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不器用シリーズ

プロポーズは風のように

作者: 沢木 えりか

 風が、吹く。風車かざぐるまがカラリと音を立てて回りはじめた。

 両脇を山に挟まれた峡谷にあるこの街は、山の向こうに海があるために、いつも風が絶えない。

 昔からの風土をいかしたのだろう、この地方では風車が特産品となっているらしく、街中のあらゆる場所で見かけられる。例えば、そう、うちのアパートならば、花壇の隅だったり。

 風の香りに混ざって、どこからかピアノの音が聞こえてきた。

 私はこの人のピアノが好きだ。顔は知らないけれど、私が暮らすアパートの隣、中條と言う人。

 その曲は、一週間で溜まったゴミを共同の収集所に運ぶ火曜日には、必ず聴こえてくる。

 早朝七時のピアノは騒音と見なされることが多いのに、なぜだかあの人の出す音は、寧ろ静かで心地良いと感じる。そのためか、クレームはないようだ。

 いつもは小一時間程続く旋律は、今日は私がゴミを置くと止まってしまった。

 私は少しばかり残念な心持ちがして、いつもよりも少しだけ足が重くなる。火曜日は、嫌いだ。

 週の二日目に位置づけられるこの曜日は、厄介事が多い。燃えるゴミの日だし、好きなテレビ番組もないので私の唯一の楽しみは隣人の奏でるピアノのみだった。

 自覚できる程に険しい顔をして歩いていたので、私ははじめ、彼の存在に気づけないでいた。

「おはようございます」

 彼は確かにそう言った。私は、その控え目な挨拶があまりに唐突に思えて、思わず無視して通り過ぎそうになったくらいだ。

「……おはようございます」

 私がアパートに越してきたときは、特に挨拶をして回ったわけでもなく、そのような所謂“近所付き合い”と言うものを、住人達が求めているとも思われなかったので、私は良くすれ違う限定された住人の顔しか知らない。

 彼もまた、私が顔を知らない住人の一人らしい。私と同じくらいか、年上だろう。私の住むアパートから、ちょうど出てきたところ、と言った感じだ。

 見た目では、私と同じくらいか、年上に見える。ふうん、こんな街外れにも若い人っているんだ。

 そう思うと、ほんのちょっとだけ気分も晴れて来て、私は足も軽やかにアパートの階段を駆け上った。

 私の中でスランプの定義は、気力不足で作業が手に着かないことではない。

 作品と向き合うときは、いつも気力全開、全力で取り組む。ただ、それが世間に出せる作品になるかは別ものだ。

 あるテーマについて、自分に問い詰めて、深めて、全力で筆に乗せる。それが、書道。そしてこれが、私の仕事。主に、店の看板の文字やタイトルロゴ、水墨画の作成をしている。

