか? 成立するとは思えません。運動能力が低下しているのなら、複数機体による白兵戦も視野に入るのでは?」
黒沢が一瞬鋭い目でエレナを睨めつけつつ、ふんと鼻を鳴らしながら言った。
「……先の戦闘で、アルカナギア、特に《D・スレイヤー》が消耗している。優秀なパイロットのものから修復しているが全てを万全にする時間もない。回せる戦力を鑑みれば、最も成功確率が高いと判断した」
「だとしても、《P・ガーディアン》によるバックアップを考えた作戦であれば立てられるのでは――」
「〈企業〉はいつから〈FIO〉の上位組織になった?」
冷えた声がブリーフィングルームに響き渡り、議論が続かないことを教える。
「……わかりました」
《D・スレイヤー》の消耗が激しいのは昨日共有されたこともあり、これ以上は口を挟むこともできない。
ただ妙な違和感が胸の奥にひっかかる。まるでこの作戦内容に固執しているように感じる。けれども、理由がわからない。
「では、詳細説明を進める――」
===
「……というのが、ルヴァイン王子から伝えられたイセカイジンの作戦よ」
青いドレスを身にまとったアストリアはアジトの会議室に主要人物を呼び込んで説明した。
会議室の中央にあるテーブルを取り囲むように、若年、壮年問わずアストリアの言葉に聞き入っている。だが、一部が難色をしめす。
「帝国の話を信じるというのですか?」
「他に情報はない以上、仕方ないわ……もっとも、詳細な位置に関しては教えてくれなかったけれど」
……帝国と〈原理派〉の明確な繋がりが判明すれば、帝国側としてもイセカイジンの力を享受できなくなるのは目に見えてるから、妥当な範囲ね。
「長距離からの攻撃とわかっても、どこから仕掛けられるかわからないのでは、阻止もなにもありますまい」
「ごもっとも。けれど、相手は本物の魔法使いではない。使ってくるのはせいぜい直線的な射撃となれば、竜を撃てるところも絞られるはずよ――」
アストリアは、中央のテーブルに大きく地図を広げながら、ペンでアズレア鉱床付近に丸をいくつか描き始める。
「この丸は、直近の数日間で同志が発見したアルカナギアの位置よ。そして丸はアズレア鉱床を始点にすると、ある一方向を指し示すことになるわ」
アズレア鉱床から丸を繋げていくと南南東に線が伸びていく。
「延長上にある高台としたら――」アストリアはゆっくりと線を引きながらアズレア鉱床から離れた山脈にたどり着く。「……カディナス峯 ですか」
「発見されたアルカナギアは、終着点付近の障害を確認しているといったところ。本命はカディナス峯からの射撃。ただ、射手がいる場所の精密な特定は難しいわ。だから、一射目は祈りましょう」
「…………祈る、ですか?」
同じく会議に出ていたエリオスが目を瞬かせ、アストリアは肩をすくめる。
「そ。他に選択肢なんてありもしないわ。だったら開き直って、これまでアズレア鉱床を守護していた竜の力を信じたほうが、分がいいと思わない?」
アストリアの浮かべる悪童の笑みは、貫禄すら感じる凄みを持っていた。
===
辺りは深夜の静寂に包まれ、夜空には雲がかかり、月明かりもまばらに差し込むだけ。濃密な霧が地表を這い、岩場の亀裂に落ちていく。冷たい風が木々を揺らし、まるでささやくように響いていた。
カディナス峯の中腹、林を抜けた崖付近に、三体の《D・スレイヤー》が一本の超大なライフルを肩に載せ歩いていく。標高の高さからくる寒気が装甲を打ち、霜が《D・スレイヤー》の表面にうっすらと張りついていた。
崖の縁付近で、舞衣の《D・スレイヤー》がライフルの砲身の中程を、朝比奈の《D・スレイヤー》の肩に乗せる。最後に進藤の《D・スレイヤー》がライフルのストックを肩にあてて、射撃準備が完了する。
舞衣は《D・スレイヤー》の手を長大なライフルから離して、傍らの《クォンドリンクス》を見やる。
「《ドラゴン・ピアサー》、配備完了しました。……たったの4日でよく準備できましたね」
『ギリギリだったって技術部の人が泣いてたわ。とはいえ、照準系とAIの繋ぎこみは完了してる、完璧ね』
「完璧、ですか……」
改めて舞衣は《D・スレイヤー》三体で持ち運んだ特注のレールガンを見やる。
