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 ……まさか、〈原理派〉狩りに遭遇するなんて!


 少女は身にまとった服が汚れるのも構わず、首都から外れた林道を息せき切って走っていた。銀色の髪を振り乱し、途中で肩にかけた薄手のマントが風にさらわれても、彼女は見向きもしない。うっそうと茂る木々に覆われ、夕暮れの光が木漏れ日となって細かな斑点を作り出していた。背後から来る風が枝葉を揺らし、迫りくる気配がますます強くなる。


 現在の帝国の状況を自分の目で見てみたいと考えたのがいけなかったのか。街の入口には関所があり、外部からの侵入者を防ごうとしているとは思いもしなかった。


「そこのお前、止まれぇ」


 イセカイジンの拙いフェリオン言語が耳朶をうつが、もちろん従うつもりはない。アストリアは魔法使いであり、魔法を使えない人間などわけもなく無力化できる。ただ、逃げるには理由があった。


 後方から聞こえる木々が倒れる音に、『その』存在を感じ取った。


 ……来たっ!?


 予想はしていた。できればなければとも願っていたが、思わずと言ったふうに振り返ると――


 ――金属の巨人がいた。


アルカナギア。


 イセカイジンの技術で作られた、巨大な鎧だ。


 全高は竜種と同程度であり、青緑色のカラーリングの装甲をした巨人が、樹木をへし折りながら近付いてくる。腕は頑強さをしめすかのように膨れており、重量感のある戦闘用の大型剣が握られていた。その太い脚が地面を踏みしめ、迫る。


 小人と巨人では速さが違う。またたく間に彼我との距離を縮められアストリアは歯を食いしばった。


「どうして……どうしてっ!!」


 木々の間に逃げ込むことにも意味はなく、捕まるのも時間の問題だ。もし自分が捕まれば? その結末を想起するよりも早く――


『――背を低くして風の壁をお作りください』


 突如、空から降ってきたまだ幼さが残る少年の声に、とっさに従い、走るのをやめた。代わりに巨人に対するように転身し、右手を突き出し、『魔法』を行使するために集中。一連の所作が終わると同時に、ズシン、という重いものが降ってきた衝撃が脚から伝わる。林道の小石や砂が、アストリアに向かってくるが、自身が作った風の壁によって弾かれる。


 その向こう側に立っていたのは、今まで追い回してきた巨人と同じ背丈をした、暗色の巨人だった。青緑色の巨人よりも鋭角的なシルエットをしており、四肢も比較すれば華奢だ。流線型の頭部が半分だけ振り向き、目にあたる箇所が青色の光を帯びる。


『遅くなり申し訳ございません』


 暗色の巨人の中の少年の謝罪に「いいの、あなたが来てくれたから」と答える。


 だが、気を抜ける状況ではない。アストリアを追いかけていた青緑色の巨人がすぐに追いつき、中の男の声が響いた。


『〈原理派〉のアルカナギア……《Aエーペックス・ヴェリタス》。元はといえばうちの機体だ。返してもらうぞ』


 今度はイセカイジンの言葉でありアストリアには正確な意味はつかめなかった。


「だとしたら、魔金と魔鋼も、我らのものだ」


 アストリアを護ろうとしてくれている巨人の中の彼が、イセカイジンの言葉で怒気を放つ。


「ガキが、知ったような口を!!」


 激怒した男の声と共に、青緑色のアルカナギアが、剣を構えて向かってきた。


 対してアストリアを背にした巨人は、後腰に手をやり掌大の――もっとも人ひとり分の大きさはある――ダガーを構え、疾走する。


 両者の得物が激突するかと思われたが――


 何の前触れもなく、《A・ヴェリタス》と呼ばれた機体が消え、ダガーを持ったまま、巨人の目前に出現する。


「な、なにっ!?」男の驚嘆した声と同時に、《A・ヴェリタス》はダガーを青緑色のアルカナギアの頭部に突き立てた。


「がああっ!! 姿勢制御が……」


 その場にくずおれた巨人を睥睨したあと、《A・ヴェリタス》がアストリアに寄ってきて、片膝をつき、手を差し伸ばした。


『ぐずぐずもしていられません、戻りましょう』


「ええ、わかってるわ」


 巨人の手のひらの上に乗ったアストリア。彼女を迎えるべく、《A・ヴェリタス》の胸部が開く。


 そこに収まっていたのは、少女と見紛うような少年だった。肩まで伸びた金髪の髪は柔らかく波打ち、整った顔立ちはどこか儚げだ。長い睫毛の奥にある瞳は、子犬みたいに人懐っこさすら感じさせる。


 巨人の中に縛り付けられた格好をしている少年だったが、アルカナギアを操るためとアストリアも承知していた。


《A・ヴェリタス》の内部は、少年を包むようにぐるりと外の林道の様子が見えた。油断すれば《A・ヴェリタス》の中ではないのではと勘違いしそうになる。だが、手を伸ばせばすぐに外の景色を映している壁だとわかる。魔法ではなく、イセカイジンたちの技術だが、アストリアには詳細はわからない。


 アストリアを収めた《A・ヴェリタス》の胸部が閉じると、流石に狭い。邪魔にならないようにしようとすると、必然的に少年の背後で抱きつくようにするしかなかった。


「申し訳ございません」


「謝らないで。かっこよかったわ、ルヴァインの名は伊達じゃないわね」


「からかわないでください、アストリア」


 ようやく緊張がとれたのか、少しだけ年相応の口調になった少年。少年の中腹あたりにしかもっていけなかった手に力を込める。


「アストリア?」


「怖かった、本当に」


 アストリアが捕まったあと、〈原理派〉がどのように追い詰められるのか、想像は容易だった。だがなによりも、巨人の手で締め上げられると考えてしまったとき、ただ己のために恐怖してしまっていた。


「大丈夫です、ぼくが守ります。あなたを失うわけにはいきません」


 その言葉を聞いたとき、嬉しさと一抹の寂しさを感じる。


 わかっている、彼はどうしようもないくらいに真っ直ぐなのだ。だから、照らいもなく「アストリアを守る」と言う。そしてアストリアが大事だとも。


 ……でも、エリオス。だったらあなたとして、私を守ってくれる?


 自分よりも僅かながら年下の少年に、もちろん訊けるわけがなかった。訊いたところで意味がない。


 彼は自分の側で助けてくれるのだ。今は、それでいい。

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