 本当は、書道をお金に換えることはできないけれど、お金がなければ書道ができないのも事実。

 今は、お気に入りの和食屋さんが新装オープンするから、その看板の文字となるものを書いている。

 「風のカノン」と言うその文字は、軽やかに筆を走らせることでその店の雰囲気を出したいのに、どうも上手く行かずに、私の悩みの種となっている。

 期限は来週の火曜日。ほうら、やっぱり、火曜日は嫌い。理由はわからないが、仕事の締め切りは火曜日に来ることが多い気がする。

「ふう」

 溜め息が出た。かれこれ、二時間は和紙と向き合っているけれど、納得いかない。今日は諦めて、和紙を乾かすために、アパートの廊下、落下防止の柵にくくりつける。

 そんなことはしなくても和紙の上の墨は乾くけれど、これは憎い出来上がりに対しての、私なりのちょっとした抵抗だ。

 干された和紙たちをみて、フフンと唸る。風に晒されて今にも飛んで行きそう。参ったか。誰かがアパート柵に取りつけた風車が、カラリカラリと音を立てた。

「あ」

 と、強い風が吹いて、洗濯鋏で留めていた和紙が千切れ、宙に舞う。それは高く高く昇って――案外、真下に落ちた。

 思わず目で追うと、どうやら誰かに拾われたらしい。あ、今朝の人。私は何だか顔を合わせる勇気がなくて、急いで自室へ入ってしまった。

 私、何やってるんだろう。あの人気づいていたかな。それじゃあ私、変な人だ。でも、あの人のこと、良く知らないからな。

 隣からピアノの音が聴こえて来た。隣人がピアノを弾くのは大体朝だから、ちょっと珍しい。いつも同じフレーズを繰り返すから、私はすっかりその曲を覚えてしまった。

 ピアノに合わせて、自然と鼻歌を歌う。

「……あれ」

 いつもはここではじめに戻ってしまうけれど、どうやら新しいフレーズが加わったらしい。

「あ、きっとできたんだわ」

 以前、この曲を全部聴いてみたくなって、街のCDショップまで出かけて探したことがある。でも、結局見つからなかった。

 名もない練習曲なのか、それとも名前しか知らない隣人のオリジナルなのかはわからないけれど、私はけっこう気に入っている。

「風のカノン」

 なぜだか、脳裏にその言葉がよぎった。軽やかに走る風、それを追うように吹く風。

 今なら書けるかも。私は筆を取った。

 ピアノに合わせるように筆が動く。筆を持つ手は、風のように、軽やかだ。何にも縛られない、純度百パーセントの自由。

 そこには、大胆且つ流れるような繊細な筆遣いの叶った作品ができていた。

 予定よりも早く仕上がった作品を、早くクライアントである店主に見せたくて、私は和紙が乾くとすぐに出かけた。

「こんにちはー!」

「葵さんじゃあないか」

 店主である夷隅いすみさんは、新装工事中の現場にいた。

 予定より早い私の訪問に驚いたようだ。

「期限までまだあるんですけれど、夷隅さんに早く見せたくて」

「本当かい? さすがに仕事が早いね」

 早速、完成品を見てもらう。文句なしのオーケーが出た。

「そう言えば、葵さん水墨画もやっているんだって?」

「はい」

 夷隅さんは完成品を余程気に入ってくれたらしく、店の壁の一部に水墨画を描かせてもらえることになった。

「ではまた、一週間後に」

 家路への足取りは軽やかだ。ついつい、スキップしてしまう。そうだ、今日はあの場所に寄って帰ろう。

 山々の間にある街を貫くように、一本の川が流れている。それがまるで槍のように見えることから、その川は槍川と名づけられたらしい。

 私の住むアパートからは、歩いて十分。堤防は散歩道になっている。作品行き詰まったとき、気分転換しに来たり、散歩に来たり。何と言っても、流れる川が生み出す風を受けて回る、風車が沢山川下に向かって、草花と共にあるのが良い。