対竜兵装:《ドラゴン・ピアサー》。文字通り、竜を穿つことを目的としたライフルは、九〇mmの経口に、二〇mという長い砲身が最大の特徴のレールガンだ。しかし、通常の《D・スレイヤー》では、規格外の出力にみあったFSは使えない。そこで準備されたのが、進藤の《D・スレイヤー》だ。
進藤の《D・スレイヤー》の頭部は、本来のものではなく《P・ガーディアン》のものが乗っている。これは、少しでもミッションの成功率を高めるべく、CCEのパフォーマンスを発揮できるものを選んだ結果となる。ただ身体は《D・スレイヤー》のスリムなままなので、どうしても頭でっかちであるのは否めない。
三〇km先にある目標への精密射撃を実現するには、もう一つ、不可欠な要素がある。
『風力の影響を軽減するためとはいえ、射撃ライン付近に等間隔で配置されてるアルカナギアに対して、わたしの方からCCEで風を操るって、難しすぎますよー』
嘆くのは片膝を着いた《D・スレイヤー》に乗る朝比奈だった。彼女の《D・スレイヤー》の役割は、砲身の支えだけではない。弾道の風力影響を小さくするために射線上付近に配置されているアルカナギアに、《クォンドリンクス》の通信ネットワークを介して、遠隔で複数のCCEを使う。イメージとしては、大きな風の手で射線を覆うようなものだろうか。
《クォンドリンクス》同士による通信によりリアルタイムでの情報の送受信はできる。だが、風のトンネルを作るには、FSの決まりきった出力は求められない。その場の状況に合わせた調整が必要なため、《D・スレイヤー》単体で魔法を使うよりも複雑性が高い。
『楽ですよねー、進藤宇は。AIが照準したものに対してただトリガーを引くだけですから』
『馬鹿野郎、事前説明あっただろうがっ! AIの照準つっても限度があるって。大まかなポイントはわかっても最後は俺がやるんだよ』
「いつも通りといえば、通りか……」
重圧がかかる作戦だというのに二人があいも変わらず小競り合いをできているという精神状態なのはある種の救いだった。いたずらに緊張感で満たされるよりは力を発揮できるはずだ。……多分。
そして、ミッションにおける舞衣の役割は射撃とは別にある。
舞衣たちは事前に黒沢より一つの懸念事項が伝達された。それはこの作戦自体が〈原理派〉に漏れている可能性についてだ。
〈原理派〉の魔法使いたちが二、三日前からアズレア鉱床付近を哨戒しているということを、〈FIO〉の隊員たちからも報告はあがっている。けれど、カディナス峯付近には近づいたという情報は入ってない。
黒沢はそれでも〈原理派〉が〈FIO〉の妨害をするという可能性を考慮し、《A・ヴェリタス》襲撃の対策として舞衣を進藤と朝比奈の護衛に置いた。他の三人にはなぜ黒沢が疑っているのか、いまいち理解はできていなさそうだったが、舞衣にはよくわかった。おそらく、巨大アルカナギアが保管されていた秘密工舎の件から、推論したと察せられた。
『二三三〇時、時間よ、三人共』
エレナが声をかけたので二人の諍いも強制的に止まり、本格的な準備に取りかかる。
今回、もっとも負担が大きいのはやはり進藤だ。オペレーションとしても照準のコンマのズレもミスに繋がりかねず、トリガーを引くというのは重圧が伴うはずだ。本人も自覚しているからこそ、気が立っているのは仕方がない。なにより外したとしても、次弾装填には時間がかかるうえ、おそらく竜が動くことになる。となれば、精神的なプレッシャーは計り知れない。
……それに、二撃目を許すほど、エリオスは甘くない。
と、エレナの声に焦りがにじむ。
『風力制御用のアルカナギア付近に魔法使い出現っ!? 交戦に入ってる、まさか――』
三人の緊張が高まる。漏れ聞こえる会話の内容から、魔法使いが現れたポイントは遠い。しかし、問題なのは風力制御を行っているアルカナギアの方だ。一体欠けるだけでも作戦の成功確率は大きく下がる。
『時間を前倒しで――っ、承知しましたっ! 宇くん、彗葉ちゃん準備をっ!!』
『マジかよっ! ――くそっ』
『風力制御及び情報連結、開始しますっ!?』
「落ち着けふたりとも、私たちが魔法使いと直接戦闘になってるわけじゃない。竜への射撃だけに集中しろっ」
『お、おう……』『は、はい』
浮足が立ちそうなところを堪えられたが、状況が動き出すのは必至だ。
……やはり、きみも来るのか?
