時保険(ときほけん)
時を保険にかける『時保険会社』なるものがあると、インターネットで噂を知り、篠宮遊毬はそのサイトへアクセスしてみた。
正直なところ眉唾だが、『時保険会社』などという怪しげな呼び名には、好奇心も同じくらいあった。
気軽な気持ちで検索すると噂通り、一件ヒットしたのだ。
『時保険会社』といった文字が躍るそのサイトに。
「存在したんだ……『時保険会社』」
遊毬の隣にいる弟、甼生は遊毬と似た表情を浮かべ唖然としている。
本当にサイトに記されているように時間を保険にかける事など可能なのか、二人とも信じがたいという面持ちを隠せない。
けれど空想小説のような仕組みが現実に起こせるのならば、今抱えてある悩みを解決に導けるかもしれないのだ。
時保険とは、望む通りの時間を保険にかけてその分の時間を使用出来る保険らしい。
噂で知った情報なので、何とも云えない。
ただ……代償がいる。
使用する時間に合わせて、同じ程の自分の時間を払わなければ契約は成立しないのだ。
昨日二人で話し合いを行った結果、二人の時間を合わせて支払う事にした。
そして時間を使用する目的だが、家で育てているハムスターのハム太の寿命の為だ。
ハム太の具合が最近良くないので獣医さんに診察を受けたところ、もう長くはないと云われた。
長くて半年だそうだ。
遊毬も甼生も解決策をネットで探り、ある日『時保険会社』の口コミをサイトで見付けたのだ。
「申し込むわね。
名前、理由、希望の使用時間、代償を払う者の名前……」
「本物なら、ハム太を長生きさせられるね。
姉ちゃん、覚悟は出来てる?」
「勿論、ハム太を救う為よ。
甼生も、覚悟は出来てるわよね」
「同然」
必要事項を記入し、力強く送信をクリックした。
『手続き完了しました』の返信メッセージが届き、二人は一つの事をやり遂げた感覚に包まれた。
〈カラカラカラカラ……〉背後で滑車を廻す音がする。ケージの中でハム太が無邪気に遊んでいる小さな音。
時保険との契約を結んだものの」、遊毬も甼生も不安から解放されないままだ。
そして獣医さんから宣告を受けた日から半年経過した日が訪れた。
「ハム太、元気だね」
「ん、前より元気だわ。
あのサイトの時保険……本当なのかもしれないわ」
時保険の存在を確かに認知した。
それは二人の時間が保険にかけた分、削減された事を意味する。
だが二人とも怖くはない。
ハム太を生かす事が出来るのだから、自身については寿命が縮んだ分目一杯生きるつもりだ。
「削った僕らの時間……合わせて二十年分だから、ハム太は充分生きられる」
「私たちも寿命は減るけど、推定60歳ぐらいまでは生きる事が出来て、なおかつハム太だけを残す事はないわね」
ハム太の寿命を延ばし、そして遊毬と甼生が先に逝かないように計算した時間の保険をかけた二人。
両方とも苦しまずに、普通に日常を送れそうである。
ハム太が元気に遊ぶ姿を見て、二人はグータッチを交わした。