 ここ数日は暖かかったから、堤防一面に菜の花が揺れていた。

「こんにちは」

 犬を連れたおじさんが挨拶をする。その先の菜の花の中に、人が座っていた。あ、今朝の人。

 あの人も、ここを知っているんだ。良く、来るのかしら。一度もすれ違ったことはないけれど、もしかしたら最近見つけたのかもしれない。

 そう思いながら、後ろを通り過ぎようとしたとき、彼が突然に話しかけて来た。

「ここ」

「え?」

 私? と聞き返すと、そのまま振り向かずにうなずく。

「ああ、良い場所ですよね」

 またうなずく。隣を叩いたと言うことは、座れってことかな。

「良く来るの?」

「風が良い」

「私、風車が好きなの」

「習字、できた?」

 私ははじめ、彼が何を言っているのか理解できなかった。

 彼は、それまで一度もこちらを見なかったのに、私の答えを待つようにじっと見ている。

 シュウジ、しゅうじ、あ、習字。書道のことだわ。確か、小学校の頃に書道のことをそう呼んでいたはず。

 と言うことは、やっぱりあのとき和紙を拾ったのはこの人だったんだ。

「ええ」

「僕はまだ」

「え?」

 またしても、何のことかわからない。でも、この人もきっと何かを創る人なのだろう。

「スランプ?」

 とりあえず、ありがちな原因から聞き出してみる。

「ちょっと、違う。インスピレーション、ってやつ? あれが、なかなか」

「わかります。私もさっきまでそうで」

 あのピアノがなかったら、今もまだ和紙と格闘中だろう。

「風の絶えないこの街に来れば、良い刺激になると思ったけど、やっぱりダメだ」

「案外、そんなことないかも」

 脳裏に、あの曲が蘇る。

「諦めるのはもったいないですよ。私なんて、さっきまでスランプだったのに、隣の人が弾くピアノにインスピレーション受けちゃって。ヒントなんて、以外なものなのかも」

 笑って見せる。すると彼は、ちょっと考える仕草をしてこう言った。

「それ、多分僕だ」

「え?」

「僕です。あなたの隣の、中條」

 開いた口が塞がらないってこう言うことなんだわ、そう思った。 中條さんは、やはり最近この街に来たらしい。

「僕、一応作曲家なんだ」

「あ、やっぱり」

 やっぱりあの曲は中條さんのオリジナルだったんだ。なんとなくわかっていたけれど、あの曲が名もない練習曲じゃなくて良かった。

 なぜかと聞かれても、これといった理由はない。でも、少し嬉しい。

「風がテーマになっていて、それでこの街に」

「確かに、そんな感じの曲でした。私、すぐにイメージが沸いて来ちゃって。風の追いかけっこと言った感じがしました」

 それまでカラカラと回っていた風車は、一度速度を落として、再び勢い良く回りはじめる。それに伴って、菜の花も揺れ始めた。

 一瞬の沈黙を破ったのは、中條さんだった。

「あなたの字に刺激を受けた」

「え?」

 あまりに唐突だったから、私は聞き返してしまった。

「あの、干してあった作品。あなたは納得してないようだったけれど」

 もしや、干された和紙を前に、敵を見るように立つ姿を見られていたのか。そう思うと恥ずかしい。

「僕は、何かわかった。あなたの、あの作品に対する思いとか、抱いているイメージとか」

 わかってもらえていたんだ。自分では、とても世の中に出せるできではないと思っていたけれど、情熱だけでも、誰かに伝わっていたんだ。

 感謝したい。ありがとうと。私の作品に対する思いをわかってくれて、ありがとう。でも、口から出る前に、中條さんが目を逸らしてしまった。

「照れますね」

 どうやら、彼なりの照れ隠しらしい。私はほんのり赤くなったその耳に、親しみを感じた。

「良かったら」

 それで、多分ちょっとだけ舞い上がっていたにちがいない。

「見に来て下さい。街にある和食屋さんに、今度水墨画を描くんです。あの曲のヒントになるなら、私嬉しいから」

 中條さんはこちらを向かないまま襟足をかいた。

 それを合図に立ち上がる。

「私、あの曲鼻歌で歌えるくらい覚えてしまいました。完成したら、是非聴かせて下さい」

 そんなことを言ったものだから、気恥ずかしくなって、逃げるように家に帰った。

 それから一週間は、また和紙と格闘して別の仕事を終わらせたり、憎らしい出来の作品をまた干してみたりした。

 期限が次の日に迫っていたから、さっそく水墨画に取りかかった。頭には、あの曲が流れている。店と街の雰囲気に合った、風車の絵だ。

 この和紙に描いた絵を、一度業者に渡し、店の壁にプリントするのだとか。

「あ」

 中條さんのピアノが流れはじめた。また新しいフレーズができたんだ。私はあのとき河原にあった風車を思い出し、絵に描き出す。

 音に合わせて、筆はスイスイと動く。水墨画は筆が作り出す線のみで描かれるから、一日で完成した。作品の隅に、自分の名前である葵の字が彫られた判を押す。これは、手作り。