暗色のアルカナギアの到来。予想より確信に近いものを舞衣は感じ取っていた。
===
《D・スレイヤー》のコクピット内にいる進藤宇の身体は急速に冷えていくのを感じた。口から荒い息が漏れ出るのがさっきから抑えられない。苦い唾を嚥下しながら右手の操縦桿を恨めしく思った。
……どうしてAIで全部処理してくんないかなー……
こんな重い役割を担うことになっているのかも疑問だった。果たして自分でいいのか、という思いもあった。
アルカナギアに乗っているのだって、結局は弟妹たちのためである。〈FIO〉に所属こそすれ、忠誠心は皆無だし、黒沢はやっぱりクソ野郎だと思う。
だったら、なぜ今《D・スレイヤー》に乗ってるのか?
……やっぱ、男の見栄だよなぁ……。
理由は単純だ。結局、舞衣(気になる異性)にいいところを見せたい、たったそれだけで、自分は竜を撃つことを請け負ったのだ。
我ながらアホだと感じるし、エレナや朝比奈には絶対に知られたくない。特に朝比奈にいたっては、『おめでたいものですね、進藤宇。お姉様があなたを気にかけるようになるわけないじゃないですか』と言うに決まっている。ありありと思い浮かんだ。
馬鹿馬鹿しい想像を振り払って、改めて集中する。眼前は通常視界ではなく、遠距離にあるドローンから、《クォンドリンクス》を介して送られた竜の姿が映し出されている。月明かりによって、周囲の鉱石が淡い光を照り返す中、巨体はあった。うずくまるように眠りについている竜へと照準に合わせるため、朝比奈に指示を飛ばす。
「朝比奈、もう少し――ほんの少しでいいから姿勢を低くできるか?」
『もう、急いでくださいよねっ』
朝比奈の《D・スレイヤー》の重心が安定し、ブレが収まるがまだ竜への狙いが定まりきって
いない気がした。
……くそっ
がくつきそうになる指を懸命に抑えながら《D・スレイヤー》を操作しコンマのズレをなくしていく。
が、唐突にレティクルがあらぬ方向へといき、心臓が止まるかと思った。
「な、なんだ。朝比奈っ!?」
『射線上の中程にある一体が魔法使いによって頭部を破壊されたようですっ。周辺の機体でのバックアップをしますが、完全にフォローできませんっ』
いうなれば射線の中頃で曲がる要素が増えたということ。周辺を凪の状態を作っていたからこそ、影響は大きい。
……バックアップを待って整うのを待つか、いや駄目だ。次のアルカナギアが失われる。
だとしたら、決断するしかない。
「……朝比奈、微修正を頼む」
『進藤宇っ、正気ですかっ!?』
「時間が経てばもっと厳しくなるっ、今がベストなシチュエーションだと思えっ」
『っ』
進藤の怒声に、いつもの憎まれ口も引っ込み、大人しく朝比奈は進藤の指示に従う。
「当てたら、年長者を敬えよ」
気づけば身体の熱が戻り、指は自然と操縦桿に添えられていた。
『当たればですよ?』
「当てるっての」
短く息を吐き、目を見開きながら最終調整に入る。AIに周辺情報の変化がインプットされ、照準も修正されていき、予測着弾点と竜の姿が重なる。
息を吸い、止め――
進藤はトリガーを弾くと、ほんの、けれども致命的に《D・スレイヤー》の照準がずれた感触がフィードバックされ、総毛立つ。
……ふざっ、《D・スレイヤー》が勝手に動いたッ!?
だが、無情にも弾丸は砲身から放たれるのを、進藤は感じ取った。
CCEによって周辺を磁化されたセラミック製の90mm 弾がレールガンの中を奔り抜け、銃口から解き放たれた弾は、音速を超え衝撃波を撒き散らしながら闇夜を貫く。
竜が覚醒し翼を広げるが――
秒速 二五〇〇m の弾丸はすでに、重力と周辺風力の影響を受けつつも磁化が解かれ鉱床エリアへと侵入。
竜の瞳が迫りくる弾丸を捉え――
――着弾――
弾丸が鉱床の地面にあたった衝撃により、金属片が粉塵の如く立ち上り、周辺のドローンからの映像では竜がどうなったかはわからない。
……いや、駄目だ……
絶対の確信があった。嫌な方に。
次の瞬間、霧の中から巨大な影が現れたかと思うと、朝比奈の悲壮な声が現実を告げる。
『竜の損壊は、左前腕部の損傷にとどまってますっ!? 飛行も開始!! もうほとんど治ってただなんて――はい、わかりました。プランBに切り替え、周辺のアルカナギアによる足止めを開始しつつ、進藤は再射撃を――聞こえてますかっ、進藤宇!?』