 この絵を壁にプリントしたら、和食堂「風のカノン」は新装工場完了だ。

 中條さんは、水墨画を見に来てくれるだろうか。

 火曜日になった。約束の日だ。いつもより早くゴミを出して、和食堂「風のカノン」へ向かう。今日は、ピアノが聴けなかったな。

「おはようございます!」

「おはよう、期限通りだね」

 夷隅さんは、私の絵を見ると、うんうんと頷いて私を奥の部屋に通した。

「座って、座って」

「あ、あのお構いなく……」

「良いから、良いから」

 半ば無理やり座らされる。夷隅さんは店の奥に入ってしまった。

 一人で放置されて、溜め息が出た。ちょっと気まずい。帰りたくなってきた。何もすることがなくて、新しくなった店内を見回す。

 これまでも、落ち着いた和室が良い雰囲気を出していたけれど、改装した店内はどちらかと言うと若者を意識したものになっているらしい。

 チョロリと水音がするので足元を見ると、ガラスの下に鯉が泳いでいた。

「素敵」

「でしょう?」

 ようやく戻って来た夷隅さんは、両手に料理の入った皿を持っていた。私が知らないメニューだ。

「新メニューの試食をしてくれるかな、葵さん?」

 大好きなお店が新しいメニューを試食させてくれるとして、断る人はいない。それは、私にも当てはまる。

「勿論!」

 新メニューは、春をイメージしたメニューが沢山あった。

 私はもう、楽しみでたまらなくて、箸を取り上げる。

「いただきま……」

「いた! 松島葵!」

 その光は、開け放たれた店の窓から差し込んで、私の目を直撃したようだ。

 光に目が霞んで、良く見えない。ただ、一つわかったのは、私の座らされた席は窓際で、その窓から人が乗り込んできたと言うこと。

「だ、れ?」

 遠くで、風車が回る音がしたような気がした。

「僕。隣の、中條です」

「中條さん?」

 あ、来てくれた。なぜ窓からなのかとか、いつ私の名前を教えたのかとか、そんなことよりも先に、そう思った。

「絵、彼に見せて。夷隅さん」

 そうして、目があった瞬間に、彼が何を求めているのかがわかった。

 夷隅さんは困惑しつつも、絵を持ってきた。突然窓からやって来た男に、大切な絵を見せろと言うのだから、これはかなりお人好しな反応なのかもしれない。

 中條さんは、私の絵を、網膜に焼き付けるかのごとく眺めた。そうして、うんうんとうなずいた。

「葵さん、行くよ」

「え?」

 返事する間もなく、箸を持たない左手を掴まれる。

「あの、どこへ?」

「一番に聴かせる約束だから」

 答えになっていない。前から感じていたけれど、どうも私と中條さんは会話が噛み合わないようだ。

 そんなことを考えている内に、手から箸は放されて、店を出ようとする。夷隅さんが焦った声を出した。

「あ、後で伺いますから、料理は取っておいて下さい!」

 店を出てからは、大変だった。なぜなら、徒歩三十分のこの距離を全力疾走したからだ。最近の高校生でも、多分そんなことはしない。

 手を掴まれていたせいか、途中若干の黄色い声を聴いた気がするが、そこは気にしないでおく。

 中條さんは自宅に入るとようやく手を離してくれた。

 そうしてすぐさまピアノへ向かって行き、凄まじいスピードで楽譜に何やら書き込みだした。

「待って、あと十小節、イメージだけでもすぐに作る。……できた」

「はあ」

「聴きたくなかったの?」

 私の態度が希薄に感じたのか、ちょっと不安そうな顔をする。

 聴きたくなかった訳じゃない。ただ、ちょっといきなりすぎて頭がついて行かないのである。

 しかし、あれだけ曲のことを誉めた手前、あまり味気ない態度を示すのも億劫に思われた。

「いえ、楽しみ、ですけれど」

 楽しみ、と言う言葉に、中條さんは安心したようだ。

「よし、弾くよ?」

 そうしてピアノの向き合った中條さんは、普段見るそれとは別の表情を見せ始めた。

 私の良く知るメロディーライン。風のおいかけっこ。ここまでは聴いたことがあった。

 あ、風車。私の中に、イメージが沸いた。きっと風車だ、これ。おいかけっこしている風が、風車とじゃれ合いながら、掴まりそうで掴まらない。そうしてその音は流れる川の上をそよぐ風に溶け込むように、終結した。

「泣いてるの?」

「あ、れ? うん、そうみたい」

 気が付かなかった。人間って本当に感動で涙を流せるんだ。

「『風のカノン』」

「え?」

「『風のカノン』って言うんだ。この曲」

 カノン。1つの旋律を同じ旋律があとから追いかける形の曲 また、その形式、追走曲。

 私が風がおいかけっこしているように感じたのは、カノン形式だったからなんだ。

「頑張って、葵さん。俺も、君を追いかけるから」

「知ってるんだね」

 松島葵は、書道の世界では有名な芸術家である。日本では、二年前に海外進出を発表して以来、話題にも上がらなくなってしまった。

「海外ではね、書道は日本ほど盛んじゃない。私の仕事は、とても少なかったよ」

 日本でさえ、看板やロゴの注文くらいしかその仕事はない。

 私は逃げ帰って来た。生まれ故郷である、この街へ。

「僕、海外に行こうと思う。日本じゃ、ダメだ。日本じゃ作曲家は、卵のまま死んでしまう。その位、この国は音楽に疎い」

 中條さんは、それまでピアノ越しに話していたのを、こちらに向き直った。

「葵さんのおかげだ。この曲が完成したのは」

「私?」

「そう、葵さんのおかげ。葵さん、失敗作を干していただろ?」

「……うん」

 やっぱり知っていたんだ。恥ずかしい。

「あの字がさ、偶然だけど、僕が創ってた曲と同じだったから、驚いた」

「ああ、あれは」

 依頼を受けた和食堂は、元々「風のカノン」なんて名前ではなかった。新装オープンするに当たって、名を変えることにしたのだ。

 ただ、店主である夷隅さんは、長い間使っていた名前以外のイメージが沸かず、私がつけることになったのだ。

「そうしたら、隣からあの曲が聴こえだして。思わず、『風のカノン』ってつけたの。まさか、本当にカノン形式だとまでは思わなかったけれど」

 凄い偶然だ。私は苦笑したけれど、中條さんは何だか少し考えている。数秒間の沈黙のあと、こう言った。

「それって、凄いかも知れない」

「確かに」

「いや、そういう意味でなく。僕たち、相性が良いんだ、やっぱり」

 やっぱり噛み合わない。相性って、いきなり何を言い出すのだろう。

 戸惑う私はそっちのけで、中條さんは何か考えている。

「うん、決めた。葵さんにする」

 ガシッと言う感じで、両手を掴まれる。あれ、何かデジャヴだ。

 何だか逆らえない気もするけれど、一応自分が何に選ばれたのかは聞いておく。

「何が?」

「僕の奥さん」

「はぁ!?」

 予想をはるかに超えるむちゃくちゃだ。なぜ、色々飛ばして結婚しなくてはならないのだろう。しかも、私たちはまだ知り合って間もないはずだ。

「嫌です」

 だから、これは普通の反応なのだ、と自分に言い聞かせる。

「どうして?」

「どうしてって、私たちは恋人でもないのに」

「恋人でないと結婚できない?」

「そうじゃないけれど」

 結婚は、そんなに簡単じゃない。生活もあるし、価値観の問題だってある。私は、恋人よりも夢を大切にするタイプだ。

「中條さん、私のことが好きですか?」

「惚れてる」

 驚いた。ちゃんと好いてくれているんだ。色々飛ばしてる気はしたけれど、そこはちゃんとしていた。

「私は、中條さんのピアノは好き。でも他は知らないから、好きかはわからない」

 中條さんは、ちょっとだけ考える仕草をした。

「なら、結婚を前提に恋人になって下さい」

 その顔があまりに真剣だから、ちょっとだけ心が揺らぐ。

「僕は夢も大切だから、普通の人みたいには葵さんを大切にできないかもしれない。でも、君は僕の、僕は君の作品に影響されてスランプを抜け出した。互いに損はないはずだ」

「ベストパートナーってこと?」

 確かに、私たちはそう言う意味では相性が良いのかも知れない。

 彼について、もう一度日本を出てみたい気もする。

「いいわ、ついて行きます」

「僕は絶対に葵さんを振り向かせるよ。そのために、僕の恋人になってもらうのだから」

 私が中條さんの奥さんになる道は長そうだ、そう思った。

「まず、お名前聞かせてくれますか、中條さん?」

 後に世界的作曲家となった彼の名は、中條緑と言うらしい。書道家の妻とコラボレーションした彼の曲は、異例の大ヒットを遂げた。



皆さん、はじめまして、そしてご無沙汰です。紗英場です。

プロポーズって、人それぞれですけど、それ以上に結婚も人それぞれですよね。

僕の印象では、芸術家の場合は、支えてくれる人と結婚している場合が多く見られる気がします。

葵さんと中條くんの場合は、互いに高め合う関係だったわけです。

それにしても、自分で書いておきながら、こんなプロポーズはないなぁと思いました。

果たしてこれは“面白い”のかな。

期待外れだったらすみません、好きなもの集めたらこんなことになっちゃいました。

感想やアドバイス頂けたら嬉しいです。

ではまた!


紗英場

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[良い点] 文章構成が素晴らしい。 読みやすく、わかりやすい。登場人物の数も短編にぴったりです。 [気になる点] >松島葵は、書道の世界では有名な芸術家である。 この下りだけ葵視点じゃ無くなってる気…
[良い点] 工夫されている表現が好きですね。 『それは高く高く昇って――案外、真下に落ちた。』…などですね。 紗英場さんの読む人を楽しませようとする気遣いのように感じられて良いです。 [気になる点] …
[良い点] 材料に工夫あり。フィクション性を高めてある。 [気になる点] 中心人物たる男女の存在感が薄い。会話シーンを初め、もう少し筆を用いてやっても好いかも。 [一言] 渉さん「プロポーズは風のよう…
2010/03/21 20:23 退会済み
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